三条市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
さんじょうし
三条市
Signboard of Sanjo City.JPG
Flag of Sanjo, Niigata.svg
三条市旗
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方信越地方
都道府県 新潟県
団体コード 15204-8
法人番号 5000020152048
面積 431.97km2
総人口 96,779[編集]
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 224人/km2
隣接自治体 新潟市加茂市五泉市燕市
魚沼市見附市長岡市
東蒲原郡阿賀町
福島県南会津郡只見町
市の木 五葉松
イチイ(推奨)
市の花 ヒメサユリ
ハナショウブ(推奨)
ヒマワリ(推奨)
市の鳥 芝地鶏
三条市役所
市長 国定勇人
所在地 955-8686
新潟県三条市旭町二丁目3番1号
北緯37度38分12.4秒東経138度57分42秒
三条市役所
外部リンク 三条市

三条市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

 表示 ウィキプロジェクト
三条市役所第二庁舎

三条市(さんじょうし)は、新潟県のほぼ中央部に位置するである。

概要[編集]

県下有数の工業都市。市域の大部分が旧南蒲原郡の町村から成り、新潟県の中越地方に分類されるが、後述の自動車ナンバープレート等に見られる様に下越地方に含まれる場合もある。近年では「県央地域」の呼び名が一般的となっており、隣接する燕市加茂市田上町弥彦村などから成る同地域の中心都市となっている。

2005年(平成17年)5月1日、旧三条市と南蒲原郡栄町、同郡下田村の3市町村による新設合併をもって、現在の三条市が発足した。合併当時の人口は約10万8千人を数え、新潟市、長岡市、上越市に次ぐ県内第4位の人口を擁する都市となった。近年の人口は同規模を有する新発田市とともに、県内4位から5位の間を推移している。

隣接する燕市は、ともに金属加工を中心に栄えたこともあって古くから相互補完の関係が深い。

しかし一方で、根深い対立を抱えている側面もあり、過去には両市の境界に所在する日本国有鉄道(当時、現在の東日本旅客鉄道)の燕三条駅や、北陸自動車道三条燕インターチェンジについて、名称の扱いを巡り論争が起こったことがある。また2000年代の市町村合併を巡っては、両市の財界や市民団体などから両市合併による「燕三条市」を実現しようとする動きが見られたものの、両市双方で論争に発展するなどし、結局実現には至らなかった。

地理[編集]

三条市中心部周辺の空中写真。五十嵐川信濃川に合流する付近の河川敷に見える施設は三条競馬場である。1975年撮影の12枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

主な市域の分け方[編集]

  • 三条地域:旧三条市域の全域
    • 嵐北(らんぽく)地区:旧三条市域の五十嵐川よりも北側の地区
    • 嵐南(らんなん)地区:旧三条市域の五十嵐川よりも南側の地区
    • 大島・須頃(おおじま・すごろ)地区:旧三条市域の信濃川よりも西側の地区
  • 栄地域:旧南蒲原郡栄町の全域
  • 下田地域:旧南蒲原郡下田村の全域

歴史[編集]

江戸時代以前[編集]

江戸時代[編集]

  • 1608年 - 堀直政の長男・直清が三条島ノ城主となる。
  • 1610年 - 堀家のお家騒動により堀直清改易、三条島ノ城は廃城。
  • 1616年 - 幕府市橋長勝を伯耆矢橋から三条城主(4万1,300)に任じ、三条島ノ城の信濃川対岸(現在の元町。三条小学校付近)に新たに城地を定めて三条城を築城。
  • 1620年 - 幕府稲垣重綱を越後刈羽郡藤井から三条城主(2万3,000)に移封。
  • 1623年 - 稲垣重綱が大阪城番となり、三条城は廃藩。出雲崎代官領となる。
  • 1631年 - 三条城廃城。
  • 1642年 - 長岡藩主牧野忠成が幕命により三条城を破却。
  • 1649年 - 出雲崎代官領から村上藩(松平藤松)となる。
  • 1675年 - 三条村が「裏館村」、三条新田(新田三条)が「三条町」と改称。
  • 1690年8月 - 東本願寺三条掛所(現在の真宗大谷派三条別院)創設、浄圓寺御堂が仮本堂となる。
  • 1703年8月 - 東本願寺三条掛所本堂完成、入仏式挙行。
  • 1822年 - 三条八幡宮の大名行列が三条の領主である村上藩主内藤信敦の京都所司代就任を祝って始められる。
  • 1828年12月18日(旧暦霜月:11月12日) - 三条地震(朝五ツ時上刻:7:40頃。マグニチュード6.9)

明治時代[編集]

大正時代[編集]

昭和時代[編集]

平成(旧市)[編集]

平成(新市)[編集]

  • 2005年5月1日 - 三条市、南蒲原郡栄町、南蒲原郡下田村が新設合併、新しい「三条市」が誕生
  • 2005年6月28日 - 五十嵐川上流ダムの流入量がマニュアルに定めた数値を超えたため、嵐南・嵐北地区26,128世帯に全国で初めて「避難準備情報」を発令(これで2回目となる)
  • 2005年8月10日 - 三条で1時間に72mmの猛烈な雨(気象庁のアメダス観測では1976年の観測以来最大値)。竜巻と見られる突風F0F1)が発生し、4人が負傷、建物21棟に被害
  • 2007年7月16日 - 新潟県中越沖地震発生。新堀(地区)で震度5強、西裏館で震度5弱(三条地区。計測震度4.8、最大加速度117.3gal)、荻堀(下田地区)で震度4を観測。市内では負傷者32人、空家1棟が崩壊、住家111棟が一部損壊
  • 2011年7月27日 - 30日 - 平成23年7月新潟・福島豪雨発生。市内での死者1名。五十嵐川をはじめ、市内3ヶ所の堤防が決壊。一時は市内全世帯に対して避難勧告が出されたほか、浄水場の処理能力が低下して市内のほぼ全域で断水するなどの被害。
  • 2018年8月23日-正午前に40.1度を観測し、新潟県で初めて気温が40度を超える。その後もさらに気温が上がり、観測史上最高気温となる40.4度を観測した。

人口[編集]

Demography15204.svg
三条市と全国の年齢別人口分布(2005年) 三条市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 三条市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
三条市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 102,220人
1975年 105,833人
1980年 109,429人
1985年 110,568人
1990年 110,228人
1995年 109,584人
2000年 107,662人
2005年 104,749人
2010年 102,292人
2015年 99,192人
総務省統計局 国勢調査より

隣接している自治体・行政区[編集]

福島県

行政[編集]

歴代市長[編集]

氏名 就任日 退任日 備考
初代 高橋一夫 2005年6月12日 2006年10月17日 旧三条市長。任期途中で辞職[2]
2代 國定勇人 2006年11月12日 現職 当選時は全国で最年少の市長。

警察[編集]

駐在所[編集]

  • 東三条駅前交番
  • 神明町交番
  • 三条駅前交番
  • 五ノ町交番
  • 燕三条駅交番
  • 下田交番

駐在所[編集]

  • 保内駐在所
  • 井栗駐在所
  • 大崎駐在所
  • 本成寺駐在所
  • 尾崎駐在所
  • 若宮駐在所
  • 大面駐在所
  • 八木前駐在所

経済[編集]

産業[編集]

北陸道と新幹線の間にある、市のPR看板
  • 包丁工具などの金物工業が盛んで、全国的に有名。高橋前市長も元々江戸時代から続く金物卸業の会長である。
  • 人口比での社長の割合が日本一多い街として知られている。

三条市における金物業の歴史[編集]

17世紀初頭、毎年のように起こる風水害に疲弊した三条・燕地域の領民を救うため、三条城に在任していた出雲崎陣屋代官の大谷清兵衛が、江戸から和釘鍛冶職人を招き、農民の副業として和釘製造を奨励した。これが三条鍛冶の始まりである。

1661年(寛文元)に会津地方から鋸、鉈などの新しい製法が伝来し、三条町の鍛冶は一層盛んになった。製品の種類が増えたことにより、18世紀後半になると、今まで地元や近郷だけを商圏としていた地廻り金物商人が遠方へも足を伸ばす金物行商人として本格的に活動を始めた。金物問屋と鍛冶屋の結びつきは非常に強くなり、問屋の指導により和釘の生産を減らし、明治初期には、鎌、銚、小刀、包丁、鋸が中心になっていった[3]

市内の主な企業[編集]

商工会議所・商工会[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

地域[編集]

教育[編集]

高等学校[編集]

義務教育学校[編集]

校名 よみ 児童数(前期) 生徒数(後期)
三条市立大崎学園 おおさき 540 268 2018年4月に三条市立大崎小学校、同大崎中学校を改編
  • 児童・生徒数は2018年5月1日現在。

中学校[編集]

校名 よみ 略通称 生徒数 小学校区
三条市立第一中学校 だいいち イッチュウ 471 嵐南小
三条市立第二中学校 だいに ニチュウ 297 一ノ木戸小
三条市立第三中学校 だいさん サンチュウ 287 裏館小、上林小
三条市立第四中学校 だいし ヨンチュウ 252 井栗小、旭小、保内小
三条市立本成寺中学校 ほんじょうじ ホンチュウ 285 西鱈田小、月岡小
三条市立大島中学校 おおじま シマチュウ 79 大島小、須頃小
三条市立栄中学校(旧栄町立栄中学校) さかえ サカエチュウ 295 大面小、栄中央小、栄北小
三条市立下田中学校(旧下田村立下田中学校) しただ シタチュウ 222 長沢小、笹岡小、大浦小、森町小、飯田小
  • 生徒数は2018年5月1日現在。

小学校[編集]

校名 よみ 児童数
三条市立三条小学校(2017年3月31日に廃校、裏館小に統合) さんじょう -
三条市立一ノ木戸小学校 いちのきど 636
三条市立嵐南小学校(2013年4月1日に四日町小・条南小・南小を統合して開校) らんなん 854
旧三条市立四日町小学校 よっかまち -
三条市立裏館小学校 うらだて 468
三条市立上林小学校 かんばやし 116
三条市立井栗小学校 いぐり 258
三条市立旭小学校 あさひ 62
三条市立西鱈田小学校 にしたらだ 199
三条市立月岡小学校 つきおか 375
三条市立保内小学校 ほない 109
三条市立大島小学校 おおじま 71
三条市立須頃小学校 すごろ 109
旧三条市立条南小学校 じょうなん -
旧三条市立南小学校 みなみ -
三条市立栄中央小学校(旧栄町立中央小学校) さかえちゅうおう 260
三条市立栄北小学校(旧栄町立北小学校) さかえきた 121
三条市立大面小学校(旧栄町立大面小学校) おおも 170
三条市立長沢小学校(旧下田村立長沢小学校) ながさわ 112
三条市立笹岡小学校(旧下田村立笹岡小学校) ささおか 69
旧三条市立荒沢小学校(旧下田村立荒沢小学校)(2014年3月31日に廃校、森町小に統合) あらさわ -
三条市立大浦小学校(旧下田村立大浦小学校) おおうら 53
三条市立森町小学校(旧下田村立森町小学校) もりまち 99
三条市立飯田小学校(旧下田村立飯田小学校) いいだ 84
  • 児童数は2018年5月1日現在。
  • 各小学校の学区内町名(行政区)は三条市教育委員会HPで確認[4]

幼稚園[編集]

  • 三条市立南幼稚園(2012年3月31日で廃園)
  • インマヌエル・ルーテル幼稚園
  • 三条白百合幼稚園
  • 三条みのり幼稚園(2016年3月31日で閉園)
  • 三条若葉幼稚園(2018年3月31日で閉園)
  • 宝塔院幼稚園
  • 松葉幼稚園

認定こども園[編集]

  • 聖公会聖母こども園

特別支援学校[編集]

  • 新潟県立月ヶ岡特別支援学校

学校教育以外の施設[編集]

公共職業能力開発施設
研修機関
児童福祉施設(公立保育所・私立保育園)
  • 三条市立裏館保育所
  • 三条市立保内保育所
  • 三条市立嵐南保育所
  • 三条市立鱈田保育所
  • 三条市立須頃保育所
  • 三条市立月岡保育所
  • 三条市立塚野目保育所
  • 三条市立栄中央保育所
  • 三条市立千代が丘保育所
  • 本成寺保育園
  • 北陽保育園
  • つくし保育園
  • ふじの木保育園
  • 第二つくし保育園
  • きらきら保育園
  • ひまわり保育園
  • にじいろ保育園
  • 石上どれみ保育園
  • おぎぼり保育園
  • なでしこ青空保育園
  • あいあい保育園
  • いいだ保育園
  • 一ノ門わくわく保育園
  • 川通どれみ保育園
  • 田島わくわく保育園
  • あらさわ保育園

図書館[編集]

スポーツ施設[編集]

医療[編集]

マスコミ[編集]

新聞社[編集]

ケーブルテレビ[編集]

コミュニティFM[編集]

交通[編集]

道路[編集]

  • 市内中心部は狭い道が多く、また一方通行が多い。また五十嵐川に比べて信濃川に架かる橋梁が少ない為、朝夕に主要道で渋滞が発生する。

高速道路[編集]

国道[編集]

県道[編集]

主要地方道[編集]
一般県道[編集]

道の駅[編集]

公共交通機関[編集]

鉄道[編集]

市内を走るJR線全域(上越新幹線を除く)は新潟近郊区間に指定されており、東三条駅と三条駅には自動改札機が設置されている。

路線バス[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

名所・旧跡・観光スポット[編集]

八木ヶ鼻

祭事・イベント[編集]

食べ物[編集]

  • 車麩(くるまふ) - 棒にグルテンの生地を4層ほど巻きつけて重ね焼きにした焼き。日本最大級の直径があり、輪切りの状態で売られ、主に煮物などにして食べる。中心の穴に鶏卵を落とし入れた煮物は「爆弾」とも呼ばれ、行事食としても作られる。
  • 燕三条系ラーメン - うどんと見間違えるほどの太麺に、丼から湯気が上がらないほどにスープを覆う豚の背脂が最大の特徴。背脂の量に応じて、「大油」・「中油」と区別される。
  • ひこぜん - つぶしたご飯をわらじ型に整えてに刺し、エゴマ味噌をつけて炭火で焼いた、三条市下田地区(旧下田村)の郷土料理
  • カレーラーメン - 70年の歴史があると言われており、2009年2月にはセブンイレブンにて「三条名物カレーラーメン」が発売された。
  • 六角凧サブレー - 三条凧合戦にちなむサブレー。三条市の製菓業者・ヤマトヤ1966年に発売して以降、三条銘菓となっている。
  • サバサラ - 新潟県三条市の酒場カンテツが「世界のソウルフード」を目指して広めている酒肴

出身者[編集]


また、掛布雅之(元プロ野球阪神内野手)は千葉県出身であるが、雅之の母が自身の故郷である三条市で雅之を出産したため、「出生地/三条市」とされているものもある。

歴史上の人物・名誉市民[編集]

三条市 - 名誉市民で、諸橋轍次岩田正巳小林ハル渡辺義雄鶴巻三郎を参照できる。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 新潟県:任期満了日(定数)一覧
  2. ^ 高橋三条市長が10月17日辞職を公表、9月27日に辞職願提出-(2006.9.25)
  3. ^ 新潟県の金属加工産業池田庄治他著、国連大学人間と社会の開発プログラム研究報告、1982年
  4. ^ 三条市教育委員会学校教育課 (PDF)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

姉妹友好都市