国務大臣

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国務大臣(こくむだいじん)とは、日本国内閣の構成員を指す。閣僚閣員とも言われる。

概念[編集]

法令上の「国務大臣」の概念[編集]

法令上の「国務大臣」は、広義には内閣総理大臣を含む閣僚すべてを指し、狭義には内閣総理大臣以外の閣僚をいう。

広義の意味で「国務大臣」の語が用いられている例としては、日本国憲法第63条(国務大臣の議院出席の権利義務)や日本国憲法第66条第1項及び同条第2項(内閣の組織)などがある。これらの条文では「内閣総理大臣その他の国務大臣」と表現されており、「国務大臣」の概念が内閣総理大臣たる国務大臣とその他の国務大臣の双方を含む意味で用いられている。

狭義の意味で「国務大臣」の語が用いられている例としては、日本国憲法第68条第1項や同条第2項(国務大臣の任命と罷免)などがある。例えば日本国憲法第68条第1項前段は「内閣総理大臣は、国務大臣を任命する」と規定しているが、内閣総理大臣はそもそも国会の指名に基づいて天皇により任命されるので(日本国憲法第6条第1項)、日本国憲法第68条第1項前段の「国務大臣」には内閣総理大臣は含まれないことになる。

なお、内閣法第2条第2項で、「国務大臣の数は、14人以内とする。ただし、特別に必要がある場合においては、3人を限度にその数を増加し、17人以内とすることができる。」とし(後述のとおり、復興庁設置期間中は「15人以内」「18人以内」に増員される)、内閣法第3条第2項は「行政事務を分担管理しない大臣の存することを妨げるものではない」として無任所大臣を置くことを認めているが、主任の大臣ではない国務大臣(無任所大臣)には法律上の正式な呼称がない(詳細については無任所大臣の項目の「新憲法下における「無任所国務大臣」」の節を参照のこと)。そのため、内閣の構成員の一覧表などでは、主任の大臣以外の国務大臣については単に「国務大臣」となっている場合がある。

国務大臣と行政大臣[編集]

行政学などでは講学上、国務大臣と行政大臣に分けて論じられる場合がある。行政大臣は主任の大臣とも呼ばれ、各省の長として特定の行政分野を担当している国務大臣を指す。特定の行政分野を担当しない内閣官房長官内閣府特命担当大臣、無任所国務大臣(班列)などに対する概念である。

内閣は国の行政を一体として担当する合議体であるから、その構成員である国務大臣は、分担管理する行政事務に限らず、国務及び外交全体について評議し、議決に加わることになる。内閣法には、すべての国務大臣は「案件の如何にかかわらず、議案を閣議に提出することができる」趣旨の規定がある。しかし、実際の運用としては、主任の大臣以外の国務大臣が閣議を求めることはない。例えば内閣府特命担当大臣の場合、内閣府の主任の大臣である内閣総理大臣に議案を上申したうえで、内閣総理大臣が閣議を請議することになる。

地位と任免[編集]

国務大臣は行政権の属する内閣の構成員である(日本国憲法第66条)。国務大臣の身分国家公務員法第2条第3項において、特別職国家公務員とされる。

任命[編集]

先述のように一般的に国務大臣という場合には内閣総理大臣を含めて指す場合とそうでない場合があり、両者で任命の主体と手続が異なる。

内閣総理大臣は国会の議決により指名され(内閣総理大臣指名選挙日本国憲法第67条第1項)、その国会の指名に基づいて天皇によって任命される(日本国憲法第6条第1項。親任式が行われる)。内閣総理大臣は文民でなければならない(日本国憲法第66条第2項)。

内閣総理大臣の任命について定める日本国憲法第6条には日本国憲法第7条とは異なり「内閣の助言と承認」の文言がないが、内閣総理大臣の任命は日本国憲法第4条の「この憲法の定める国事に関する行為」に含まれるため日本国憲法第3条の効果として内閣の助言と承認を要する[1][2]。先例では内閣総理大臣の任命については日本国憲法第71条の規定により従前の内閣が助言と承認を行うことになっている[1][2]。この内閣総理大臣の任命によって従前の内閣はその地位を完全に失うことになる(日本国憲法第71条[3]。内閣総理大臣の任命においては衆議院議長参議院議長の列席の下で任命式が行われる[4](実際の例では内閣総理大臣を任命する儀式として親任式が行われる[5])。

内閣総理大臣以外の国務大臣は内閣総理大臣により任命され(日本国憲法第68条第1項本文)、天皇によって認証される(日本国憲法第7条第5号)。「認証」は対象となる行為が権限ある機関によって正当な手続を経て行われた事実を確認し公証する行為である[6][7][8]。認証には内閣の助言と承認を要するが(日本国憲法第7条第5号)、新内閣の成立時においては、性質上、それは新たに任命された内閣総理大臣のみによって行われることになる[9]。国務大臣の認証においては認証式が行われる[10](実際の例では天皇の認証を必要とする国務大臣などの認証官の任命式については認証官任命式という形で行われ[11] 、内閣総理大臣による任命において天皇が辞令に親署するという形式で認証が行われる[6][2])。

宮中の親任式及び認証官任命式で授与される「官記」は単に内閣総理大臣又は国務大臣としての任命・認証であり、どの行政事務を担当するかの辞令(例:「総務大臣を命ずる」)は式後に官邸で内閣総理大臣から発令される(これを「補職」・「補職辞令」という)。その他の国務大臣も内閣総理大臣と同様に文民でなければならない(日本国憲法第66条第2項)。

国務大臣の過半数は国会議員にて構成しなければならない(日本国憲法第68条但書)。内閣の構成上の要件とされる[12]。ここでいう「過半数」は国務大臣の定数の過半数ではなく現在する国務大臣の過半数を意味する[13]。内閣を構成する国務大臣の過半数が国会議員であれば足り、国務大臣が国会議員の地位を失っても当然に国務大臣の地位を失うわけではない[14](ただし、内閣総理大臣は国会議員であることを在職要件とする)。

内閣総理大臣臨時代理に憲法68条の国務大臣の任命権が認められるか否かについて学説は肯定説と否定説に分かれているが、政府見解は憲法68条の国務大臣の任命権は内閣総理大臣の一身専属の権利であるとする[15][16]。先例としては石橋内閣において石橋湛山総理が病気のために岸信介外務大臣が内閣総理大臣臨時代理となったが、1957年(昭和32年)2月2日の小滝彬防衛庁長官の任命は石橋総理が自ら行っている(認証式や両院への通告は岸臨時代理が行っている)[15][17]

外交上の敬称としては交渉国との間で主に大臣閣下という敬称と本官に相当する本大臣という自称で呼び合うこととなっている。また、内閣総理大臣・国務大臣等は自衛隊を公式に訪問し又は視察する場合その他防衛大臣の定める場合において栄誉礼を受ける栄誉礼受礼資格者に定められている(自衛隊法施行規則13条)。

なお、国会議員でペンネーム(タレント時代などの芸名や、判り易く一部をひらがなにする)等にしてある場合、国務大臣に任命される際には戸籍に登録されている本名で任命を受け、連署・署名など国務大臣として行う場合は本名でなくてはならない。

罷免[編集]

日本国憲法第68条第2項は「内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる」と定める。「任意に」とは時期や理由を問わず法的には何らの制約なく、内閣総理大臣の自由な裁量によって決しうることを意味する[18][14]。国務大臣の罷免の政治上・道義上の当不当は本条の問題とは別の問題である[18]。国務大臣の罷免権は任命権と同じく内閣総理大臣の専権に属する[19]

国務大臣の任免は天皇によって認証される(日本国憲法第7条第5号)。したがって、内閣総理大臣の専権事項とされる罷免そのものの決定には閣議は不要であるが、通説によれば天皇の国事行為である認証については内閣の助言と承認を要し閣議が必要とされる[20][19]。この場合、事の性質上、この閣議は国務大臣の罷免を妨げることはできず、罷免される国務大臣はこの内閣の助言と承認の決定に加わることができない[20][19]

権限と義務[編集]

議院出席の権利義務[編集]

国務大臣は両議院での議席の有無に関わらず、議案について発言するために議院に出席をすることができる。答弁または説明のために出席を求められた際は出席しなければならない(日本国憲法第63条)。この「議院」には本会議のほか委員会も含まれる[21]。ただし、憲法上、各議院には運営等について自律権が認められている(日本国憲法第58条第2項)。国務大臣の議院出席の権利は国会法及び両議院規則に服するのであり、これに反しないようにしなければならない[22]

法律及び政令への署名[編集]

法律及び政令には国務大臣の署名と内閣総理大臣による連署を必要とする(憲法第74条)。内閣総理大臣及び各省大臣(下記一覧の防衛大臣まで)は内閣法上「主任の大臣」と呼ばれ、担当国務に関係する法律、政令を公布する際その末尾に国務大臣による署名と内閣総理大臣の連署を要することになる。「主任の大臣」以外の大臣(下記一覧の内閣官房長官以下)は、連署・副署をしない。ただし、「主任の大臣」の誰かが外遊等で国内不在となる場合に一時的にその臨時代理を命ぜられることがあり、その際は連署・副署に名を連ねることとなる。

主任の大臣が複数あるときは署名は建制順による[23]。また、内閣総理大臣自身が主任の大臣として署名の主体となるときは連署は行わない例である[23]

今日の通説的見解によれば、この署名・連署は執行の責任を表示するという性質のものであり、これを欠いていても法律や政令の効力やこれらの執行の責任には影響しない[24][25]

大日本帝国憲法下の「副署」が国務大臣の輔弼についての責任を表示するものであったのに対して、現行憲法下の「連署」は法律・政令に対する内閣自身の執行・制定についての責任を表示するものであり性格が異なる[26]。なお、現行憲法下においても「副署」が行われる例(解散詔書など)があり、これは憲法74条に規定する「署名」や「連署」とは異なるものであるが[9]、天皇の国事行為において内閣による助言と承認があったことを内閣総理大臣が内閣を代表して確認を行うもので慣行として適当なものであると評価されている[9]

特典[編集]

日本国憲法第75条は「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない」と規定する。この規定は国務大臣の特典であるとともに内閣の一体性の確保し内閣総理大臣の内閣の首長としての地位を強化するものである[27]

日本国憲法第75条の「訴追」については、刑事訴訟法上の逮捕・勾留を含むとする説(本来的には「公訴の提起」を意味するが、憲法75条は国務大臣の身体の自由を保障した趣旨である[27])と逮捕・勾留を含まないとする説(憲法上あるいは諸法令上の「訴追」とは裁判・懲戒・罷免の請求を意味する[28])が対立している[29]。政府見解は「訴追」には逮捕を含まないとしている[30]。先例としては1948年9月30日に栗栖赳夫国務大臣(経済安定本部総務長官兼物価庁長官兼中央経済調査庁長官)が昭和電工事件で内閣総理大臣の同意なく逮捕されたが、この事件で東京高裁は憲法75条の「訴追」に逮捕、勾引、勾留のような身体の拘束を含むとは解しえないと判示している(東京高判昭和34年12月26日判時213号46頁)[31]

先述のように「国務大臣」には内閣総理大臣を含む場合と含まない場合があるが、日本国憲法第75条の「国務大臣」についても、内閣総理大臣もこの「国務大臣」に含むとする学説(内閣総理大臣の訴追には総理自らの同意を要すると解する)と、内閣総理大臣はこの「国務大臣」には含まれないとする学説(内閣総理大臣が自らの訴追に同意するということは考えにくく、また、国務大臣について内閣総理大臣の同意を要するとしている本条の精神からみて、内閣総理大臣については他の国務大臣よりも強く保護されているものと解すべきであるとし訴追だけでなく逮捕されることもないという特典が自ずから導かれるとみる)の二つの説が対立している[30]

本条により内閣総理大臣の同意を欠く国務大臣の訴追は認められず、内閣総理大臣の同意なく国務大臣が起訴された場合には公訴は無効となる(刑事訴訟法第338条4号)[28]

本条の効果は在任中に限られるので国務大臣の退任後は内閣総理大臣の同意がなくとも訴追ができることは当然である[32][27]。本条ただし書きの「これがため、訴追の権利は、害されない」は、通説によれば公訴時効の進行が停止することを意味すると解されている[33]。ただし、時効の進行の停止する始期については、国務大臣在任中は当然に時効が停止するとみる学説と内閣総理大臣が訴追への同意を拒否した時点から時効の進行が停止するとみる学説の二つの説が対立する[33]

なお、国会議員たる国務大臣については、国会議員の立場では不逮捕特権日本国憲法第50条)や免責特権日本国憲法第51条)も認められる。ただし、免責特権について、多くの学説は国会議員の立場ではなく国務大臣の立場でなされた発言は免責対象とはならないと解している[34][35]。国務大臣としての地位や責任は国会議員とは性格が異なるものであり[35]、また、これを認めると国会議員でない国務大臣との間に不均衡を生じることになり妥当でないとされる[34]。下級審の判例も同様の解釈をとっている(東京高判昭和34年12月26日判時213号46頁)[34]

内閣と大臣[編集]

内閣の組織[編集]

内閣は内閣総理大臣及びその他の国務大臣で組織される(日本国憲法第50条、内閣法第2条第1項)。内閣総理大臣は内閣の首長(日本国憲法第66条1項、内閣法第2条第1項)で、他の国務大臣の任免権(日本国憲法第68条)、国務大臣に対する訴追同意権(日本国憲法第75条)、行政各部の指揮監督権(日本国憲法第72条)、閣議における発議権(内閣法第4条第2項)などを有する。その他の国務大臣は原則14人とし必要であれば更に3人まで任命できるとされているが(内閣法第2条第2項)、後述のように現在、復興庁設置法による特例が設けられている。

なお、日本には、他国の副首相に相当する官職は存在しない。ただし、組閣時に内閣法第9条に定める内閣総理大臣臨時代理予定者を決める際にあらかじめ指定された国務大臣を副総理と呼ぶ慣行がある。

大臣の所掌[編集]

行政事務の分担管理[編集]

各大臣は、法律の定めるところにより、主任の大臣として行政事務を分担管理する(内閣法第3条第1項)。ただし、行政事務を分担管理しない大臣(いわゆる無任所大臣)を置くことを妨げるものではない(内閣法第3条第2項)。

特命事項の担当大臣[編集]

複数の省庁に関係するような国政の重要事項については一省庁の所掌とせず、専任の重要事項担当部署(局・対策室など)を省庁より格上の内閣官房か内閣府に設置して、最高責任者である内閣総理大臣の下で総合的に処理する場合がある。これら重要事項担当部署の長(局長・対策室長など)は、通例官僚が任命されるが、それら局長等と内閣総理大臣との間に総括的な責任者として国務大臣を充てて担当大臣として置くことがある。重要事項担当部署が内閣府にある場合、その担当大臣のことを法律上「特命担当大臣」(官報辞令上は「内閣府特命担当大臣」)と言う。一方、重要事項担当部署が内閣官房にある場合その担当大臣の正式呼称は特に法定されていない。

  • 内閣府特命担当大臣(例:金融担当)も、内閣官房の重要事項担当部署の担当大臣(例:郵政民営化担当)も、一般的にはそれぞれの担当職務を用いて「○○担当大臣」と呼ばれる。
  • 例はあまり多くないが、複数省庁にわたる政策事項でありながら内閣官房でも内閣府でもなく一省庁内に「対策室」等を設置し、その総括をその省庁の大臣と別の大臣に命ずる場合(例:個人情報保護担当)があるが、その場合も内閣官房の場合と同様に担当大臣の法定された正式呼称はなく、俗に○○担当大臣と呼称される。

内閣法の規定[編集]

内閣法では、内閣総理大臣を除いた国務大臣の数は原則14人とし、必要であれば更に3人まで任命できる(内閣法第2条第2項)。

復興庁設置法による特例[編集]

復興庁設置法により復興庁設置期間中は後述の特例が設けられる[36]。 国務大臣の数は原則15名とし、必要であれば18名まで任命できる(内閣法附則2項)。復興庁は、内閣総理大臣を長とし(設置法6条)、内閣総理大臣を助け、復興庁の事務を統括するために復興大臣を置く(設置法8条)。

大臣規範[編集]

大臣を代理する職[編集]

内閣総理大臣臨時代理[編集]

内閣法第9条に「内閣総理大臣に事故のあるとき、又は内閣総理大臣が欠けたときは、その予め指定する国務大臣が、臨時に、内閣総理大臣の職務を行う」と規定されており、内閣総理大臣が死亡・病気・海外出張等で不在となった際には、あらかじめ指定された国務大臣が「内閣総理大臣臨時代理」の職名で職務を行う。2000年4月以降、組閣時に就任予定者5名があらかじめ指定される規定となった。

他の大臣の臨時代理と事務代理[編集]

各省大臣(=主任の大臣)の外遊時等には、「国務大臣の代理には他の国務大臣が就く」という内閣法上の原則に基づき、直属の副大臣ではなく、他の大臣または内閣総理大臣がその臨時代理を務める(例:総務大臣臨時代理)。その人選は内閣総理大臣が行う。

  • 各省大臣以外の「内閣官房長官・国家公安委員会委員長・内閣府特命担当大臣」の代理については、他の大臣が「事務代理」を務める(例:内閣官房長官事務代理)。ただし、内閣総理大臣自らが代行する場合は「事務代理」でなく「事務取扱」と称する(例:内閣官房長官事務取扱)。
    ※上記「特命事項の担当大臣」の項で言及した担当大臣のうち、内閣官房(まれに省)の重要事項担当大臣については、内閣府特命担当大臣と異なり外遊時等に代理発令がされることはない。厳密には、総理の口頭指示等による一時的代行はあるのかも知れないが、少なくとも辞令のような公に分かる形で官報掲載された例はない。
  • 副大臣は、直属上司である大臣・長官等の代理に指定されることはない。国務大臣でない副大臣に憲法第74条に基づく法令への連署等をする最高権限がないためである。ただし、「内閣の一員たる国務大臣の権限」を必ずしも要請されない行為(例:省庁の代表者として式典で祝辞を述べる等)の場合は、直属副大臣や政務官が代行(参席・代読等)することが一般的である。
  • 内閣法には第9条に「臨時に、内閣総理大臣の職務を行う。」、第10条に「臨時に、その主任の大臣の職務を行う。」とあり、一方で内閣府設置法と国家行政組織法には「副大臣(副長官)は…職務を代行する。」とある。「行う」と「代行する」という似て非なる文言で区別がなされており、副大臣・副長官の「代行する」権限が「省庁組織の長としての大臣権限」に限られ、より広汎な「主任の国務大臣の権限」までは及ばないと解する根拠の一つとなっている。

大臣を補佐する職[編集]

副大臣・大臣政務官・大臣秘書官[編集]

現在、内閣はじめ省庁における大臣以下の政治ポストはかつての政務次官副大臣大臣政務官などに再編され、省内における政治任用職も増えた。総理以外の大臣秘書官は定数1名で官庁の外から政治的任用される(通例はその大臣の議員第一秘書などが務めることが多い)。

当該省庁の職員も大臣秘書官と呼ばれるポストに就いて大臣を補佐するが、これは厳密には大臣秘書官事務取扱といい、正規の法定秘書官ではない。大臣以下副大臣・政務官の品位と倫理を維持するため、大臣規範などを定め、汚職の防止や兼職の禁止など自律的な制約を定めている。

大臣と副大臣・大臣政務官等の任命方式・権限の差異[編集]

  • 大臣は、1)内閣総理大臣から任命・天皇から認証される「国務大臣」としての官記(国務大臣に任命する)、2)総理から担当事務を命ぜられる「各省大臣・長官等」としての補職の辞令(例:総務大臣を命ずる、内閣府特命担当大臣を命ずる)、という二段階の任命方式が採られている。閣議においては例えば防衛大臣である国務大臣が司法改革など他省庁の閣議案件について(あくまで理論上ではあるが)深く意見を述べたり、当該他省庁の官僚に「一国務大臣として」何らかの指摘・要求等をすることも可能であり、「国務大臣」としての関与権限は国政全般に及ぶものとされる。
  • 一方、副大臣と大臣政務官は、特定の省庁名を冠された官記又は辞令(例:内閣府副大臣に任命する、総務副大臣に任命する、財務大臣政務官に任命する)だけを受ける。副大臣は国務大臣と同様認証官であるため天皇の認証のある官記を受け、大臣政務官はそうでないという違いはあるが、どちらも国務大臣のような国政全般への関与を可能とする権限付与(二段階の辞令)は行われていない。
  • 閣議では、各大臣は各省や特命事項の担当大臣としてだけでなく、広く天下国家を論じる国務大臣の一人として参画する。一方、副大臣会議では、副大臣は各府省の調整代表の高官として参加しており、国政全般を論じたり他府省の副大臣の提出した案件に対して必要以上の関与をすることはできない。
  • 一部に、国務大臣の表記にならって「国務副大臣」のような表記をする向きがあるが、広汎な国務大臣の権限に比べ副大臣の地位・権限が限定的であることと矛盾する。「国務副大臣」の名称はいかなる法令にも存在せず、そのような辞令が発せられたこともない。各府省副大臣の総称は単に「副大臣」とするのが正しく、各種法令でもそのような取扱いがなされている。大臣政務官についても同様で、「国務大臣政務官」とするのは法的には誤りとなる。

歴史[編集]

大臣とは古来からの日本固有の高官職名である。明治期に太政大臣左大臣右大臣内大臣といった大臣職が改められ、内閣制度の発足とともに、内閣構成者としての内閣総理大臣及び国務大臣として新たな大臣の職掌が整備された。明治以降も昭和初期まで内大臣・宮内大臣の職が置かれたが、これは閣外の職位であり、国務大臣には含まれず内大臣府宮内省にあって天皇を補佐する役目であった。

終戦後、自由民主党1955年)の結党より始まる55年体制の下での大臣の選任は、(人格や識見によることもあったにせよ、概ね各派閥間の均衡を目的とした)いわゆる「派閥の論理」で行われた。

政治家にとって大臣の職は権威の象徴であり、自由民主党では、当選回数5回以上(衆議院議員の場合)が国務大臣の資格の条件とされたが、大臣を拝命していない政治家は大臣待望組といわれた。また大臣になるために執念を燃やしたり、その地位にとらわれることを俗に大臣病といった。

各種記録[編集]

  • 最年長在任記録国務大臣 - 塩川正十郎財務大臣 81歳11ヶ月(2003年9月22日在任)
  • 戦後最年少就任記録国務大臣 - 小渕優子少子化対策担当・男女共同参画担当大臣 34歳9ヶ月(2008年9月24日就任)
  • 連続最長在任記録国務大臣 - 寺内正毅陸軍大臣 3442日間(1902年3月27日 - 1911年8月30日)
  • 戦後連続最長在任記録国務大臣 - 竹中平蔵国務大臣 1980日間(2001年4月26日 - 2006年9月26日)
  • 最短退任記録国務大臣 - 長谷川峻法務大臣 4日間(1988年12月27日 - 1988年12月30日)
  • 通算最短在任記録国務大臣 - 野村直邦海軍大臣 5日間(1944年7月17日 - 1944年7月22日)
  • 戦後通算最短在任記録国務大臣 - 遠藤武彦農林水産大臣 8日間(2007年8月27日 - 2007年9月3日)
  • 女性初の国務大臣 - 中山マサ厚生大臣(1960年7月19日就任)

在職中の死亡[編集]

在職中に死亡した国務大臣
死亡年月日 氏名 内閣 役職 死因
1889年(明治22年)2月12日 森有礼 黒田内閣 文部大臣 他殺
1926年(大正14年)9月13日 早速整爾 第1次若槻内閣 大蔵大臣 病死
1936年(昭和11年)2月26日 高橋是清 岡田内閣 大蔵大臣 他殺
1936年(昭和11年)3月27日 川崎卓吉 廣田内閣 商工大臣 病死
1945年(昭和20年)8月15日 阿南惟幾 鈴木貫太郎内閣 陸軍大臣 自殺
1973年(昭和48年)11月23日 愛知揆一 第2次田中角栄内閣 大蔵大臣 病死
1976年(昭和51年)1月15日 仮谷忠男 三木内閣 建設大臣 病死
1987年(昭和62年)1月25日 玉置和郎 第3次中曽根内閣 総務庁長官 病死
2007年(平成19年)5月28日 松岡利勝 第1次安倍内閣 農林水産大臣 自殺
2012年(平成23年)9月10日 松下忠洋 野田第2次改造内閣 内閣府特命担当大臣(金融担当) 自殺

※ 内閣総理大臣を除く

脚注[編集]

  1. ^ a b 佐藤功著 『新版 憲法(上)』 有斐閣、1983年、69-70頁
  2. ^ a b c 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅰ(前文・第1条~第20条)』 青林書院、1994年、96頁
  3. ^ 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、229頁
  4. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(上)』 有斐閣、1983年、70頁
  5. ^ 親任式 宮内庁
  6. ^ a b 阿部照哉著 『青林教科書シリーズ 憲法 改訂』 青林書院、1991年、34頁
  7. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(上)』 有斐閣、1983年、91頁
  8. ^ 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅰ(前文・第1条~第20条)』 青林書院、1994年、119頁
  9. ^ a b c 佐藤功著 『新版 憲法(上)』 有斐閣、1983年、56頁
  10. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(上)』 有斐閣、1983年、88頁
  11. ^ 認証官任命式 宮内庁
  12. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、839頁
  13. ^ 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、217頁
  14. ^ a b 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、218頁
  15. ^ a b 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、859-860頁
  16. ^ 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、215-216頁
  17. ^ 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、216-217頁
  18. ^ a b 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、840頁
  19. ^ a b c 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、219頁
  20. ^ a b 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、841頁
  21. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、801頁
  22. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、802頁
  23. ^ a b 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、916頁
  24. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、918頁
  25. ^ 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、265-266頁
  26. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、913頁
  27. ^ a b c 伊藤正己著 『憲法 第三版』 弘文堂、1995年、540頁
  28. ^ a b 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、920頁
  29. ^ 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、267頁
  30. ^ a b 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、268頁
  31. ^ 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、267-268頁
  32. ^ 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、921頁
  33. ^ a b 樋口陽一・中村睦男・佐藤幸治・浦部法穂著 『注解法律学全集3 憲法Ⅲ(第41条~第75条)』 青林書院、1998年、269頁
  34. ^ a b c 佐藤功著 『新版 憲法(下)』 有斐閣、1984年、697頁
  35. ^ a b 松澤浩一著 『議会法』 ぎょうせい、1987年、200頁
  36. ^ 復興庁設置法 (12月9日成立)(東日本大震災復興対策本部、2011年12月13日閲覧)

関連項目[編集]

発足・組織・形態

政務三役、他関連

運営・法律

内閣総理大臣

内閣官房

その他

外部リンク[編集]