松岡利勝

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日本の旗 日本の政治家
松岡 利勝
まつおか としかつ
Toshikatsu Matsuoka.jpg
生年月日 1945年2月25日
出生地 熊本県阿蘇市
没年月日 2007年5月28日(満62歳没)
死没地 東京都新宿区
出身校 鳥取大学農学部
前職 林野庁林政部林政課広報官
所属政党 無所属→)
自由民主党伊吹派
称号 農学士(鳥取大学)
親族 景山俊太郎長男義父

内閣 第1次安倍内閣
在任期間 2006年9月26日 - 2007年5月28日[1]

選挙区 旧熊本1区→)
熊本3区
当選回数 6回
在任期間 1990年2月19日 - 2007年5月28日
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松岡 利勝(まつおか としかつ、1945年2月25日 - 2007年5月28日)は、日本農水官僚政治家。元衆議院議員自由民主党)。

来歴・人物[編集]

生い立ち[編集]

熊本県阿蘇町(現阿蘇市)に貧しい農家の長男として生まれた[2]

父は日中戦争中、満州憲兵をしていた。日本に戻ってからは定職を持たず林業ブローカーのような仕事で糊口を凌ぎ、時には酔って妻(松岡の母親)に手を上げることもあったという[2]。非常に厳格な人物だったが、気に入らないことがあると怒鳴り散らすなど気性の荒いところもあり、周囲から怖れられた[2]

学生時代[編集]

中学卒業後熊本県立済々黌高等学校に進学し、空手部に入部[2]。親元を離れて下宿生活を送る[2]。2年生の時の修学旅行で東京を訪れた際に、単身で赤尾敏大日本愛国党元総裁)を訪ね、活動への参加を志願している[2]。結果は断られたものの、右翼思想への傾倒は松岡にとって大きな転機になった[2]防衛大学校を目指すが失敗し、2浪ののち鳥取大学農学部林学科に進学する[2]

農林水産省時代[編集]

国家公務員採用上級甲種試験に林学区分で最終合格[3]、林学技官として官僚人生のスタートを切り、政治の世界への足掛かりを掴んでいく[4]

大臣官房企画課、天塩営林署長、国土庁(当時)地方振興局山村豪雪地帯振興課長補佐などを務める。1988年林野庁林政部林政課広報官を最後に退官し、地元熊本に戻った。

政治家として[編集]

1990年第39回衆議院議員総選挙に旧熊本1区から無所属で立候補。当初は泡沫候補と見られていたが、北口博松野頼三らを下し最下位ながらも初当選、以降連続6回当選(当選同期に岡田克也佐田玄一郎亀井久興森英介福田康夫石原伸晃河村建夫小林興起塩谷立古屋圭司細田博之小坂憲次山本拓赤城徳彦簗瀬進山本有二など)。議員一期目に、三塚派の先輩である小泉純一郎石原慎太郎に同調して小選挙区導入に猛反対し、同じ三塚派所属の一年生議員らと共に党中枢と敵対した。他にもコメの自由化に反対して国会前で座り込みをしたり、1994年11月の熊本市長選挙で魚住汎英と乱闘を起こすなど、武闘派として知られるようになる。一方で、選挙で対立候補を支援した建設会社に対して、その後公共事業の発注を行わせないようにするなどの一面もあった。

1995年8月8日村山改造内閣で農林水産政務次官(翌年1月11日まで)、1999年10月29日、衆議院農林水産委員長(翌年6月2日まで)、2000年12月6日第2次森改造内閣で農林水産総括政務次官となる。2001年1月6日、初代農林水産副大臣となり、WTO交渉等に精力的に取り組む(同年4月26日まで)。

党内では、安倍晋太郎派→三塚博派→亀井グループを経て1998年江藤・亀井派結成に参加していた。当初は小泉改革に反対する立場だったが、衆議院予算委員会理事、衆議院郵政民営化に関する特別委員会理事を経て、小泉を積極的に支持する姿勢に転換、郵政国会を機に長年仕えてきた亀井静香平沼赳夫らと事実上訣別した。同年の通常国会では、2003年に解党された自由党政党交付金を同党の党首を務めていた小沢一郎が着服したとされる疑惑を追及した。また、同年8月に郵政関連法案が参議院で否決されたことにより当時の小泉首相は衆議院の解散を決断するが、同日に小泉と改革への決意を首相官邸で語っていた人物は松岡である。他方、これまでの主張であったコメの輸入自由化・FTAへの頑強なまでの反対姿勢を一転させたことは、従来の支持基盤だった農家からの激しい反発を招いた。

2006年9月26日、松岡は第1次安倍内閣で農林水産大臣に就任した。松岡農水相は早い段階で安倍支持を表明し、松岡農水相が地盤とする熊本県での安倍晋三首相の党員得票率は75%を記録した。しかしその後、松岡農水相の事務所費問題、光熱水費問題、献金問題等数々の疑惑が浮上し大きな批判を受けるようになる。安倍首相は自身の内閣の威信を貫くため松岡農水相を庇い続けたが、マスコミは連日のように松岡農水相の不祥事を報道した。

2007年5月28日、松岡農水相は衆議院議員宿舎(新赤坂宿舎)で首を吊っている所を警護官らに発見され、警視庁本庁指示の下、救急車で高度な救急医療に対応している慶應義塾大学病院にまで運ばれたが既に心肺停止状態だった。

政策[編集]

日本食の認証制度[編集]

海外の日本食レストランに対する認証制度の導入を発案。2006年11月に「海外日本食レストランへの信頼度を高め、農林水産物の輸出促進を図るとともに、日本の正しい食文化の普及や我が国食品産業の海外進出を後押しすること等を目的」[5]として、農林水産省「海外における日本食レストランの認証制度を創設するための有識者会議」を立ち上げた[6]

松岡自身は、この認証制度を通じ、日本食用の食材として国内農産物の輸出増加を狙う戦略を描いていたとされている。松岡は同会議の設置に際し、この制度の導入について「海外在留邦人の日本食への理解の向上」「日本文化への関心の向上」「農林水産物や加工食品の輸出促進」「食品産業の国外進出推進」「日本への外国人観光客の増加」といったメリットを指摘した[7]他方、海外のメディアを中心にこの制度を「スシポリス」と揶揄する報道や、日本食への認証は政府の専管事項なのか、国外独自の日本食を否定することに繋がらないか、といった報道もなされた[要出典]

攻めの農政[編集]

アメリカ合衆国農務長官マイク・ジョハンズ(右)との記者会見(2007年1月11日

第1次安倍内閣発足時の記者会見で松岡は「私は日本の農業には未来があると考えています。そのためには、日本の農産物の輸出を促進するべきだと。これまでは工業が攻め、農業は守りだったんですが、これからはそれではいけない」と強調し、従来の政策からの転換を表明。日本の農林水産物の輸出促進、バイオマス利用の加速、担い手主体の経営構造の実現などを謳った「攻めの農政」を政策として掲げ[8]、農林水産大臣として精力的に活動した。2007年1月に訪米し、アメリカ合衆国農務長官マイク・ジョハンズと会談、世界貿易機関交渉などに関する意見交換を行った。松岡が最終的に実現しようとした政策目標は「農家所得倍増計画」であった[9]。政治家としての松岡は、池田勇人の「所得倍増計画」及び池田内閣の下での1961年「農業基本法」が掲げた「農工間の所得格差是正」という目標を一貫として参考にしていた[9]

日豪FTA[編集]

「日本の農業に打撃を与えかねない」として、日豪FTAに慎重だったが、小泉純一郎支持に回る際に賛成側に転換。農水相としてオーストラリア側との交渉にあたった。

対中コメ輸出[編集]

「攻めの農政」の一環として、2003年以来途絶えていた中華人民共和国へのコメ輸出の再開に尽力、2007年4月、中国の国家品質監督検査検疫総局長李長江と、日本からのコメ輸出に関する協定に調印した。

主な所属していた団体・議員連盟[編集]

疑惑[編集]

内閣府へのNPO申請照会、口利き疑惑[編集]

「WBEF」[10]から内閣府に提出された特定非営利活動法人申請に関して、松岡の秘書内閣府に対し審査状況について照会していた問題が発覚している。照会の事実は内閣府の内部文書にも記録されているが、松岡は衆議院での答弁で照会の事実自体を否定しており、食い違いを見せている。松岡は、内閣府で内部文書が作成されていた事実が報道されると一転して前言を翻し、衆議院での答弁が誤りであったことを事実上認めた。認証前にもかかわらず、WBEFが自らを「特定非営利活動法人」と記載した冊子を配ったり、宣伝活動が出資法違反であるなどの理由で内閣府は2006年6月に不認証の決定を下した[要出典]

内閣府の主張
2006年3月28日付の内閣府作成文書には、2006年3月13日に松岡の秘書から審査状況を照会され、担当官が「審査中」と回答したところ、秘書から「よろしくお願いしたい」と依頼された旨が記されている。内閣府市民活動促進課は、当該文書について「課内で内部用に作成した可能性が高いが、今は確認できない」とコメントした。[要出典]2007年1月5日、記者会見で内閣府特命担当大臣高市早苗は、職員が昨年3月に松岡事務所の秘書と名乗る者から審査状況の照会を受けて『審査中』と回答した事実があったとしたうえで、文書には「よろしくお願いしたい旨」と記載があるが、「よろしく」という言葉を、向こうが発言したということではないようであり、「よろしく」という表現は、特に具体的に何もなかったときに、便宜上書いているという解釈である、とコメントした。[11]
松岡の主張
松岡は、2006年9月29日の記者会見において、WBEFとの繋がりについて「自分にも自分の事務所にもまったくない」、「依頼、働きかけ、関係者との接触もまったくない」と述べた。[要出典]2006年10月10日、衆議院予算委員会にて、松岡は「この組織とはまったく面識もなく、一切の関係もございません」と答弁している[12]2007年1月5日、農林水産省で記者会見した松岡は、「秘書の記憶では内閣府に照会したかどうかは確認できないが、(政治資金収支報告書未記載のパーティー券の購入を仲介した)後援者は(松岡)事務所で確認してもらったといっている」と発表し、松岡の事務所が内閣府に照会したことを一転して認めた。衆議院での答弁を事実上訂正する発言である[要出典]
朝日新聞の主張
朝日新聞社が当事者である秘書に取材したところ、「あとで電話する」との返答があったものの、その後一切回答がなかったとされている。朝日新聞社が松岡の選挙事務所に再度質問状を送ったところ、「9月の記者会見と矛盾する事実はありません」と回答があったという[要出典]
内閣の見解
2007年1月5日、内閣総理大臣安倍晋三は、「働きかけはなかったという報告を松岡大臣からも内閣府からも受けている」と発言し、「NPO自体が認可されていない。働きかけもなかったということではないだろうか」との考えを示した。2007年1月5日、内閣官房長官塩崎恭久総理大臣官邸での記者会見で「働きかけや要請はなかったと聞いている」、「松岡氏自身が説明されるので、そちらの方で聞いていただきたい」と発言している[要出典]

事務所費の不透明な支出[編集]

松岡の資金管理団体「松岡利勝新世紀政経懇話会」が、賃料が発生しない議員会館に主たる事務所を置きながら、事務所費として2003年に2,600万円超、2004年に3,100万円超、2005年は3,300万円超と極めて高額な支出を計上している。また、松岡の政治団体「松岡利勝後援会」は菊陽町をはじめ4ヶ所に事務所を置いているが、事務所費として2005年に4,000万円を超える支出を計上している。 地元関係者からは、「後援会の事務所費に4,000万もの費用が発生するはずがなく『不自然』である」と指摘された[13][14]

光熱水費問題[編集]

予算委員会での指摘と松岡の主張
2007年3月5日の参議院予算委員会において、参議院議員小川敏夫民主党)の質問により、松岡の資金管理団体「松岡利勝新世紀政経懇話会」が、水道代、冷暖房費が無料である衆議院第一議員会館に「主たる事務所」を設置しているにもかかわらず、2005年に500万円超の「光熱水費」を計上していたことが発覚した[15]。小川は議員会館においては水道・電気・暖房等がすべて無償であると指摘した上で「どこで使用した光熱水費か?」と質問し、松岡は「当然のことながら、主たる事務所としてのその議員会館の関係について報告をしておる」「それはどういう金額でどうだということにつきましては、それは当然のことながら、こちらも承知をし了解をしたものとして報告をいたしております」「(光熱水費には)『何とか還元水[16]とかそういったようなものを付けております。光熱費につきましても、暖房なりなんなり、それは別途そういったものの分が含まれている」「(松岡利勝新世紀政経懇話会が使用しているのは)政治資金管理団体としては議員会館一つです」と答弁した[17]。「(500万円という通常では考えられない金額について)還元水の装置や(議員会館常設の集中暖房以外に)電気暖房の機械か何かを100個も置いているのか?」と問われると「私は一々、これが幾ら、あれが幾らということは、今ここににわかには覚えておりませんが、それはまたきちんと確認してお答えしたい」と苦しい弁明を行った[17]。小川は、使途が浄水装置や暖房装置であるとする松岡の主張を「そんなにかかるはずがない。明らかに虚偽記載だ」と批判した[18]
3月7日の参議院予算委員会では、参議院議員芝博一(民主党)から「(多額の光熱水費は還元水や暖房に使用したと松岡は主張しているが)浄水器やストーブは(光熱水費ではなく)備品・消耗品費だ」と指摘された[19]。また、参議院議員井上哲士日本共産党)は、「熊本県内の(主たる事務所ではない)2つの地元事務所の光熱費がそれぞれ約66万円、38万円なのに、なぜ無料のはずの議員会館の光熱費がこれほど高額なのか?」と疑問を呈した[19]。さらに、5日の答弁で松岡は「きちんと確認してから答えたい」と述べていたが、7日の審議では一転して「現行制度の報告以上の内容の開示は制度が予定していない。差し控えさせていただきたい」と答弁し[19]、9日にも同じ質問をされ再度同様の回答をした。同日の参議院予算委員会で内閣総理大臣安倍晋三はこれらの問題に対し、「法律に則って報告をしており問題はない」と答弁した。これについて野党は、「安倍政権は隠蔽政権」と批判した。
3月9日の朝に記者団から説明を求められ、「事務所で水道水を飲んでいるのか?」という記者の問いに「今、水道水を飲んでいる人はほとんどいないんじゃないですか」と発言し、農林水産省に抗議の電話が7件あった。3月19日の参議院予算委員会において芝博一(民主党)は「(わが党の)中井洽元法相は間違いがあったから謝罪し訂正した。農相も公開すべきではないか」と質問したが、松岡は例によって「報告するべきことは報告している」と内訳の説明を拒否し、出処進退についても「農相辞任のつもりはない」と続投の意向を表明した。
光熱水費の詳細
政治資金収支報告書上は、松岡利勝新世紀政経懇話会は、光熱水費だけで2003年は400万円超、2004年には500万円超を計上している。また、2001年から2005年までの5年間では約2,885万円の光熱水費を計上している。
主張を受けての相次ぐ報道
ミネラルウォーターの使用、浄水器の設置についての発言を受け、浄水器が見当たらない、ミネラルウォーターの存在が不明と指摘する報道が行われた[20]
衆議院第一議員会館の松岡事務所を突撃取材した朝日新聞社によると、事務所には「水道と流し台がある。が、一見したところ浄水器らしきものは見あたら」[20]ず、松岡の秘書は浄水器の設置の有無を聞かれ「そんなものは……」[20]と答え、「ナントカ還元水」がミネラルウォーターと同様なのか聞かれ、「ありませんから」[20]と回答しており、「ナントカ還元水」の存在そのものが不明である。同様に衆議院第一議員会館の松岡事務所を突撃取材した日刊ゲンダイによると、事務所には「水道の蛇口には浄水器のカケラもない」[21]ように見えるという。その後、松岡側は「1本5000円の水を購入している」という主張を展開した。これは鹿児島県志布志市で採水されるミネラルウォーターだが、問い合わせを受けたメーカーの会長は全代理店の注文を把握しており、「松岡大臣あるいは永田町方面からの注文はない」と否定し、松岡を訴えたいとまで主張している[22]
作家猪瀬直樹は、自身が小泉内閣時代に行革断行評議会委員を務めていた際、松岡から「あんたはタリバンだ」などと罵声を浴びせられた[23]ことを明かし、「この人(松岡)が大臣になったら(内閣の)足を引っ張ることになるのは、報道関係者なら誰でも目に見えていたことだ」などと発言した[24]
政府・与党側の対応
当初、政府与党は「会計担当者のミス」で押し通す姿勢を見せていたが、自民党党紀委員会委員長笹川堯は、「私も還元水を使っているが、そんな高額になる訳がない。誰が見たっておかしい」と述べた。また自民党参議院幹事長片山虎之助も「『適切な処理』の『適切』の内容をもっと具体的に言う必要がある」と述べている。
先述のように、安倍晋三をはじめとする閣僚は、法に基づいてきちんと報告されているとしている。これには、第1次安倍内閣ではすでに内閣府特命担当大臣(規制改革担当)佐田玄一郎が政治資金収支報告書の虚偽記載で大臣を引責辞任(2006年12月)しており、さらなる閣僚の辞任が参院選での惨敗や支持率の低下を招くことを恐れ、何としてでも庇わなければならないという事情もあった。ただ、これほどまでにスキャンダルの多い閣僚を庇い続けることこそ、逆に支持率低下につながるという声もあった。3月17日18日の両日に読売新聞が行なった面接方式の世論調査では、第1次安倍内閣の支持率は43.8%、不支持率は43.9%と、内閣発足後初めて不支持率が支持率を上回った。
政府は「松岡農相辞める必要なし」の方針を貫くことを決定したが、もはや閣僚たちの擁護発言にも無理が生じており、総務大臣菅義偉には3月19日の参議院予算委員会で、芝博一(民主党)の「ミネラルウォーターやジュースお茶などは光熱水費ではなく備品に計上するのが一般的ではないのか?」との質問に対して「ジュースやお茶は備品や消耗品にするか、政治活動の一環ならば組織対策費に計上してもいいが、ミネラルウォーターはジュースなどとは明らかに違う」などと、ミネラルウォーターは光熱水費に計上できると発言し、物議を醸している。2007年3月14日、自民党所属国会議員40人が参加した総理官邸での昼食会の際、各議員から「これでは地元の県議や市議は納得しない」と異論が続出したが、安倍は「(松岡のことで)迷惑掛けている」と述べるにとどまった。
野党側の対応
民主党代表小沢一郎は、「閣僚なのだから、何も問題が無ければ光熱水費をちゃんと公表すべきだ」とし、同じく民主党幹事長鳩山由紀夫は、「事務所が1つしかないのに、光熱水費だけでこんな膨大な金額を計上するわけがない。収支報告書の虚偽記載の疑いが極めて高い」として証人喚問を求めた。3月9日には民主党の芝博一、蓮舫ら4人の参議院議員が議員会館にある松岡の事務所を突如訪問し、秘書と押し問答になる一幕があったが、浄水器も見あたらず、光熱費に匹敵する冷暖房装置もなかったと発表した。同時期に民主党サイドでも、小沢の資金管理団体が小沢の個人名義で10億円の資産を保有している事実が発覚したものの、積極的にそれを公開することにより松岡追及の手は緩ず、社会民主党国民新党日本共産党と共同で、松岡の証人喚問を要求する構えであった。しかし、3月13日の参議院予算委員会では民主党の100分の質問時間のうち7分を費やしたのみだった。
市民団体による刑事告発
2007年4月1日大阪府大阪市に所在地のある市民団体「政治資金オンブズマン」が、政治資金収支報告書に光熱水費を虚偽記載したとして、松岡利勝と松岡利勝新世紀政経懇話会の会計責任者を政治資金規正法違反の疑い(収支報告書の虚偽記載など)で東京地方検察庁に告発した[25]

100万円献金使途不明問題[編集]

2007年3月27日朝日新聞の報道で、東京都内の会社が松岡の後援者であるインド文化協会会長に対して「資金協力」という名目で支払った100万円が使途不明になっていることが明らかになった[26]松岡は27日の定例閣議後の記者会見で「(100万円を)受け取った事実はない」と否定。「(もし受け取ったことが事実ならば)政治資金収支報告書に記載することに問題ない」と述べ、後援者との関係については「10年くらいお付き合いがあるが、一緒にお食事をしたこともない」とも述べたが、1月5日の会見では「長い付き合いがあり、色々な関係があるようにもなりますよ」と述べた[要出典]

その他[編集]

  • 出資法違反容疑で福岡県警察の家宅捜索を受けた「エフ・エー・シー」の関連団体「WBEF」に絡む不祥事が複数件報道されている。2005年12月1日にWBEFから100万円のパーティー券収入を得たが、政治資金収支報告書に記載しなかった。第1次安倍内閣組閣当日の2006年9月26日に報告書を訂正した[27]
  • 緑資源機構談合事件で受注業者の任意団体特定森林地域協議会(現在は解散)よりパーティ券や献金で約2,600万円の寄付を受けており、林道予算の倍額に関する疑惑がある[要出典]
  • 農林水産大臣として第1次安倍内閣に入閣後、大規模な政治資金パーティーを開いたため、大臣規範の1-(5)「パーティーの開催自粛」に違反したと報じられた[28]
  • AERA』は、2007年までの13年間に渡ってフリーライターの記事を掲載し、松岡に関する疑惑を報じていた[要出典]

自殺[編集]

2007年5月28日衆議院議員宿舎(新赤坂宿舎)の自室(1102号室)で首を吊って心肺停止状態となっているところを発見され、搬送先の慶応義塾大学病院で死亡が確認された。現職国務大臣の自殺は日本国憲法下の日本では初めてのことであった[29]

議員宿舎の部屋からは、当時の内閣総理大臣安倍晋三や元総理大臣秘書官飯島勲、さらに日本国民などにあてた計8通の遺書が残されており、「私の不徳の致すところで申し訳ない。迷惑をおわび申し上げます」「身命をもって責任とお詫びにかえさせていただきます」などと書かれていた。これらのうち、内容が公表された安倍宛と国民宛の遺書には事務所費問題や談合事件への言及はなく、「安倍総理、日本国万歳」と締めくくられていた[30]

松岡の自殺を受けて、同日から同年6月1日までは環境大臣(当時)若林正俊が大臣臨時代理を兼任。その後、正式な後任には赤城徳彦が就任した[31]

自殺直前の5月24日、松岡は新党大地代表の衆議院議員鈴木宗男と会食している[32]。鈴木によれば、その席で松岡は「(疑惑については)国対から黙っていろと言われている」と述べたという。

5月26日には地元熊本県に戻り、後援会の関係者と面会したり、高齢で一人暮らしの継母が住む実家を訪れ、両親の墓参りをしたとされている。

松岡は日本中央競馬会の主管官庁の長として、2007年5月27日開催の第74回日本ダービー皇太子徳仁親王と安倍晋三夫妻を招待していたが、接受に当たるはずだった松岡は当日になって欠席している。

松岡が搬送された慶應義塾大学病院では、同病院で入院治療中だったZARD坂井泉水が敷地内のスロープから転落し後頭部を強打、27日午後に死亡していたことが明らかになっていたため、すでに多くの報道陣が同病院に詰め掛けており、現場となった議員宿舎から病院に運び込まれる映像までが偶然にも各マスコミにより報道されることとなった。

家族・親族[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 在職のまま自殺。
  2. ^ a b c d e f g h 『週刊文春 8月16日・23日 夏の特大号(2007年)』 178頁
  3. ^ 昭和43年9月12日付『官報』第12525号、19頁。
  4. ^ 『週刊文春 8月16日・23日 夏の特大号(2007年)』 178-179頁
  5. ^ 海外日本食レストラン認証有識者会議の設置について」農林水産省、2006年11月2日。
  6. ^ 農林水産大臣就任後、外遊時に現地の日本食レストランで出された料理が日本食とは名ばかりの料理だったため、衝撃を受けた松岡が認証制度を発案し、松岡の肝煎りで上記会議が設置された。
  7. ^ 松岡利勝「日本食のファンを世界に拡めたい〜海外における日本食レストランの認証〜」『安倍内閣メールマガジン 第10号 ~40年ぶりの給食(2006/12/14)~内閣官房内閣広報室、2006年12月14日。
  8. ^ 松岡利勝「大臣就任挨拶」『安倍内閣メールマガジン 創刊号 ~北朝鮮に対する厳格な措置決定/首脳外交スタート(2006/10/12)~内閣官房内閣広報室、2006年10月12日。
  9. ^ a b 山下一仁 『「亡国農政」の終焉』 KKベストセラーズ〈ベスト新書257〉、2009年、179-181頁。ISBN 978-4-584-12257-0
  10. ^ WBEFは、出資法違反容疑で福岡県警察の家宅捜索を受けた「エフ・エー・シー」の関連団体。
  11. ^ 内閣府 (2007年1月5日). “高市内閣府特命担当大臣記者会見要旨 平成19年1月5日”. 2015年9月5日閲覧。
  12. ^ 衆議院 (2006年10月10日). “衆議院会議録 第165回国会 予算委員会 第4号 平成18年(2006年)10月10日”. 2014年3月28日閲覧。
  13. ^ 山田宏太郎青島顕「松岡農相事務所費『4000万円は法外』05年収支元地元関係者、証言」『毎日新聞』47071号、毎日新聞社東京本社、2007年1月28日、31面。
  14. ^ それによれば、菊陽町にある主たる事務所の家賃は月額20万円、他の3ヶ所はさらに安いといい、事務所費がなぜ高額になるのかわからないという。
  15. ^ 参議院インターネット審議中継”. 参議院 (2007年3月). 2007年3月14日閲覧。 [リンク切れ]
  16. ^ 浄水器等で生成される「アルカリイオン水」を指していると思われる。2007年(平成19年)ユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた。
  17. ^ a b 参議院予算委員会平成19年3月5日会議録(国会会議録検索システム(国会図書館)にて閲覧可能)。
  18. ^ “参・予算審議始まる 民主は松岡農水相追及”. 日テレNEWS24. (2007年3月5日). オリジナル2012年9月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120920010134/http://www.news24.jp/articles/2007/03/05/0478683.html 2016年1月27日閲覧。 
  19. ^ a b c 参議院予算委員会平成19年3月7日会議録(国会会議録検索システム(国会図書館)にて閲覧可能)。
  20. ^ a b c d 「松岡事務所謎の光熱費――同僚事務所『かかるわけない』――05年は507万円?」『朝日新聞』43428号、朝日新聞社東京本社、2007年3月8日、39面。
  21. ^ 日刊ゲンダイ本紙が直撃松岡農水相疑惑. 『ゲンダイネット』日刊現代. (2007年3月6日). http://gendai.net/?m=view&c=010&no=18983 2007年3月6日閲覧。. 
  22. ^ 「松岡疑惑に『5,000円の水』会社が怒った」『週刊新潮』52巻11号、新潮社、2007年3月22日、151頁。
  23. ^ サンデープロジェクトテレビ朝日2001年10月28日。松岡、猪瀬、栗原博久(自民党衆院議員)、田原総一朗の論戦内で、松岡は「あんたはタリバンだ」、「なんでこんな関係ないやつがここにいるんだ」などと発言している。
  24. ^ ワイド!スクランブルテレビ朝日2007年3月8日
  25. ^ 松岡利勝に対する告発状 政治資金オンブズマン 2007年4月1日
  26. ^ 鈴木毅「安倍政権のアキレス腱に新疑惑謎のインド友好団体と松岡農水相」『週刊朝日』112巻18号、朝日新聞社、2007年4月6日、18-21頁。
  27. ^ “パーティー券収入記載せず 松岡農相の資金管理団体”. 共同通信社. 47NEWS. (2006年9月29日). http://www.47news.jp/CN/200609/CN2006092901000250.html 2014年2月24日閲覧。 
  28. ^ 「コーヒー1杯でなんと2万円也!疑惑噴出が止まらない松岡農水相『1,000万円“集金”パーティ』は『大臣規範』違反ではないのか」『週刊ポスト』39巻7号、小学館、2007年2月9日、35-36頁。
  29. ^ 大日本帝国憲法下の1945年8月15日、時の陸軍大臣阿南惟幾が敗戦を機に自決しており、これが日本の内閣制度が始まって以降最初の現職大臣の自殺であった。
  30. ^ 松岡の自殺を受けての安倍のコメントは「慙愧に耐えない」であった。
  31. ^ “首相は松岡農相死亡に任命責任表明、臨時代理に若林環境相”. ロイター. (2007年5月28日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-26162820070528 2007年9月5日閲覧。 
  32. ^ “鈴木宗男氏、松岡利勝農相との最後の会話を激白”. アメーバニュース. (2007年5月29日). http://news.ameba.jp/2007/05/4932.php 2007年5月29日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]