石破茂

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日本の旗 日本の政治家
石破 茂
いしば しげる
Gates meets Ishiba 8 November 2007 cropped for Ishiba.jpg
石破茂(2007年11月8日)
生年月日 (1957-02-04) 1957年2月4日(59歳)
出生地 日本の旗 日本 鳥取県八頭郡八頭町
出身校 慶應義塾大学法学部法律学科卒業
前職 三井銀行(現三井住友銀行)従業員
所属政党 自由民主党→)
改革の会→)
自由改革連合→)
新進党→)
無所属→)
自由民主党(額賀派→無派閥→石破派
称号 法学士(慶應義塾大学・1979年
配偶者 石破佳子
親族 祖父・石破市造(大御門村長)
父・石破二朗鳥取県知事自治大臣
サイン Ishiba-Shigeru Signature.png
公式サイト 石破茂オフィシャルサイト

選挙区 鳥取県全県区→)
鳥取1区
当選回数 10回
在任期間 1986年7月8日 - 現職

内閣 第2次安倍改造内閣
第3次安倍内閣
第3次安倍第1次改造内閣
在任期間 2014年9月3日 - 2016年8月3日

内閣 麻生内閣
在任期間 2008年9月24日 - 2009年9月16日

日本の旗 第4代 防衛大臣
内閣 福田康夫内閣
在任期間 2007年9月26日 - 2008年8月2日

日本の旗 第68・69代 防衛庁長官
内閣 第1次小泉第1次改造内閣
第1次小泉第2次改造内閣
第2次小泉内閣
在任期間 2002年9月30日 - 2004年9月27日
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石破 茂(いしば しげる、1957年昭和32年)2月4日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)、水月会(石破派)会長。

防衛庁長官(第6869代)、防衛大臣第4代)、農林水産大臣第49代)、自由民主党政務調査会長(第52代)、自由民主党幹事長(第46代)、内閣府特命担当大臣(国家戦略特別区域担当)地方創生担当大臣等を歴任した。

父は、建設事務次官鳥取県知事参議院議員自治大臣などを歴任した石破二朗[1]

来歴[編集]

出生、学生の頃[編集]

鳥取県八頭郡八頭町出身[2]東京都生まれ[3]。父は建設官僚の石破二朗。父二朗が1958年に鳥取県知事になったので、茂に東京の記憶は全くない[3]。茂の出生時、父・二朗は48歳であり、二朗の秘書を務めていた高岩迪資によれば、自身の高齢の恥ずかしさから二朗は病院へ行きたがらず、高岩が代理で病院へ出かけていた。そのため病院側は、高岩が茂の父親と間違えたことがあったという[4]

母親は、自身国語教師だったということもあり、結構教育熱心な人物だった[3]。小学校の頃は毎晩1時間くらい、偉人伝の朗読をさせられた[3]鳥取大学教育学部附属中学校を経て、慶應義塾高等学校に進学した。

1979年慶應義塾大学法学部法律学科卒業[2]。慶大2年在学中に、全日本学生法律討論会で第一位[2]

銀行員の頃[編集]

1979年三井銀行(現三井住友銀行)に入行[2]。石破の三井銀行入行に関して、三井信託銀行社長を務めた鳥取県出身の土井正三郎は、「昭和五十三年初夏の頃石破(二朗)さんから令息・茂君の就職について相談を受けたことがありました[5]。そのとき私は本人の志望会社を認められることを強調し、たまたま入社志望会社の人事担当役員が古くから親交がありましたので、石破(二朗)さんと一緒に訪ねたこともありました[6]。又、令息の学業、クラブ活動の成績等は極めて優秀、希望通り採用内定し、その通知を受けられた、ご両親のご安堵の程が察せられたことを想起しています[7]」と述べている。東京都中央区にある本町支店に配属[2]

衆議院議員[編集]

1981年、父・二朗が死去。父の死後、二朗の友人であった田中角栄から「おまえが(おやじの後に)出ろ」と薦められ、政界入りを志した[8]1983年三井銀行を退職し、田中角栄が領袖の木曜クラブ事務局に勤務する。1986年第38回衆議院議員総選挙自由民主党公認で鳥取県全県区(定数4)から出馬し、得票数は最下位ながら4位で初当選した。当時28歳で、全国最年少の国会議員であった[2]。なお、石破本人は田中派からの出馬を希望していた[要出典]が、鳥取県全県区からは既に田中派の平林鴻三が選出されていたため、中曽根派の幹部であった渡辺美智雄を頼り、中曽根派から立候補した。以後、9期連続当選。1990年第39回1993年第40回衆議院議員総選挙では、鳥取県全県区でトップ当選する。1993年細川連立政権が推進した政治改革関連4法案をめぐり、野党に転落した自民党の方針に反して賛成し役職停止処分を受けたため、自民党を離党。改革の会に参加し[要出典]、改革の会・新党みらい柿澤自由党が合流した自由改革連合を経て[要出典]新進党結党に参加した。しかし、1995年国連中心主義を唱える小沢一郎が新進党党首に選出されると、安全保障政策に失望し、1996年第41回衆議院議員総選挙を前に単身、新進党を離党。総選挙では新設された鳥取1区から無所属で出馬し、過半数に達する得票で圧勝した。以後7度、鳥取1区では対立候補に1度も比例復活を許さず、当選を続ける。2000年第2次森内閣農林水産政務次官に任命され、2001年第2次森改造内閣では防衛庁副長官に任命される。

小泉政権[編集]

元々、石破は農水族として地歩を築いてきた[要出典]が、自身も「国防がライフワーク」と語る[要出典]ように「新国防族」などと称され[要出典]、外交・安全保障に精通する政策通で知られた。拉致議連の会長を務めた後、2002年第1次小泉内閣第1次改造内閣防衛庁長官に任命され、初入閣した。防衛庁長官在任中はアメリカ同時多発テロ事件の発生による有事法制の制定や、陸上・航空自衛隊のイラク派遣に取り組んだ[9]

福田政権[編集]

安倍晋三の退陣に伴う2007年自由民主党総裁選挙では福田康夫を支持し、福田が総裁に選出される。福田康夫内閣では防衛大臣に任命され、約3年ぶりに防衛省へ赴任する。翌2008年、福田首相の退陣に伴う自由民主党総裁選挙に出馬し、25票で立候補者5人中最下位に終わった(当選者は麻生太郎)。

麻生政権[編集]

2008年麻生内閣農林水産大臣に任命される。農林水産大臣は松岡利勝(自殺)、赤城徳彦(辞任)、遠藤武彦(辞任)、太田誠一(辞任)ら前任者の多くが不祥事に見舞われていたが、石破は特に目立った不祥事を起こさず、約1年間、農林水産大臣を務めた。2009年第45回衆議院議員総選挙では鳥取1区で民主党の新人に比例復活を許さず8回目の当選を果たした。鳩山由紀夫内閣の発足に伴い、農林水産大臣を退任。

野党時代[編集]

2009年9月、自民党の野党転落後に行われた自民党総裁選挙では、前回の総裁選の対立候補であった与謝野馨から立候補を促され、マスメディアも石破の立候補を有力視していたが、前回総裁選の推薦人であった議員20人のうち13人が落選し、推薦人集めの難航が予想されたため、立候補を断念。谷垣禎一財務大臣への支持を表明し、総裁に選出された谷垣の下で自由民主党政務調査会長に起用された。自民党鳥取県連の関係者によれば、党三役入りした鳥取県選出議員は石破が初めてであった[10]。政調会長就任に伴い、所属していた額賀派を離脱した。

2010年4月22日の記者会見において、自民党を離党した与謝野馨、園田博之らが参加する新党たちあがれ日本について「私自身、新党「たちあがれ日本」に参加した与謝野馨園田博之とは、政策的に非常に近いスタンスだ。2人は、自民党で中心的な政策の立案をしてきており、共闘していくのは当然だ」「たちあがれ日本とは、「民主党の過半数を阻止しなければならない」という思いは共通しており、今後、政策面で共同歩調をとることは多々ある」[11][出典無効]と述べ、たちあがれ日本と共闘する可能性を示唆し、講演でも「ともに民主党を倒すという思いなら、罵詈雑言や裏切り者などという前に、どうやって共闘するか考えるのが大事だ[12]」と述べ、たちあがれ日本と協力する可能性に言及した。同年9月、自民党政調会長に留任。

2011年9月、党役員人事により自民党政調会長を退任(後任は茂木敏充)。政調会長退任後は所属していた額賀派には復帰せず、同年12月に派閥横断型政策勉強会「さわらび会」を立ち上げた。衆議院予算委員会野党筆頭理事、自民党安全保障調査会長に就任。

2012年9月10日自由民主党総裁選挙への出馬を表明[13]9月26日に実施された投開票では、1回目の投票で立候補者5人中トップの199票(地方票165票、国会議員票34票)を獲得し、特に地方票では2位以下の候補を大きく引き離したが、過半数の確保には至らなかった。国会議員のみによる2回目の投票では、大きく上積みし89票を獲得するも、108票を獲得した安倍晋三元首相に敗れる[14]

自由民主党幹事長[編集]

Shigeru Ishiba in Takarazuka (01) IMG 2100 20130407.JPG

自由民主党総裁に選出された安倍の下、無派閥ながら自由民主党幹事長に起用され[15]2012年第46回衆議院議員総選挙2013年第23回参議院議員通常選挙の陣頭指揮を執った。

第2次安倍政権[編集]

2014年9月3日第2次安倍改造内閣発足に先立ち、安倍は石破に対し、新設する安全保障法制担当大臣への就任を打診していたが、石破は8月25日にラジオ番組に出演し、安全保障法制担当相への就任を辞退する意向を明言し、内閣改造後も引き続き幹事長職に留まりたい意向を表明した[16]。しかし、日刊スポーツによると、「幹事長が公の場で人事の希望を言うなど前代未聞」等、石破に対する批判が高まり、自民党参議院幹事長脇雅史は「個人の見識があるのは当然だが、内閣、組織の意向に従うのが常識だ」と苦言を呈した[17]。安倍はさらに、挙党体制の確立のため石破に安全保障法制担当相以外での入閣を打診し[18]8月29日に正式に会談した際、石破もこれを受け入れた[19]9月3日に発足した第2次安倍改造内閣では、内閣府特命担当大臣(国家戦略特別区域)及び「元気で豊かな地方の創生のための施策を総合的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整担当を行う国務大臣(地方創生担当大臣)」に任命された[20]

同年9月30日、党内の無派閥の議員を中心に構成される、無派閥連絡会に入会、その2日後に顧問に就任した[21]。同会は2012年の総裁選で石破を支持した議員が中心メンバーであるため、一部のマスメディアや自民党議員から、「事実上の石破派」と結成当初から目されていたが[22][23]、石破本人は無派閥の議員の共助が同会の趣旨と述べ、これを否定した[24][25]

同年12月24日に発足した第3次安倍内閣では、大臣(地方創生国家戦略特区担当)に留任[26]

2015年9月8日自民党総裁選には立候補せず、安倍の無投票再選となった。石破は後に、「閣僚か党役員として仕えているときは総裁選に出ないのが私の信条」、「安倍政権の支持率が比較的高い中で出馬することに意味があるのか」と語っている[27]。翌日の9日に、自身の派閥を結成する意向を表明[28]。同月28日に「水月会」の名称で石破派が発足し、石破を含め20名が参加した[29]。石破は派閥発足時の会見で、自身が大臣を務める安倍内閣を支えると同時に、安倍の任期2期6年の折り返しの段階から時間をかけて、政策体型・政権構想を練り上げたいとの意向を示し、「私のようなものでも、仮に政権を担うのが望ましいということであれば、それを目指したい」として総理就任を目指す意欲を表明した[30][31][32]

同年10月7日に行われた第1次内閣改造においても、大臣(地方創生・国家戦略特区担当)に留任[33]

2016年8月3日、国務大臣(地方創生・国家戦略特区担当)を退任[34]

政策・主張[編集]

外交・安全保障[編集]

防衛庁長官就任後、情報収集機関の調査隊を改組し、防衛庁長官の直轄部隊の情報保全隊を組織した。

市民社会と軍隊が、かけ離れた存在とならないよう、市民が軍隊という組織を実感して理解するという意味で、徴兵制度の利点を認める発言を行っている[35][36]が、日本での徴兵制の導入については、国会答弁で、政府見解と同じく、日本国憲法第十三条の「幸福追求権」や、第十八条の「意に反する苦役」の趣旨からみて、違憲との見解を示している[37]

自衛隊を機動的に動かせるような法改正を繰り返し主張しており、特に北朝鮮有事の際の邦人救出の必要性を強調している。2008年の自民党総裁選挙に立候補した際は「動乱が起き、北朝鮮の(日本)国民が逃げなきゃいけない時でも自衛隊は(国内法の制約で)助けに行けない。そんな国でいいのか」と述べた[38]。2013年1月27日には、同月に発生したアルジェリア人質事件を受けて、「日本人の生命、財産を守るのは国家の当然の責務。必要最小限の武器使用は(憲法が禁じる)武力行使ではない」と述べ、在外日本人を緊急時に自衛隊が救出するために武器使用基準を緩和すべきと主張した[39]

2010年5月23日、テレビ番組で「将来的に日本のような島国に海兵隊が無いのはおかしなことだと思っている」と述べ、日本も海兵隊を持つべきだと主張した。また、日本が海兵隊を持った場合、日本の海兵隊がアメリカ海兵隊と共同で活動する可能性にも言及した[40]

来日したアメリカ合衆国国防長官(当時)のドナルド・ラムズフェルド(右)と記者会見に臨む防衛庁長官時代の石破(2003年11月15日)
来日したアメリカ合衆国国防長官のロバート・ゲーツ(左)と握手を交わす石破(2007年11月8日)
ロバート・ゲーツ(右)と(2007年11月8日

外交問題では硬軟織り交ぜた見解を表明しており、朝日新聞社の論壇誌『論座』にも寄稿して保守強硬派を批判している。『論座』2006年8月号においても、北朝鮮への単独制裁に対して疑問を呈している。

2015年11月に発生したパリ同時多発テロ事件を受けて、共謀罪を含む日本国内のテロ対策に向けた法整備に関して「不十分なままだと日本がテロ活動の抜け道、抜け穴になりかねない」と指摘[41]。また、国際組織犯罪防止条約を日本が批准していないことについて「批准していないのは北朝鮮とイラク、あと何カ国だけだ。日本さえ良ければいいということにはならない」と述べ、共謀罪の創設と条約の早期批准を必要とする考えを示した[41]

2016年6月19日STVラジオの対談番組「中村美彦日曜コラム」の中で「北朝鮮はやがて崩壊すると30年前も言われていたし20年前も10年前も言われていた。でも崩壊しない。わたしは北朝鮮はたぶん崩壊しないと思っている。なぜなら、なぜソ連崩壊ルーマニア崩壊イラクは崩壊したか、そのことをすべて学んで北朝鮮という国家は運営されているからだ」との認識を示した。[42]

映画『シン・ゴジラ』でゴジラに対し、「自衛権」の行使にあたる防衛出動自衛隊に下令されたことについて、ゴジラは「国または国に準ずる組織」ではなく、害獣駆除として災害派遣が法的に妥当とし、国または国に準ずる組織から自国の独立を守ることが目的である自衛権の行使「武力の行使」と、害獣駆除のような場合の、国民の生命と財産、公の秩序を守ることが目的の警察権の行使「武器の使用」は、内容自体が同じ自衛隊の行為であっても明確に異なると述べている。また、それに関連して現実世界での脅威である、北朝鮮のミサイル発射や、他国等による領海侵犯などを例にあげ、現在の法制では、例えば外国勢力による領海侵犯に対しては、まずは海上保安庁や警察が対応し、対応が困難な場合には自衛隊が「警察権」の行使として対応するが、国際的な常識では「自衛権」で対応するのが妥当であり、今のままの法制で十分な抑止力が働くのか疑問を呈している。さらに、国会で安保法制などの議論においても、自衛権と警察権の違いといったような、防衛法の基本が理解されないまま議論が重ねられていることに危機感を感じると述べ、中には議論をすること自体を批判する雰囲気もあるが、「現行法で対応が困難な場合には超法規的措置で対応」のほうが、よっぽど問題であると述べている[43][44][45]。その他、映画の中で多摩川の河川敷に最新鋭の戦車が勢ぞろいしているシーンに対して、本州にはあれほどの数は配備されておらず、実際には北海道にあり、現実的には首都中枢に駆けつけるのには時間がかかるので、戦車より火力などは劣るが、機動性は優れている装輪装甲車の導入を大臣時代に推進したエピソードなどを語っている[46]

農政[編集]

初入閣は防衛庁長官であり、防衛庁長官・防衛大臣を通算で3年以上務め、政調会長就任後も予算委員会では主に外交・安全保障を中心に質疑を行っていたため外交・安全保障の政策通の一面ばかりが注目されがちであるが、元々は農水族であり、農水政務次官を2度務めた。自身の農政への取り組みについて、「農家から防衛しか知らないと思っていたと言われた、農林水産問題を語ってもメディアが報じてくれない」と述べている[47]

経済[編集]

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉について「参加しない選択はあり得ない」と述べ、交渉参加に賛成する考えを示しており[48][49]、自身のブログにおいて「総選挙において『わが党が政権を担当すればTPP交渉からは直ちに離脱する』とでも公約するつもりなのか。そこまでの覚悟があるのならそれはそれで構いませんが、私はそのような公約をすることには反対です」と表明している[50]。一方で「国益を損ねて、重要産業を壊滅させてまで(TPP交渉を)まとめる必要性はない」と述べ、「安易な妥協はすべきでない」という見解を表明した[51]

教育[編集]

「愛国心は国が政策面で強制するものではない」という理由から改正教育基本法への愛国心の明文化に反対する意向を表明した[要出典]。なお改正教育基本法には「我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」と愛国心教育について明記された[要出典]

歴史認識[編集]

太平洋戦争について、「政府の総力戦研究所が日米戦争のシミュレーションで日本必敗の結論を出して、政府中枢にも報告しているのに、勝てないとわかっている戦争を始め、何百万という国民を死に追いやった責任は厳しく問われるべき」、「天皇の質問にも正確に答えず、国民に真実も知らせず、国を敗北に導いた行為がなぜ「死ねば皆英霊」として不問に付されるのか理解できない」と述べ、当時の日本の指導者たちを批判している[52]。あわせて、東京裁判に対しては、「平和に対する罪」などが事後法である問題等を踏まえた上で、それでも裁判自体を受け入れたからこそ今日の日本があるとの見解を示し[53]、さらに、東京裁判を受け入れることと、戦前の日本はすべて間違いと断罪するのは決して同義ではない。逆に、東京裁判が法的に無効とする立場の人たちからは、戦前の日本にまったく誤りがなかったのかという議論が見受けられないと述べ、「すべてが間違ってる、あるいは正しい」といったような極論の、自虐史観と一部の保守派の史観の両方を批判している[54]

南京大虐殺とも呼ばれる、南京事件について、「少なくとも捕虜の処理の仕方を間違えたことは事実であり、軍紀・軍律は乱れていた。民間人の犠牲についても客観的に検証する必要がある」との見解であるが、「大虐殺」があったとは発言していないし[55]従軍慰安婦問題でも、「狭義の強制性(軍や官憲による強制連行)があった」などとは一度も発言していないと述べている[56]

総理をはじめ政治家の靖国参拝や、「東京裁判は誤りで無効」「大虐殺はなかった」「狭義の強制性はなかった」といった行為や歴史認識に対して、政治家がそのような行為や発言をすることが果たして日本の国益となるのかと、現に外交上問題となった例を挙げて疑問を呈し、日本に真の共感を持つ国を増やして国益を守るのが政治家の務めと述べ[57]、加えて、靖国参拝については、戦死者との約束の一つは天皇が靖国に親拝することであり、政治家が参拝することが事の本質ではないとし、後者の歴史認識については法律家や歴史家が主張すべきことであって、政治家の役割はそうしたことができるような環境を整えることだと主張している[56][58]。実際に石破は、2002年の防衛庁長官で初入閣以降は靖国神社に参拝していない[52]。地元の護国神社には毎年8月15日に参拝している[59]。また、靖国神社からの「A級戦犯の分祀」を主張している[60]

2013年5月、高市早苗自由民主党政調会長が「村山談話に違和感を覚える」と発言した際に「誤解を招く」として苦言を呈した。

皇室[編集]

2009年12月の天皇特例会見問題では、石破が委員長を務める「天皇陛下の政治利用検証緊急特命委員会」は民主党政権の対応を「陛下の政治利用にあたる」と指摘[61]。石破は民主党政権の対応を「かなり異例[62]」「大事じゃない国はルール通りだが、大事な国はひっくり返して会見するのは政治判断だ。そういうことをしていいのか[63]」「(ルールが)時の政府の意向で左右されることであってはいけない[64]」と民主党政権を重ねて批判した。

2010年2月25日鳩山由紀夫内閣天皇の公的行為に関してまとめた統一見解[65]に関し、官房長官平野博文(当時)が記者会見で「本来、憲法で言っている概念からいくと、天皇は国政に関する権能を有しないので、政治利用が存在することはあり得ない」と述べ、天皇の政治利用はそもそも存在しないとしたことに対し、石破は「ルールはいらないというなら、憲法の趣旨や陛下の立場を無視した考えられない見解だ」と述べた[66][出典無効]

外国人参政権[編集]

2010年の自由民主党大会で、永住外国人への地方選挙権付与について、「憲法上の議論が多く残り、国民的議論も成熟していない。私どもは拙速な法案成立に断固反対する」と述べ、党として法案に反対する考えを表明、また「(憲法上の)住民とは日本国民をさすと考えており、私どもは多くの疑義があると考えている。国の形そのものにかかわる問題だ」[67]、「この問題は国の形そのものにかかわるものだ。憲法のあり方からしても、拙速な法案成立には断固反対していく[68][出典無効]」と述べた。

選択的夫婦別姓法案関連[編集]

民主党主導の選択的夫婦別姓案について「どちらともいえない」としている[69]2010年3月3日の記者会見で、民主党が目指す選択的夫婦別姓の導入を含む民法改正案について「これを待ち望む人々のニーズに応えながら、法案には反対だという姿勢を示したい」と述べた。また、自民党内の選択的夫婦別姓に賛同する動きについて「党内には(民主党が推進する選択的夫婦別姓の)問題点が理解されず、『まあ、いいじゃないか』という風潮があるのも事実だ」と述べた[70]

人権侵害救済機関[編集]

2011年3月3日部落解放同盟の全国大会に来賓で出席した際、石破は部落解放同盟が求める人権救済機関創設のための法整備に意欲を示し、「法律を制定することに与党も野党もない」と述べた。一方、2012年自由民主党総裁選挙に際しては、民主党政権が法案提出を準備していた人権侵害救済法案には反対する意向を表明しながら、何らかの人権保護措置の必要性を主張した[71]

子ども手当[編集]

民主党の政策である子ども手当について、子どもを母国に残した在日外国人も対象になっていることに触れ「(在日外国人であるが)子どもさんは国外にいる。そして、子どもさんは日本国籍を有していない。どう考えても、こういう方々に対して、日本国民の税金を使って支給すべきではない」と述べている[72]

移民政策[編集]

加速度的に進む、日本の人口減少と高齢化の中において、将来的に限定的な移民の受け入れを進めるべきと主張している。その上で、日本人が嫌がるような仕事を外国人にさせるというような考えを持つべきではないし、日本人と同じ仕事ならば賃金も一緒でなければならないと述べ、加えて、医療や年金などの社会保障の考慮や、言語や習慣などにお互いが違和感を持つようなことがないような施策が必要との考えを示した[73][74][75][76]

発言[編集]

「自衛隊は『自閉隊』」[編集]

防衛庁長官在任中の2004年3月16日に、自衛隊についての発言で「今まで半分やゆ的に自閉隊と言われていたところがある。自閉症の子供の自閉と書いて自閉隊だ」と述べた[77][78]。石破は、発言について「世間でそのように自衛隊を非難する人がいると言っただけ。自衛隊が内にこもっては駄目だという意図だ」と説明した[79]が、自閉症に対する認識不足であるとの批判を浴び[78][80]、3月19日に発言を陳謝した[81]

「鳥取、島根は日本のチベット」(他党議員の発言)[編集]

民主党選挙対策委員長(当時)の石井一の「鳥取・島根は日本のチベット」発言に対し「日本海側の人間はかつて裏日本と言われ悔しい思いをしてきた訳で、地域の人を見下す対応をする人が選挙を仕切っているのが民主党のやり方だ」と批判した[82]

「自衛隊は暴力装置」[編集]

2010年11月18日参議院予算委員会において、仙谷由人内閣官房長官が「暴力装置でもある自衛隊」と述べたことから審議が紛糾して発言の撤回・謝罪に追い込まれた件に関連し、2009年3月30日、現職の農林水産大臣であった石破も民間のシンポジウムにて「国家の定義というのは、警察と軍隊という暴力装置を合法的に所有するというのが国家の1つの定義」と述べていた[83]ことが指摘された[注釈 1]。この点について石破は、2010年11月19日に自身のブログにて、北朝鮮がなぜあのようなテロ行為を引き起こすのかを説明する上で、政治学上の定義を引用したに過ぎず、自衛隊を名指ししたものではないと釈明した[84]。ただし石破は、清谷信一との共著である『軍事を知らずして平和を語るな』(2006年)にて、暴力装置に自衛隊も含まれるとの旨を以下のように明確に述べたことがある[85]

「絶叫戦術はテロ行為」[編集]

2013年11月29日、自身のブログにおいて、特定秘密保護法案への反対を訴える国会議事堂周辺のデモについて、「今も議員会館の外では『特定機密保護法絶対阻止!』を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが、左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう」「主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質において余り変わらないように思われます」との見解を表明した[86]。これに対し、石破の見解を批判する声が上がり[87]、12月2日のブログのエントリで「整然と行われるデモや集会は、いかなる主張であっても民主主義にとって望ましいものです」「一方で、一般の人々に畏怖の念を与え、市民の平穏を妨げるような大音量で自己の主張を述べるような手法は、本来あるべき民主主義とは相容れないものであるように思います」とした上で、「『一般市民に畏怖の念を与えるような手法』に民主主義とは相容れないテロとの共通性を感じて、『テロと本質的に変わらない』と記しましたが、この部分を撤回し、『本来あるべき民主主義の手法とは異なるように思います』と改めます」とした。そして「自民党の責任者として、行き届かなかった点がありましたことをお詫び申し上げます」[88]と釈明した。同日、菅義偉官房長官が「誤解を招かないように一部を撤回するなど、真意をきちんと説明した」、同法案を担当する森雅子少子化担当相も「市民のデモ活動はテロに該当しない」と述べた[89]。一方、野党各党は「言語道断の暴言」と抗議し、『東京新聞』は社説で「デモ活動がテロ行為であろうはずがない。デモは有権者による意思表示の重要な手段で、憲法も表現の自由を保障する。デモの持つ重みを理解していないのなら、あまりにも鈍感で、政治家失格だ」と批判した[90]。しかし『週刊新潮』など一部の週刊誌では、発言の対象が特定秘密保護法案への反対を訴える市民ではなく、山本太郎による園遊会における手紙手渡し問題を発端とした右翼団体のデモのことではないかと指摘し、このところ国会議事堂周辺で「天誅」を叫ぶデモが続いていることに困惑して書き込んだではないかと、石破の発言を擁護している[91]

「自民党、感じ悪いよね」[編集]

2015年夏頃に文化芸術懇話会において相次いでメディアへの威圧的発言が問題とされた事を受けて、7月1日に自身を支持する議員の会合で、「自民党がガタガタとするのは政策よりも『なんか自民党、感じが悪いよね』と国民の意識がだんだん高まっていったときに危機を迎えるのが私の経験だ」と述べた[92]

「国民の理解進んだか自信ない」[編集]

2015年7月14日、閣議後の記者会見で、「(安全保障関連法案の審議をめぐり)国民の理解が進んでいるかどうかは、報道各社の世論調査の通りで、まだ進んでいるとは言えないと思う。あの数字を見て、『国民の理解が進んできた』と言い切る自信が、私にはあまりない」と述べた[93]。 この発言を受けて、民主党の枝野幸男幹事長は記者団に「石破氏は自民党の重鎮の一人。こういう状況での強行採決は広い意味での閣内不一致だ」と批判。「石破氏は(採決を)止めるべきだ」とも語り、15日の採決を容認しない姿勢を強調した[94]

不祥事[編集]

法案の読み違え[編集]

2016年3月15日の衆議院地方創生特別委員会において、地域再生法改正案の提案理由説明で誤った文書を読み上げた。これについて野党は「国会軽視、怠慢だ」と批判した他、与党からも「大きなミスだ。あってはならないことだ」などの批判があった。石破は翌日、「深くおわび申し上げる。緊張感を持って審議に臨む」と陳謝している[95][96]。後日行われた、内閣府の「誤り事案再発防止チーム」による調査では、原稿を担当する事務方が原稿を当日まで作成していなかった上、更にそれとも違う原稿をメールで送ってしまい、石破が答弁するまで誰も誤りに気づかなかったことが判明した。それらを踏まえ、チームは再発防止策として、前日までに原稿を作成することのマニュアル化や、複数のチェック体制が必要だとの考えを示した[97]

人物[編集]

信仰[編集]

趣味・嗜好[編集]

  • 高校時代からアイドル歌手グループキャンディーズの大ファンであり、中でもミキ(藤村美樹)がお気に入り。2007年11月15日守屋武昌防衛事務次官に対する証人喚問において、久間章生額賀福志郎両名の名前が出た日の夜、キャンディーズの曲を熱唱した[99]。メンバーの一人で解散後女優に転向した田中好子が2011年4月21日に死去した際には「本当の同時代を生きた私たちの青春そのもの。大事な友達を亡くしたような思いだ」とコメントした[100]
  • 軍事オタクにしてミリタリー系プラモデルの愛好家。静岡ホビーショーにおける自衛隊車輌展示も、石破の働きかけにより実現したものである。少年時代は自動車タクシーSLが大好きなマニア、鉄道マニアでもあった。現在でも戦車戦闘機プラモデルを集めるのが趣味のようである。防衛庁長官時代、ロシア国防大臣が訪日した際に大臣を喜ばせるために2日間徹夜して空母アドミラル・クズネツォフの模型を組み上げた(防衛庁長官就任に際し「在任中のプラモデル制作の我慢」を自戒していたが、これを機に自戒を破っている)。石破自身は「子供のころから戦車、戦闘機、軍艦といった、乗り物が好きで、国防や外交について『筋金入りのオタク』という意見や批判はいささか買いかぶりのような気がしてならない」と述べている[101]
  • 鉄道ファンでもあり、ブルートレイン銀河」の廃止の際、寝台券が入手できず残念がった。2010年3月に寝台特急「北陸」と夜行急行「能登」が廃止された際にもテレビ番組のインタビューに答えている。現在でも鳥取・東京間の往復に寝台特急サンライズ出雲瀬戸」、特急スーパーいなば」を利用する姿がたびたび報じられている。雑誌『週刊プレイボーイ』(集英社)2009年2月16日号のインタビュー記事では、「寝台車で過ごす時間は側近にも邪魔されず、好きな事をして過ごせるとても楽しい時間だ」と述べている。2013年にあけぼのの廃止及びブルートレインの全面廃止方針が報じられた際には、ブログ上で「暗澹たる気分になっています」と述べている[102]

交友関係[編集]

  • 2012年から2年間、総裁・幹事長の立場で連携したが、安倍晋三と石破との関係は決して良好ではないとされ、「いまだに腹を割って話す関係にない。目も合わせないこともある」との評もある[103]。この背景には、2007年第21回参議院議員通常選挙での自民党の大敗を受け、石破が安倍を痛烈に批判し、公然と退陣を迫ったことがあるとされる[104]
  • 2012年9月に自由民主党幹事長に就任して以降、公明党幹事長の井上義久とプライベートでも親交を深め、同年9月には劇団四季ミュージカルコーラスライン』を揃って観劇した。観劇には石破の妻も同行し、観劇後には和食料理店で会食もしている。石破は井上について「井上さんも私も堅物ですよね。理屈が通らないことは嫌い、駆け引きはできないが人を裏切らない、たぶらかさない。そのあたりが互いに分かって、気が合ったんじゃないかな」と述べた[105]
  • 民主党前原誠司衆議院議員は同じ鳥取県出身であり[注釈 2]、外交・安全保障の政策通、内閣総理大臣の靖国神社参拝反対、鉄道マニア、プラモデル愛好家等、共通点が多く、共著も出版している[106]。石破の2008年自由民主党総裁選挙への出馬のきっかけは、前原との会話が間接的な原因でなったとする報道もある[107]。また菅政権下では民主・自民・公明3党の枠組みでの政策協議が積極的に行われたため、菅政権で政策調査会長を務めた玄葉光一郎とも親しい。

その他[編集]

  • 正論」や「諸君!(現在は休刊)」を高校時代から読んでいる[108]。加えて、反対の観点や論理を知らなければ、自身の論理も整ったものにならないという考えに基づいて、防衛庁長官在任中から、「赤旗」や「前衛」も読むようになった。また、両極端の議論に対して、どちらもその世界に夢中になって、相手の主張に聞く耳を持たないのは如何なものかと評している[109]
  • 自民党きっての外交・安全保障の論客、政策通で知られるが、「軍事オタク」と揶揄されたり[110]、「防衛オタク」[111][要文献特定詳細情報]の評もある。
  • 一部のネット上で「ゲル」の渾名で呼ばれていること、その由来が「石破茂(防衛庁)長官」の誤変換の「石橋ゲル長官」とされることを知っている[112][出典無効]

政治資金[編集]

東京電力からの献金[編集]

東京電力や関連企業がパーティー券購入額の目安として、東京電力が政治家の電力業界での重要度を査定しランク付けしていた上位10議員の内の1人であったことが報じられた。議員秘書等から依頼に応じパーティー券を購入し、一回あたりの購入額を政治資金収支報告書に記載義務のない20万円以下にして東電からの資金の流れが表面化しないようにしていた[113]

道路運送経営研究会からの献金[編集]

道路特定財源が資金源の一つになっている道路運送経営研究会(道路特定財源の一般財源化に反対している)から献金を受けている[114]

外国人が経営する企業からの献金[編集]

石破が代表を務める自民党鳥取県第1選挙区支部が、在日韓国人が経営する鳥取市内のパチンコ企業から2006年から2011年にかけて合計75万円の政治献金を受けていたことが2012年10月に報じられた[115][116]。石破側は2011年3月に、この企業の経営者が韓国籍であることが判明したため、外国人が株式や出資金の過半数を保有する企業からの献金を禁じている政治資金規正法に抵触すると判断し、全額を返金していた[115]。石破は、献金者は日本名を使用しており、韓国籍とは知らなかったと説明した[117]

所属団体・議員連盟[編集]

家族・親族[編集]

父・石破二朗(後列左端、大正10(1921年)3月、殿尋常高等小学校卒業式記念写真)

石破家[編集]

父・石破二朗
本所厩橋警察署長の正装
昭和12(1937年春)
石破二朗
建設省事務次官当時
1956年(昭和31年)11月)
鳥取県八頭郡八頭町郡家殿鳥取市
石破家は鳥取県八頭郡大御門村大字殿(旧郡家町大字殿、現八頭町郡家殿)の農家だった。八頭町郡家殿は、集落の半数が“石破姓”で、同町は農林業が基幹産業である[118]
明治7年(1874年)生 - 昭和17年(1942年)没。
明治9年(1876年9月生 - 没。[119]
明治41年(1908年7月 - 昭和56年(1981年)9月没。
大正7年(1918年8月[120]。 - 没。

臼井家[編集]

鳥取市
臼井宗(教育者)は父・二朗の長姉の夫。『続 因伯の医師たち』(森納著) p.88-90によると、「臼井家はもと高田姓を名のっていた。八東郡下私都村峰寺に代々を業として住み、時には御殿医としてに仕えたこともあった。臼井家六代目宗順(宋順)の時に峰寺より中私都村市場に移った。宗順に医家を継ぐ男子なく三女のちよに八上郡本角村の医師田淵養玄の二男幾蔵を迎えて婿養子とした。幾蔵の二男宗は教職につき丹比小学校長等をつとめた。宗の子宗雄は鳥取市で眼科医院を開業している。」という。
父・石破二朗(後列右、昭和14(1939年)夏)

金森家[編集]

熊本県玉名郡天水町[122]託麻郡本山村[122]東京都
安政4年(1857年8月生 - 昭和20年(1945年3月没。
明治21年(1888年6月生 - 昭和33年(1958年)6月没。

略系図[編集]

 
 
 
 
臼井幾蔵
 
臼井宗
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
里喜
 
 
 
 
 
石破常七
 
石破市造
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
山田松太郎
 
マサ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石破二朗
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石破茂
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
金森通倫
 
金森太郎
 
和子
 
 
 
 
 
 

著作[編集]

単著[編集]

  • 『職業政治の復権―混迷からの脱出 それは無党派層がめざめるとき』(1995年、サンドケー出版局
  • 『国防』(2005年、新潮社)2011年に文庫化。
  • 『国防入門』(漫画・原望、2007年、あおば出版
  • 『国難―政治に幻想はいらない―』(2012年、新潮社)
  • 『真・政治力』(2013年、ワニブックス)
  • 『日本を、取り戻す。憲法を、取り戻す。』(2013年、PHP研究所
  • 『日本人のための「集団的自衛権」入門』(2014年、新潮社)

共著[編集]

論文[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ このシンポジウムには、当時の民主党の副代表であり、仙谷の「暴力装置」発言の時点における幹事長である岡田克也ら複数のパネリストも参加していたが、石破が警察や軍隊を「暴力装置」と表現した点について、特に誰からも問題視されなかった。
  2. ^ 前原本人は生まれも育ちも京都府だが、父祖の地は鳥取県(父は境港市、母は日野郡日南町出身)。

出典[編集]

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  5. ^ 『回想録 石破二朗 追想篇』 422頁
  6. ^ 『回想録 石破二朗 追想篇』422-423頁
  7. ^ 『回想録 石破二朗 追想篇』 423頁
  8. ^ 国防 77頁
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参考文献[編集]

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  • 「生粋の愛読者が抱く『正論』『諸君!』への違和感」石破茂(『論座』2006年8月号)

関連人物[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


公職
先代:
創設
日本の旗 特命担当大臣地方創生
初代:2015年 - 2016年
次代:
山本幸三
先代:
新藤義孝
日本の旗 特命担当大臣国家戦略特別区域
第2・3代:2014年 - 2015年
次代:
廃止
先代:
町村信孝(臨時代理)
日本の旗 農林水産大臣
第49代:2008年 - 2009年
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日本の旗 防衛大臣
第4代:2007年 - 2008年
次代:
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先代:
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日本の旗 防衛庁長官
第68・69代:2002年 - 2004年
次代:
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先代:
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2001年
次代:
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議会
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大野功統
日本の旗 衆議院運輸委員長
1998年 - 1999年
次代:
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党職
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自由民主党幹事長
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結成
水月会会長
初代:2015年 -
次代:
現職
名誉職
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船田元
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1986年 - 1990年
次代:
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