左藤章

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日本の旗 日本の政治家
左藤 章
さとう あきら
生年月日 1951年7月12日(65歳)
出生地 日本の旗 福井県坂井郡
出身校 福井大学工学部卒業
前職 セーレン従業員
政治家秘書
現職 大谷学園評議員
所属政党 自由民主党→)
新生党→)
新進党→)
(自由民主党→)
無所属→)
自由民主党(岸田派
称号 工学士(福井大学・1974年
親族 左藤義詮義祖父
左藤恵岳父
公式サイト 衆議院議員 左藤章 公式ウェブサイト

選挙区 大阪2区
当選回数 4回
在任期間 2000年6月26日 - 2003年10月10日
2003年11月10日 - 2005年8月8日
2012年12月17日[1] - 現職
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左藤 章(さとう あきら、1951年7月12日 - )は、日本政治家衆議院議員(4期)、自由民主党大阪府支部連合会副会長、学校法人大谷学園評議員、学校法人光華女子学園評議員、学校法人大阪聖徳学園理事、学校法人藤田学園理事、学校法人木村学園理事、社会福祉法人聖徳園理事。旧姓伊戸

社団法人大阪青年会議所副理事長、衆議院総務委員会理事、衆議院外務委員会理事、衆議院安全保障委員会理事、衆議院国家安全保障に関する特別委員会理事、防衛大臣政務官防衛副大臣内閣府副大臣などを歴任した。

概要[編集]

政治家左藤恵娘婿となり、恵の秘書となった。また、佐藤家が創始した大谷学園など、真宗大谷派系列の学校法人の役職を務めた。その後、衆議院議員を3期務めた。第2次安倍内閣では防衛大臣政務官第2次安倍改造内閣では防衛副大臣に加えて、内閣府副大臣を兼任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

福井県坂井郡(現あわら市)生まれ。福井県立高志高等学校福井大学工学部卒業。大学卒業後、セーレンに入社し、在職中に結婚。妻の父は衆議院議員左藤恵であり、結婚を機に左藤姓に改め、婿入りする。1979年、セーレンを退職し、以後義父である左藤恵の公設第一秘書を務める[要出典]。左藤恵の閣僚就任(郵政大臣法務大臣国土庁長官)の度、大臣秘書官を務め、左藤恵が自由民主党を離党し新生党の結党に参加した際は、自らもこれに従った[要出典]

1996年第41回衆議院議員総選挙新進党から比例近畿ブロック単独(名簿14位)で出馬したが、落選。その後、義父・左藤恵の自民党復党に伴い、自身も自民党の党籍を回復する。左藤恵の政界引退により、選出選挙区であった大阪2区地盤を継承。2000年第42回衆議院議員総選挙に自民党公認で大阪2区から出馬し、日本共産党石井郁子らを破り初当選した。

政治家として[編集]

初当選後、宏池会に入会する[要出典]2003年第43回衆議院議員総選挙でも、大阪2区で再選[2]

2005年郵政国会では、大阪府選出の自民党所属議員で唯一、郵政民営化に反対。郵政民営化関連6法案の衆議院本会議における採決では党の賛成方針に造反し、反対票を投じた。その後、郵政民営化法案参議院で否決され、小泉純一郎首相衆議院を解散する。解散後、左藤は自民党本部に対し、弁明書を提出した上で、選挙後の国会に郵政民営化関連6法案が再提出されれば賛成する姿勢を示し、自民党大阪府連もこれを受けて左藤の公認を自民党本部に対して申請したが[3]、結局公認を得られず、自民党は大阪2区に川条志嘉を擁立。第44回衆議院議員総選挙には無所属で大阪2区から出馬したが[4]、川条に2,530票差で敗れ、落選した。落選後は、朝夕、選挙区の駅前で街頭演説を行い[5]第45回衆議院議員総選挙への出馬に向けた準備を進めていたが、前回の総選挙によって生じた大阪2区の保守分裂状態は解消されず[6]2009年第45回衆議院議員総選挙においても無所属の左藤、自民党の川条が大阪2区から出馬。左藤は前回に比べ約1,400票を上積みしたが、川条は大幅に得票数を下げ、いずれも民主党新人の萩原仁に敗北した[7]

2012年第46回衆議院議員総選挙では、自民党の公認を受けて大阪2区から出馬し、日本維新の会新人の林原由佳、民主党から日本未来の党へ鞍替えした前職の萩原、無所属で出馬した元職の川条らを破り、7年ぶりに国政に復帰した[1][8]。選挙後に発足した第2次安倍内閣において、防衛大臣政務官に任命され、2013年9月まで務める。同年10月より自民党国防部会長。2014年9月4日第2次安倍改造内閣防衛副大臣に任命され[9]同月26日には内閣府副大臣に任命された[10]

政策・主張[編集]

日本国憲法
日本国憲法改正集団的自衛権の行使を禁じる内閣法制局憲法解釈の見直しに賛成[11]
原子力発電
原子力規制委員会の新基準を満たした原子力発電所の再稼働に賛成[11]
環太平洋戦略的経済連携協定
日本の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加に反対[11]
皇室制度
女性宮家の創設に反対[11]
内政
選択的夫婦別姓制度導入について、「どちらとも言えない」としている[12]

政治資金[編集]

資金パーティー[編集]

左藤が代表を務める政治団体が、左藤が副大臣在任中だった2014年に収入額1千万円以上の政治資金パーティーを開いていた[13]。大臣規範は政務三役に対し「国民の疑惑を招きかねないような大規模なパーティー」の自粛を求めている[13]

選挙区内の有力者をパーティーに招待[編集]

2012年12月3日シェラトン都ホテル大阪にて「左藤章君を再度国会へ送る会」と題するパーティーを開催した[14]。このパーティーは、参加者から会費2万円を徴収することになっていた[15]。ところが、マスコミにより「地元関係者によれば、このパーティーに左藤氏は選挙区内の社会福祉協議会の会長らを“無料招待”していたという」[15]と報じられたことから、「選挙に当選する目的でパーティーに無料招待すると『金券扱い』となる。つまり『選挙区内の地元有力者に2万円相当の供応接待』をしたとみられてもおかしくない。公選法221条の買収罪にあたる可能性」[15]があると指摘された。なお、パーティーが開催された2012年12月3日は、第46回衆議院議員総選挙の公示日の前日にあたる[15]
2014年10月17日には、衆議院安全保障委員会でもこの件が指摘された。この件について、左藤は「招待ではなく“来賓”として来てもらっている」[15]などと主張し、参加者の総数約900名のうち600名が来賓だったなどと説明した[15]。また、「来賓」対象者への招待状には、「会費20000円」と印刷された文字の上に「御来賓」と赤いスタンプが押されていたが、この点について「(スタッフが)たまたま上に押しただけ」[15]などと説明した。また、「来賓」対象者については「すべてが連合町会長などではない」としている[15]
同年10月20日、左藤はコメントを発表し「無料招待をしたことは一度もございません」[16]と主張した。そのうえで「約600名の方に受付の関係上ご来賓として案内状をお渡ししておりますが、ご来賓者への案内状にも振込用紙は同封しており、会費をお支払い頂けるようになっております」[16]と説明している。また、会費を納付せず来場してしまった者への対応について「受付にて会費のご入金の有無を確認し、会費未納の方はその場で会費を頂くか後日ご入金頂いております」[16]と説明している。

略歴[編集]

家族・親族[編集]

義曾祖父左藤了秀真宗大谷派僧侶であり、大谷学園を創立した。義祖母左藤行子は、了秀の創始した大谷学園の理事長を務めた。行子と結婚した左藤義詮は、衆議院議員参議院議員を務め、防衛庁長官大阪府知事などを歴任した。岳父左藤恵も衆議院議員を務め、郵政大臣法務大臣国土庁長官などを歴任した。恵の弟である河野弘河野薬品の社長を務め、同じく恵の弟である左藤孜日本放送協会大阪放送局の局長や光華女子学園の理事を務めた。恵の長男である左藤一義は、大谷学園の理事長を務める。

系譜[編集]

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左藤了秀
 
左藤行子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左藤恵
 
左藤一義
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左藤義詮
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左藤浩子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左藤章
 
 
 
 
 
 
 
 
 
河野弘
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
左藤孜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 平成24年(2012年)12月17日大阪府選挙管理委員会告示第119号(衆議院小選挙区選出議員選挙における当選人の決定)
  2. ^ “地力見せ再選果たす 左藤章さん 2区”. 大阪日日新聞. (2003年11月10日). http://www.nnn.co.jp/dainichi/kikaku/senkyo/syuin2003/news/20031110-01.html 2010年1月13日閲覧。 
  3. ^ “波乱含み“大阪の陣” 自民の対応に注目”. 大阪日日新聞. (2005年8月21日). http://www.nnn.co.jp/dainichi/kikaku/senkyo/syuin2005/news/082101.html 2010年1月13日閲覧。 
  4. ^ “大阪2区 保守分裂「刺客」川条氏自民擁立”. 大阪日日新聞. (2005年8月20日). http://www.nnn.co.jp/dainichi/kikaku/senkyo/syuin2005/news/082001.html 2010年1月13日閲覧。 
  5. ^ 『読売新聞』 2008年9月14日 朝刊 「自民総裁選、地方遊説は大阪・ミナミからスタート 衆院選視野、街頭演説は4倍増」
  6. ^ “2区・郵政分裂象徴区”. 大阪日日新聞. (2009年8月25日). http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/syuintyumoku/090825/20090825049.html 2010年1月13日閲覧。 
  7. ^ “激戦2区も民主 萩原さんに風、初当選”. 大阪日日新聞. (2009年8月31日). http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/090831/20090831059.html 2010年1月13日閲覧。 
  8. ^ “自民左藤さん雪辱 苦節7年、第三極押しのけ”. 大阪日日新聞. (2012年12月17日). http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/121217/20121217042.html 2012年12月20日閲覧。 
  9. ^ 『官報』 平成26年(2014年)9月9日付 本紙第6371号
  10. ^ 『官報』 平成26年9月30日付 本紙6384号 p. 10
  11. ^ a b c d 2012衆院選 大阪2区 左藤 章
  12. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査
  13. ^ a b 「自民・中山、左藤の両議員の後援会、副大臣在任中1000万円超す集金 「大規模」パーティー?規範抵触か」、産経新聞、2015年11月30日。
  14. ^ 「うちわに公示前パーティー接待…左藤防衛副大臣も疑惑浮上」『日刊ゲンダイ|うちわに公示前パーティー接待…左藤防衛副大臣も疑惑浮上日刊現代2014年10月17日。(1頁目)
  15. ^ a b c d e f g h 「うちわに公示前パーティー接待…左藤防衛副大臣も疑惑浮上」『日刊ゲンダイ|うちわに公示前パーティー接待…左藤防衛副大臣も疑惑浮上日刊現代2014年10月17日。(2頁目)
  16. ^ a b c 左藤章「皆さまへ」『衆議院議員 左藤章 公式ウェブサイト』左藤あきら事務所、2014年10月20日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

議会
先代:
北村誠吾
日本の旗 衆議院安全保障委員長
2016年
次代:
山口壮
公職
先代:
武田良太
日本の旗 防衛副大臣
2014年 - 2015年
次代:
若宮健嗣
先代:
宮島大典大野元裕
日本の旗 防衛大臣政務官
佐藤正久と共同

2012 - 2013年
次代:
木原稔若宮健嗣