ペドロ・サンチェス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はサンチェス第二姓(母方の)はペレス=カステホンです。
ペドロ・サンチェス
Pedro Sánchez Pérez-Castejón
Pedro Sánchez 2017 (cropped 4x3).jpg
2017年のサンチェス
生年月日 (1972-02-29) 1972年2月29日(46歳)
出生地 スペインの旗 スペインマドリード
出身校 スペインの旗 コンプルテンセ大学
ベルギーの旗 ブリュッセル自由大学
IESE
スペインの旗 カミーロ・ホセ・セラ大学
前職 経済学者、経済学教授
所属政党 スペイン社会労働党(PSOE)
配偶者 ベゴーニャ・フェルナンデス

在任期間 2018年6月2日 - 現職

Logotipo del PSOE.svg スペイン社会労働党書記長(党首)
在任期間 2014年7月26日 - 2016年10月1日
在任期間 2017年6月17日 -

選挙区 マドリード県選挙区
在任期間 2013年1月29日 -

Bandera de Madrid.svg マドリード市議会議員
在任期間 2004年5月18日 - 2009年11月16日
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ペドロ・サンチェス・ペレス=カステホンスペイン語: Pedro Sánchez Pérez-Castejón, 1972年2月29日 – )は、スペインマドリード出身の経済学者政治家。現在、同国首相スペイン社会労働党(PSOE)書記長(党首)。エル・グワポ(美男子)という愛称で知られる[1]

経歴[編集]

マドリード出身。マドリードのラミロ・デ・マエストゥ専門学校で中等教育修了資格を得て、コンプルテンセ大学で経済学の学位を取得した。ベルギーのブリュッセル自由大学で経済政策の修士号を、またビジネススクールのIESEで公共リーダーシップの修士号を取得し、マドリードのカミーロ・ホセ・セラ大学では「新しいスペインの経済外交」に関する論文で博士号を取得した。

2004年から2009年にはマドリード市議会議員を務め、2013年にはマドリード県選挙区選出の下院議員となった。2014年5月の欧州議会議員選挙で野党のスペイン社会労働党(PSOE)は23.0%の得票しか得られず、書記長(党首)のアルフレード・ペレス・ルバルカバは書記長を辞任する意向を示した[2]。2014年7月に社会労働党の臨時集会が開催されて書記長選挙が行われ、サンチェスは48.7%(64,116票)の得票を獲得。エドゥアルド・マディーナ、ホセ・アントニオ・ペレス・タピアスを破って書記長に就任した[3][4][5][6]

2016年10月1日、社会労働党議員による投票でサンチェスの辞任が決まり、同日中に書記長を辞任[7]。しかし2017年6月に書記長に返り咲いた。2018年6月1日、国民党議員の汚職疑惑を受けて行われたマリアーノ・ラホイ・ブレイ首相に対する不信任決議が可決されラホイ政権は崩壊、翌6月2日に宣誓を行い首相に就任した[8]

国防相や経済相といった主要ポスト含め同国史上最多の女性11人が入閣、残る6人が男性だという[9]

人物[編集]

21歳まではマドリードにあるバスケットボールクラブのCBエストゥディアンテスでアマチュア選手としてプレーしており[10]、政治家となった後はエストゥディアンテス財団の運営に携わっている[11]。2008年からはマドリードにあるカミーロ・ホセ・セラ大学で教壇に立ち、法経済学部で経済構造や経済思想史などを教えている。ベゴーニャ・フェルナンデスと結婚してふたりの娘がいる。スペイン語に加えて英語フランス語を話すことができる[10]

脚注[編集]

党職
先代:
アルフレード・ペレス・ルバルカバ
Logotipo del PSOE.svg 社会労働党書記長
2014年 - 2016年
次代:
ハビエル・フェルナンデス・フェルナンデス
暫定代替幹事長委員会委員長