太田稔彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
太田 稔彦
おおた としひこ
生年月日 (1954-04-30) 1954年4月30日(65歳)
出生地 日本の旗 愛知県豊田市
出身校 早稲田大学商学部
所属政党 無所属

Flag of Toyota, Aichi.svg 第8代 豊田市
当選回数 2回
在任期間 2012年2月19日 - 現職
テンプレートを表示

太田 稔彦(おおた としひこ、1954年4月30日 - )は、日本政治家愛知県豊田市長(2期)。

経歴[編集]

愛知県豊田市生まれ。1977年(昭和52年)3月、早稲田大学商学部卒業。同年4月1日豊田市役所に奉職。

市議会最大会派の自民クラブ議員団や民主党系の市民グループ、JA、豊田加茂医師連盟、豊田加茂歯科医師会などでつくる「二十一世紀の豊かなまちをつくる会」は、豊田市長の後援組織として鈴木公平を支えてきた。2000年(平成12年)の初当選以来会長として組織をまとめてきたJAあいち豊田代表理事組合長の奥田克也が、2011年(平成23年)4月6日に死去。後任に豊田商工会議所前会頭の渡辺祥二が就任。同年9月5日、鈴木は翌年2月の市長選への不出馬を表明[1]。「二十一世紀の豊かなまちをつくる会」は9月14日から後継選びを開始する[2][3]

自民党は、同年2月の愛知県知事選挙で擁立した元総務官僚重徳和彦を推した。しかし民主党は「労組の理解が得られない」と反発し、中村晋県議の名を挙げて対抗した。「二十一世紀の豊かなまちをつくる会」は分裂を避けるべく、渡辺会長に重徳と中村以外の人選を一任。その結果、同組織は12月13日に太田に出馬要請。12月15日、太田は市役所を退職し、立候補する意向を表明した[4][5]

2012年(平成24年)、豊田市長選挙(1月29日告示、2月5日執行)で無投票により初当選。2月19日、市長に就任[6]

2015年(平成27年)6月10日から2016年(平成28年)6月8日まで全国市長会副会長を努めた[6]

2016年(平成28年)2月、再選[7]。同年5月25日、中核市市長会副会長に就任。

2019年(令和元年)5月29日、中核市市長会会長に就任。

政策[編集]

  • 「とよたエコフルタウン」など環境先進都市への取り組みを活発化させている[8]

脚注[編集]

  1. ^ 中日新聞』2011年9月6日付朝刊、豊田版、16面、「『12年で精いっぱい』 豊田市長4選不出馬を表明 『各方面の支援に感謝』」。
  2. ^ 『中日新聞』2011年9月16日付朝刊、豊田版、18面、「鈴木市長の後継候補者擁立急ぐ 豊田の支援団体」。
  3. ^ 『中日新聞』2011年12月16日付朝刊、豊田版、16面、「豊田市長選出馬・太田さん 13日に要請受ける 重点施策『急すぎて』明言せず」。
  4. ^ 『中日新聞』2011年12月17日付朝刊、豊田版、16面、「豊田市長選 自・民相乗り優先 二十一世紀の会 太田さん擁立 市職員で決着」。
  5. ^ “豊田市長選 太田稔彦氏出馬へ 総合企画部長「21世紀の会」擁立”. 東海愛知新聞. (2011年12月16日). http://www.fmokazaki.jp/tokai/111216.html 2019年3月24日閲覧。 
  6. ^ a b 市長プロフィール”. 豊田市役所 (2018年10月31日). 2019年3月24日閲覧。
  7. ^ 豊田市長選挙で再選!太田稔彦豊田市長が同選挙の当選後、初登庁”. 豊田市役所 (2016年2月10日). 2017年1月12日閲覧。
  8. ^ 低炭素社会モデル地区「とよたエコフルタウン」”. 豊田市役所 (2019年1月1日). 2019年3月24日閲覧。
[ヘルプ]

外部リンク[編集]