藤野真紀子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
藤野真紀子
ふじの まきこ
生年月日 (1949-09-15) 1949年9月15日(68歳)
出生地 東京都千代田区
出身校 聖心女子大学文学部
前職 料理研究家
所属政党 自由民主党二階グループ
称号 文学士
配偶者 藤野公孝(元参議院議員)
公式サイト 藤野真紀子の美味しい話

選挙区 比例東海ブロック愛知4区
当選回数 1回
在任期間 2005年9月 - 2009年7月21日
テンプレートを表示

藤野 真紀子(ふじの まきこ、旧姓:金坂、1949年昭和24年〉9月15日 - )は、日本政治家料理研究家エッセイストである。自由民主党に所属し、衆議院議員(1期)を務めた。

人物[編集]

東京都千代田区生まれ[1]白百合学園を経て、聖心女子大学卒業。大学ではフランス史を専攻していた。

アメリカフランスでの経験に基づいて、菓子料理の研究や指導を行う。特にフランスの食文化を日本に伝える活動をしているほか、食を通じて豊かな心を育てる「食育」にも力を入れており、子供たちには菓子作りの楽しさ、母親には子供とのお菓子作りの大切さを伝えるとしている。

経歴[編集]

料理研究[編集]

大学卒業の翌年である1973年(昭和48年)、当時運輸省官僚であり、後に参議院議員を務めた夫、藤野公孝と結婚した。

夫の転勤に伴いニューヨークに転居、同地でアメリカン・ベーキングを学んだことをきっかけに料理研究家としてデビューした。その後パリに居住、エコール・リッツ・エスコフィエでお菓子と料理のディプロマを取得するとともに、ル・コルドン・ブルー、ラ・バレンヌ、ル・ノートルなどで料理を学んだ。また、マダム・ヴォージェルにフランス家庭料理を学んだ。

帰国後、菓子と料理の教室「マキコフーズ・ステュディオ」を主宰。2000年(平成12年)には、厚生省(当時)の「女性のライフスタイルの変化などに対応した年金の在り方に関する検討会」の委員を務めた。

フランス親善[編集]

毎年1 - 2回、藤野真紀子がプロデュースしたツアーでフランスの製菓学校「エコール・ガストロ・ノミック・ドゥ・パリ・ベルエ・コンセイユ」にて約60名近い生徒と研修を行っている。

同年10月18日フランス食品振興会が主催するロワールワイン・ソムリエコンクールレセプションで「レーヌ・ド・ローズ(薔薇の女王)」に任命された。2001年(平成13年)にはフランス政府観光局・エールフランスが共催した「2001年度フランスの旅委員会」親善大使に就任し、その後は同名誉親善大使とされている。

衆議院議員[編集]

政治の素人なので選挙には出ないと公言していたが、自民党執行部から請われて2005年(平成17年)の第44回衆議院議員総選挙愛知4区から立候補した。選挙では食育で愛知4区を日本一治安の良い地域にすること、アトピー性皮膚炎の完治・撲滅、食のテーマパーク名古屋でつくることを訴え、障害者自立支援法の成立を公約した。選挙の結果、小選挙区では落選したものの、片山さつき佐藤ゆかりと共に自民党の女性枠候補として比例名簿第一位に記載されたことから比例東海ブロックで当選、衆議院議員に就任した。

2009年(平成21年)の第45回衆議院議員総選挙では、公明党の推薦を受け、前回と同じく愛知4区から出馬するも民主党牧義夫の約半分の得票にとどまり、比例代表での順位優遇もされなかったため、比例復活もならず落選した。藤野は自身の年齢と「次の選挙は地元の人の出馬が適している」との理由を挙げて政界引退を表明した[2]。なお、2012年(平成24年)の第46回衆議院議員総選挙において彼女の後任として愛知4区から出馬した工藤彰三は愛知出身者である。

所属していた団体・議員連盟[編集]

CM[編集]

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.273
  2. ^ “自前の藤野真紀子氏、政界引退へ 小泉チルドレン”. 共同通信社. 47NEWS. (2009年9月6日). http://www.47news.jp/CN/200909/CN2009090601000246.html 2014年5月25日閲覧。 

外部リンク[編集]