アントニオ・タイヤーニ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
アントニオ・タイヤーニ
MEP
Antonio Tajani 2016.jpg
欧州議会議長
就任
2017年1月17日
前任者 マルティン・シュルツ
欧州委員会 産業・企業担当委員
任期
2010年2月9日 – 2014年7月1日
前任者 ギュンター・フェアホイゲン
後任者 ミシェル・バルニエ (代行)
欧州委員会 交通担当委員
任期
2008年5月9日 – 2010年2月9日
前任者 ジャック・バロ
後任者 シーム・カラス
欧州議会議員
中央イタリア選挙区選出
就任
2014年7月1日
任期
1994年7月14日 – 2008年5月8日
個人情報
生誕 (1953-08-04) 1953年8月4日(64歳)
イタリアローマ
政党 君主主義統一イタリア民主党 (1972年以前)
フォルツァ・イタリア (1994年 – 2009年)
自由の人民 (2009年 – 2013年)
フォルツァ・イタリア (2013年 – 現在)
出身校 ローマ・ラ・サピエンツァ大学

アントニオ・タイヤーニイタリア語: Antonio Tajani1953年8月4日 - )は、イタリアの政治家。欧州議会副議長や欧州委員会産業・企業担当委員、欧州委員会副委員長を経て、2017年1月より欧州議会議長。姓はタヤーニとも表記される。

経歴[編集]

ローマ出身。トルクァート・タッソ高校(リチェオ)からローマ・ラ・サピエンツァ大学に進学し、法学の学位を取得した。その後、イタリア空軍の将校となり、サン・ジョヴァンニ・テアティーノにあるレーダー基地の防空レーダー管制官に配属された。ジャーナリストとして、週刊誌「イル・セッティマナーレ」の国会担当編集員、ライ・ラジオ1のニュース番組の司会、「イル・ジョルナーレ」紙のローマ編集局局長なども務めた。レバノンソビエト連邦ソマリアに派遣されたこともある。

政治活動[編集]

タイヤーニは若い頃、イタリア君主党の学生団体である青年君主戦線の過激派であった。その後もタイヤーニは、亡命状態にあるサヴォイア家の帰国(2002年に改正されるまで、イタリア憲法で禁止されていた)を頻繁に唱えてきた。

1994年にフォルツァ・イタリアの結成に参加し、2005年までラツィオ州における同党の地域調整官を務めた。1994年から1995年の第1次シルヴィオ・ベルルスコーニ政権では、首相のスポークスマンに起用された。

1996年にアラトリから国会議員に立候補したが、45.3%の得票率でオリーブの木の候補に敗れた。

2001年には政党連合「自由の家」からローマ市長選挙に立候補したが、得票率47.8%でワルテル・ヴェルトローニに敗れた。

2002年に開催された欧州人民党エストリル大会で、10人いる同党の副代表の1人に任命された。その後、2006年のローマ大会と2009年のボン大会、2012年のブカレスト大会でも再選された[1]

欧州議会議員[編集]

1994年、タイヤーニは欧州議会議員に当選し、1999年と2004年に再選された。1999年6月から2008年5月には、欧州議会のフォルツァ・イタリア議員団の代表を務めた。欧州議会では外務委員会に所属したほか、市民的権利・司法・内務委員会の委員代理でもあった。欧州議会のイスラエル代表団にも加わった。発効に至らなかった欧州憲法を起草した、欧州会議にも参加した。

交通担当委員[編集]

2008年の欧州人民党大会でジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾと話し込むタイヤーニ

2008年5月8日、イタリアのベルルスコーニ新首相から、同国の欧州委員に指名された。前任のフランコ・フラッティーニ委員は、新内閣の外相に起用されていた。タイヤーニは交通担当の委員となることを受諾した。この人事は2008年6月18日に欧州議会で採決にかけられ、賛成507票、反対53票、棄権64票で正式に承認された[2]。交通担当委員として、タイヤーニはアリタリア航空の経営再建計画を推進した[3][4]

さらに、タイヤーニは交通関連の新たなEU規制の設計も監督した[5]。この航空輸送における旅客の権利に関する規制(2009年12月発効)によって、搭乗拒否や航空便の欠航、遅延に遭遇した旅客は、支援や運賃の返還を受けることができるようになった。この規範は、EUから出域する旅客と入域する旅客の双方に適用される。

産業・起業担当委員[編集]

2012年の欧州人民党大会のタイヤーニ

2009年の第二次バローゾ委員会では4人いる副委員長の1人に留任する一方[6][7]、産業・企業担当委員に異動となった。この人事は、マッシモ・ダレマ外務・安全保障政策上級代表の役職を辞退したことによるものであった。この役職をダレマが受諾した場合の選択肢として、タイヤーニにはラツィオ州知事のポストが想定されていた[8]

2014年4月19日から5月25日まで、欧州議会議員選挙の選挙運動のため職務を離れた。その間の委員代行にはミシェル・バルニエが就いた。その後、タイヤーニは職務に復帰したが、7月1日をもって辞職した。後任の委員代行もバルニエが務めた[9][10]

人物[編集]

イタリア語に加えて英語、フランス語、スペイン語を使うことができる。妻とのあいだに2人の子どもがいる。

栄典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ http://ec.europa.eu/commission_2010-2014/tajani/about/cv/index_it.htm
  2. ^ Round-up of Tajani and Barrot hearings
  3. ^ Ue ok al piano di salvataggio il Sole 24 Ore, 12 Novembre 2008
  4. ^ Alitalia, Bruxelles approva il piano di salvataggio Sciopero bianco, Fantozzi: "Chiederemo i danni" Il Giornale, 12 Novembre 2008
  5. ^ CE/261/2004 Archived 27 March 2013 at the Wayback Machine.
  6. ^ Congratulazioni del ministro degli esteri Frattini per la nomina
  7. ^ (英語) Valutazione Archived 11 January 2012 at the Wayback Machine. del Parlamento Europeo su Tajani come commissario all'industria, a seguito di audizione
  8. ^ "Europa" Archived 19 January 2012 at the Wayback Machine., 21 novembre 2009
  9. ^ EU Observer – Six Commissioners Head for EU Election Campaign Trail
  10. ^ KUNA – Barroso announces caretaker replacements following resignation of 4 EU Commissioners
  11. ^ [1] Rappresentanza Permanente della Francia presso l'Unione Europea, 15 Maggio 2012
  12. ^ Gran Cruz de la Orden del Mérito Civil Agencia Estatal Boletin Oficial del Estado, 7 Febbraio 2013

外部リンク[編集]

公職
先代:
フランコ・フラッティーニ
欧州委員会 イタリア代表委員
2008年 – 2014年
次代:
フェルナンド・ネッリ・フェローチ
先代:
ジャック・バロ
欧州委員会 交通担当委員
2008年 – 2010年
次代:
シーム・カラス
先代:
ギュンター・フェアホイゲン
産業・企業担当欧州委員
2010年 – 2014年
次代:
ミシェル・バルニエ
代行
先代:
マルティン・シュルツ
欧州議会議長
2017年 – 現在
現職