嶋聡

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日本の旗 日本の政治家
嶋 聡
しま さとし
生年月日 (1958-04-25) 1958年4月25日(59歳)
出生地 岐阜県海津市
出身校 名古屋大学
所属政党 新進党→)
新党友愛→)
民主党→)
(おおさか維新の会→)
日本維新の会
称号 法学士

選挙区 愛知県第13区→)
比例東海ブロック→)
比例東海ブロック
当選回数 3回
在任期間 1996年10月21日 - 2005年8月8日
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嶋 聡(しま さとし、1958年4月25日 - )は、日本政治家ソフトバンク前社長室長。多摩大学客員教授[1])。2008年10月より東洋大学非常勤講師。

衆議院議員(3期9年)を務めた後、ソフトバンク社長室長となり政界から財界への転身を果たした。

人物[編集]

岐阜県海津市出身。現在は東京都港区在住。名古屋大学経済学部卒業。松下政経塾2期生。政経塾卒塾後、塾の指導塾員、研究所長、東京政経塾代表を務めた。指導塾員の時に中田宏(前衆議院議員)の面接を担当した。

1996年第41回衆議院議員総選挙愛知13区より落下傘候補として新進党から出馬し、小選挙区で勝利を果たす。新進党解党にともない民主党に合流。民主党では、菅直人鳩山由紀夫岡田克也三代の代表に、民主党の官房と呼ばれる代表室で代表を補佐。党首討論代表質問を担当し「三代の代表の知恵袋」と評された(『諸君!2006年1月号)。政治家時代は島聡として活動した。

3期連続当選の後、郵政解散による2005年の第44回衆議院議員総選挙で落選。ソフトバンク社長室長に就任した。

2016年1月、第24回参議院議員通常選挙参議院比例区おおさか維新の会公認で立候補[2]したが、12,677票(党内順位13位、党獲得議席数4)にとどまり落選。

政治活動には終止符を打ち、これからは教育と多摩大学グローバルスタディーズ学部客員教授、東洋大学非常勤講師として学生を教育。内外情勢調査会講師などで松下幸之助と孫正義に学んだ経営戦略、リーダーシップを全国で講演している。   著書に「大風呂敷経営進化論」(PHP研究所)、「孫正義の参謀」(東洋経済新報社)「最強経営者の思考法・・松下幸之助と孫正義から直接学んだ実践リーダー学」(飛鳥新社)などがある。「大風呂敷経営進化論」は中国語に、「孫正義の参謀」は中国語、韓国語に翻訳され出版されている。

趣味は茶道漢詩

政治[編集]

代表補佐役として、党首討論の導入や、マニフェストの導入など政権交代ある政治の実現に尽力した。「嶋氏は、民主党がマニフェストを掲げるまでの立役者」であり「公職選挙法改正を実現に積極的に動いた」人物とされる。(『マニフェスト』光文社新書 金井辰樹) イギリス政権運営に詳しく、東洋大学では「政治科学」を講義している。 次の内閣総務大臣時代に、公正な競争こそ国民の利益という信念で競争的な情報通信政、郵政民営化を唱えた。その結果、NTT労組、郵政系労組は選挙における推薦を出さなかった。その他電波のオークション制、字幕法案などを提出。

また、インターネット選挙運動(ネット選挙)解禁を議員立法で提出。ネット選挙の第一人者であり、サイバー大学では客員教授として「情報化時代の政治学」を講義している。

一方で、議員当時に選挙事務所のPCのセキュリティ対策不備からウイルス添付メールを送信し、さらにその感染を自らに対するサイバーテロと断定[3][4]するなど、現実的なインターネットにおける運用についての知識の不足が指摘された事もあった。但し、地元事務所担当者の基本的なミスとのことで新聞発表されている。

第24回参院選に出馬した際、「若者に政治を身近に感じてほしい」「面白い選挙ポスターを作りたい」という考えから白い猫(ソフトバンクのCMキャラクターであるお父さん犬を意識)を自身の写真より大きく配置したポスターを展開。落選こそしたものの「猫のおかげで2000から3000票くらいは集まったのではないか」と本人が語るほどにインターネット上で話題を集めた[5][6]

財界[編集]

ソフトバンク社長室長として、中期経営戦略の立案、渉外活動を担当。2兆円近い、ボーダフォン日本法人買収という巨額M&Aに立ち会ったほか、北海道帯広市の「ばんえい競馬存続」へソフトバンクが協力したこと、北九州にアジア一のデータセンターを造ることなどを社長室長として担当、ITによる地域振興を行った。 また、孫社長の代理として出席した経団連常任理事会で、ゲストとして出席していた小泉純一郎元首相に「議員やっているよりいいんじゃない」と言われたという。

稲盛和夫京セラ名誉会長とともに鳩山由紀夫首相の数少ない財界人脈の一人とされている(朝日新聞09年9月25日)

2010年、情報通信業界を震撼させたNTT再編問題、いわゆる「光の道構想」の「仕掛け人」(AERA 2010.11.29号)と言われる。原口総務大臣(当時)とは、松下政経塾の同窓で「経済政策の先生を務めた仲」である。

2011年、ソフトバンクが定款を変更し、再生エネルギーに事業進出。菅直人総理と孫正義社長を結びつけ、菅政権が再生エネルギー法案を退陣の条件とし、脱原発路線に舵をきった「キーマン」(BOSS 2011.10月号)とも言われる。

2012年3月、鳩山元総理とともに次期中国共産党中央委員会総書記習近平氏と人民大会堂にて会談。アジア・スーパーグリッド構想を説明し、習近平氏の賛意を得たとされる。(日本経済新聞2012年5月17日)孫正義氏が提唱するアジア・スーパーグリッド構想推進の参謀役と言われている。

2013年、スプリント買収においては、いち早く日本政府の支持をとりつけワシントンのロビイストとも「たった5分でわかりあえた」(朝日新聞2013年10月31日)という関係を構築し、元政治家らしい活躍で、米国政府承認獲得の立役者となった。

2014年、ソフトバンク顧問。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]