ジョセップ・ボレル

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はボレル第二姓(母方の)はフォンテジェスです。(Template:スペイン語圏の姓名
ジョセップ・ボレル・フォンテジェス
Josep Borrell Fontelles
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生年月日 (1947-04-24) 1947年4月24日(74歳)
出生地 スペインの旗 スペインリェイダ県
ラ・ポブラ・ダ・サグー
所属政党 スペイン社会労働党
欧州社会党

内閣 フォン・デア・ライエン委員会
在任期間 2019年12月1日 -

スペインの旗 外務・欧州・協力大臣
内閣 第1次サンチェス内閣
在任期間 2018年6月7日 - 2019年11月30日

在任期間 2004年7月20日 - 2007年1月15日

スペインの旗 公共事業・環境大臣
内閣 第3次・第4次ゴンサレス内閣
在任期間 1991年3月12日 - 1996年5月5日
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ジョセップ・ボレル・フォンテジェスカタルーニャ語: Josep Borrell i Fontelles, ジュゼップ・ブレイ・フンテーリャス、1947年4月24日 - )は、スペインの政治家。欧州議会議長やスペインの外務大臣などを経て、2019年12月より欧州連合外務・安全保障政策上級代表(外相に相当)。スペインではスペイン社会労働党欧州議会では欧州社会党の会派に属し、同会派のスペイン出身議員団の代表を務めた。このほか、2010年1月より2012年まで欧州大学院の総長も務めた。

経歴[編集]

ボレルは父親が経営していた小さなパン屋のあったリェイダ県ラ・ポブラ・ダ・セグールで生まれ育つ[1]。基礎教育は読書で補われていたが、リェイダで中等教育を修了した。ボレルはバルセロナで工業会計を学んでいたが、1年後の1965年にバルセロナを離れ、マドリード工科大学で航空工学を専攻し、1969年に同大学を卒業した。このころボレルはマドリード・コンプルテンセ大学でも経済学を学んでいた。1969年夏、ボレルはイスラエルキブツに参加し、そこでのちに妻となるフランス人のカロリーナ・メイヨールと出会う[2]。なおカロリーナとはその後離婚している。1975年、技師としてマドリードにある国営石油会社カンプサで働き、他方で同じ年に、当時非合法政党だった社会労働党に入党する[3]

政界入り[編集]

1979年、ボレルはマドリード議会の議員となり、1982年に社会労働党のフェリーペ・ゴンサーレス政権で、経済省において財政政策を担当する役職に抜擢される[4]。1998年、ボレルは党内で2000年の総選挙で首相候補を決める予備選挙において、党首のホアキン・アルムニアに対抗して立候補したが、党内の圧力を受けて1999年に候補を辞退した。またボレルは同性愛に対する尊重を示す一方で、自らが同性愛者であるという噂を否定することに追われた[5]

欧州議会にて[編集]

2004年、首相で社会労働党党首のホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテーロはボレルに対して2004年の欧州議会議員選挙で社会主義系の候補の先頭に立って選挙戦に臨むことを打診され、この選挙で僅差で勝利した[6]

議長選挙では投票した700人の議員のうち、1回目の投票で388票という絶対多数を獲得した。このときの投票ではボレルのほかにポーランドブロニスワフ・ゲレメクが208票、フランスフランシス・ヴュルツが51票を獲得していた[7]。この投票では保守系会派である欧州人民党との合意が成り立っており、ボレルが2004年7月から2年半の議長を務め、その後2007年1月から2009年7月までの2年半はドイツハンス=ゲルト・ペテリングと交替する約束が交わされた。2004年7月20日から2007年1月15日まで議長を務め、退任と同時に開発委員会の委員長に就任[8]

2010年1月、欧州大学院の総長に就任し2012年まで務めた[8]

スペイン外相[編集]

2018年に国民党(PP)のラホイ首相に対する不信任案が可決されたことで、最大野党であった社会労働党(PSOE)のサンチェス書記長が新たな首相に選出された。これを受けて発足した第1次サンチェス内閣で、ボレルは外務・欧州・協力大臣に任命された[9]

2019年12月1日に欧州連合外務・安全保障政策上級代表(外相に相当)に就任し、これをもってスペインの外相は退任した[10]

人物[編集]

1998年からボレルは元環境相のクリスティーナ・ナルボーナと恋人関係にある[11]

批判[編集]

2006年9月28日にボレルは、欧州連合に加盟する北欧諸国は戦争の厳しさを経験していないと発言して、歴史的な知識が不足していることを示した。欧州連合に加盟している北欧の3つの国のうち2つの国は第二次世界大戦期の戦闘にかかわっている。フィンランドソビエト連邦に攻撃された一方でデンマークナチス・ドイツの占領を受けていた。ボレルは欧州議会ストラスブールにある土地を議会が取得するという決定を擁護しようと考え、先の発言は欧州議会の決定に異を唱える人びとが戦争を経験していないとされている国の出身であるということを示そうとしたものであった。フィンランドのスウェーデン語紙『フーブスターズブラデット』はボレルに対してフィンランドにある戦争犠牲者の墓地を訪れるべきだとする記事を掲載し、またフィンランド出身の欧州議会議員はボレルのヨーロッパ史の知識について「情けないものだ」とした[12]

翌日、ボレルは発言についてスウェーデンにのみ言及したつもりであったとして、気分を害した人びとに対して謝罪した。しかしこの発言は批判をさらに増大させる結果にしかならず、デンマーク、ノルウェー、フィンランドの各紙はボレルについて歴史だけでなく地理についても知識が不足していると書きたてた。

2020年2月5日にボレルは、ブリュッセルの欧州議会でのイベントでスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリによる気候変動対策を訴えるデモに参加する若者らを『グレタ症候群』と事実上皮肉を込めた発言をし、非難を浴びることとなった[13][14]

脚注[編集]

  1. ^ Martin Banks (2004年7月14日), Parliament’s head boy European Voice.
  2. ^ Pérez Oliva, Milagros (1998年5月2日). “Un catalán del Pirineo que quiere conquistar España”. El País. https://elpais.com/diario/1998/05/02/espana/894060004_850215.html. 
  3. ^ “Biografía de José Borrell”. El Mundo. (1999年5月14日). https://www.elmundo.es/elmundo/1999/mayo/14/nacional/borrellbiografia.html 
  4. ^ BOE.es - Documento BOE-A-1982-32320”. www.boe.es. 2019年7月17日閲覧。
  5. ^ Borrell condena la homofobia y recuerda que se le intento desacreditar calificandole de gay”. Europa Press (2006年5月17日). 2009年3月8日閲覧。
  6. ^ ELPAIS.es; AGENCIAS (2004年6月14日). “El PSOE celebra los resultados como la confirmación de que el 14-M "no fue un espejismo"” (スペイン語). El País. ISSN 1134-6582. https://elpais.com/elpais/2004/06/14/actualidad/1087201019_850215.html 2019年7月18日閲覧。 
  7. ^ AGENCIAS (2004年7月20日). “El Parlamento Europeo elige a Borrell como presidente en su primera sesión” (スペイン語). El País. ISSN 1134-6582. https://elpais.com/internacional/2004/07/20/actualidad/1090274406_850215.html 2019年7月18日閲覧。 
  8. ^ a b Dave Keating (April 25, 2012), Borrell forced to resign over energy interests European Voice.
  9. ^ “Los 17 del "Consejo de Ministras y Ministros" de Sánchez prometen ante el Rey”. La Vanguardia. (7 June 2018). http://www.lavanguardia.com/politica/20180607/444191293514/los-17-del-consejo-de-ministras-y-ministros-de-sanchez-prometen-ante-el-rey.html. 
  10. ^ “国防相が外相兼任へ スペイン”. 時事ドットコム. 時事通信社. (2019年11月28日). https://www.jiji.com/jc/p?id=20191128143625-0033298949 2019年11月29日閲覧。 
  11. ^ Arroyo, Marta (2004年). “Cristina Narbona” (Spanish). El Mundo. 2009年3月8日閲覧。
  12. ^ Björklund, Marianne (2006年10月4日). “Sverige imponerar inte på EU-parlamentets talman” (Swedish). Dagens Nyheter. 2009年3月8日閲覧。
  13. ^ EU外相、「グレタ症候群」発言を謝罪:時事ドットコム” (日本語). 時事ドットコム. 2020年2月11日閲覧。
  14. ^ 「グレタ症候群」発言を謝罪 EU外相、ツイッターで若者らに” (日本語). 47NEWS. 2020年2月11日閲覧。

外部リンク[編集]

公職
先代:
フェデリカ・モゲリーニ
欧州連合外務・安全保障政策上級代表
2019年12月1日 -
次代:
先代:
アルフォンソ・ダスティス英語版
スペイン外務・欧州・協力大臣
2018年6月7日 - 2019年11月30日
次代:
マルガリータ・ロブレス
先代:
パット・コックス
欧州議会議長
2004年7月20日 - 2007年1月15日
次代:
ハンス=ゲルト・ペテリング