江島潔

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日本の旗 日本の政治家
江島 潔
えじま きよし
江島潔(自民党参議院山口県第一選挙区支部長).jpg
生年月日 1957年4月2日(57歳)
出身校 東京大学大学院工学系研究科修士課程
前職 山口県下関市長
現職 参議院議員
所属政党 無所属→)
日本新党→)
(無所属→)
自由民主党町村派
親族 父・江島淳(元参議院議員
配偶者
公式サイト 江島潔facebook

選挙区 山口県選挙区
当選回数 1回
任期 2013年4月29日 - 現職

当選回数 1回
任期 2005年3月28日 - 2009年3月26日

Flag of Shimonoseki, Yamaguchi.svg 第32・33・34代 旧・山口県下関市長
当選回数 3回
任期 1995年4月30日 - 2005年2月12日
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江島 潔(えじま きよし、1957年4月2日 - )は、日本政治家自由民主党所属の参議院議員(1期)。前山口県下関市長(4期)。

参議院議員、大蔵政務次官を務めた江島淳は父。祖父の江島鉄雄は下関市議会議員を務めた。

経歴[編集]

山口県下関市生まれ。東京都立戸山高等学校東京大学工学部を卒業後、東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。

千代田化工建設技師、東亜大学講師、水産大学校非常勤講師を経て、1991年下関市市長選挙に無所属で、1993年第40回衆議院議員総選挙旧山口1区から日本新党公認で出馬したが、いずれも落選。1995年、下関市長選挙に再び無所属で出馬し、現職の亀田博市長を破り初当選した(亀田は2003年に下関市議に転出)。この時の下関市長選では安倍晋三自由民主党及び反自民の「市民連合」の双方から支援を受けたが、当選後は親自民の立場を鮮明にした。また選挙戦で掲げた「国民健康保険料の値下げ」「沖合人工島埋め立て計画の見直し」等の公約を反故にする。1999年の下関市長選では、前任の亀田博に加え古賀敬章(前衆院議員。江島が落選した第40回衆議院議員総選挙において旧山口1区で当選)が出馬したが、江島が再選された。2003年、下関市長に3選。

2005年新設合併に伴う下関市長選に立候補。山口県議会議員を辞職して出馬した中尾友昭の猛追を受けるが、2515票の僅差で中尾を破り、4選[1]

2009年2月、下関市議会において5選不出馬の意向を表明し、同年3月26日をもって退任。市長退任後は倉敷芸術科学大学生命科学部客員教授を務めた。

2012年12月、参議院山口県選挙区補欠選挙自由民主党公認で出馬する意向を表明[2]2013年4月28日に投開票が行われ、無所属で出馬した元法務大臣平岡秀夫らを破り、初当選した。得票数は287,604票(得票率63.4%)[3][4]

下関市長時代の主な業績[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

人物[編集]

  • 趣味は、ジョギング、自転車。少林寺拳法二段。
  • 家族は妻・智子、2男2女。

論文[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]

先代:
亀田博
Flag of Shimonoseki, Yamaguchi.svg 山口県下関市長
1995年 - 2009年
次代:
中尾友昭