熊田篤嗣

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日本の旗 日本の政治家
熊田篤嗣
くまだ あつし
生年月日 (1971-03-03) 1971年3月3日(46歳)
出生地 日本の旗滋賀県長浜市
出身校 京都大学法学部
前職 衆議院議員
所属政党 民主党→)
減税日本→)
減税日本・反TPP・脱原発を実現する党→)
日本未来の党
称号 法学士
公式サイト 熊田あつし 公式サイト

選挙区 大阪1区
当選回数 1回
在任期間 2009年 - 2012年11月16日
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熊田 篤嗣(くまだ あつし、1971年3月3日 - )は、日本政治家

衆議院議員(1期)、減税日本総務会長などを歴任した。

経歴[編集]

滋賀県長浜市生まれ。名古屋市で育ち、愛知県立旭丘高等学校京都大学法学部卒業。三菱電機勤務を経て参議院議員・福山哲郎、衆議院議員・吉田治らの秘書を務める。

2003年第43回衆議院議員総選挙2005年第44回衆議院議員総選挙大阪1区より出馬するも、中馬弘毅に敗北した。2009年に三度目の挑戦で初当選した。

2011年から2012年国土交通委員会、科学技術推進特別委員会、海賊・テロ対策特別委員会に所属。

2011年3月19日、福島第一原発政府・東電総合対策本部にサポートメンバーの一人として携わる。リモートコントロール化(ロボット化)担当として、放射線量の高い事故現場に投入するロボットを、調達したり開発したりするチームに属し活動。

2012年、内閣総理大臣野田佳彦消費税増税などを含む社会保障・税一体改革関連法案の提出を表明した際には、法案の内容を批判した[注釈 1]6月26日衆議院本会議における社会保障・税一体改革関連法案の採決では反対票を投じた。

2012年7月6日、消費増税関連法案の衆院採決で造反し党に残った当選1回の衆院議員12人と共に、「真の一体改革を実現する一期生の会 (真実の会)」を結成。福田衣里子衆院議員と共に代表世話人に就任。後に人数は、26人(衆院議員23人、参院議員3人)になった。8月7日、真実の会のうち、24人の連名で、前原誠司政調会長に、「社会保障と税の一体改革について再修正の提案」を申し入れた。8月10日、真実の会の代表者として、声明文を発表し記者会見を行う。23人の連名で、9月民主党代表選に向け、候補者擁立も視野に思いを一つに行動することを宣言。

2012年10月29日 「党に限界を感じた」事を理由に民主党に離党届を提出。30日に減税日本に入党。

2012年11月27日国庫政党交付金を返還。同日、日本未来の党に合流。

2012年12月16日第46回衆議院議員総選挙に日本未来の党公認で大阪1区より出馬するも、落選。2014年12月に行われる第47回衆議院議員総選挙に大阪1区から出馬模索するも、最終的に断念した[1]

所属していた団体・議員連盟[編集]

  • 太陽光発電推進議員連盟 事務局長
  • 無年金障害者問題を考える議員連盟 事務局長
  • ITER等核融合エネルギー実現推進議員連盟(超党派)事務局次長
  • 道州制懇話会(超党派)事務局次長
  • 焼肉を考える議員連盟 幹事 [2]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 野田は「消費税の引き上げを現在の衆議院議員の任期終了後となる14年4月を予定しているため、公約違反ではありません」と述べている。j-cast2012年1月27日

外部リンク[編集]