平野博文

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日本の旗 日本の政治家
平野 博文
ひらの ひろふみ
Hirofumi Hirano cropped Hirofumi Hirano in Kadena Air Base.jpg
生年月日 1949年3月19日(67歳)
出生地 日本の旗 和歌山県伊都郡かつらぎ町
出身校 中央大学理工学部
前職 松下電器産業従業員
中村正男衆議院議員秘書
所属政党 無所属→)
旧民主党→)
(民主党→)
民進党
称号 学士(中央大学・1971年
公式サイト 平野博文 ホームページ

選挙区 大阪11区→)
比例近畿ブロック(大阪11区)
当選回数 6回
在任期間 1996年10月21日 - 2012年11月16日
2014年12月14日 - 現職

内閣 野田第1次改造内閣
野田第2次改造内閣
在任期間 2012年1月13日 - 2012年10月1日

内閣 鳩山由紀夫内閣
在任期間 2009年9月16日 - 2010年6月8日
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平野 博文(ひらの ひろふみ、1949年3月19日 - )は、日本政治家民進党所属の衆議院議員(6期)、民主党大阪府連常任顧問、雄志会会長(初代)。

内閣官房長官第77代)、文部科学大臣第16代)、衆議院安全保障委員長国土交通委員長、民主党国会対策委員長(第16代)等を歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

和歌山県伊都郡かつらぎ町生まれ。かつらぎ町立妙寺中学校和歌山県立笠田高等学校中央大学理工学部電気工学科卒業。1971年、大学を卒業し、松下電器産業(現パナソニック)に入社[1]1983年より日本社会党中村正男衆議院議員の秘書を務める[1]

国政へ[編集]

1996年第41回衆議院議員総選挙大阪11区から無所属で出馬し、初当選した。1998年民主党結党に参加[1]。党務では副幹事長、国会対策委員長代理、幹事長代理等を務める[1]2003年、民主党大阪府連代表に就任[1]2005年堀江メール問題が発覚した際も民主党幹事長代理を務めており、事態の収拾に尽力した[2]

2009年5月、鳩山由紀夫民主党代表就任に伴い、党総務委員長代理(役員室担当)に起用された[1]。同年の第45回衆議院議員総選挙では、自由民主党前職の井脇ノブ子を大差で破り、5選。選挙後に発足した鳩山由紀夫内閣内閣官房長官に任命され、初入閣した[2]

鳩山政権[編集]

2009年11月13日、在日本アメリカ合衆国大使ジョン・ルース(左から2人目)、アメリカ合衆国大統領バラク・オバマ(左から3人目)、内閣総理大臣鳩山由紀夫(右から3人目)、外務大臣岡田克也(右から2人目)らと
2010年1月9日、嘉手納飛行場にて第五空軍第十八航空団司令官空軍准将ケン・ウイルズバック(右)と

内閣官房長官への就任が内定した直後、歴代の民主党代表が全てのメディアに対する記者会見のオープン化を公言していたにも関わらず、2009年9月16日の鳩山首相の就任記者会見については内閣記者会及び一部の雑誌、外国人特派員のみに参加を認め、フリーランスジャーナリストインターネットメディアを記者会見から排除し、党代表による公約を事実上反故にした[3]

2010年2月15日、選挙区のある地元の大阪府を一時的に訪れていた。危機管理を担当する内閣官房長官が非公式に東京を離れていたために、一部の野党やマスコミから批判されたが、記者会見でこの件を質問された際は説明を拒否した[4]

2010年5月28日普天間基地移設問題に関して辺野古への移設に反対し、閣議決定への署名を拒否した福島瑞穂内閣府特命担当大臣消費者及び食品安全男女共同参画少子化対策)が罷免された際は事務代理を兼任し、6月4日内閣総辞職まで務めた。

菅政権[編集]

内閣官房長官退任後は一時的に表立った活動を控えていたが、7月の第22回参議院議員通常選挙参院の与党の議席数が過半数を割り込む大敗を喫したため、徐々に菅直人首相ら執行部への批判を強め、9月の民主党代表選挙への小沢一郎の擁立を画策。報道によれば、当初は菅の再選を支持していた鳩山を小沢支持に翻意させるための鳩山・小沢の会談をセッティングし[5]、鳩山の支持も取り付けたが、小沢は菅に敗れた[6]菅改造内閣発足後、衆議院安全保障委員長に起用された。

2010年12月14日、民主党内で政策研究会「雄志会」を結成し、会長に就任した[7]

野田政権[編集]

2011年8月、党代表に選出された野田佳彦の下で民主党国会対策委員長に起用される[8]。同年9月7日、与野党国対委員長会談の席で「今の内閣は不完全な状態で、十分な国会答弁ができない」と発言し、野党の反発を受けた[9]。また9月16日には、第178回国会会期延長をめぐって民主党内が混乱し、松本剛明加藤公一両国会対策委員長代理、松野頼久国対副委員長の3人が辞表を提出した(のちに撤回)[10]2012年1月13日野田第1次改造内閣文部科学大臣に任命された。平野の入閣に際し、一部のマスコミは平野が鳩山グループ(政権公約を実現する会)に所属していると報じた[11][12]が、鳩山グループ事務局はこの報道に対し「平野氏は鳩山グループではない」と訂正を申し入れた[13]1月28日、入閣に伴い大阪府連代表を辞任し、常任顧問に就任した[14]

2012年10月1日野田第3次改造内閣の発足に伴い、文科相を退任し、衆議院国土交通委員長に就任。同年の第46回衆議院議員総選挙では、大阪11区で日本維新の会伊東信久に敗れ、初当選以来守り続けてきた議席を失い、比例復活もできず落選した[15]

民主党下野後[編集]

2014年第47回衆議院議員総選挙に民主党公認で大阪11区から出馬。前回敗れた維新の党伊東信久の得票数は上回ったものの、参議院議員を辞職して立候補した佐藤ゆかりに敗れ、重複立候補していた比例近畿ブロックで復活。2年ぶりに国政に復帰した[16]

政策・主張[編集]

人物[編集]

  • 2009年鳩山由紀夫内閣において枝野幸男首相補佐官への起用が内定したものの、人事が発令されず、事実上棚上げされたまま、結局枝野の起用が見送られた。一部報道は枝野が首相補佐官に起用されなかった理由の一つに、内閣官房長官である平野の嫉妬を挙げた[20]
  • 普天間基地移設問題において、沖縄県民の負担軽減のため、普天間飛行場に離着陸するヘリコプターの機数削減やヘリ部隊の沖縄県外への移転を挙げたほか、「極端な話」と前置きした上で、普天間飛行場周辺の住民移転(事実上の強制移住)も挙げた。2010年1月24日投開票の名護市長選挙で、辺野古への移設に反対する稲嶺進の当選を受け、「民意を斟酌しなければならない理由はない」と発言した。平野のこの発言に対し、民社国連立政権の一員であった社会民主党照屋寛徳国会対策委員長は「けしからんどころか、ぶん殴りたい。政治家としての感覚を疑う」と平野を激しく非難した。しかし、平野は1月26日の記者会見でも「理解は求めなくてはいけないが、合意が取れないと物事を進められないものなのか。日本の安全保障にかかわってくる問題だ」と述べ、沖縄県民の同意の必要性はないとの認識を示した[21]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f 平野博文 ホームページ - 経歴
  2. ^ a b “平野 博文氏(ひらの・ひろふみ) 内閣官房長官”. 47ニュース. (2009年9月16日). http://www.47news.jp/feature/topics/2009/09/post_122.html 2016年1月15日閲覧。 
  3. ^ “ネット「締め出し」首相会見 民主党と記者クラブに批判噴出”. ライブドアニュース. (2009年9月17日). http://news.livedoor.com/article/detail/4353794/ 2016年1月15日閲覧。 
  4. ^ “官房長官、一時東京離れる?本人は「コメントしない」”. 朝日新聞. (2010年2月16日). http://www.asahi.com/seikenkotai2009/TKY201002160187.html 2010年6月9日閲覧。 
  5. ^ “民主党代表選:権力闘争鮮明に”. 毎日新聞. (2010年8月27日). http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100827ddm003010021000c.html 2010年8月27日閲覧。 
  6. ^ “民主代表に菅氏再選 党員・サポーター票で小沢氏に大差”. 朝日新聞. (2010年9月14日). http://www.asahi.com/special/minshudaihyo/TKY201009140397.html 2016年1月15日閲覧。 
  7. ^ 平野博文 ホームページ - トピックス(平野博文、「雄志会」)
  8. ^ “平野国対委員長「どじょう住みよい泥に」民主両院総会”. 朝日新聞. (2011年8月31日). http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201108310471.html 2016年1月15日閲覧。 
  9. ^ “国会日程に野党反発「不完全内閣」で紛糾も”. 日テレニュース24. (2011年9月7日). http://www.news24.jp/articles/2011/09/07/04190160.html 2016年1月15日閲覧。 
  10. ^ “松本国対代理ら辞表提出=会期延長の混乱で引責-民主”. 時事通信. (2011年9月16日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011091600805 2011年9月17日閲覧。 
  11. ^ “野田改造内閣の閣僚名簿を発表~官房長官”. 日テレNEWS24. (2012年1月13日). http://www.news24.jp/articles/2012/01/13/04198056.html 2012年2月8日閲覧。 
  12. ^ “【図解・政治】野田改造内閣・新入閣の顔触れ”. 時事通信. (2012年1月13日). http://www.jiji.com/jc/v?p=ve_pol_politics-noda-naikaku20120113j-02-w300 2012年2月8日閲覧。 
  13. ^ “【内閣改造】「平野文科相は鳩山グループではない」 G事務局が見解”. 産経新聞. (2012年1月13日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120113/stt12011319440009-n1.htm 2012年2月8日閲覧。 
  14. ^ “民主党大阪府連、平野氏が代表辞任 当面は長安氏が代行”. 産経新聞. (2012年1月28日). http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120128/stt12012819520011-n1.htm 2012年2月8日閲覧。 
  15. ^ “平野・元官房長官「反省しなければ」大阪11区で敗北”. 朝日新聞. (2012年12月13日). http://www.asahi.com/senkyo/sousenkyo46/chumoku/TKY201212130653.html 2016年1月15日閲覧。 
  16. ^ “【衆院選2014】民主・平野元官房長官が復活当選”. 産経新聞. (2014年12月15日). http://www.sankei.com/politics/news/141215/plt1412150096-n1.html 2016年1月15日閲覧。 
  17. ^ a b c d “2012衆院選 大阪11区 平野博文”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A27011002002 2014年4月3日閲覧。 
  18. ^ a b c “2014衆院選 大阪11区 平野博文”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/47shu/meikan.html?mid=A27011001001&st=tk 2015年10月25日閲覧。 
  19. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  20. ^ “枝野・民主党元政調会長:政府入り、たなざらし 2週間議題上がらず、平野氏の意向?”. 毎日新聞. (2010年1月21日). http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100121ddm005010012000c.html [リンク切れ]
  21. ^ “普天間移設、地元拒否なら法的決着も”. 読売新聞. (2010年1月26日). http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100126-OYT1T01161.htm 2012年2月8日閲覧。 

関連項目[編集]

  • 電機連合 - 平野は電機連合(パナソニックグループ労組)の組織内候補である。

外部リンク[編集]

公職
先代:
中川正春
日本の旗 文部科学大臣
第16代:2012年
次代:
田中眞紀子
先代:
河村建夫
日本の旗 内閣官房長官
第77代:2009年 - 2010年
次代:
仙谷由人
議会
先代:
伴野豊
日本の旗 衆議院国土交通委員長
2012年
次代:
金子恭之
先代:
奥田建
日本の旗 衆議院安全保障委員長
2010年 - 2011年
次代:
東祥三
党職
先代:
安住淳
民主党国会対策委員長
第16代:2011年 - 2012年
次代:
城島光力
その他の役職
先代:
(創設)
雄志会会長
初代:2010年 -
次代:
(現職)