内田康宏
| 内田 康宏 うちだ やすひろ | |
|---|---|
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| 生年月日 | 1952年12月23日(66歳) |
| 出生地 | 愛知県岡崎市 |
| 出身校 | 日本大学法学部政治経済学科 |
| 前職 | 愛知県議会議員 |
| 所属政党 |
(自由民主党→) 無所属 |
| 称号 | 法学士 |
| 公式サイト | 岡崎市長 内田康宏のホームページ |
| 当選回数 | 2回 |
| 在任期間 | 2012年10月21日 - 現職 |
| 選挙区 | 岡崎市選挙区 |
| 当選回数 | 7回 |
| 在任期間 | 1987年4月30日 - 2012年9月11日 |
内田 康宏(うちだ やすひろ、1952年12月23日 - )は、日本の政治家。愛知県岡崎市長(2期)。第86代愛知県議会議長、愛知県議会議員(7期)を歴任した。
経歴[編集]
愛知県岡崎市旧康生町生まれ[注 1]。岡崎市立連尺小学校、岡崎市立城北中学校、愛知県立岡崎北高等学校卒業。高校時代は水泳部に所属した。日本大学法学部政治経済学科を卒業後、アメリカ合衆国に渡る。1976年、インディアナ大学に入学し、政治学を専攻した[2][3]。
1979年5月、政治評論家の飯島清の紹介により安倍晋太郎衆議院議員の秘書となり[4]、全国遊説の随行役を担った[5]。1980年初めからは福田派の清和会事務所に詰める。1980年5月19日に衆議院が解散すると、政治団体「明日の岡崎をきずく会」は内田に旧愛知4区からの出馬を即座に要請[6]。6月22日に行われた総選挙に無所属で立候補するも次点で落選[注 2]。
1986年7月の総選挙で杉浦正健が初当選し、31年ぶりに岡崎から自民党代議士が誕生。党岡崎市支部はその余勢を駆って、愛知県議会・岡崎市選挙区定数4のうち3議席獲得を目論む。ところが翌年の県議選に向けて、現職の柴田尚道のほか、内田、前市議の柴田紘一、前市議の青山秋男が公認を求めたことから議論が紛糾。党支部は県連に一任し、結局一次公認の現職に新人3人を加え、定数いっぱいの4人を公認することで決着がついた[8][9]。
1987年4月の愛知県議会議員選挙で、現職の小見山徹之助(民社党)、柴田尚道(自民党)、元市議の八田広子(日本共産党)、柴田紘一(自民党)、青山秋男(自民党)らを相手に戦い初当選した。小見山24,986票、八田19,493票、内田18,167票、柴田(紘)17,718票、柴田(尚)17,124票、青山16,310票。八田以下はいずれも接戦であり、3期目の柴田尚道は党岡崎市支部長の要職にありながら、4位当選の柴田紘一に594票差で敗れた[10]。
2003年11月28日、愛知県議会の第95代副議長に就任[11]。2006年5月26日、第86代議長に就任した[12]。2011年、7期目の当選を果たす。
2012年岡崎市長選挙[編集]
2012年4月26日、任期満了に伴う市長選に出馬することを表明した[13]。6月1日、現職の柴田紘一市長は不出馬を表明。柴田は同日行われた記者会見で「後継者は決めない」と明言するも[14]、その頃にはすでに大村秀章愛知県知事に働きかけ、日本一愛知の会の園山康男県議の擁立に動いていた[15]。7月20日、園山が正式に出馬を表明したのち[16]、柴田市長は8月6日の記者会見で園山支持を明らかにした[17]。9月4日、市議会定例会で民主党市議の中根薫がその真意を尋ねると、柴田は「園山県議ならば、きっと間違いない道を歩んでくれると感じ、推薦をした」と述べた上、内田陣営を「正常な姿ではない」と痛罵した[注 3]。そして岡崎市議会自民党系会派の15名の市議のうち4名は、公然と園山を支持した[注 4]。9月11日、内田は県議を辞職[24]。10月9日、公明党は園山の支持を決定[25]。
同年10月14日、岡崎市長選挙が告示される。内田は自民党の推薦を受けて無所属で立候補。園山は公明党の支持と連合愛知の推薦のほか[26]、前述の大村秀章知事と柴田紘一前市長、自民系市議の一部、民主党の中根康浩衆議院議員の支援を受けて立候補[27][28]。10月21日に投票が行われ、初当選を果たした[29][30][31]。なおこの日は市議選、両候補者の辞職に伴う県議補選も行われ、岡崎市にとって戦後初のトリプル選挙となった。
※当日有権者数:291,200人 最終投票率:57.81%(前回比:-1.24ポイント)
| 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 内田康宏 | 59 | 無所属 | 新 | 87,269票 | 54.52% | (推薦)自由民主党 |
| 園山康男 | 47 | 無所属 | 新 | 72,801票 | 45.48% | (支持)公明党 (推薦)連合愛知 |
岡崎市長として[編集]
- 2012年
- 10月21日 - 市長就任。
- 2013年
- 4月1日 - 官民連携組織である「岡崎活性化本部」を岡崎商工会議所内に設置[32]。
- 7月25日 - 第1回市民対話集会を開催。以後2014年11月までの間に、19回にわたって市内47学区の市民との対話集会を行った。
- 12月20日 - 新築か改修かで議論になっていた岡崎市民会館の老朽化対策について、改修で行くことを決定した。この決定は前市長時代に着手されていた移転・新築計画[33]を白紙撤回するもので、内田の選挙公約でもあった[34]。
- 2014年
- 5月29日 - 学校法人藤田学園と「大学病院の建設に関する協定」を結んだ。内容は24時間救急医療に対応できる大学病院を市内針崎町に建設するというもので、2020年4月開院を目指す[35]。
- 8月28日 - 乙川周辺の大規模な整備計画(乙川リバーフロント地区整備計画)を発表。東岡崎駅前のペデストリアンデッキの建設、幅員17メートルの人道橋の架設、中央緑道と籠田公園の整備、乙川河川敷の整備などを主な内容とし、2015年度からの5年間で完成する予定[36]。
- 11月25日 - 2年後に迎える市制施行100周年を記念した事業「新世紀岡崎 飛躍祭」の概要を発表した。市内の法人や学生団体が実施する事業100件(上限)に対して計1億円の補助金を市が支給する「新世紀岡崎チャレンジ100」など、様々な新規事業が含まれている[37]。
- 2015年
- 3月29日 - 篤志家から寄贈された恐竜のモニュメント5体すべてが東公園に設置された[38]。市の新たな観光スポットとなることが見込まれる(その後も寄付を受け、恐竜は計7体となった[39]。
- 3月30日 - 岡崎市の進める計画「乙川リバーフロント地区かわまちづくり」が、国土交通省の「かわまちづくり支援制度」の登録認定を受ける。愛知県管理の河川では初めての登録となった[40][41]。
- 8月22日 - 市の観光プロモーションのため吉本新喜劇に岡崎市長役で出演。岡崎市を舞台とした現代劇が8月18日から1週間にわたってなんばグランド花月で上演され、内田は期間中の22日に出演した[42]。
- 11月15日 - 「岡崎さくら100年プロジェクト」の桜の植樹がスタート。寄付で集まった桜の苗木1,154本を2016年3月末までに市内全域の22箇所に植える。新たに植樹するのは、ジンダイアケボノや八重紅枝垂などソメイヨシノ以外の7品種[43]。
- 2016年
- 1月15日 - 自然科学研究機構と教育支援や学術研究の分野で協力する連携協定を結んだ。協定は、市内の三研究所(分子科学研究所・基礎生物学研究所・生理学研究所)のほか三鷹市の国立天文台や土岐市の核融合科学研究所を含めた機構の全組織が対象で、機構が自治体と締結するのは岡崎市が初めて[44]。
- 2月26日 - JR岡崎駅東口ロータリーの南で空き地となっている11,000平方メートルの市有地に民間資本を導入し、再開発の拠点とする計画を発表した。開発事業者には8,000平方メートルを貸し、残りの3,000平方メートルについては市が新たに公園を整備する[45][注 5]。
- 5月23日 - 歴史まちづくり法に基づく市の歴史的風致維持向上計画が国から認定されたことを受けて、同計画の概要を発表した。岡崎城下・東海道地区と滝山寺地区を計画の重点区域とした。また、徳川宗家18代当主の徳川恒孝に名誉顧問を委嘱した[49]。
- 7月1日 - 「岡崎市制施行100周年記念式」を岡崎中央総合公園武道館にて挙行[50]。
- 10月16日 - 岡崎市長選挙。再選。
- 2017年
- 2018年
- 3月30日 - 乙川リバーフロント地区内の回遊性を生み出す公民連携事業「QURUWA戦略」[52]が評価を受け、岡崎市は国土交通省と内閣府による「地方再生のモデル都市」に選ばれた[53]。QURUWA戦略の総事業費46億2,000万円のうち、約半額が国からの交付金で賄われる見込み[54]。
- 3月31日 - 愛知県と岡崎市は愛知県がんセンター愛知病院(同市欠町)の経営を2019年4月から岡崎市民病院に移管することで基本合意し、その覚書を交わした[55]。愛知病院の土地と建物は県が市に10年間、無償で貸与し、市民病院の結核病棟の整備費も県が負担する[56]。内田は会見で「市民病院と愛知病院は距離が近く、がん診療で競合している部分があった。競合する機能を再編すれば、財政面の効果に加え、地域医療の充実にもつながる」と述べた[57][58]。
- 7月31日 - 市内の公立小学校47校と公立中学校20校の普通教室に約30億円を投じて業務用エアコンを設置すると発表[59]。
- 8月20日 - 小中学校のエアコン設置完了時期を当初予定していた2020年6月から前倒しすると明らかにした。小学校の普通教室と特別教室と中学校の特別支援学級など1212教室については2019年6月までに、中学校の普通教室と特別教室など567教室については2019年12月までに完了する予定(その後さらに前倒しされ、中学校の普通・特別教室も2019年6月までに設置されることとなった)。PFI方式で事業を実施する[60]。
- 11月19日 - 東阿知和町、西阿知和町、真福寺町の3町にまたがって造成が計画されている「阿知和地区工業団地」の整備事業につき、事業主体を愛知県企業庁から市に移すと発表した。これにより、同団地西側の東名高速道路のスマートインターチェンジの設置に向けた調整が容易になる予定[61][62]。
人物[編集]
- 家族は、妻、二男一女。
- 無類の犬好き。幼児期は犬小屋で犬といっしょに寝ていたという。現在、岡崎市動物総合センターから引き取った犬1匹と猫3匹、拾った猫3匹に囲まれ暮らしている[63][64][65]。
- 特に影響を受けた本として、『正法眼蔵』(道元)、『保守本流の思想と行動』(松野頼三)、『左遷の哲学』(伊藤肇)などを挙げている[66]。
- 座右の銘は「我が志によって立ち、我が旗のもとに倒れる、もって悔いなし」[67]。
著書[編集]
- 『多岐亡羊』 東海愛知新聞社、1994年10月25日。
- 『夢ある新しい岡崎へ』 ゆいぽおと、2018年10月29日。ISBN 978-4877584740。
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 1957年11月15日、戦後復興事業完成に伴う町名変更が実施された。旧康生町はこのとき康生町、康生通東1・2丁目、康生通西1~4丁目、康生通南1~3丁目に分かれた[1]。
- ^ 1980年の衆院選においては、当時岡崎市長だった父親の内田喜久が公職選挙法違反で逮捕され、選挙8日後の6月30日に辞職した[7]。
- ^ 中根薫は内田の父親の内田喜久元市長の支援者として知られ、1971年の市議選で初当選した。1979年に県議に転身[18]。1980年7月10日、同年の衆院選にからみ買収容疑で逮捕される[19]。1983年に再選されるも、最高裁上告棄却を受けて1985年4月17日に辞職届を提出した。1992年に岡崎市長選に出馬し落選[20]。2012年当時は市議を務めていた。「柴田市長の政治姿勢に感動を覚えた」「一点の落ち度もないくらい、私どもが柴田市政に物申すことなど全く見当たりませんでした」「柴田市長の決断は、無傷のまま、芝居でいえば六方を踏んで花道を引き下がられる見事なものだと、私に感動を与えてくださった」と柴田を持ち上げた中根は、息子の中根康浩衆議院議員とともに園山の応援に回った[21][22]。
- ^ 園山を支援した自民党市議4名は中根勝美(山綱町)、蜂須賀喜久好(大門)、山崎泰信(下三ツ木町)、永田寛(上佐々木町)[23]。
- ^ 2017年10月13日、JR岡崎駅東側に結婚式場、レストラン、イベントホール、宿泊用の客室などを備えた複合施設がオープン[46]。2018年3月24日には、市民公募で名称が決まった「出会いの杜公園」が同じく駅東側にオープンした[47]。現在、東口駅前広場ではペデストリアンデッキを整備中である[48]。
出典[編集]
- ^ 『新編 岡崎市史 史料 現代 11』 新編岡崎市史編さん委員会、1983年6月30日、98頁。
- ^ 略歴と経歴(2011年まで) | 岡崎市長 内田康宏のホームページ
- ^ “インディアナ大学同窓会 in 岡崎”. 内田康宏のブログ (2014年1月22日). 2017年11月11日閲覧。
- ^ “安倍晋太郎先生墓参”. 内田康宏のブログ (2013年11月27日). 2017年11月11日閲覧。
- ^ “内田やすひろクロニクル 第3回 「安倍晋太郎先生の秘書になる」”. 内田康宏のブログ (2012年9月27日). 2017年11月11日閲覧。
- ^ 『東海愛知新聞』1980年5月20日、1面、「四区は七人の争いか 衆院解散 参院と初の同日選挙」。
- ^ 『市政だより おかざき』1980年12月15日号。
- ^ 『東海愛知新聞』1987年1月1日、2面、「岡崎は少数激戦模様 西三河の県議選展望 無投票区増えそう」。
- ^ 『中日新聞』1987年4月5日付朝刊、県内版、12面、「県議選激戦区ルポ <上> 岡崎市 自民4人乱立 地盤綱引き、骨肉の闘い」。
- ^ 『東海愛知新聞』1987年4月13日、1面、「県議選 続々勝ち名乗り 八田・内田氏ら当選 岡崎 豊田・東加茂、西尾は現職勝つ」。
- ^ 愛知県議会会議録 平成15年11月定例会(第1号)。
- ^ 愛知県議会会議録 平成18年5月臨時会(第1号)。
- ^ “内田県議が出馬表明 無所属で10月の岡崎市長選”. 東海愛知新聞. (2012年4月27日) 2013年12月6日閲覧。
- ^ “柴田紘一市長 4選不出馬を表明 後継者決めず 市政に新しい風”. 東海愛知新聞. (2012年6月2日) 2013年12月6日閲覧。
- ^ 『中日新聞』2012年10月22日付朝刊、三河C版、18面、「岡崎市長選 『公約一つ一つ実現』 内田さん新市政へ抱負」。
- ^ 『中日新聞』2012年7月21日付朝刊、三河愛知版、21面。
- ^ 『中日新聞』2012年8月7日付朝刊、西三河版、12面、「次期岡崎市長選で園山支持を表明 柴田市長会見」。
- ^ 『愛知県議会史 第十三巻』 愛知県議会、2008年3月15日、249頁。
- ^ 『朝日新聞』1980年7月11日、1面、「500万円受領・買収謀議の容疑 中根県議を逮捕」。
- ^ 『東海愛知新聞』1992年7月27日、1面、「中根鎭夫氏、史上初の4選 3新人を大差で破る」。
- ^ 岡崎市議会議事録 平成24年9月定例会 - 09月04日 - 16号。
- ^ 本井宏人「この人に聞きたい 中根薫さん(77)」 『朝日新聞』2012年11月11日。
- ^ 本井宏人「岡崎トリプル選 市長選、混沌 両陣営に心配の種」 『朝日新聞』2012年10月9日付朝刊、三河13版、23面。
- ^ 愛知県議会会議録 平成24年9月定例会(第1号)。
- ^ 『朝日新聞』2012年10月10日付朝刊、三河13版、23面、「公明は園山氏 岡崎市長選で支持」。
- ^ 相原亮「足元の敗戦、衆院選に影 岡崎市長選で大村知事 『一枚岩に』自民に追い風」 『朝日新聞』2012年10月23日付朝刊、29面。
- ^ 『朝日新聞』2012年10月17日付朝刊、三河13版、21面、「岡崎市長選 候補者の横顔」。
- ^ 本井宏人「トリプル選 衆院選も便乗 知事も週末ごと岡崎入り」 『朝日新聞』2012年10月18日付朝刊、三河13版、27面。
- ^ “岡崎市長選あす投票 応援大詰め 「第3極」 VS 自民”. 読売新聞. (2012年10月22日)
- ^ “選挙:岡崎市長選/岡崎市議選/県議補選 市長選、内田氏が初当選 保守票手堅く 県議補選は中根、鈴木氏 /愛知”. 毎日新聞. (2012年10月22日)
- ^ “岡崎市長に内田氏初当選”. 読売新聞. (2012年10月22日)
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- ^ 『中日新聞』2013年12月21日付朝刊、西三河版、20面、「岡崎市民会館の改修決定 市長発表 15年秋に着工、22億円」。
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- ^ “「新しい犬が来ました」”. 内田康宏のブログ (2014年3月29日). 2017年11月11日閲覧。
- ^ “新居と新入家族”. 内田康宏のブログ (2018年9月24日). 2018年11月8日閲覧。
- ^ “私が影響を受けた6冊の本”. 内田康宏のブログ (2012年10月4日). 2017年11月11日閲覧。
- ^ 内田やすひろインタビュー | 岡崎市長 内田康宏のホームページ
外部リンク[編集]
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