佐藤茂樹 (政治家)

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佐藤 茂樹
さとう しげき
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生年月日 (1959-06-08) 1959年6月8日(62歳)
出生地 日本の旗 滋賀県大津市
出身校 京都大学法学部
前職 日本IBM社員
所属政党公明党→)
(公明新党→)
新進党→)
自由党→)
公明党
称号 法学士
公式サイト 衆議院議員 佐藤しげき オフィシャルウェブサイト

選挙区旧大阪6区→)
比例近畿ブロック→)
大阪3区
当選回数 10回
在任期間 1993年7月18日 - 2000年6月2日
2003年6月23日 - 現職
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佐藤 茂樹(さとう しげき、1959年6月8日 - )は、日本政治家公明党所属の衆議院議員(10期)。

経歴[編集]

滋賀県大津市出身。大津市立膳所小学校・大津市立栗津中学校から滋賀県立膳所高等学校を経て、京都大学法学部に進学。大学卒業後は日本IBMに勤務し、1993年の第40回衆議院議員総選挙で当時の旧大阪6区から公明党公認で立候補し当選。

その後、公明新党・新進党自由党・公明党と所属政党を変えながらも、小選挙区比例代表並立制の現行選挙制度導入以降は比例近畿ブロックからの単独立候補・当選を続けていた。

1998年の公明党再結成にも参画する。

2000年6月13日投開票の第42回衆議院議員総選挙では比例近畿ブロックの名簿第6位で立候補し、次点となる。

2003年6月10日、比例近畿ブロックで当選し衆議院議員であった久保哲司が死去。同月20日に中央選挙管理会が開いた選挙会で、次点となっていた佐藤の繰り上げ当選が決定し、同月23日付で告示された。

2012年第46回衆議院議員総選挙以降は引退した田端正広の後継として大阪3区から立候補し、以降同区で4期連続当選を重ね現在に至っている。

この間、2003年9月に第1次小泉第2次改造内閣国土交通大臣政務官2013年9月に第2次安倍内閣厚生労働副大臣労働福祉年金の担当[1])を務めている。

政策・主張[編集]

夫婦別姓
選択的夫婦別姓制度導入に賛成[2]
日本国憲法
2012年の第46回衆議院議員総選挙においては、日本国憲法改正に反対する意向を示した[3]。2014年の第47回衆議院議員総選挙においても、日本国憲法第9条の改正について反対すると主張している[4]
集団的自衛権
日本の集団的自衛権の行使解禁には明確に反対していた。2012年の第46回衆議院議員総選挙に際し、集団的自衛権の行使を禁じた憲法解釈を変更すべきか問われ、見直す必要はないと回答していた[3]。また、2014年の第47回衆議院議員総選挙に際し、集団的自衛権の行使に賛成か問われ、反対すると明確に主張していた[4]。しかし、集団的自衛権の行使容認を盛り込んだ「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」案と「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」案が第189回国会に上程されると、一転して賛成票を投じた。
大阪都構想
大阪維新の会が推し進める大阪都構想を巡っては、東京都以外でも特別区の設置を可能にする大都市地域における特別区の設置に関する法律(大都市法)が2012年に制定される際、通常の市町村合併では行われない住民投票が必要な理由について佐藤は「権限や税財源の面でいわば格下げとも言える事態が生じて、通常の市町村合併以上に住民の生活等に大きな影響があるから」と国会で答弁した[5]2015年に行われた大阪都構想の是非を問う住民投票でも佐藤の所属する公明党は反対に回ったが、2019年大阪府知事市長選挙で維新が圧勝したことを受け公明党が賛成に転じ、当時党府連代表であった佐藤は2020年二度目の住民投票では都構想を「歴史的な改革」と持ち上げ、先頭に立って所属議員や支持母体の創価学会へ積極的な協力を呼びかけた[6]。二度目の住民投票も反対多数で否決され、その後佐藤は府連代表を退任した[7]

人物[編集]

主な所属議員連盟[編集]

現在の役職[編集]

衆議院[編集]

公明党[編集]

  • 国会対策委員長
  • 外交安全保障調査会長
  • 経済再生調査会副会長
  • 女性の活躍推進本部長代理
  • 安全保障部会長
  • 社会保障制度調査会副会長
  • 関西方面副本部長

過去の役職[編集]

内閣[編集]

衆議院[編集]

公明党[編集]

  • 幹事長代理
  • 政務調査副会長
  • 国会対策副委員長
  • 団体渉外委員長代理
  • 労働局長
  • 外交安全保障部会長
  • 外交安全保障会議事務局長
  • 政治改革本部事務局長
  • 選挙対策委員長
  • 大阪府本部代表
  • 大阪府本部代表代行
  • 滋賀県本部顧問

選挙歴[編集]

当落 選挙 施行日 選挙区 政党 得票数 得票率
(%)
得票順位
/候補者数
定数 票差
(と次点者)
惜敗率
(%)
比例区
順位
当選者数
/候補者数
第40回衆議院議員総選挙 1993年07月18日 旧大阪6区 公明党 73,890 22.34 2/7 3 7,396 - - -
第41回衆議院議員総選挙 1996年10月20日 比例近畿ブロック 新進党 - - - 30 - - 7 10/24
第42回衆議院議員総選挙 2000年06月25日 比例近畿ブロック 公明党 - - - 30 - - 6[11] 5/11
第43回衆議院議員総選挙 2003年11月09日 比例近畿ブロック 公明党 - - - 29 - - 4 5/7
第44回衆議院議員総選挙 2005年09月11日 比例近畿ブロック 公明党 - - - 29 - - 3 5/7
第45回衆議院議員総選挙 2009年08月30日 比例近畿ブロック 公明党 - - - 29 - - 3 4/7
第46回衆議院議員総選挙 2012年12月16日 大阪3区 公明党 101,910 53.19 1/3 1 52,895 - - -
第47回衆議院議員総選挙 2014年12月14日 大阪3区 公明党 84,943 57.21 1/2 1 21,414 - - -
第48回衆議院議員総選挙 2017年10月22日 大阪3区 公明党 83,907 54.10 1/3 1 28,949 - - -
第49回衆議院議員総選挙 2021年10月31日 大阪3区 公明党 79,507 44.65 1/4 1 37,770 - - -
当選回数10回 (衆議院議員10)

脚注[編集]

  1. ^ 第185回国会 厚生労働委員会 第1号
  2. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  3. ^ a b 「候補者アンケートの回答」『2012衆院選 大阪3区 佐藤 茂樹 - 毎日jp(毎日新聞)毎日新聞社
  4. ^ a b 「候補者アンケートの回答」『2014衆院選 大阪3区 佐藤 茂樹 - 毎日新聞毎日新聞社
  5. ^ “大阪都構想、府市は推進一辺倒 「不安に応える」説明を=矢追健介(大阪社会部)”. 毎日新聞. (2020年10月9日). https://mainichi.jp/articles/20201009/ddm/005/070/005000c 2021年3月26日閲覧。 
  6. ^ “公明、維新と連携思惑外れ 自民としこり、衆院選「いばらの道」 都構想再否決”. 毎日新聞. (2020年11月5日). https://mainichi.jp/articles/20201104/k00/00m/040/287000c 2021年3月26日閲覧。 
  7. ^ “公明大阪府本部の佐藤代表が退任 都構想再否決受け引責 後任は石川参院議員”. 毎日新聞. (2020年11月14日). https://mainichi.jp/articles/20201114/k00/00m/040/077000c 2021年3月26日閲覧。 
  8. ^ http://www.mindan.org/front/newsDetail.php?category=0&newsid=22821
  9. ^ a b c d プロフィール |衆議院議員8期 公明党大阪本部代表 実行力の、佐藤 Sato-Shigeki Official Web site
  10. ^ 公式プロフィール
  11. ^ 2003年6月10日、比例近畿ブロックで当選し衆議院議員であった久保哲司が死去。同月20日に中央選挙管理会が開いた選挙会で、次点となっていた佐藤の繰り上げ当選が決定し、同月23日付で告示された。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

党職
先代:
高木陽介
公明党国会対策委員長
2021年 -
次代:
現職
公職
先代:
秋葉賢也
桝屋敬悟
日本の旗 厚生労働副大臣
土屋品子と共同

2013年 - 2014年
次代:
山本香苗
永岡桂子
先代:
菅義偉
高木陽介
森下博之
日本の旗 国土交通大臣政務官
鶴保庸介
斉藤滋宣と共同

2003年 - 2004年
次代:
岩崎忠夫
中野正志
伊達忠一
議会
先代:
桝屋敬悟
日本の旗 衆議院文部科学委員長
2007年 - 2008年
次代:
岩屋毅