太田稔彦

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太田 稔彦
おおた としひこ
生年月日 (1954-04-30) 1954年4月30日(64歳)
出生地 日本の旗 愛知県豊田市
出身校 早稲田大学商学部
所属政党 無所属

Flag of Toyota, Aichi.svg 第8代 豊田市
当選回数 2回
在任期間 2012年2月19日 - 現職
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太田 稔彦(おおた としひこ、1954年4月30日 - )は、日本政治家愛知県豊田市長(2期)。

経歴[編集]

愛知県豊田市生まれ。早稲田大学商学部卒業。1977年(昭和52年)4月1日豊田市役所に奉職。

2011年(平成23年)9月5日、豊田市長の鈴木公平は翌年2月の市長選への不出馬を表明[1]市議会最大会派の自民クラブ議員団や民主党系の市民グループ、JA、豊田加茂医師連盟、豊田加茂歯科医師会などでつくる「二十一世紀の豊かなまちをつくる会」は同年9月14日から後継選びを開始[2][3]自民党は、同年2月の愛知県知事選挙で擁立した元総務官僚重徳和彦を推した。しかし民主党は「労組の理解が得られない」と反発し、中村晋県議の名を挙げて対抗した。「二十一世紀の豊かなまちをつくる会」は分裂を避けるべく、豊田商工会議所前会頭の渡辺祥二会長に重徳と中村以外の人選を一任。その結果、同会は12月13日に太田に出馬要請。12月15日、太田は市役所を退職し、立候補する意向を表明した[4]

2012年(平成24年)、豊田市長選挙(1月29日告示、2月5日執行)で無投票により初当選。2月19日、市長に就任[5]

2015年(平成27年)6月10日、全国市長会副会長に就任[5]

2016年(平成28年)2月、再選[6]。同年5月25日、中核市市長会副会長に就任。

政策[編集]

とよたエコフルタウンなど環境先進都市への取り組みを活発化させている。

脚注[編集]

  1. ^ 中日新聞』2011年9月6日付朝刊、豊田版、16面、「『12年で精いっぱい』 豊田市長4選不出馬を表明 『各方面の支援に感謝』」。
  2. ^ 『中日新聞』2011年9月16日付朝刊、豊田版、18面、「鈴木市長の後継候補者擁立急ぐ 豊田の支援団体」。
  3. ^ 『中日新聞』2011年12月16日付朝刊、豊田版、16面、「豊田市長選出馬・太田さん 13日に要請受ける 重点施策『急すぎて』明言せず」。
  4. ^ 『中日新聞』2011年12月17日付朝刊、豊田版、16面、「豊田市長選 自・民相乗り優先 二十一世紀の会 太田さん擁立 市職員で決着」。
  5. ^ a b 市長プロフィール|豊田市
  6. ^ 豊田市長選挙で再選!太田稔彦豊田市長が同選挙の当選後、初登庁|豊田市”. 豊田市役所 (2016年2月10日). 2017年1月12日閲覧。
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外部リンク[編集]

先代:
鈴木公平
Flag of Toyota, Aichi.svg 豊田市
2012年 -
次代:
(現職)