松本十郎 (衆議院議員)

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日本の旗 日本の政治家
松本 十郎
まつもと じゅうろう
生年月日 (1918-05-22) 1918年5月22日
出生地 日本の旗 日本 兵庫県姫路市
没年月日 (2011-11-21) 2011年11月21日(満93歳没)
出身校 東京帝国大学法学部
前職 国家公務員大蔵省
衆議院議員
所属政党 自由民主党

日本の旗 第48代 防衛庁長官
内閣 第1次海部内閣
在任期間 1989年8月10日 - 1990年2月28日

選挙区 旧兵庫4区
当選回数 6回
在任期間 1969年12月28日 - 1976年12月9日
1979年10月8日 - 1993年6月18日
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松本 十郎(まつもと じゅうろう、1918年5月22日 - 2011年11月21日)は、日本の政治家、大蔵官僚防衛庁長官第48代)、衆議院議員(6期)等を歴任した。

息子は民主党衆議院議員の松本剛明。後妻の悦子は初代内閣総理大臣伊藤博文の曾孫。財務官僚の寺内肇は娘婿。

生涯[編集]

兵庫県姫路市生まれ。旧制龍野中学校第三高等学校東京帝国大学法学部卒業。1942年大蔵省に入省し、神戸税関長や銀行局検査部長を経て、1967年より大蔵省印刷局長

大蔵省退官後の1969年第32回衆議院議員総選挙自由民主党公認で旧兵庫4区(定数4)から出馬し、初当選した。当選後、福田派(当時)に入会。1976年第34回衆議院議員総選挙では次点で落選する。1979年第35回衆議院議員総選挙で返り咲き、第2次大平内閣外務政務次官に就任。1987年より衆議院地方行政委員長。1989年第1次海部内閣防衛庁長官に任命され、初入閣した。

安倍晋太郎の死後、旧安倍派が三塚博派・加藤六月グループに分裂した際は加藤グループに参加し、同会の副会長を務める。1993年第40回衆議院議員総選挙では次点で落選し、政界を引退した。十郎の引退後、息子の剛明が姫路市の地盤を引き継ぎ、第42回衆議院議員総選挙以降は当選を続けている(第41回衆議院議員総選挙には無所属兵庫11区から出馬するも落選)。2000年勲一等瑞宝章受章。

2011年11月21日呼吸不全のため東京都内の病院で死去[1]。93歳没。没日付で正七位から従三位に進階[2]

親族[編集]

その他[編集]

  • 日中国会議員書画展へ書画を提供している。[3]

脚注[編集]

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公職
先代:
山崎拓
日本の旗 防衛庁長官
第48代:1989年 - 1990年
次代:
石川要三
先代:
高田壽史
日本の旗 大蔵省印刷局長
1967年 - 1968年
次代:
瀬戸山孝一