伊達忠一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
日本の旗参議院議員 伊達 忠一
生年月日 1939年1月20日(77歳)
出身地 北海道空知支庁芦別市
出身校 北海道立衛生検査技師養成所
学位・資格 臨床検査技師
前職 北海道議会議員
所属委員会 財政金融委員会
懲罰委員会
政府開発援助等に関する特別委員会
政治倫理審査会(会長)
世襲
選出選挙区 北海道選挙区
当選回数 3回
所属党派 自由民主党細田派
党役職 参議院幹事長 
会館部屋番号 参議院議員会館612号室
ウェブサイト 伊達忠一(だてちゅういち)参議院議員 公式ホームページ
テンプレートを表示

伊達 忠一(だて ちゅういち、1939年1月20日 - )は、日本政治家自由民主党所属の参議院議員(3期)、自民党参議院幹事長、札幌臨床検査センター株式会社代表取締役会長

経歴[編集]

北海道生まれ。北海道芦別高等学校卒業。北海道立衛生検査技師養成所卒業。臨床検査技師1963年4月から札幌医科大学付属病院検査部に勤務し、1965年9月に札幌臨床検査センター株式会社を設立した[1]

1983年4月、芦別市から北海道議会議員に初当選。1987年4月の選挙で落選後、1991年4月の選挙で札幌市厚別区に国替えし、計4期務めた[1]

2001年第19回参議院議員通常選挙で参議院議員に初当選。2004年9月30日、第2次小泉改造内閣国土交通大臣政務官に就任[1]

2007年第21回参議院議員通常選挙では、新党大地民主党国民新党が推薦した無所属新人多原香里の猛追を振り切り、辛うじて再選。

安倍内閣福田康夫内閣麻生内閣で自由民主党副幹事長を務めた。また、参議院自民党幹事長代理、国会対策委員会筆頭理事・副委員長などを務めている[1]

2012年第2次安倍内閣内閣府副大臣に就任。2013年第23回参議院議員通常選挙では2位に40万票近い差をつけトップで3選。同年9月に内閣府副大臣を退任し、10月より自民党参議院国会対策委員長を務める[1]

2014年9月、自民党参議院幹事長に就任[2]

政策・主張[編集]

  • 村山談話・河野談話を見直すべきかどうかわからないと回答。[3]

人物[編集]

2002年頃、ポケットモンスターにあやかってポスター等に「ダテチュウ」と記していた時期がある。

青木幹雄参議院議員・元内閣官房長官と親交があり、政経パーティーには必ず、激励のメッセージが寄せられる[要出典]

2010年3月31日、「高校無償化法案」に対して自民党は反対で党議拘束をかけていたが、岸宏一とともに賛成票を投じた。伊達はボタンの押し間違いと説明し、党執行部はこれを不問とした[4]

2014年4月22日、記者会見で閣僚らの靖国神社参拝について、「(中国韓国の反発が)エスカレートしてしまうのではないか。神経を逆なでするようなことは避けた方がいい」と批判した[5]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 公式ホームページ プロフィール
  2. ^ 政審会長に鶴保氏 参院自民が新体制
  3. ^ 毎日新聞2013年参院選アンケート [1]
  4. ^ “自民2議員、高校無償化法案「賛成」 ボタン押し違える - 政治”. 朝日新聞. (2010年3月31日) 
  5. ^ 閣僚の靖国参拝を批判=伊達氏 時事通信 2014年4月22日
  6. ^ 「パチンコ・チェーンストア協会」(PCSA)

外部リンク[編集]


議会
先代:
渡辺孝男
日本の旗 参議院行政監視委員長
2009年 - 2010年
次代:
末松信介
先代:
加納時男
日本の旗 参議院経済産業委員長
2006年 - 2007年
次代:
渡辺秀央
公職
先代:
石田勝之後藤斎吉田泉末松義規中塚一宏
日本の旗 内閣府副大臣
西村康稔寺田稔坂本哲志赤羽一嘉井上信治と共同

2012年 - 2013年
次代:
西村康稔・後藤田正純岡田広関口昌一・赤羽一嘉・井上信治
党職
先代:
脇雅史
自由民主党参議院幹事長
2014年 -
次代:
現職