鍵田節哉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

鍵田 節哉(かぎた せつや、1937年4月20日 - 2012年8月17日)は、日本の元政治家。元衆議院議員(通算2期)。

概要[編集]

奈良県生駒郡平群町出身。1958年にゼンキン連合(現JAM)に入局。以後、連合大阪事務局長等を歴任。

1996年に行われた第41回衆議院議員総選挙で新進党公認で比例近畿ブロックから出馬し、初当選を果たす。以後2期連続当選。いずれも比例近畿ブロックでの単独出馬であった。 議員在職中は民社協会に所属。厚生労働委員、民主党労働部会長等を務めた。また、民主党「ホームレス問題対策ワーキングチーム」の座長を務めた。2003年の衆議院議員選挙には出馬せず引退を表明した。引退後は民主党大阪府連顧問、財団法人労使関係研究協会副会長・関西支局長などを務めた。 2007年、旭日中綬章を受章。

2012年8月17日、肝臓がんのため死去[1]。75歳没。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 鍵田節哉・元民主党衆院議員死去時事通信2012年8月20日閲覧