北村晴男

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きたむら はるお
北村 晴男
生誕 (1956-03-10) 1956年3月10日(61歳)
日本の旗 日本 長野県更埴市
出身校 早稲田大学法学部
職業 弁護士タレント
配偶者 あり
子供 長男:北村晃一(プロゴルファー[1]
次女:北村まりこ女優

北村 晴男(きたむら はるお、1956年3月10日 - )は、日本弁護士(登録番号:21115、東京弁護士会)、タレント。北村・加藤・佐野法律事務所所属。

長野県更埴市(現・千曲市)出身。早稲田大学法学部卒業[2]血液型AB型

略歴[編集]

  • 1956年 3月10日 長野県更埴市(現・千曲市)にて出生。実家は鉄工所を経営しており、厳格な父の元で育つ。高校生時代、恵庭事件第1審判決の報道をきっかけに弁護士を目指す[2]
  • 1971年 長野高校に入学。野球部に入部[3]
    • 1973年長野県長野高等学校3年生の夏、第55回全国高等学校野球選手権記念長野大会の準々決勝で長野工業高校に敗れたことにより甲子園出場の夢を絶たれる。これを機に野球を断念。
    • 高校の同級生に、漫画・テレビドラマ『弁護士のくず』の原作者、井浦秀夫がいる。大学も同じ早稲田大学(井浦は第一文学部)。
  • 1974年 長野高校を卒業。浪人生活を送る。
  • 1975年 早稲田大学法学部入学。
    • 大学2年から司法試験に合格する直前まで、学費・生活費捻出のために埼玉県和光市で学習塾を開いていた。
  • 1979年 早稲田大学法学部卒業。
  • 1986年 司法試験合格。
  • 1989年 司法修習41期修了し東京弁護士会に弁護士登録
  • 1992年 北村法律事務所を開設。
  • 2004年 加藤信之と佐野周造がそれぞれ経営に参画し、北村・加藤・佐野法律事務所に名称を変更。

人物[編集]

ゴルフ・野球が趣味。ゴルフ雑誌『週刊パーゴルフ』では、「北村晴男の弁護士ゴルファーがゆく!」というタイトルで連載コラムを担当していた。

弁護士としては、主に一般民事(保険法・交通事故・債権回収・医療過誤など)を専門としている。特に生命保険に関する訴訟では高い評価を得ている[4]ジャックスドメイン訴訟では、原告のジャックス側代理人(弁護団)の一人として関与した。この他には、プロ野球・北海道日本ハムファイターズ所属の武田久の代理人[5]大相撲八百長問題に関与して解雇処分とされた星風弁護人[4]日本ボクシングコミッションの男性職員が、プロボクサーの亀田興毅和毅らに会場内に監禁されたとして亀田兄弟を訴えた民事訴訟における亀田側の代理人を務めた[6]

日本テレビ系の法律・バラエティ番組『行列のできる法律相談所』には現在ただ一人、単発放送時代からレギュラー出演を続けている。2011年8月に司会の島田紳助が降板及び芸能界引退、同年11月にも単発時代から出演していた住田裕子弁護士が番組アシスタントの松本志のぶ(元日本テレビアナウンサー)と共に降板したことにより、同番組の出演者の中で最古参となった。その島田紳助については、「お笑いの力もさることながら、本質を見抜く力はすごい」と評価しており、引退表明した紳助について記者からコメントを求められた際、「話を聞く限り(芸能界を)辞めなければならないものではない。才能を発揮する日を待っている」と惜しんだ[7]

麻生太郎と懇意にしており、2007年自由民主党総裁選挙において麻生の応援演説を行っている[8]

サザンオールスターズ[9]のファンである。

島田紳助については「お笑いの力もさることながら、本質を見抜く力はすごい」と評価していて、2011年8月23日に引退表明した紳助について記者からコメントを求められた際「話を聞く限り(芸能界を)辞めなければならないものではない。才能を発揮する日を待っている」と惜しんだ[10]

出演番組[編集]

その他出演作品[編集]

テレビゲーム[編集]

テレビCM[編集]

  • 中部電力 「それぞれの立場」 - 原子力発電推進

書籍[編集]

  • 『明快! 北村弁護士のくらしの法律相談』 (河出書房新社
  • 『北村弁護士のスバッと解決! 法律相談』 (二見書房)
  • 『もめない相続と手続き〜上手な遺産のわけ方〜』(主婦と生活社)

脚注[編集]

外部リンク[編集]