大島敦

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日本の旗 日本の政治家
大島 敦
生年月日 (1956-12-21) 1956年12月21日(60歳)
出生地 日本の旗 埼玉県北本市
出身校 早稲田大学法学部
前職 日本鋼管社員
ソニー生命保険社員
現職 政策調査会長代理
埼玉県総支部連合会代表
所属政党 民主党→)
民進党大畠グループ
称号 法学士
公式サイト 衆議院議員 大島あつし(埼玉6区) 公式WEBサイト

選挙区 埼玉6区→)
比例南関東ブロック→)
埼玉6区
当選回数 6回
在任期間 2000年 - 現職
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大島 敦(おおしま あつし、1956年12月21日 - )は、日本政治家民進党所属の衆議院議員(6期)、民進党政務調査会長代理、民進党埼玉県連代表、素交会会長。

内閣府副大臣鳩山由紀夫内閣菅内閣)、総務副大臣野田第1次改造内閣野田第2次改造内閣野田第3次改造内閣)等を務めた。

来歴[編集]

埼玉県北本市生まれ。京華高等学校早稲田大学法学部卒業。大学卒業後、日本鋼管に入社。同社に14年間勤務し、3年半のドイツ駐在を経験する。その後、ソニー生命保険に入社し、5年間営業職を務める。

2000年第42回衆議院議員総選挙埼玉6区から民主党公認で出馬し、公明党若松謙維らを破り初当選(若松も比例復活)。2003年第43回衆議院議員総選挙では、重複立候補せずに背水の陣で臨んだ若松に大差をつけ、再選。郵政解散による2005年第44回衆議院議員総選挙では自由民主党新人の中根一幸を1,500票差で破り、3選(中根は比例復活)。2009年第45回衆議院議員総選挙では、自民党の中根をダブルスコアで破り4選。大島が獲得した186,993票は、全国300の小選挙区で第3位の得票数であった[1]

同年9月、鳩山由紀夫内閣内閣府副大臣に任命され、主に前原誠司沖縄及び北方対策担当大臣の下、沖縄県米軍基地問題や北方領土問題を担当。同年12月、児童ポルノ排除対策ワーキングチーム議長・国家公務員制度改革推進本部事務局長に就任。2010年6月に発足した菅内閣でも再任。

2011年民主党代表選挙では、鹿野道彦農林水産大臣の推薦人に名を連ねる。代表選後、素交会(鹿野グループ)の旗揚げに参加した。2012年4月、野田第1次改造内閣総務副大臣に任命され、野田第2次改造内閣野田第3次改造内閣でも留任。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、与党に猛烈な逆風が吹き荒れる中、埼玉6区でこれまで2回連続で下した自民党元職の中根一幸に198票の僅差で敗北。重複立候補していた比例北関東ブロックで復活し、5選。2014年12月の第47回衆議院議員総選挙では、前回敗れた自民党の中根に1万票超の差をつけ、埼玉6区で6選。

2015年民主党代表選挙では、元幹事長細野豪志を支持[2]したが、細野は決選投票で岡田克也に敗れた[3]。岡田執行部において、政策調査会長に起用された細野の下で政調会長代理に就任した[4]

2016年9月26日、衆議院懲罰委員会委員長に就任した[5]

政策・主張[編集]

  • 選択的夫婦別姓制度導入について、「どちらとも言えない」としている[6]。一方、選択的夫婦別姓制度の導入を求める請願を提出している[7]

議員立法[編集]

  • 2016年3月25日第190回国会に政官接触記録の作成等に関する法律案(衆法)を筆頭提案者大島敦他7名が共同で衆議院に提出した[8]。当該法案は、行政機関職員等が国会議員等と接触した場合における当該接触に係る記録の作成等に関する事項を定めることにより、国会議員等による特定の者の利益を図るためのあっせんその他の行政機関等の事務又は事業の公正さに対する国民の疑惑や不信を招くような行為を防止し、もって公務等に対する国民の信頼を確保することを目的としている[9]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

著書[編集]

  • 『人生転換 ― 国会議員になったサラリーマン』全日法規、2001年。ISBN 4921044236

外部リンク[編集]

公職
先代:
松崎公昭
黄川田徹
日本の旗 総務副大臣
松崎公昭と共同
藤末健三と共同

2012年
次代:
柴山昌彦
坂本哲志
先代:
増原義剛
宮澤洋一
谷本龍哉
日本の旗 内閣府副大臣
古川元久大塚耕平と共同
大塚耕平平岡秀夫と共同

2009年 - 2010年
次代:
東祥三
末松義規
平野達男
議会
先代:
中川正春
日本の旗 衆議院懲罰委員長
2016年 -
次代:
現職
党職
先代:
大畠章宏
素交会会長
第3代:2016年 -
次代:
(現職)