大村襄治

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大村 襄治(おおむら じょうじ、大正8年(1919年3月30日 - 平成9年(1997年12月15日)は、日本の政治家、官僚。自由民主党所属の衆議院議員防衛庁長官を務めた。東京府出身[1]。父は防衛庁長官を務めた大村清一

経歴[編集]

1941年東京帝国大学法学部法律学科を卒業し、内務省に入省する。1962年自治省官房長、続いて同省財政局長を務めた後、退官。

1967年、父の地盤を引き継いで衆議院旧岡山1区から出馬し初当選。以降8期連続当選。1973年第2次田中角榮内閣第1次改造内閣内閣官房副長官に就任。以降、大蔵政務次官、自民党副幹事長、自民党安全保障調査会の防衛力整備小委員会委員長などを歴任。防衛族議員の中心的な一人であり、1980年鈴木善幸内閣では防衛庁長官として初入閣を果たした。

1989年4月、勲一等瑞宝章受章。1990年2月の衆院選で落選し、政界を引退した。

人物像[編集]

趣味は剣道短歌[1]。住所は東京都板橋区南町[1]。岡山県津山市在籍[1]

著書[編集]

  • 「GNP1%論の軌跡」(千代田永田書房)

関連人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 第廿一版 人事興信録 昭和36年(1961年)、お一四六