鈴木淳司

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日本の旗 日本の政治家
鈴木 淳司
すずき じゅんじ
生年月日 (1958-04-07) 1958年4月7日(59歳)
出生地 日本の旗 愛知県瀬戸市陶原町
出身校 早稲田大学法学部
前職 松下政経塾
所属政党 自由民主党細田派
称号 法学士
公式サイト 衆議院議員 鈴木じゅんじ Official Site

選挙区 比例東海ブロック→)
愛知7区→)
比例東海ブロック
当選回数 4回
在任期間 2003年11月10日 - 2009年7月21日
2012年12月18日 - 現職

Flag of Seto, Aichi.svg 瀬戸市議会議員
当選回数 2回
在任期間 1991年 - 1999年
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鈴木 淳司(すずき じゅんじ、1958年4月7日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(4期)、衆議院法務委員長

経済産業副大臣第3次安倍第1次改造内閣)、総務大臣政務官福田康夫改造内閣麻生内閣)、瀬戸市議会議員(2期)等を務めた。

来歴[編集]

愛知県瀬戸市陶原町生まれ[1]。瀬戸市立陶原小学校、瀬戸市立水無瀬中学校、愛知県立千種高等学校早稲田大学法学部卒業[1]。大学卒業後、松下幸之助が設立した松下政経塾に入塾(第3期生)[1][2]

1991年、出身地の瀬戸市議会議員選挙に出馬し、初当選した。1995年に再選され、2期8年務める[1]1999年の市議選には出馬せず、退任[2]2000年第42回衆議院議員総選挙自由民主党公認で愛知7区から出馬し、民主党新人の小林憲司3,050票差まで迫るも、落選した。なお、この総選挙の直前に、連立政権を組んでいた保守党から青山丘が自民党に入党したため、コスタリカ方式が導入され、選挙後は鈴木が比例区の支部長に就任した。2003年第43回衆議院議員総選挙比例東海ブロック単独で立候補し、当選した(青山丘は愛知7区で小林憲司に敗れ、比例復活)。

2005年第44回衆議院議員総選挙では愛知7区から自民党公認で出馬し、民主党前職の小林憲司を破り再選された。この直前、郵政民営化に反対し、衆議院本会議における採決で造反した青山は新党日本の結党に参加し、比例東海ブロック単独で出馬したが、落選した(その後、国民新党に入党)。なお選挙後、対抗馬だった小林は覚醒剤所持の疑いで逮捕された[3]2008年福田康夫改造内閣総務大臣政務官に任命され、麻生内閣まで務めた。2009年第45回衆議院議員総選挙では自民党公認で愛知7区から出馬したが、民主党新人の山尾志桜里に敗れ、比例復活もできず落選した。

2012年第46回衆議院議員総選挙では自民党公認で愛知7区から出馬し、前回敗れた山尾を比例復活すら許さずに下し、3年3ヶ月ぶりに国政に復帰した。2014年第47回衆議院議員総選挙では、愛知7区で前回破った山尾に5千票あまりの差で敗れたが、重複立候補していた比例東海ブロックで復活し、4選。2015年第3次安倍第1次改造内閣経済産業副大臣に任命される。2016年衆議院法務委員長に就任した[4]

政策・主張[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
山際大志郎高木陽介
日本の旗 経済産業副大臣
高木陽介と共同

2015年 - 2016年
次代:
松村祥史高木陽介
先代:
岡本芳郎二之湯智秋葉賢也
日本の旗 総務大臣政務官
中村博彦坂本哲志と共同

2008年 - 2009年
次代:
長谷川憲正階猛小川淳也
議会
先代:
葉梨康弘
日本の旗 衆議院法務委員長
2016年 -
次代:
(現職)