穂積志

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穂積 志
ほづみ もとむ
Hozumi motomu.jpg
穂積志秋田市長、2013年7月18日、秋田県立野球場で。
生年月日 (1957-04-05) 1957年4月5日(61歳)
出生地 秋田県秋田市
出身校 成蹊大学法学部法律学科
前職 秋田県議会議員
現職 秋田市長
所属政党 無所属
称号 法学士
親族 父・穂積惇(元秋田県議)
公式サイト 秋田市長 穂積もとむ 公式ホームページ

Flag of Akita, Akita.svg 第35代 秋田市長
当選回数 3回
在任期間 2009年4月14日 -

選挙区 秋田市選挙区
当選回数 5回(4期)
在任期間 1995年/2001年 - 2001年/2009年
元首 副議長(2003年6月 - 2005年6月)

当選回数 2回
在任期間 1987年 - 1995年
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穂積 志(ほづみ もとむ、1957年4月5日 - )は、日本政治家秋田市長(3期)。秋田市出身。

人物・来歴[編集]

ターミナルケアの先駆者として秋田県下初のホスピス病棟を設置したことで知られる外旭川病院を運営する、医療法人惇慧会の会長理事で、元県議・秋田赤十字病院元院長である穂積惇(ほづみ まこと)の子息として秋田市に生まれる。

医家の生まれではあるが、医師は志さず、秋田県立秋田南高等学校成蹊大学法学部を卒業後、惇慧会の関連法人などの役員を経て、秋田市議・秋田県議を歴任。

2001年、当時の石川錬治郎市長(後に県議)の辞職に伴う秋田市長選挙に出馬のため、県議を辞職するも、佐竹敬久に敗れ落選。同年11月に、自身の辞職と山田靖男県議の死去で秋田市選挙区の欠員が2名となったことに伴って単独で補欠選挙が行われ、当時の山本郡選挙区で落選中で、国替えした高松和夫と共に返り咲き、県議に復帰した。

県議時代は、秋田市選挙区では自由民主党の冨樫博之とともに、上位当選することが多かった。

2009年の秋田市長選出馬のため辞職し、このときに漸く市長の座を射止めた[1]。これにより、数十年ぶりに秋田市生まれの市長が誕生した。

2013年の秋田市長選挙で、元民主党衆議院議員の寺田学らを破り、再選を果たす[2]2017年の同市長選において無所属新人の元秋田県議丸の内くるみを破り、3回目の当選を果たした[3]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]


先代:
佐竹敬久
Flag of Akita, Akita.svg 秋田市長
第35代:2009年 -
次代:
(現職)