梶原康弘

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日本の旗 日本の政治家
梶原 康弘
かじわら やすひろ
生年月日 (1956-10-14) 1956年10月14日(60歳)
出生地 日本の旗 兵庫県篠山市
出身校 早稲田大学第一文学部
所属政党 無所属→)
新進党→)
自由党→)
民主党
称号 文学士
親族 父・梶原清参議院議員
公式サイト 梶原やすひろ公式ウェブサイト

選挙区 比例近畿ブロック→)
兵庫5区
当選回数 2回
在任期間 2003年11月9日 - 2005年8月8日
2009年8月30日 - 2012年11月16日
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梶原 康弘(かじわら やすひろ、1956年10月14日 - )は、日本政治家民主党所属の前衆議院議員(2期)。

父は元参議院議員梶原清

概要[編集]

兵庫県篠山市出身。東京都立豊多摩高等学校を経て、早稲田大学第一文学部卒業後、10年間参議院議員の秘書を経験。その後、電器機械器具製造会社の経営に携わる。1990年第39回衆議院議員総選挙無所属旧兵庫5区から出馬するも落選。また、1996年第41回衆議院議員選挙新進党公認で比例近畿ブロックに出馬するも落選した。2000年第42回衆議院議員総選挙では自由党公認で兵庫5区から出馬するも落選。2003年第43回衆議院議員総選挙で兵庫5区から民主党公認で出馬し、小選挙区では自由民主党谷公一に敗れるが、比例近畿ブロックで復活し初当選。

2005年第44回衆議院議員総選挙では再び谷に敗れ、比例復活もならず落選。

2009年第45回衆議院議員総選挙では谷を破り国政に復帰(谷も比例復活)。2012年1月、内閣総理大臣野田佳彦消費税増税などを含む社会保障・税一体改革関連法案の提出を表明した際には、法案の内容を批判した[注釈 1]衆議院本会議における社会保障・税一体改革関連法案の採決では欠席。

2012年10月、第3次野田改造内閣農林水産大臣政務官に就任。同年12月の第46回衆議院議員総選挙では前回下した谷に敗れ、比例復活もならず落選。

2013年12月、兵庫5区公認内定者に選ばれる。ところが、衆議院が解散した2014年11月21日岡田克也代表代行から公認取り消しを告げられる[1]。民主党本部主導で全国的に進める維新の党との選挙協力の一環で、同党は維新の党の三木圭恵に候補をしぼることとなった[2]

2014年の第47回衆議院議員総選挙には比例近畿ブロック単独23位で出馬[3]。同選挙では兵庫県内各地で野党連携が進んでおらず、選挙期間中、梶原も新聞の取材に対し「維新の橋下徹共同代表は民主批判を繰り返している。こちらから三木氏の応援はしないし、党本部からも指示は受けていない」と答えた[4]。投開票の結果、落選。

不祥事[編集]

  • JR福知山線脱線事故直後の2005年4月25日夜、JR西日本の車掌らが開いた宴会に招かれ、一次会が終わるまで参加していたことが5月8日判明した。取材に対し梶原は「会場に着くまで大事故とは知らなかった。こういう時に宴会をやるのかという思いはあったが、JRの公的な会合ではなく、私的な会合と聞いていたので参加した」と説明。「地元で多くの犠牲者が出ていた日にJR社員らと酒を飲んでいたことは、遺族感情を考慮すると、国会議員として結果的に軽率だった」と答えている[5]

主張[編集]

  • 在日外国人に対する参政権については「長年、日本に住み、納税の義務を果たし、地域住民との協力関係を構築してきた永住外国人たちは多い。国政への参政権は、国籍取得が条件だと思うが、地方参政権については一定の枠で認めてよいのでは」と述べている[6]

人物[編集]

  • 家族は、妻、娘二人。 趣味は、旅行、映画鑑賞[7]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 野田は「消費税の引き上げを現在の衆議院議員の任期終了後となる14年4月を予定しているため、公約違反ではありません」と述べている。j-cast2012年1月27日

外部リンク[編集]

公職
先代:
森本哲生仲野博子
日本の旗 農林水産大臣政務官
鷲尾英一郎と共同

2012年 -
次代:
稲津久長島忠美