原田憲治

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日本の旗衆議院議員 原田 憲治
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生年月日 1948年6月9日(68歳)
出身地 大阪府池田市
出身校 日本大学法学部政治経済学科卒業
学位・資格 法学士(日本大学)
前職 大阪府議会議員
世襲 有り
父・原田憲
選出選挙区 大阪9区
当選回数 3回
所属党派 自由民主党額賀派
会館部屋番号 衆議院第2議員会館1112号室
ウェブサイト 衆議院議員 原田憲治 ホームページ
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原田 憲治(はらだ けんじ、1948年6月9日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(3期)、総務副大臣第3次安倍第2次改造内閣)、自由民主党大阪府支部連合会副会長。 防衛大臣政務官第2次安倍改造内閣第3次安倍内閣)、自由民主党副幹事長大阪府議会議員箕面市豊能郡選挙区・3期)、箕面青年会議所理事長を歴任。

運輸大臣郵政大臣経済企画庁長官である原田憲の長男[1]

大阪府議会議員の原田こうじは自身の次男である。次男は池田市選挙区選出。

略歴[編集]

大阪府池田市出身。大阪学芸大学附属池田小学校大阪学芸大学附属池田中学校日本大学第三高等学校日本大学法学部政治経済学科卒業[1]

運輸大臣郵政大臣経済企画庁長官である父原田憲の秘書を経て1995年大阪府議会議員に当選し、3期(11年)務めた。

現職議員・西田猛の死去に伴い、2006年10月22日に実施された衆議院大阪9区補欠選挙自由民主党公認・公明党推薦で出馬し、民主党公認候補の大谷信盛を18,802票差の接戦の末に破って初当選した。奇しくも第41回衆議院議員総選挙で父・原田憲を下した議員の死去に伴う後継となった。10月23日、自民党会派への入会届が衆議院へ提出され、12月には津島派に入る[要出典]

2009年8月30日第45回衆議院議員総選挙に自民党公認、公明党推薦[2]で大阪9区から出馬。小選挙区では民主党の大谷信盛に52,550票差で敗北し、重複立候補していた比例近畿ブロックでの復活当選もできなかった。

2012年12月16日第46回衆議院議員総選挙にも自民党公認、公明党推薦で大阪9区から出馬。小選挙区では前職・大谷の票数は上回ったものの、日本維新の会足立康史に14,344票差で敗れた。しかし、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活当選(2選)。

2014年9月5日防衛大臣政務官に就任。

2014年12月14日第47回衆議院議員総選挙にも自民党公認、公明党推薦で大阪9区から出馬し、前回敗れた足立を下して3選(足立は比例復活)。

2014年12月25日、防衛大臣政務官再任。

2015年10月7日第3次安倍第1次改造内閣発足に伴い防衛大臣政務官退任。

2015年10月、自由民主党副幹事長、自由民主党国防部会長代理、自由民主党大阪府支部連合会副会長に就任。

2016年8月5日第3次安倍第2次改造内閣発足に伴い総務副大臣に就任。

政策[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 衆議院議員 原田憲治 プロフィール”. 2015年5月26日閲覧。
  2. ^ 比例貢献が基準?公明が自民92候補を推薦 2009年7月30日 読売新聞
  3. ^ a b 毎日新聞2012年衆院選アンケート
  4. ^ 毎日新聞2014年衆院選アンケート
  5. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  6. ^ a b 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年
  7. ^ 「安倍政権中枢に カジノ議連メンバーずらり」、しんぶん赤旗 2014年9月9日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]