中根康浩

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中根 康浩
なかね やすひろ
Yasuhiro nakane.jpg
2008年2月16日撮影
生年月日 (1962-08-17) 1962年8月17日(57歳)
出生地 日本の旗 愛知県岡崎市
出身校 早稲田大学商学部
所属政党自由民主党→)
新進党→)
民主党→)
民進党細野G)→)
希望の党→)
無所属
称号 商学士
親族 父・中根薫(愛知県議会議員、岡崎市議会議員)
公式サイト 地元の課題に取り組む中根やすひろ公式サイト

選挙区比例東海ブロック→)
愛知12区→)
比例東海ブロック
当選回数 4回
在任期間 2003年11月10日 - 2005年8月8日
2009年9月11日 - 2017年9月28日

当選回数 1回
在任期間 1988年10月 - 1991年8月16日
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中根 康浩(なかね やすひろ、1962年8月17日 ‐ )は、日本政治家行政書士。元衆議院議員(4期)、元岡崎市議会議員(1期)、元経済産業大臣政務官野田第1次改造内閣野田第2次改造内閣)。

来歴[編集]

愛知県岡崎市生まれ(現在は岡崎市滝町字松谷に在住[1])。岡崎市立常磐小学校[2]岡崎市立常磐中学校を経て、愛知県立岡崎高等学校に進学。

高校3年生の1980年7月10日、父親の自民党県議の中根薫が衆院選にからみ被買収・買収容疑で逮捕された[3]。中根薫は公判では一貫して無罪を主張し[4]、1983年に再選。しかし最高裁が1985年4月15日付で上告棄却すると、有罪判決(懲役2年、執行猶予5年、追徴金500万円)の確定前に県議を辞職した[5]。中根はこの間、1981年に早稲田大学商学部に順調に進学し、1985年に同大学を卒業した[6]。同年4月、戸塚進也衆議院議員の秘書となる[7][注 1]

1988年10月、岡崎市議会議員選挙に無所属で立候補し初当選した。自民党系の会派「自由民主クラブ」に所属[8]

1990年2月18日第39回衆議院議員総選挙において自民党杉浦正健が2期目の当選を果たすが、当選直後に杉浦の票の取りまとめに関する現金買収事件が発覚。会派「自由民主クラブ」所属の岡崎市議24名のうち、被買収容疑で起訴された市議は20名に及んだ。同年3月19日、中根も同容疑により書類送検される[9]。検察は「中根は現金を受け取ったことを弁解しており、反省していない」として、懲役10月、追徴金30万円を求刑[10]。一審判決が出る直前の1991年8月16日、市議を辞職[11][注 2]。父親が翌年の市長選挙に出馬することが引き金になったとも言われている[16]。市長選は1992年7月に行われ、中根薫は得票数3位で落選[17]

県議選落選、衆議院へ[編集]

父の薫は1992年10月の市議選で初当選。自民系の会派におさまった。中根は県議会議員への出馬を考えるが、岡崎市選挙区は自民党議員が定数4のうち3人も議席を占めており、入り込む余地はなかった。1993年6月23日、羽田孜ら羽田派の国会議員は自民党を離党して新生党を結成。1994年5月23日、新生党県連は、翌年の県議選公認候補者に中根を選び、党本部に公認申請した[18]。同年12月10日、非自民・非共産勢力が結集し、新進党が結党される。新進党ブームに沸く中、党は中根と旧民社党現職の小見山徹之助の二人に公認を出した[19]

1995年4月の県議選で、全トヨタ労連を支持母体とする小見山はトップ当選。中根は副党首の羽田孜や幹事長代行の渡部恒三らを応援弁士に招くも[20]、次点で落選した。同年9月、行政書士の資格を取得[7]。その後新進党を離党し、民主党に入党。

2000年6月の第42回衆議院議員総選挙愛知12区から民主党公認で出馬するも、自由民主党前職の杉浦正健に敗れ、次点で落選した。同選挙区には自由党都築譲がおり、非自民の票が中根と都築に分散した。得票数は、杉浦:117,475票、中根:81,826票、都築:33,052票。都築は中根の半分にも満たない得票数であったものの、比例名簿2位で登載されていたため比例復活で当選した。

2003年第43回衆議院議員総選挙では、選挙区で再び杉浦に敗れるが、重複立候補していた比例東海ブロックで復活し、初当選(都築は民由合併により愛知15区へ国替えし、再び比例復活で当選した)。

2005年第44回衆議院議員総選挙では、前回総選挙の票数に1万票以上上積みしたが、杉浦に敗れ、比例復活ならず落選[21]

2009年第45回衆議院議員総選挙では、愛知12区で初めて杉浦を破り、4年ぶりに国政に復帰[22]。なお民主党には、同一の選挙区で3度落選した候補者は公認しない内規が存在していたが、この総選挙において中根は年齢的な若さも考慮され、特例で公認を受けた。

2011年牧義夫衆議院議員が2月の知事選名古屋市長選や4月の統一地方選挙惨敗の責任をとって、民主党愛知県連の代表を辞任。同年6月4日、その後任として県連代表に就任[23]

2012年2月10日復興庁発足に伴う補充人事により野田第1次改造内閣経済産業大臣政務官に任命され、野田第2次改造内閣まで務める。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、愛知12区から民主党公認、国民新党推薦で出馬。選挙区では自民党新人の青山周平に敗れるが、比例復活し、3選[24]。2013年3月17日、衆院選惨敗の責任をとって民主党県連代表を辞任[25]

2014年衆議院議員選挙[編集]

2014年第47回衆議院議員総選挙には愛知12区から出馬する予定であった。ところが公示日前日の12月1日午前、民主党の海江田万里代表から電話で「小選挙区を降りて比例区に回ってほしい」と告げられる。同日午後、岡崎市の事務所を訪れた岡田克也代表代行からも「比例東海ブロック単独1位とする。決定を受け入れられないなら無所属で出馬してくれ」と命じられ、比例区単独に回ることを決めた。岡田は中根に「ここで譲歩しないと、維新の党は全国すべての地域での連携を見直すと言っている」と述べ、維新の党側から圧力があったこともほのめかした。この鞍替えにより、外形上、民主党は12区の候補者を維新の党の重徳和彦に一本化した形となった[26][27][28]連合愛知は12区については自主投票とした[29]

12月14日、投開票。比例単独1位で早々と当選を決め、4選を果たした[30]。つねづね維新は官公労に批判的だったことから[31]、12区の組合票の行方が注目されたが重徳は青山を約1万3千票差で下し選挙区で初めて当選した[32]

2017年衆議院議員選挙[編集]

2016年3月27日、民主党と維新の党が合流して結成された民進党に参加した[33]。同年8月20日、民進党の玄葉光一郎選対委員長は、次期衆院選愛知12区の公認候補を重徳和彦とし、中根を次回衆院選に限り比例東海ブロックの単独1位にすると発表した。あわせて重徳は比例に重複立候補しないことも定められた[34][35]

2017年9月28日臨時国会の召集冒頭で衆議院が解散した日の夜、重徳和彦の選対本部長として選挙対策会議に出席していた中根の携帯電話に民進党幹部から連絡が入った[36]。それは「愛知12区からの立候補」の打診であった。「(重徳との競合で)自民党を利することになるだけだ」と提案を固辞すると、民進党との間で交わした比例単独1位の約束は「すべてリセットする」と告げられる[37]10月3日、希望の党は1次公認のリストを発表。当初、愛知7区の公認候補に中根の名前が載っていたものの、なぜかその日のうちに消されていた[38]。第2次公認発表直前の10月4日夕方、民進党の玄葉光一郎総合選対本部長代行から、山尾志桜里への刺客を意味する愛知7区の公認内定の連絡を受ける[39]。中根はこのときすでに7区での出馬準備を進めていたが、関係者から「7区に行けば岡崎を歩けなくなる」と国替えを思いとどまるよう説得され、結局辞退した[36][40]第48回衆議院議員総選挙では小選挙区からの出馬を断念し、順位はともかくも比例単独名簿に登載されることを希望の党に求めた[41][42]。希望の党の比例代表名簿発表は公示日当日の10月10日までずれ込み[43]、かつ順位が判明したのは同日の午後であった。中根は比例東海ブロックの単独24位に選ばれた[44]

同年10月22日、投開票。希望の党が同ブロックで獲得した5議席のうちに含まれず落選[45]

現在[編集]

2019年8月8日、翌年10月に予定される岡崎市長選挙への出馬の意向が報道された[46]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 戸塚進也1974年の参院選に自民党公認で立候補し初当選。在職中の1983年、衆院選旧静岡1区に無所属で立候補し初当選した。中根が戸塚の秘書になったのはその頃。
  2. ^ 杉浦派の選挙違反事件ではほとんどの市議が罪状を認め、1990年8月から9月にかけて17人が辞職[12]。同年11月4日にその補選が行われた[13]。中根とともに辞職を拒否し裁判で争ったのが中根勝美で、同氏は1991年11月に懲役10月、執行猶予4年の実刑を受け控訴。しかし勝訴の見込みがないと分かると12月20日に控訴を取り下げ辞職した[14]。政界引退後の2017年、第47回衆議院議員総選挙で自民党現職の青山周平の選対事務長を務めるが[15]、青山はこの年の選挙で中根康浩とともに議席を失った。

出典[編集]

  1. ^ 政治資金収支報告書 民主党愛知県第12区総支部(平成27年分 定期公表) (PDF)”. 愛知県選挙管理委員会 (2016年11月28日). 2017年11月30日閲覧。
  2. ^ 中根康浩Twitter 2017年11月26日
  3. ^ 朝日新聞』1980年7月11日付朝刊、13版、1面、「500万円受領・買収謀議の容疑 中根県議を逮捕」。
  4. ^ 『朝日新聞』1981年6月23日付朝刊、12版、18面、「岡崎落城一年 (中)」。
  5. ^ 東海愛知新聞』1985年4月19日、1面、「中根薫県議(岡崎)が辞職」。
  6. ^ 公式サイト - 経歴・役職
  7. ^ a b 時事ドットコム:国会議員 中根 康浩(なかね やすひろ)
  8. ^ 『岡崎市議会史 下巻』岡崎市議会史編纂委員会、1992年10月22日、764頁。
  9. ^ 『東海愛知新聞』1990年3月20日、1面、「新たに副議長を逮捕 杉浦事件 市議7人が書類送検」。
  10. ^ 『中日新聞』1991年9月5日付朝刊、30面、「岡崎市議ら2人に懲役10月を求刑 杉浦氏派選挙違反」。
  11. ^ 『岡崎市議会史 下巻』岡崎市議会史編纂委員会、1992年10月22日、767頁。
  12. ^ 岡崎市議会100周年記念誌編集委員会 『岡崎市議会のあゆみ』 岡崎市議会、2017年3月、209頁。
  13. ^ 『東海愛知新聞』1990年10月28日、「岡崎市議補選きょう告示 来月4日、参院補選と同日投票 22人が出陣態勢」。
  14. ^ 『東海愛知新聞』1991年12月21日、「中根勝市議が辞職 控訴も取り下げ」
  15. ^ 『三河新報』2017年10月24日、2面、「西尾の開票は23日夜以降 台風21号の影響で佐久島の投票箱届かず 青山陣営『勝利信じ開票待つ』」。
  16. ^ 『東海愛知新聞』1991年8月17日、「中根康市議が辞職 岡崎 公選法違反で係争中」。
  17. ^ 『東海愛知新聞』1992年7月27日、1面、「中根鎭夫氏、史上初の4選 3新人を大差で破る 投票率59% 現職の強み発揮」。
  18. ^ 中日新聞』1994年5月24日付朝刊、県内版、16面、「県議ら一次公認の20人申請 統一地方選で新生党県連」。
  19. ^ 『中日新聞』1994年12月27日付朝刊、県内版、12面、「統一地方選 第一次公認、推薦候補を発表 新進党 目立つ新人の擁立」。
  20. ^ 中日新聞』1995年4月4日付朝刊、県内版、14面、「県議選 話題区を探る (下)」。
  21. ^ 小選挙区 愛知 : 開票結果 : 総選挙2005 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  22. ^ asahi.com(朝日新聞社):愛知12区 - 小選挙区開票結果 - 2009総選挙
  23. ^ 『中日新聞』2011年6月5日付朝刊、県内版、30面、「民主県連 新代表に中根衆院議員 執行部刷新 『王国』再建に意欲」。
  24. ^ 朝日新聞デジタル:愛知 - 開票速報 - 第46回総選挙
  25. ^ 『中日新聞』2013年3月18日付朝刊、32面、「民主 藤沢氏を県連支持 名古屋市長選 連合は自主投票へ」。
  26. ^ “衆院選:愛知12区、維新に一本化 民主は比例単独”. 毎日新聞. (2014年12月2日). http://senkyo.mainichi.jp/news/20141202ddq041010009000c.html 2014年12月2日閲覧。 
  27. ^ “民主 愛知12区取りやめ 維新との選挙協力で”. 中日新聞. (2014年12月2日). http://www.chunichi.co.jp/article/senkyo/shuin2014/aichi/CK2014120202000233.html 2014年12月2日閲覧。 
  28. ^ “衆院愛知12区 民主の立候補予定者比例へ(愛知県)”. 日テレNEWS24. (2014年12月1日). http://www.news24.jp/nnn/news86222326.html 2014年12月1日閲覧。 
  29. ^ 11万票取り込みに思惑 12区”. 中日新聞 (2017年12月6日). 2017年12月20日閲覧。
  30. ^ 東海ブロック(比例区) - 開票速報 - 2014衆院選:朝日新聞デジタル
  31. ^ 連合、根強い旧維新への不信感、「民共合作」批判浴びる民進党への牽制も”. 産経新聞 (2016年4月14日). 2017年12月20日閲覧。
  32. ^ 愛知 - 開票速報 - 2014衆院選:朝日新聞デジタル
  33. ^ “民進党が結成大会 衆参156人、代表に岡田克也氏選出”. 朝日新聞. (2016年3月27日). http://www.asahi.com/articles/ASJ3W5212J3WUTFK00G.html 2016年3月29日閲覧。 
  34. ^ “衆院選 民進愛知12区の公認は重徳氏 中根氏比例へ /愛知”. 毎日新聞. (2016年8月21日). http://mainichi.jp/articles/20160821/ddl/k23/010/112000c 2016年8月23日閲覧。 
  35. ^ 『中日新聞』2016年8月21日付朝刊、34面、「民進、元維新重徳和彦氏公認へ 衆院愛知12区 中根氏は比例に」。
  36. ^ a b 宇佐美尚「2017年三河この一年 (下) 衆院選・野党分裂 巻き込まれた地方」 『中日新聞』2017年12月30日付朝刊、三河版、12面。
  37. ^ 希望、中根氏に12区出馬打診…衆院選”. 読売新聞 (2017年9月30日). 2017年10月8日閲覧。
  38. ^ 希望の党・若狭勝氏ら第1次公認/内定候補者一覧”. 日刊スポーツ (2017年10月3日). 2017年10月3日閲覧。
  39. ^ 苦悩する民進前職 衆院選愛知12区 民進前職・中根氏国替え打診を拒否”. 東海愛知新聞 (2017年10月6日). 2017年10月6日閲覧。
  40. ^ 希望公認、揺れる12区…衆院選”. 読売新聞 (2017年10月6日). 2017年10月6日閲覧。
  41. ^ 朝国聡吾「『岡崎以外に行けない』 選挙区出馬断念 中根さんが心境」 『中日新聞』2017年10月6日付朝刊、西三河版、20面。
  42. ^ 朝国聡吾「中根氏は選挙区断念 『比例単独』希望に要望」 『中日新聞』2017年10月6日付朝刊、県内版、22面。
  43. ^ 希望の党が順位なしの比例単独名簿を発表 党本部は「よくわからない」”. 産経新聞 (2017年10月10日). 2017年10月10日閲覧。
  44. ^ 希望の党が比例名簿を発表(3/4ページ)”. 産経新聞 (2017年10月10日). 2017年10月10日閲覧。
  45. ^ 東海ブロック(比例区)-開票速報-2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル
  46. ^ “中根前衆院議員、出馬意向 20年10月の岡崎市長選”. 中日新聞. (2019年8月8日). https://chuplus.jp/paper/article/detail.php?comment_id=669290&comment_sub_id=0&category_id=113&from=news&category_list=113 2019年8月10日閲覧。 

外部リンク[編集]

公職
先代:
北神圭朗柳澤光美
日本の旗 経済産業大臣政務官
北神圭朗と共同

2012年
次代:
岸本周平本多平直