武藤容治

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日本の旗 日本の政治家
武藤容治
むとう ようじ
生年月日 1955年10月18日(58歳)
出生地 岐阜県岐阜市
出身校 慶應義塾大学
前職 富士写真フイルム社員
実父秘書
現職 菊川取締役会長
武藤嘉商事取締役会長
所属政党 自由民主党麻生派
親族 父・武藤嘉文
祖父・武藤嘉一
曾祖父・武藤嘉門
公式サイト 衆議院議員武藤ようじ

選挙区 岐阜3区
当選回数 2回
任期 2005年9月12日 - 2009年7月21日
2012年12月16日 - 現職
議員会館 衆議院第2議員会館1212号室
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武藤 容治(むとう ようじ、1955年(昭和30年)10月18日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(2期)。

父は農林水産大臣通商産業大臣外務大臣総務庁長官を歴任し13期衆議院議員を務めた武藤嘉文、祖父は元衆議院議員の武藤嘉一、曾祖父は元岐阜県知事、元衆議院議員で岐阜県名誉県民の武藤嘉門

概要[編集]

2005年9月11日第44回衆議院議員総選挙では、岐阜3区について自民党岐阜県連が大野つや子の次男・大野泰正と武藤の二人の公認問題を調整していたが、つや子が郵政民営化法案に反対しており、泰正も同様の意向だったことから、同党岐阜県連からの申請を待たず、自民党本部が武藤を岐阜3区に突然公認する形で決着させた。選挙では民主党の前職の園田康博を破り、初当選した。

2007年6月14日ワシントン・ポストに掲載されたアメリカ合衆国下院121号決議の全面撤回を求める広告「THE FACTS」の賛同者に名を連ねている[1]2008年4月には、無派閥から麻生派(為公会)入りした。 2009年8月の第45回衆議院議員総選挙で落選するも、2012年12月の第46回衆議院議員総選挙で返り咲いた。

略歴[編集]

  • 1978年3月 慶應義塾大学商学部卒業
  • 1978年4月 富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)に入社
  • 1988年9月 富士写真フイルムを退社
  • 1988年9月 武藤嘉商事に入社
  • 1990年 (社)岐阜青年会議所入会 
  • 1990年2月 通商産業大臣私設秘書
  • 1992年12月 エフエム名古屋(現ZIP-FM)取締役
  • 1993年 (社)日本青年会議所 国づくりデザイン推進会議 幹事 出向
  • 1995年 (社)日本青年会議所 個と地域を生かしたまちづくり推進会議 副議長
  • 1996年12月 武藤嘉商事代表取締役社長
  • 2003年1月 岐阜県肥料商業協同組合代表理事
  • 2004年12月 菊川株式会社代表取締役社長
  • 2005年9月 衆議院議員初当選
  • 2005年12月 菊川株式会社取締役会長
  • 2005年12月 武藤嘉商事取締役会長
  • 2009年8月 衆議院選挙で落選
  • 2012年12月 衆議院選挙で当選

所属団体・議員連盟[編集]

参照[編集]

外部リンク[編集]