林芳正

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日本の旗 日本の政治家
林 芳正
はやし よしまさ
Y. Hayashi.png
生年月日 1961年1月19日(54歳)
出生地 日本の旗 東京都
出身校 東京大学法学部卒業
ハーバード大学ケネディスクール修了
前職 衆議院議員政策担当秘書
所属政党 自由民主党
称号 法学士(東京大学・1984年
MPA(ハーバード大学・1994年
国会議員政策担当秘書
親族 林平四郎高祖父
俵田明曾祖父
林佳介祖父
林義郎
広瀬勝貞義叔父
公式サイト 林芳正 参議院議員<平成デモクラシー>

内閣 第3次安倍内閣
在任期間 2015年2月23日 - 現職

日本の旗 第55代 農林水産大臣
内閣 第2次安倍内閣
在任期間 2012年12月26日 - 2014年9月3日

内閣 麻生内閣
在任期間 2009年7月2日 - 2009年9月16日

日本の旗 第5代 防衛大臣
内閣 福田康夫改造内閣
在任期間 2008年8月2日 - 2008年9月24日

選挙区 山口県選挙区
当選回数 4回
在任期間 1995年7月 - 現職
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林 芳正(はやし よしまさ、1961年1月19日 - )は、日本政治家学位MPAハーバード大学1994年)。参議院議員(4期)、農林水産大臣第58代)。

参議院外交防衛委員長防衛大臣第5代)、参議院政府開発援助等に関する特別委員長内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)、農林水産大臣(第55代)などを歴任した。

概要[編集]

三井物産サンデン交通山口合同ガスを経て政治家秘書となり、第17回参議院議員通常選挙にて初当選を果たし政界に入る。小渕第2次改造内閣第1次森内閣にて大蔵政務次官を務め、第1次安倍内閣では内閣府副大臣を務めたほか、参議院では外交防衛委員長政府開発援助等に関する特別委員長などを務めた。また、自由民主党においては、参議院議員副会長政務調査会長代理、外交経済連携調査会長など要職を歴任した。福田康夫改造内閣においては防衛大臣麻生内閣においては内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)第2次安倍内閣では農林水産大臣を務めるなど閣僚を歴任し、第3次安倍内閣では西川公也の辞任により農林水産大臣に再登板することになった。厚生大臣大蔵大臣を務めた元衆議院議員林義郎は父。高祖父の林平四郎、祖父の林佳介もそれぞれ衆議院議員を務めた。大分県知事広瀬勝貞は義理の叔父にあたる。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

通産官僚である林義郎長男[1]として、東京都で生まれる。1969年、父・義郎が第32回衆議院議員総選挙旧山口1区から出馬するのに伴い、一家で山口県下関市へ転居し、下関市立文関小学校に転入[1]1973年に下関市立文関小学校を、1976年に下関市立日新中学校を卒業。1979年山口県立下関西高等学校を卒業した。1984年東京大学法学部を卒業[1][2]

1984年三井物産に入社。1989年に同社退社、林家のファミリー企業であるサンデン交通に入社、同社社長秘書を務める[1]1990年に同社退社、山口合同ガスに入社[1][2]1991年4月、アメリカ合衆国ハーバード大学大学院に入学(身分は「特別研究生」)[1]1992年9月、ハーバード大学ケネディスクールに入学[1]。また、1991年9月より代議院議員スティーブ・ニールの銀行委員会スタッフを務めた。1991年11月に退職し、元老院議員ウィリアム・ロスの国際問題アシスタントを務めた[1]。1992年12月、父の義郎が宮澤改造内閣にて大蔵大臣に就任したため、大学院休学。帰国、大臣秘書官を務める[1]1993年国会議員政策担当秘書資格試験に合格[1]1994年2月にケネディスクールに復学し、1994年6月に修了[1][2]1994年8月 林義郎の秘書を務める[1]

政治家として[編集]

2012年9月16日自由民主党総裁選挙の街頭演説にて石原伸晃(左から2人目)、町村信孝(左から3人目)、石破茂(左から4人目)、安倍晋三(左から5人目)と

1995年第17回参議院議員通常選挙自由民主党公認で山口県選挙区から出馬し、初当選[1][2]2001年7月、第19回参議院議員通常選挙で再選[1][2]2007年第21回参議院議員通常選挙では、自由民主党に逆風が吹く中、山口県選挙区で民主党戸倉多香子を大差で破り、3選[1][2]2012年8月、次期衆議院議員総選挙での山口3区からの出馬を検討するも、現職・河村建夫の選挙区のため、断念[3]2013年第23回参議院議員通常選挙では、現職大臣として選挙に臨み、民主党からに出馬はなく、圧倒的な得票数で4選。

その間、参議院や内閣の公職を歴任している。1999年10月、小渕第2次改造内閣大蔵政務次官に任命される[1][2]2004年10月、参議院外交防衛委員長に就任[1][2]2006年第1次安倍内閣内閣府副大臣に任命される[1][2]2008年8月、福田康夫改造内閣防衛大臣に就任し初入閣を果たしたが[1][2]福田康夫首相の唐突な辞任に伴い、1ヶ月あまりで退任した。2009年7月、麻生内閣内閣府特命担当大臣(経済財政政策)に就任。これは、中川昭一の辞任により財務大臣内閣府特命担当大臣(金融)内閣府特命担当大臣(経済財政政策)を兼務していた与謝野馨の兼任を解くために行われた補充人事(同時に、鳩山邦夫の辞任により総務大臣国家公安委員会委員長を兼務していた佐藤勉の兼任を解くために、林幹雄が入閣した)[1]2009年8月、第45回衆議院議員総選挙での自民党惨敗、野党転落に伴う麻生内閣総辞職により、麻生内閣で内閣府特命担当大臣(経済財政政策)退任。2012年12月、第2次安倍内閣農林水産大臣に任命。2014年9月、内閣改造により退任。2015年2月23日の西川公也の辞任にともない、同日に後任の農林水産大臣に任命された[4]

また、党においては、2009年9月、谷垣禎一自由民主党総裁の下で政務調査会長代理・参議院政策審議会長に就任[1]2010年中曽根弘文の参議院議員会長就任に伴い、参議院議員副会長に昇格[1]。政調会長代理には留任。2011年9月21日、党人事に関する中曽根への不満から、参議院議員副会長の辞表を提出。中曽根は辞表を受理せず、林を慰留する方針を取った[5][6]。なお、当初小坂憲次参院幹事長、山本一太参院政審会長の続投を模索していた中曽根は党内の反発を受け、一旦参院幹事長を鴻池祥肇に交代させる人事案を諮ったが否決されたため、参院幹事長に溝手顕正、参院政審会長に岩城光英を起用する新たな人事案を提示して了承され、林も辞表を取り下げた。2012年9月、自由民主党総裁選挙に立候補した[7]1972年に総裁選挙に推薦人制度が導入されて以降、参院議員が出馬したのは初めてであった。2009年自由民主党総裁選挙に際しても党内の中堅・若手議員を中心に林を擁立する動きがあったが、経験不足を理由に固辞している[8]。総裁選では1回目の投票で27票を獲得するに留まり、5名中最下位に終わった[9]

人物[編集]

林芳正

外交安全保障財政金融まで幅広く精通する政策通である。理知的で周囲の信頼も篤いとされるが、思い切りの良さや突破力に欠けるとの指摘もある[10]

2010年1月26日参議院予算委員会において菅直人財務大臣に対する質疑中、麻生内閣が編成した補正予算を凍結することのマイナス効果を容認する菅財務大臣の見解を質した林に対し、菅が「前政権公共事業は1兆円投資して1兆円しか効果がなかったが、現政権は異なる」という趣旨の答弁を行った。これを受けて林が即座に「どうも乗数効果のことを言っておられるようですが、子ども手当の乗数効果はいくらと見積もっておられますか」さらに「消費性向と乗数効果の関係は」と事前通告のない質問をすると菅が完全に答弁に窮したため、「菅財務大臣には大学の経済学部の1年生でも習う経済学の基礎知識すらないのか」などと話題になった[11]。この質疑により林は名を上げ、菅内閣発足以降も菅の天敵として知られるようになった。

村上ファンド村上世彰東京大学の同期で、麻雀仲間でもある。評論家の宮崎哲弥は友人。浜田靖一小此木八郎松山政司松浪健太と共に議員バンド「Gi!nz(ギインズ)」を結成し、ライブも行っている[12]。担当は主にボーカルギターピアノ&バックボーカルである[12]

自他ともに認める宏池会のエースとして、将来の総理総裁候補と目されることも多いが、参院議員であることが最大のネックとなっている。父親の代から安倍家とは同じ選挙区のライバル関係であり、関係は二代にわたり良好とは言いがたい。林としては衆院への鞍替えを常に意識しており、2012年には山口3区への鞍替えを画策し「クーデター」と騒動になったが、河村建夫がこれに強硬に反発し、鞍替えは不発に終わった。

不祥事[編集]

政治資金問題[編集]

政府から補助金を受けた企業から計60万円の寄付を受けていたことが明らかになった[13]

分散献金疑惑[編集]

林が、2013年10月、地元・山口県の所在地が同じで、同一の個人の会社である2社から、合計200万円のパーティー券を購入してもらっており、政治資金規正法の「同一の者から150万円を超えて政治資金パーティーの対価の支払いを受けてはならない」に反する、と指摘された[14][15][16]

年金未納問題[編集]

政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚している[17]

略歴[編集]

家族・親族[編集]

厚生大臣大蔵大臣を務めた元衆議院議員林義郎は父。祖父の林圭介も元衆議院議員。高祖父の林平四郎衆議院議員貴族院議員を務めた。林家は、享保年間創業となる醤油製造業大津屋バス事業者・サンデン交通一般ガス事業者山口合同ガス(いずれも本社下関市)の経営を行う地元の名家である。

所属団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

論文[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 「プロフィール」『林芳正 参議院議員<平成デモクラシー>プロフィール』林よしまさ後援会事務所。
  2. ^ a b c d e f g h i j 「内閣府特命担当大臣(経済財政政策)」『内閣府特命担当大臣(経済財政政策)内閣官房内閣広報室
  3. ^ 自民党:林芳正氏、衆院山口3区へのくら替え断念 毎日新聞 2012年8月26日
  4. ^ 「人事異動」『官報』6480号、国立印刷局2015年2月26日、10面。
  5. ^ “林芳正・参院自民副会長が辞表 幹事長人事めぐり反発”. 朝日新聞. (2011年9月21日). http://www.asahi.com/politics/update/0921/TKY201109210666.html 2012年5月15日閲覧。 
  6. ^ “党運営に不満…自民・林参院副会長が辞表”. スポーツニッポン. (2011年9月22日). http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/09/22/kiji/K20110922001670690.html 2012年5月15日閲覧。 
  7. ^ “自民総裁選、5氏が立候補=政権枠組み争点-決選にらみ激戦・26日投開票”. 時事ドットコム (時事通信社). (2012年9月14日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012091400240 2012年9月14日閲覧。 
  8. ^ “林氏、総裁選出馬に意欲「経験不足だが、逃げない」”. 山口新聞 (みなと山口合同新聞社). (2011年7月13日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2011/0713/6p.html 2012年9月15日閲覧。 
  9. ^ 石破氏1位、党員票で圧倒=安倍氏と決選投票-自民総裁選 時事通信 2012年9月26日
  10. ^ 読売新聞2009年7月1日
  11. ^ 山田孝男 毎日新聞2010年5月24日「風知草」、参院予算委員会1月26日
  12. ^ a b 「林芳正」『Gi!nz Official Site』Gi!nz Records、2009年4月1日
  13. ^ 「補助金企業献金:野党、首相を追及 林・甘利氏も発覚」、毎日新聞 2015年3月3日
  14. ^ 「林農水相 今度はパー券疑惑 グループ2社が200万円分担 150万円の制約逃れか」しんぶん赤旗、2015年3月7日
  15. ^ ガジェット通信、2015年3月3日
  16. ^ 週刊ポスト、2015年3月13日号
  17. ^ 衛藤氏ら新たに未納議員6人判明 日刊スポーツ 2004年5月2日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
郡司彰
西川公也
日本の旗 農林水産大臣
第55代:2012年 - 2014年
第58代:2015年 -
次代:
西川公也
現職
先代:
与謝野馨
日本の旗 特命担当大臣経済財政政策
第12代:2009年
次代:
菅直人
先代:
石破茂
日本の旗 防衛大臣
第5代:2008年
次代:
浜田靖一
先代:
嘉数知賢
山口泰明
桜田義孝
日本の旗 内閣府副大臣
平沢勝栄渡辺喜美大村秀章と共同
2006年 - 2007年
次代:
中川義雄
木村勉
山本明彦
議会
先代:
山本一太
日本の旗 参議院外交防衛委員長
2004年 - 2005年
次代:
舛添要一