橘慶一郎

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日本の旗 日本の政治家
橘 慶一郎
たちばな けいいちろう
生年月日 (1961-01-23) 1961年1月23日(56歳)
出生地 日本の旗 富山県高岡市
出身校 東京大学法学部
ケンブリッジ大学大学院修士課程
前職 国家公務員北海道開発庁
所属政党 自由民主党(無派閥)
称号 修士(ケンブリッジ大学)
法学士(東京大学)
親族 父・橘康太郎(元衆議院議員)
祖父・橘直治(元衆議院議員・参議院議員)
曾祖父・橘林太郎(元富山県議)
高祖父・橘清治郎(元貴族院議員)
公式サイト たちばな慶一郎ホームページ

選挙区 富山3区
当選回数 3回
在任期間 2009年8月30日 - 現職

当選回数 1回
在任期間 2005年11月20日 - 2009年6月19日

Flag of Takaoka Toyama bule version.gif 第31代 (旧)富山県高岡市
当選回数 1回
在任期間 2004年5月25日 - 2005年10月31日
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橘 慶一郎(たちばな けいいちろう、1961年1月23日 - )は、日本政治家実業家自由民主党所属の衆議院議員(3期)、復興副大臣第3次安倍第2次改造内閣)。

総務大臣政務官第2次安倍内閣)、富山県高岡市長(2期)等を務めた。

父は衆議院議員や富山県議会議員を務めた橘康太郎[1]

来歴[編集]

富山県高岡市生まれ[2]。高岡市立守山小学校(現高岡市立万葉小学校)、高岡市立志貴野中学校富山県立高岡高等学校東京大学法学部卒業[2]1984年北海道開発庁に入庁。在職中にイギリスに留学し、1989年6月にケンブリッジ大学大学院修士課程を修了。

父・橘康太郎の衆議院議員当選により、1993年に退官。父が代表取締役社長を務めていた伏木海陸運送に入社し、同社代表取締役副社長に就任[2]1995年より同社代表取締役社長。

2004年高岡市長選挙に無所属で立候補。元富山県議会議員の向井英二公明党の推薦及び民主党の支持を受けて立候補を表明し、保守分裂の様相を呈したが、橘が約1万票差で向井を破り、初当選した。2005年10月30日、高岡市・福岡町合併により市長を自動失職し、新たに発足する高岡市の市長選に自民・公明・民主3党の推薦を受けて立候補。橘以外に立候補を届け出た者がいなかったため、無投票で高岡市長に当選した[3]。高岡市長在任中は前述の市町村合併や、高岡市総合斎場の建設等を推進した。

2009年4月、自民党富山県連幹部からの要請を受け、第45回衆議院議員総選挙富山3区から出馬する意向を表明し[4]、同年6月に高岡市長を辞職した。富山3区では、橘の母校である富山県立高岡高等学校の先輩にあたる、無所属の野党統一候補、相本芳彦(元北日本放送アナウンサー)の優勢が伝えられていたが、相本やみんなの党が推薦する元富山県議会議員の柴田巧らを破り、当選した。

2012年第46回衆議院議員総選挙では、富山3区で7割超の票を獲得し、再選。選挙後に発足した第2次安倍内閣総務大臣政務官に任命される。2014年第47回衆議院議員総選挙で3選。2015年10月、自民党総務部会長に起用される[5]

2016年8月、第3次安倍第2次改造内閣復興副大臣に就任[6]

政策・主張[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

年譜[編集]

親族[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
長島忠美若松謙維山本順三
日本の旗 復興副大臣
長沢広明末松信介と共同

2016年 -
次代:
現職
先代:
石津政雄稲見哲男森田高
日本の旗 総務大臣政務官
片山さつき北村茂男と共同

2012年 - 2013年
次代:
松本文明藤川政人伊藤忠彦
先代:
石澤義文(職務執行者)
Flag of Takaoka Toyama bule version.gif 富山県高岡市
初代:2005年 - 2009年
次代:
高橋正樹
先代:
佐藤孝志
Flag of Takaoka Toyama bule version.gif (旧)富山県高岡市
第31代:2004年 - 2005年
次代:
(廃止)