エマニュエル・マクロン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エマニュエル・マクロン
Emmanuel Macron
Emmanuel Macron, en juin 2021.jpg
(2021年)

任期 2017年5月14日 – 現職
首相 エドゥアール・フィリップ
ジャン・カステックス
エリザベット・ボルヌ

任期 2017年5月14日 – 現職
共同公 ジュアン・エンリク・ビベス・イ・シシリア(ウルヘル司教・共同公)

フランスの旗 フランス
経済・産業・デジタル大臣
任期 2014年8月26日2016年8月30日
大統領 フランソワ・オランド
内閣 第2次マニュエル・ヴァルス内閣

フランスの旗 フランス
大統領府副事務総長
任期 2012年5月15日2014年7月15日
大統領 フランソワ・オランド

出生 (1977-12-21) 1977年12月21日(44歳)
フランスの旗 フランス ソンム県アミアン
政党 社会党(2006年 – 2009年)
無所属(2009年 – 2016年)
共和国前進(2016年 – )
出身校 パリ第10大学
パリ政治学院
国立行政学院
配偶者 ブリジット・マクロン
(2007年10月 – )
宗教 不可知論
署名 Emmanuel Macron signature.svg

エマニュエル・ジャン=ミシェル・フレデリック・マクロンフランス語: Emmanuel Jean-Michel Frédéric Macron1977年12月21日 - )は、フランス政治家。同国第25代大統領(在任:2017年5月14日 - )、アンドラ共同公。大統領府副事務総長、経済・産業・デジタル大臣を歴任した。

略歴[編集]

1977年12月21日、フランスのソンム県アミアン[注釈 1]に生まれる。首都パリのナンテール大学(パリ第10大学)で哲学を学び、パリ政治学院で公共問題を修了、2004年国立行政学院(ENA)を卒業した。彼は財務監査官の上級公務員として働いた後、ロスチャイルドグループ金融持株会社ロスチャイルド&カンパニー傘下の銀行であるロスチャイルド銀行投資顧問業務に就いた[注釈 2]

2012年5月、フランソワ・オランド大統領(当時)により大統領府副事務総長(Secrétaire Général Adjoint)に任命された。2014年8月、ビジネスライクな改革を推進した第2次マニュエル・ヴァルス内閣において経済・産業・デジタル大臣に任命された。2016年8月に翌年の大統領選挙に立候補するため、大臣職を辞任した。2006年から2009年にかけて社会党に属した後、マクロンは中道の政治団体「En Marche!アン・マルシュ!)」を結成する。

2017年5月7日、決選投票で66.1パーセントの投票を獲得し、国民連合マリーヌ・ル・ペンに勝利した。マクロンは39歳という歴史上で最も若いフランス大統領となり、首相エドゥアール・シャルル・フィリップを任命した。

2017年6月の総選挙でマクロンの党は、「共和国前進!LREM)」[注釈 3]へと改名し、その同盟である「民主運動MoDem)」[注釈 4]と共に国会で過半数を確保した。

2019年4月、反エスタブリッシュメント・反マクロン政権を標榜し、非常に長い期間に渡って続く黄色いベスト運動への緩和処置の一環として、自身も卒業したエリート養成校国立行政学院(ENA)の閉校を宣言した[1]

経歴[編集]

生い立ち[編集]

1977年12月21日、ソンム県アミアンにて神経学者である父ジャン=ミシェル・マクロンと、医師である母フランソワーズ・マクロン=ノゲスとの間に生まれた。父と母は2010年に離婚している。夫婦の最初の子供は死産した[2]。弟に1979年生まれのロラン、妹に1982年生まれのエステルがおり、エマニュエルは3人兄弟の長男である。非宗教的な家庭で育ったマクロンは12歳の時に自らの要求でローマ・カトリック洗礼を受けた。現在は不可知論者であるとされる[3]

マクロン家の先祖は、フランス北部オー=ド=フランスのオーティ村に遡る[4]。マクロンの父方の祖母の父(曾祖父)はイギリス人で、イングランドブリストルで生まれた[5]。母方の祖父母はピレネー山脈の麓の町バニェール=ド=ビゴールから来ている。マクロンは彼を「子猫ちゃん=Manette[6]」と呼ぶ祖母と会うため、バニェール=ド=ビゴールを訪れている。彼は祖母に読書の楽しさと左派的な政治傾向を教わった。祖母は駅長の父と母に慎ましく育てられ、教師となり中学校校長を務め、2013年に亡くなった。

地元のイエズス会系私立校リセ・ラ・プロヴィダンス(Lycée la Providence à Amiens[7])在学中の1994年にコンクール・ジェネラルを受賞する。アミアン音楽学校ではピアノの学位を取得した。その後、現在の妻であるブリジット・オジエールとの関係からリセ最後の1年をパリ5区の公立校アンリ4世校(リセ・アンリ=キャトル、Lycée Henri-Ⅳ)で学ぶこととなった。理系バカロレアに合格後、そのまま同校グランゼコール準備級(CPGE)に進学。哲学を志してパリ高等師範学校を志望するも筆記試験に2度失敗する[8]

1998年、パリ政治学院(シアンスポ)に入学した。専攻を国際部門から公務部門に切り替え、2001年に卒業。同時にパリ第10大学(パリ=ナンテール大学)3回生に入学し、ヘーゲルマキャベリ政治哲学に関する論文で修士号とDEA(学位)を取得した(グランゼコールと大学のダブルスクールはよくあることである)。この頃、1999年から2000年にかけて歴史学教授フランソワ・ドッスの紹介で哲学の名誉教授ポール・リクールの著作執筆の編集助手を務め、リクールの大著『記憶、歴史、忘却』(2000年)の序言にはマクロンへの謝辞が記されている[9]。その後は国立行政学院(ENA、エナ)に進み、パリ政治学院からENAというフランスにおける官僚養成のエリートコースを卒業する。

財政監査官[編集]

仏国立行政学院(École nationale d'administration

2004年に国立行政学院(ENA)を卒業したマクロンは、経済・財務省の中心機関であるアンスペクション・ジェネラル・デ・フィナンス(IGF)の財務監査官(ないし財政監査官)に就任する[10]。マクロンは当時のIGFトップのジャン=ピエール・ジュイエから指導を受けた。 また財政監査官のあいだ、エリートの私立CPGEであるIPESUPHP)の「prep'ENA」(ENA入学試験のための特別)で夏季レクチャーを行った[11][12]

2007年8月、ジャック・アタリの「フランス成長解放委員会」の報道官に任命された[13]。2008年12月に政府契約から自身を自由にするため5万ユーロを支払った。その後ロスチャイルド&Cie銀行の高額給与ポジションの投資銀行家となった[14]。2010年3月にアタリ委員会のメンバーに任命された[15]

投資銀行家[編集]

2008年9月、マクロンは監査官を辞めロスチャイルド&Cie銀行に勤めた。ニコラ・サルコジが大統領に選出されたために政府関係の職から離れたといわれる。ロスチャイルド&Cie銀行での彼の最初の仕事はCréditMutuel Nord Europeによる消費者金融会社コフディスの買収支援だった[16]

マクロンは『ル・モンド』紙の監督委員会を務める実業家アラン・マンク(英語版)と関係を結んだ[17]。2010年、マクロンは『ル・モンド』紙の資本増強とアトス社によるシ―メンズITソリューション&サービスの買収に関わった後、ロスチャイルド&Cie銀行と提携するよう彼を促した。同年、マクロンはマネージングディレクターに任命され、ネスレが乳幼児飲料を中心としたファイザーの最大の子会社の買収を担当した。この総額90億ユーロにものぼる取引での分担金によりマクロンは億万長者となった[18]

マクロンは2010年12月から2012年5月の間に200万ユーロを稼いだと述べた[19][20]。公式文書によれば2009年から2013年の間にマクロンはおよそ300万ユーロを稼いでいたとされる。

オランド政権[編集]

経済相[編集]

2012年5月から大統領府副事務総長としてフランス大統領であるオランドの側近を務めるようになる。

2014年8月、ドイツ主導の緊縮財政政策を批判して更迭されたアルノー・モントブールフランス語版の後を引き継ぎ、第2次マニュエル・ヴァルス内閣の経済・産業・デジタル大臣に就任した[21]。1962年1月のヴァレリー・ジスカール・デスタン以来最年少の大臣であった。モントブールはユーロ懐疑派で左翼であったのに対し、マクロンは親EU(欧州連合)であり、メディアはマクロンを「アンチ・モントブール」と称した。大臣としてマクロンはビジネスライクな改革を推進する最前線に立った。

マクロンはフランスを代表する自動車メーカーであるルノーの持ち株比率を15パーセントから20パーセントに引き上げ、それからフロランジュ法(the Florange law )を施行し、3分の2の株主がそれを覆すことを表明しない限り、2年以上の長期株主に対して二重議決権を付与した[22][23]。これはフランスに少数株を与えたが、のちにマクロンはフランス政府はルノー内でその権限を制限すると述べている[24]

またマクロンは大臣時代、イゼール県にあるエコポラ工場の閉鎖を防ぐことができないと広く批判された[25]

2015年8月、もはや社会主義党員ではなく、自分は独立していると語った[26]

マクロン法[編集]

2014年12月、オランド政権が目指す主要な経済改革政策を盛り込んだ「経済の成長と活性のための法律案」(通称「マクロン法」)を議会に提出する。100条を超えるこの法案では、年間5回に定められていた商店の日曜日営業を年間12回に緩和することや、長距離バス路線の自由化など多種多様な規制緩和策が提案されたが、多くの反対意見を呼び、与党である社会党からも反発の声が上がった。

2015年2月17日、法案の成立を急いだヴァルス首相は、年に1度しか行使できない憲法49条3項の特別処置に訴え、国民議会の表決を経ることなく法案を採択させた[27][28]。同年8月7日に憲法評議会での審議を終えて法案は発効された。

政治運動[編集]

2016年4月、「左派右派のあらゆる良き意思を結集」して「左派でも右派でもない政治」を目指すと宣言し、中立の政治団体「アン・マルシュ!日本語:前進!、フランス語En Marche !)」を結成した[29]。2017年6月、党は「共和国前進!」(LREM)へと改称した。

大統領選挙への出馬が噂される中、同年8月30日に経済相を辞任した[30]。辞任の理由については「フランスの景気低迷や社会的な格差拡大に対し、独自の解決策を打ち出せるようにするためだ」と説明[31]。苦境に陥ったフランスに「変革」をもたらすという決意を述べたものの、取り沙汰されていた次期大統領選への出馬を表明するには至らなかった[32]。しかし、経済界からも厚い支持を集める左派閣僚として注目され[33]、経済相辞任は大統領選出馬を見据えた動きとみられた[34]

2017年大統領選挙[編集]

2016年11月16日2017年フランス大統領選挙への立候補を正式に表明する[35]2017年3月18日、自身が率いる「前進!」からの支持を受け、独立系候補として立候補を届け出た。4月23日の第一回投票で852万8,585票(得票率23.86パーセント)を獲得して首位に立ったが、得票数が有効票の過半数に満たなかったため、5月7日に決選投票が実施されることになった[36]。決選投票ではマリーヌ・ル・ペンを降して2,075万3,797票(得票率66.06パーセント)を獲得し当選した[37]5月14日に大統領に就任した[38]。なお、39歳での大統領就任は、1848年に40歳で大統領に就任したナポレオン3世の年齢を更新する、史上最年少での就任となった[39]

6月11日18日に実施されたフランス国民議会選挙の結果、マクロン与党「共和国前進!」陣営が6割を超える350議席を獲得し、政権基盤を固めた[40]

反マクロン運動の高まり[編集]

2018年11月17日より蛍光色の安全ベストを着た市民が軽油ガソリン値上げや燃料税の引き上げに対する抗議活動を開始し、フランス全土でマクロン退陣を求める激しいデモ、暴動、略奪に拡大した(黄色いベスト運動)。道路網の封鎖をメインとし、都市部では自動車や市庁舎への放火、店舗略奪、破壊行為が行われた。暴動としては1968年の五月危機以来の規模となった[41]。12月5日、マクロン政権のフィリップ首相は燃料税引き上げ断念を発表した[42]

2019年4月25日、マクロンは大統領になって初の記者会見を行い、黄色いベスト運動の説得も兼ねて全国規模で行われていた大討論大会の統括と運動への対策案を発表した。このなかで大統領は低所得者や平均的な所得者へ総額50億ユーロ規模の所得税削減と年金の増額を約束した。さらに自身も卒業したフランスのエリート校フランス国立行政学院(ENA)の閉鎖を約束(貧困家庭から学生を募集しないためここ数十年来、批判にさらされてきた[43])し、フランスの統治システムは変わるべきだと述べた。マクロンは自らの施政を「後悔」しているとも言い、より「ヒューマン」な政治を誓ったが、運動のなかで起きたユダヤ人や同性愛に対する憎悪や暴力を「道徳」と「教育」の衰退だと表現し、全力で戦うとした[44]

新型コロナウイルス感染症への感染[編集]

2020年12月17日に新型コロナウイルス感染症の初期症状を自覚したためPCR検査を受けたところ、陽性であることが判明した。陽性判明後も隔離状態で公務を続けていたが、7日後の12月24日までに咳や倦怠感、頭痛などの症状が消失したため、隔離生活を終了した[45][46][47]

内政[編集]

経済政策[編集]

財政改革としてマクロ数値目標(財政赤字の対GDP比率の引き下げ)を設定している。税制問題では増税措置が先行しており、社会保障費を賄う一般社会税(CSG)の増税を行った。減税措置については2022年までに段階的に実施予定である。減税の中心は法人税が予定されており、22年までに法人税33パーセントから25パーセントまで下げることが計画されている。また富裕税(ISF)の減税(富裕税の課税対象を不動産に限定)やキャピタルゲイン減税(30パーセントのフラット・タックス導入)などを2019年までに実現することを目指している。家庭向けの減税としては80パーセント世帯を対象に地方住民税廃止を22年までに実現する計画である。公務員12万人の削減も計画している[48]。グローバリズムを支持している。

労働市場改革[編集]

雇用と賃金の両面で労働市場の調整力を高めることを目指し、労働市場改革を訴えている。2018年1月までに解雇補償額の上限引き下げ、グローバル企業の解雇要件の緩和、解雇不服申し立て期間の2年から1年の短縮などを実現した[48]

徴兵制・普遍的国民奉仕[編集]

2001年以来フランスでは徴兵制が廃止されていたが[49]、マクロンは徴兵制復活を大統領選挙の公約に掲げた。マクロンは徴兵制について「軍や憲兵隊の下で行う。1か月間若い国民が体験を分かち、国の結束を強める機会になる。危機に際し、国防の支えになる」と述べ[50]、「若者の国民としての義務感や団結感を強める」と論じている[51]

マクロンが掲げていた徴兵制度とは、18歳から21歳の男女を対象に約1か月の兵役を課すというものであり、2018年1月19日までに徴兵制を復活させたい考えを示していた。しかしこれに対し、約1か月という短期間だけ兵役を課す意味合いが乏しいとの指摘や、予算がかかりすぎるとの批判が出た[49]。大学や青年団体も10の組織が徴兵制に反対する声明を出し、その中で「押し付けには反対。奉仕活動は国民が選べるようにすべきだ」と訴えた[50]

そうした批判のため、徴兵制ではなく公共奉仕活動の義務化に変更された[50]。2018年6月27日に閣議決定された「普遍的国民奉仕」計画は、16歳の国民全員に対して4か月から1年あまりの警察や消防や軍での奉仕活動、あるいは慈善活動を行う義務を課すとしている[51]。奉仕活動の最初1か月は義務であり、共同生活を送る。その後第2段階として16歳から25歳の若者が3か月から1年間任意で奉仕活動に参加する。義務奉仕の一部は夏休みに行うことを予定しており、軍の役割・人命救助を学ぶ。任意参加の第2段階については軍・消防・公共機関での職業訓練に近いものを想定している[50]

移民規制[編集]

大統領就任後の移民・難民政策は移民規制強化の方向が目立つ[52]。2018年4月に移民法を可決させたが、難民申請の期限を早めたり、不法移民を勾留できる期間を倍にしたり、不法入国に対して禁錮1年の処罰を導入するなど実質的には移民規制を内容としているため、人権擁護団体などから批判を受けている[53]

環境政策[編集]

就任後は2040年までにガソリン車の販売を禁止する目標を打ち出すなど他国と一線を画す環境政策を推進してきた[54]。しかしながら2020年6月の統一地方選では、環境政党に押され与党共和国の共和国前進が惨敗。環境政党の躍進に押された。選挙後の演説で地球温暖化対策を憲法に盛り込む方針を発表した[55]

外交姿勢[編集]

対アメリカ外交[編集]

2012年バラク・オバマ政権において、フランスの親米組織フレンチ-アメリカン財団フランス語版のリーダーを務めたものの、2017年1月に大統領に就任したドナルド・トランプに対してはそのアメリカ第一主義・保護主義的な態度を批判している[56]2018年4月のアメリカ訪問の際には、アメリカ合衆国議会においてアメリカ政府のパリ協定離脱やイラン核合意離脱などの単独主義を批判し、「多国間主義を作り出したのはアメリカであり、これを維持して再生させる役割を担うのもアメリカだ」と論じた[57]

2018年10月にアメリカが中距離核戦力全廃条約(INF)から離脱を表明した際にもトランプと電話会談を行い、「この条約は、とりわけヨーロッパの安全保障と我々の戦略的安定にとって重要だ」と伝えて再考を促した[58]。同年11月11日にパリで開かれた第一次世界大戦終結100周年記念式典では「『我々の利益が第一で、ほかはどうでもいい』という考えは、国家にとってもっとも大切な精神的価値を失うこと」とし、地球温暖化などの諸課題に国際社会がともに取り組むべきであると主張した。この演説はトランプ大統領の一国主義への当てこすりと報じられた[59]

2019年6月6日に戦後の民主主義同盟の礎ともなった第二次世界大戦ノルマンディー上陸作戦75周年式典に際して、環境問題の合意とイランの核合意を放棄し、米欧が参加する北大西洋条約機構(NATO)を去ると脅しさえしたトランプ大統領に「親愛なるアメリカは、他人の自由のために戦ったときほど偉大なことはなかった」と指摘し、自由主義体制の根本である「ノルマンディーの約束」を守るようにと呼びかけた。また両者はオマハ・ビーチアメリカ軍戦没者の墓地を訪れ、参加した退役軍人らに勲章を贈った[60]

対ヨーロッパ外交[編集]

ヨーロッパ連合(EU)の統合強化を推進することを基本的立場とする[61]

アメリカのトランプ大統領がNATOへの脅しに近い発言を繰り返すことを受け、ヨーロッパの安全保障のアメリカ依存からの脱却とEUによる安全保障強化を訴えている。2018年8月27日には「ヨーロッパは自らの安全保障についてもはやアメリカに依存することはできない。ヨーロッパの安全保障は私たち次第だ」と述べた[61]。2018年11月5日にラジオ番組の中で「真の欧州軍」の創設が必要であるとの認識を示した。それについて「我々は中国ロシア、さらにはアメリカに対しても自衛しなければならない」「1980年代にヨーロッパを襲ったミサイル危機後に締結された重要な軍縮条約から、トランプ大統領が離脱すると発表するのを目にする時、主たる犠牲者は誰になるだろうか。それはヨーロッパとその安全保障だ」「真の欧州軍を持つと決意しない限り、我々は欧州市民を守ることにならない」と論じた[62]

マクロンの「欧州軍」構想について、アメリカのトランプ大統領は「侮辱的な話だ」「ヨーロッパはNATOに公平な分担(金)を支払うことが先決だ」と反論した[63]。逆にロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンは「欧州軍」構想について「ヨーロッパが安全保障の独立を目指すのは当然。世界の多極化の為に良い」と発言し、アメリカとヨーロッパの分断を煽っている[59]。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は「欧州軍」構想について2018年11月13日の欧州議会で「我々は真の欧州軍をいつか創設するためのビジョンを話し合うべきだ」「ヨーロッパ各国の間で2度と戦争をしないというメッセージになる」と賛意を示したうえで「欧州軍はNATOに敵対するものではなく、むしろよい、そして無駄のない補完になる」としてトランプ大統領の懸念は当たらないとの見解を示した[64][65]

イギリス[編集]

イギリスのEUの加盟時に強硬な態度を取ったド・ゴール仏大統領よろしく、EU統合保持の立場からイギリスの欧州連合離脱(ブレクジット)には強硬な態度で臨んでいる。スペインの『エル・パイス』紙は、ドイツのメルケル首相の「よい警察官」に対し、「悪い警察官」の役割を演じているのだと評した。他のEU指導者たちがおしなべてメッセージを外交的な綿で包み込み調停的であるのに対して、条件を定め、できるだけ早い解決を望んでいる。またメイ首相とのEU間の交渉も「正直なところ、現実的に対応しているとは思えない」と批判している[66]

イタリア[編集]

2019年2月、アンチエスタブリッシュ(五つ星運動)で知られるイタリアのルイジ・ディマイオ副首相が黄色いベスト運動のリーダーと面談したことを受け、在イタリア大使の召還を発表した。これにより両国関係は第二次大戦以後最悪なものとなった。ディマイオは「新しいヨーロッパは黄色いベストから生まれる」と述べ、フランス政府はこれは「挑発」であり、受け入れることはできないとした[67][68]。欧米を席巻するポピュリズムと右傾化とは一線を画した姿勢を保っている。

対ロシア外交[編集]

2014年3月のクリミア併合以来、対ロシア経済制裁の継続を支持しており、フランソワ・フィヨンマリーヌ・ル・ペンニコラ・サルコジジャン=リュック・メランションといった親ロシア的なフランスの政治家とは立場が異なる。

2017年2月、マクロン陣営の報道担当者バンジャマン・グリボーは、フランス大統領選挙の運動を妨害する目的で虚偽情報を拡散しているとしてロシアを非難した[69]。また、マクロン陣営のウェブサイトや電子メールサーバーに対する相次ぐサイバー攻撃の背後にロシア政府の存在があるとして、ロシアに対して大統領選挙に介入しないよう警告した[70][71]

2018年7月のFIFAワールドカップ・ロシア大会の準決勝と決勝戦フランス代表の応援でロシアを訪問し、プーチン大統領との首脳会談も行った。折しもイギリスでロシアの元諜報員が毒殺された事件をめぐってイギリスとロシアの関係が悪化していた時期であるため、フランスとロシアの接近として物議をかもした[72]

2019年12月9日エリゼ宮にてドイツのメルケル首相と共に、ウクライナゼレンスキー大統領とロシアのプーチン大統領の会談を仲介した。ウクライナ東部を巡る紛争に関して、捕虜の相互解放と停戦の履行を確認する共同声明を出すことに貢献する[73]

2022年ロシアのウクライナ侵攻[編集]

第48回先進国首脳会議に参加しロシアによるウクライナ侵攻への対応について協議する。

2022年ロシアのウクライナ侵攻開始に前後してプーチン大統領と電話を中心に十数回会談しているが、侵攻の阻止や早期撤退を説得することはできなかった。ウクライナには兵器も供与しており、同年6月16日にはウクライナの首都キーウを訪問して「ウクライナは勝利しなければならない」と語った。だが、それ以前は「ロシアとウクライナは兄弟の国民」(2022年4月)などロシア寄りと受け取られる発言を度々しているため、ウクライナでは「心配するふりをして何も行動しない」という意味で「マクロンする(マクローニッティ)」という新語が使われるようになっている[74]

対アジア外交[編集]

中国[編集]

中華人民共和国(以下は中国)の報道機関はマクロンが大統領に当選した際、2014年12月に当時経済相だったマクロンが、フランス政府が保有するトゥールーズ・ブラニャック空港の株式60パーセントのうち49.99パーセントを中国企業に売却することを支持し、売却に反対する政治家を批判し、インタビューで毛沢東鄧小平の語録を引用して「フランスと中国は非常に重要な歴史的関係を持っている。現在の中国は経済や外交、軍事の強国で、フランスが中国の存在を認めることで両国の関係には大きな力が生まれる。中国とは正常な関係を維持していきたい」と発言したとして中国を重要な盟友と見ている政治家だと報じた[75]

他方、就任直後のマクロンは中国への警戒感を表している。2018年2月、中国企業がフランス国内において投機的な農地買収を行っている件について「フランスの農地は我が国の主権が関わる戦略的な投資だと私は考えている。よって購入の目的も把握しないまま、何百ヘクタールもの土地が外資によって買い上げられるのを許す訳にはいかない」と述べ、中国企業の農地買収を封じる規制予防策を講じることを言明した[76]

2019年3月22日のベルギーブリュッセルで開かれた欧州連合加盟国首脳会議で中国に対する新たな戦略が協議され、貿易の不均衡是正などに向けた対応を進めることで合意した。これを受けてマクロンは「中国に甘い考えを抱く時代は終わった」と宣言した[77]

2019年3月26日の中国の習近平国家主席のフランス訪問に際して、ドイツのメルケル首相やジャン=クロード・ユンケル欧州委員長も招待して四者会談を行った[注釈 5]。マクロンは我々(ヨーロッパと中国)には、考え方の違いがある」として両者が競合関係にあることを強調する一方、「共に多国間主義を推進したい。中国と協力し、対話する用意がある」とも述べた。25日の共同記者会見では「中国とヨーロッパは相互に利益を尊重し、バランスのとれた関係であるべきだ」と主張して中国の投資攻勢を牽制したが、同時に航空・エネルギー・造船分野など約400億ユーロの経済協力に合意している[78]

2020年4月、マクロンは『フィナンシャル・タイムズ』のインタビューで、中国政府パンデミックとなった新型コロナウイルス感染症の流行に上手く対処していると「馬鹿正直」に信じてはいけないと警告し、「独裁的な国では私たちの知らないことが起きる。中国武漢でのコロナウイルスへの中国政府の対応に疑問があることは明らかだ」と中国政府を批判した[79]

日本[編集]

日本の安倍晋三首相と(2017年5月26日)

2018年7月、日本自衛隊フランス軍とが物資・役務を融通し合う物品役務相互提供協定(ACSA)を締結し、両国の海洋対話を本格化させた。同年10月にフランスを訪問した日本の安倍晋三首相と首脳会談を開催し、両国の連携をアピールした。また海洋進出を強行する中国および保護主義的なアメリカを牽制した[80]

2019年4月23日にはG20大阪サミットを前にした安倍首相が意見調整のためフランスを訪問して会談した。安倍はノートルダム火災へのお見舞いを述べ、両者はスリランカ連続爆破テロ事件への非難や自由貿易の推進などについて意見を一致させた[81]。会談後にマクロンは日本語で「日本と共に我々は多極主義への信頼を再構築するという同じ野心を有する。幾多の障害や緊張や閉塞状況が存在することは分かっているが、日本もフランスもそれで諦めてしまうような習性は持っていない。」とTwitterに投稿した[82]

同会談でマクロンは「いい時も悪い時もパートナー以上の友好国だ」と述べ、中国の強引な海洋進出の強行を念頭に、防衛・経済両面でフランスと日本との関係を深めることで両首脳は一致した。近く行われるフランス海軍空母シャルル・ド・ゴール」と海上自衛隊の共同訓練を踏まえ「自由で開かれたインド太平洋」実現のための防衛協力加速を申し合わせた。また北朝鮮に完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)を実現させるまでは経済制裁を維持することが重要との認識でも一致した[83]

2021年7月、東京オリンピックの開会式に出席するため日本を訪問し、同国の菅義偉首相と会談・会食を行った。両首脳は同オリンピックが「新型コロナウイルス(COVID-19)に打ち勝つ世界の団結の強力な象徴」であるとし、その経験を次回のパリオリンピックへ共有することを確認した。また両者は「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて連携することや、香港ウイグル人権状況について深刻な懸念を表明した[84]

北朝鮮[編集]

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の非核化を支持する立場である[85]。2018年10月に大韓民国文在寅大統領がフランスを訪問した際に北朝鮮への経済制裁の緩和を求められても「フランスは北朝鮮がCVID(完全かつ不可逆的で検証可能な核廃棄)によるプロセスを始めることを期待する」としつつも「そのときまで国連制裁を継続しなければならない」として断っており[86]、制裁緩和に賛成する中露とは異なる立場を示した[87]。なお、フランスと北朝鮮には国交はない。

中東・イスラム圏外交[編集]

中東政策では親イスラエル路線を採用し、パレスチナ国家承認に否定的な立場である。イスラエル・ボイコットキャンペーンにも反対している。シリア問題ではバッシャール・アル=アサド政権の退陣・追放を主張し、反体制派武装勢力への支持あるいはアサド政権打倒のための軍事攻撃の必要性を打ち出した[88]

レバノン首都で起きた2020年ベイルート爆発では、発生後2日後に当たる2020年8月6日にベイルートの被災現場を訪問した。レバノンのミシェル・アウン大統領と会談して、国際的な支援を呼び掛けた[89]

発言[編集]

  • 2016年6月に実施されたイギリスの欧州連合離脱是非を問う国民投票に関して、イギリスが欧州連合を離脱すれば、イギリスは国際社会からジャージーガーンジー(のように小さい島々)のように扱われるだろう」と述べた[92]。マクロンは「EUは初のグローバルな国内市場である」と述べており、イギリスが今日の強さを保っているのはEUに加盟しているからで、イギリスの鉄鋼産業について中華人民共和国と議論するときにイギリスが信用されるのはイギリスがEUの一部であるからだと主張した。マクロンはさらに、「中華人民共和国の国内市場と比較してイギリスの国内市場は中国人たちにとって関心が無く、(EUを離脱した場合には)イギリスは中国と1対1で交渉できなくなるだろう」とも述べている[92]

逸話[編集]

家族[編集]

妻のブリジットと(2017年5月26日)

妻:ブリジット[編集]

京都駅に到着したエマニュエル・マクロン仏大統領夫妻
  • 2007年10月、24歳年上の女性ブリジット英語版と結婚した。マクロンは29歳でブリジットは54歳であった[注釈 6][100]
  • ブリジットとの出会いはマクロンが15歳(10年生)のときに遡る。ブリジットは当時40歳で、マクロンの通う学校の国語(フランス文学)教師であった。またブリジットは既婚者で子供も3人おり、うち1人の娘であるローランスは、マクロンと同級生の女子生徒であった[100][101]
    • マクロンは天才少年として知られており、ローランスは自宅で母のブリジットに「なんでも知っているクレイジーな少年がいる」とマクロンのことを紹介していた[100]
  • ブリジットとマクロンが初めて会ったのは、15歳のマクロンが学校劇『Jacques and his Master英語版』の主演を務めたときであった。ブリジットは演劇部顧問でもあり、マクロンは演劇の脚本を書き直したいとブリジットに相談した[100]。二人は脚本を書くために毎週金曜日に会うようになり、親密になっていった[102]
    • ブリジットは「マクロンは10代の子供らしい話し方や行動をせず、大人と対等に接していた」[101]「私は少しずつ彼の知性に魅了されていった」「私は自分が落ちていくのを感じた。彼もそうだった」とのちに語っている[100]
  • マクロンの両親は当初、マクロンが恋愛をしていることに気づいてはいたが、その相手はブリジットの娘のローランスだと考えていたという。ところが恋の相手がその母親であると知った両親は、ブリジットに「マクロンが18歳になるまで近づかない」ことを求めた[101]
  • 両親とブリジットは苦悩し、マクロンへ「ブリジットと別れ、アミアンからも離れて、パリの名門学校アンリ4世校転校する」ことを命じた。だが、17歳だったマクロンはブリジットに「あなたが何をしようと、私は必ず戻ってきて、あなたと結婚する」と約束し[100][102]、二人はキスを交わしたという[103]
  • パリとアミアンとの遠距離恋愛となった2人だったが、マクロンからの長電話によってブリジットの抵抗は少しずつ打ち破られた。ついにブリジットは離婚してパリで暮らすことを選んだ。「そうしなければ私の人生は失われてしまう」とブリジットは自分に言い聞かせたという[102]。「愛はすべてを運んできて、私を離婚に導いた」とも語っている[100]
  • 結婚した後、2017年4月に実施された大統領選挙の期間中も至る所でハグやキスを交わし、話題となった[103]

ブリジットの前歴[編集]

  • ブリジットの最初の結婚は20歳の時で、1974年6月に地方銀行員のアンドレ・ルイ・オジエール(André Louis Auzière)と結婚した[104]。アンドレとの間に子供が3人おり、長男はエンジニア、マクロンの同級生だった長女は医師[要出典]、次女は弁護士である。その3人は7人の子供たち(ブリジットの孫たち)をもうけている。2006年1月にブリジットはマクロンと結ばれるために離婚した[100]
  • ブリジットの実家は、19世紀創業で7軒の店舗を持つアミアンの菓子チョコレート販売店「ジャン・トロニュー」で、マカロンが地元では名物となっている。

その他家族[編集]

注釈[編集]

  1. ^ アミアン大聖堂で有名である。
  2. ^ 1981年5月に発足したフランソワ・ミッテラン社会主義政権によりロスチャイルド銀行が国営化された後、1984年に3人のロスチャイルド家のメンバーによって再建された銀行である。100万ドルほどの資本で創立され、わずか3人の従業員で始まった。当初「パリ・オルレアン・バンク」の名だったのは、フランス国内で家族名の使用が禁止されていたためである。その制限は1986年に消え、銀行は「Rothschild et Associes Banque」と「Rothschild&Cie Banque」に改名された。
    ロスチャイルド&Cie銀行は現在、パリ8区にあるロスチャイルドグループの金融持株会社たるロスチャイルド&カンパニー傘下のフランスにおける銀行であり、合併買収に関するアドバイスやプライベート・バンキングを専門としている。
  3. ^ 英語版の「共和国前進!」も参照。
  4. ^ 英語版の「Mouvement démocrate」も参照。
  5. ^ 四者会談にしたのは欧州連合の対中外交を統一するためだった。
  6. ^ その21ヶ月前に、ブリジットは前夫の銀行員André Louis Auzièreと離婚した。

出典[編集]

  1. ^ Unconvinced by Macron's promises, Yellow Vests keep up the pressure” (英語). France 24 (2019年4月27日). 2019年5月14日閲覧。
  2. ^ Média, Prisma. “Qui sont le frère et la sœur d’Emmanuel Macron? - Gala” (フランス語). Gala.fr. 2018年12月10日閲覧。
  3. ^ https://www.la-croix.com/Religion/Laicite/La-jeunesse-tres-catholique-candidats-presidentielle-2017-04-10-1200838526
  4. ^ Présidentielle 2017 - Sur les traces de l’arrière-grand-père d’Emmanuel Macron entre Amiens et Arras” (フランス語). La Voix du Nord. 2018年12月10日閲覧。
  5. ^ Amiens, Lara Marlowe in. “Le Big Mac: Emmanuel Macron’s rise and rise” (英語). The Irish Times. 2018年12月10日閲覧。
  6. ^ Emmanuel Macron en meeting à Pau devant 5 500 personnes” (フランス語). SudOuest.fr. 2018年12月10日閲覧。
  7. ^ 第二次世界大戦ノルマンディー上陸作戦パリ解放で知られる自由フランス軍の将軍フィリップ・ルクレールも同校出身になる。 À La Providence d'Amiens, un lycéen nommé Emmanuel Macron ル・フィガロ(2017年5月30日)
  8. ^ Emmanuel Macron a raté son concours à Normal Sup' à cause de sa femme CLOSER Le 16 février 2017 à 12h52
  9. ^ ポール・リクール『記憶、歴史、忘却』上巻。新曜社から邦訳が刊行されている。
  10. ^ “Emmanuel Macron, un banquier d'affaires nommé secrétaire général adjoint de l'Elysée” (フランス語). Le Monde.fr. (2012年5月16日). https://www.lemonde.fr/politique/article/2012/05/16/emmanuel-macron-un-banquier-d-affaires-nomme-secretaire-general-adjoint-de-l-elysee_1702135_823448.html 2018年12月10日閲覧。 
  11. ^ “Ipesup, la prépa chérie des CSP+, est à vendre” (フランス語). Challenges. https://www.challenges.fr/challenges-soir/ipesup-la-prepa-cherie-des-csp-est-a-vendre_13182 2018年12月10日閲覧。 
  12. ^ Ipesup change de main pour grandir” (フランス語). Challenges. 2018年12月10日閲覧。
  13. ^ 英国『ザ・スペクター紙』の記事「誰がマクロンのミステリアスな上昇の背後にいるのか?」による。
  14. ^ Emmanuel Macron” (英語). Biography. 2018年12月10日閲覧。
  15. ^ Décret n° 2010-223 du 4 mars 2010 relatif à la commission pour la libération de la croissance française, (4 mars 2010), https://www.legifrance.gouv.fr/affichTexte.do?cidTexte=JORFTEXT000021906441 2018年12月10日閲覧。 
  16. ^ “Les années Rothschild d’Emmanuel Macron” (フランス語). Le Monde.fr. (2017年5月10日). https://www.lemonde.fr/election-presidentielle-2017/article/2017/05/10/les-annees-rothschild-d-emmanuel-macron_5125204_4854003.html 2018年12月10日閲覧。 
  17. ^ Comment Macron m’a séduit puis trahi” (フランス語). https://www.streetpress.com. 2018年12月10日閲覧。
  18. ^ “Macron, ce chouchou des patrons qui succède à Montebourg” (フランス語). Challenges. https://www.challenges.fr/economie/emmanuel-macron-le-jeune-loup-de-l-elysee-qui-rassure-les-patrons_8564 2018年12月10日閲覧。 
  19. ^ 12. いよいよ日曜開店?ー「ふらんす」政界で気になる男たち France News Digest
  20. ^ La bombe Macron” (フランス語). LExpress.fr (2014年9月2日). 2018年12月10日閲覧。
  21. ^ 「仏、新経済相に大統領側近のマクロン氏を任命」ロイター(2014年8月27日)
  22. ^ 日産・ルノー「経営統合」問題の深過ぎる真相 | 経営” (日本語). 東洋経済オンライン (2018年5月15日). 2018年12月9日閲覧。
  23. ^ Try FT for free” (英語). Financial Times. 2018年12月9日閲覧。
  24. ^ 「ゴ―ンとマクロンの戦いの終わり」『L'Obs』誌
  25. ^ Magnaudeix, Mathieu. "Macron rattrapé par son bilan à Bercy". Mediapart (in French).
  26. ^ Emmanuel Macron n'est plus encarté au Parti socialiste”. FIGARO (2015年2月18日). 2018年12月9日閲覧。
  27. ^ フランスF2「マクロン法案」働き方は変わるか NHK ONLINE(2015年2月23日)
  28. ^ 【フランス】経済改革を目指す「マクロン法」 国立国会図書館調査及び立法考査局
  29. ^ 仏大統領選をかき回しそうな「フランスのトランプ」既成の政党政治にノーを突きつけるエマニュエル・マクロン
  30. ^ 「マクロン仏経済相が辞任」[リンク切れ]時事通信
  31. ^ 「フランスのマクロン経済相が辞任-2017年大統領選出馬の観測高まる」ブルームバーグ(2016年8月31日)2022年6月17日閲覧
  32. ^ マクロン仏経済相が辞任 大統領選出馬か「変革」への決意宣言 AFPBB News(2016年8月31日)2022年6月17日閲覧
  33. ^ 「ランス経済相が辞表 左右両派から支持集め、大統領選も視野」[リンク切れ]産経新聞ニュース
  34. ^ 「マクロン仏経済相が辞任、大統領選への出馬狙いか」ロイター(2016年8月31日)2022年6月17日閲覧
  35. ^ 「仏大統領選、マクロン前経済相が出馬へ 政界刷新に意欲」AFPBB News(2016年11月17日)2022年6月17日閲覧
  36. ^ Ministère de l'Intérieur - France entière, ed. (2017年4月24日), Election présidentielle 2017(Résultats incomplets calculés sur la base de 97% des inscrits reçus)開票率97%, http://elections.interieur.gouv.fr/presidentielle-2017/FE.html 2017年4月24日閲覧。 
  37. ^ 「マクロン仏新大統領、14日に就任へ 現職のオランド氏が発表」AFPBB News(2017年5月8日)2022年6月17日閲覧
  38. ^ “Emmanuel Macron proclaimed France's next president”. BBC News (BBC). (2017年5月14日). http://www.bbc.com/news/world-europe-39912104 2017年5月14日閲覧。 
  39. ^ 「マクロン氏が39歳でフランス史上最年少の大統領に。一方、イギリスの史上最年少首相は〇歳だった」ハフポスト(2017年5月8日)2022年6月17日閲覧
  40. ^ “マクロン新党過半数制す 安定運営へ基盤固めるも「7割」の予測は届かず”. 産経新聞 (産経新聞社). (2017年6月19日). https://www.sankei.com/article/20170619-4DIPXJ57BROBDOF5YQIN6DEYWY/ 2017年6月29日閲覧。 
  41. ^ “仏マクロン政権、「黄色いベスト」危機の打開模索 景気に悪影響も”. ロイター (ロイター通信). (2018年12月4日). https://jp.reuters.com/article/%E4%BB%8F%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%B3%E6%94%BF%E6%A8%A9-%E3%80%8C%E9%BB%84%E8%89%B2%E3%81%84%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E3%80%8D%E5%8D%B1%E6%A9%9F%E3%81%AE%E6%89%93%E9%96%8B%E6%A8%A1%E7%B4%A2%E3%80%80%E6%99%AF%E6%B0%97%E3%81%AB%E6%82%AA%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E3%82%82-idJPL4N1Y9023 2018年12月18日閲覧。 
  42. ^ “フランス政府 来年の燃料増税、白紙に 抗議デモで、また譲歩”. 産経新聞 (産経新聞社). (2018年12月6日). https://www.sankei.com/article/20181206-RH5IZCBBYFPRLAY5AS2LWMAQXA/ 2018年12月18日閲覧。 
  43. ^ Unconvinced by Macron's promises, Yellow Vests keep up the pressure” (英語). France 24 (2019年4月27日). 2019年5月14日閲覧。
  44. ^ Chrisafis, Angelique (2019年4月25日). “Macron responds to gilets jaunes protests with €5bn tax cuts” (英語). The Guardian. ISSN 0261-3077. https://www.theguardian.com/world/2019/apr/25/emmanuel-macron-significant-tax-cut-gilets-jaunes-speech 2019年5月14日閲覧。 
  45. ^ 「フランス コロナ感染のマクロン大統領 自主隔離終えると発表」NHK(2020年12月25日)2022年6月17日閲覧
  46. ^ 「コロナ感染のマクロン氏、症状なくなる 隔離終了へ」AFPBB News(2020年12月24日)2022年6月17日閲覧
  47. ^ 「マクロン氏、新型コロナ感染症の症状見られず=大統領府」ロイター(2020年12月24日)2022年6月17日閲覧
  48. ^ a b 土田陽介 (2018年6月26日). “仏マクロン政権の1年、「痛みを伴う改革」で支持率はなぜ低下しないか「労働市場改革を中心に着実に前進する経済改革」”. DIAMOND ONLINE. 2018年8月21日閲覧。
  49. ^ a b マクロン仏大統領、短期間の兵役義務化めざす考え 「徴兵再来」との批判招く恐れも日本経済新聞』2018年1月20日(2022年6月17日閲覧)
  50. ^ a b c d “仏政府 大統領公約の「徴兵制」、16歳国民に一カ月の義務奉仕 軍事側面は後退 民間奉仕に軸足”. 産経新聞. (2018年6月28日). https://www.sankei.com/article/20180628-NSZ7J7VIPJPWTBJ32PAGVKRD3Y/ 2018年11月15日閲覧。 
  51. ^ a b フランス、新たな形で「兵役」復活へ 16歳の男女に奉仕義務 BBCニュース(2018年6月28日)2022年6月17日閲覧
  52. ^ 「仏マクロン政権、移民規制強化へ」[リンク切れ]『日本経済新聞』2017年12月19日
  53. ^ 「フランス国民議会、厳格な移民法案を可決 難民より困難に」BBC(2018年4月23日)2022年6月17日閲覧
  54. ^ フランスがガソリン車の販売を禁止する真の理由”. 日経ビジネス (2017年7月27日). 2020年6月29日閲覧。
  55. ^ 環境対策で憲法改正言及 仏大統領、地方選大敗受け巻き返し”. iza (2020年6月29日). 2020年6月29日閲覧。
  56. ^ “日仏、保護主義けん制で足並み 首相、仏大統領と会談「海洋対話」開始で合意、中国念頭”. 日本経済新聞. (2018年10月26日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36597120X11C18A0PP8000/ 2018年11月1日閲覧。 
  57. ^ “マクロン仏大統領、米議会で演説 トランプ氏の孤立主義を牽制”. CNN. (2018年4月26日). https://www.cnn.co.jp/world/35118384.html 2018年11月1日閲覧。 
  58. ^ “マクロン仏大統領、条約は欧州に重要=トランプ氏に再考促す”. 時事通信. (2018年10月22日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102201053&g=use 2018年11月6日閲覧。 
  59. ^ a b “マクロン仏大統領、「国際協調」狙うも分断浮き彫りに 第一次大戦終結記念式典で”. 産経新聞. (2018年11月12日). https://www.sankei.com/article/20181112-CDNWUM6A3BNZDMETM24ALSCHLE/2/ 2018年11月13日閲覧。 
  60. ^ Bassets, Marc (2019年6月6日). “Macron emplaza a Trump a estar a la altura de la “promesa de Normandía”” (スペイン語). El País. ISSN 1134-6582. https://elpais.com/internacional/2019/06/06/actualidad/1559810323_569919.html 2019年6月7日閲覧。 
  61. ^ a b “マクロン仏大統領、EU安全保障で米国依存からの脱却呼び掛け”. AFP BBnews. (2018年8月28日). http://www.afpbb.com/articles/-/3187433 2018年11月6日閲覧。 
  62. ^ “仏大統領、「真のEU軍」の必要性強調 米ロからの自衛訴え”. AFP BBnews. (2018年11月6日). http://www.afpbb.com/articles/-/3196442 2018年11月6日閲覧。 
  63. ^ “トランプ氏が首脳会談でマクロン仏大統領に不満表明”. 産経新聞. (2018年11月10日). https://www.sankei.com/article/20181110-RWZMAKYIQ5NPRKNBFNMVCKFOBE/ 2018年11月13日閲覧。 
  64. ^ “メルケル独首相、「真の欧州軍」に賛意 マクロン氏に呼応”. 日本経済新聞. (2018年11月14日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO37730680U8A111C1EAF000/ 2018年11月17日閲覧。 
  65. ^ “トランプ氏、マクロン氏を終戦式典直後に攻撃 フランスはトランプ氏を「品性」に欠けると批判”. BBC. (2018年11月15日). https://www.bbc.com/japanese/46204342 2018年11月17日閲覧。 
  66. ^ Bassets, Marc (2019年4月10日). “Macron, el ‘halcón’ europeo del Brexit” (スペイン語). El País. ISSN 1134-6582. https://elpais.com/internacional/2019/04/09/actualidad/1554833401_257446.html 2019年5月21日閲覧。 
  67. ^ “フランス、駐イタリア大使を召還 「黄色いベスト」が外交問題に” (英語). (2019年2月8日). https://www.bbc.com/japanese/47167209 2019年5月19日閲覧。 
  68. ^ Chrisafis, Angelique (2019年2月7日). “France recalls Rome envoy over worst verbal onslaught 'since the war'” (英語). The Guardian. ISSN 0261-3077. https://www.theguardian.com/world/2019/feb/07/france-italy-ambassador-macron-di-maio-salvini-second-world-war 2019年5月19日閲覧。 
  69. ^ ファイナンシャル・タイムズ (2017年2月14日). “「ロシアが偽ニュース駆使」、仏選挙陣営が非難”. 2017年2月26日閲覧。
  70. ^ フランス通信社 (2017年2月15日). “ロシア、仏大統領選にも干渉か マクロン氏「偽ニュースで中傷」”. 2017年3月14日閲覧。
  71. ^ フランス通信社 (2017年2月19日). “仏外相、サイバー攻撃でロシアを非難「容認できない」”. 2017年3月14日閲覧。
  72. ^ “仏大統領、W杯人気にあやかりたい? 現地へ強行ツアー”. AFP BBnews. (2018年7月12日). https://www.asahi.com/articles/ASL7C3QRRL7CUHBI00J.html 2018年11月8日閲覧。 
  73. ^ ロシアとウクライナが首脳会談、ウクライナ東部の停戦で合意”. CNN (2019年12月10日). 2019年12月10日閲覧。
  74. ^ 新語「マクロンする」ウクライナで流行?「心配するふりをして何も行動しない」■懸念払拭へキーウ訪問『朝日新聞』夕刊2022年6月17日(社会・総合面)同日閲覧
  75. ^ “次期仏大統領のマクロン氏は、毛沢東語録を引用し中国資本を歓迎する人物―中国メディア”. レコード・チャイナ. (2017年5月8日). https://www.recordchina.co.jp/b161703-s0-c10-d0035.html 2018年11月1日閲覧。 
  76. ^ “中国による農地買収を規制へ、マクロン仏大統領が言明”. AFP BBnews. (2018年2月23日). http://www.afpbb.com/articles/-/3163837 2018年11月1日閲覧。 
  77. ^ “仏大統領「中国に甘い考え抱く時代終わった」 EU新戦略”. 産経新聞. (2019年5月30日). https://www.sankei.com/article/20190323-63WHMQHPIVNG7IADTW6XPP2PBY/ 2018年11月1日閲覧。 
  78. ^ “欧州首脳、習近平主席と4者会談 中国のEU投資攻勢を牽制”. 産経新聞. (2019年3月26日). https://www.sankei.com/article/20190326-IUIKKBUDNNKK5JBWIOOH7OYPZE/ 2019年5月30日閲覧。 
  79. ^ 野口悠紀雄 (2020年5月22日). “日本が選択すべき「孤立する中国」への態度”. 東洋経済オンライン (東洋経済新報社). オリジナルの2020年7月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200705143744/https://toyokeizai.net/articles/-/350263?page=2 
  80. ^ “日仏首脳会談、海洋進出強行の中国と保護主義化の米国を牽制”. 産経新聞. (2018年10月17日). https://www.sankei.com/article/20181017-5EDZYWNWHFPINAG5AFOFN2CF6U/ 2018年11月1日閲覧。 
  81. ^ “安倍首相 ヨーロッパ歴訪まとめ(~25日)”. NHK. (2019年4月26日). https://www.nhk.or.jp/politics/articles/statement/17092.html 2021年12月8日閲覧。 
  82. ^ Emmanuel Macron [@EmmanuelMacron] (2019年4月24日). "日本と共に、我々は多極主義への信頼を再構築するという同じ野心を有する。幾多の障害や緊張や閉塞状況が存在することは分かっているが、日本もフランスもそれで諦めてしまうような習性は持っていない。" (ツイート). Twitterより2019年5月21日閲覧
  83. ^ “マクロン氏、ゴーン被告処遇に言及 日仏首脳会談”. 産経新聞. (2019年4月23日). https://www.sankei.com/article/20190423-AG4KZ5QM3VJZ3J37OPWNETKHVU/ 2019年6月13日閲覧。 
  84. ^ “菅首相 五輪外交 仏マクロン大統領とも”. NHK. (2021年7月24日). https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/64290.html 2021年12月8日閲覧。 
  85. ^ “【安倍政権考】安倍晋三首相 欧州歴訪でみせた対北包囲網づくりの手腕 ”. 産経新聞. (2018年10月30日). https://www.sankei.com/article/20181030-UZTNLKTFA5NNBKR4WFWPBGBPAI/ 2018年11月6日閲覧。 
  86. ^ “【久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ】欧州で無視された「北の代弁者」 米からはイエローカード”. 産経新聞. (2018年10月28日). https://www.sankei.com/article/20181028-TBI7VZ4N2VJTTNUYLMKTFMHCBU/ 2018年11月6日閲覧。 
  87. ^ “仏韓首脳会談 「金正恩氏は核兵器・核物質全廃の用意」文在寅氏が常任理事国に制裁緩和を働き掛け”. 産経新聞. (2018年10月16日). https://www.sankei.com/article/20181016-DX43PMNVSFOONHWKV4LA4REVDI/ 2018年11月6日閲覧。 
  88. ^ “Le Pen ‘Shocked’ By Trump’s Decision to Hit Syria, Macron Urges Military Intervention”. TheIssue. (2017年4月7日). https://www.theissue.com/politics/le-pen-shocked-by-trumps-decision-to-hit-syria-macron-urges-military-intervention 
  89. ^ 仏大統領、爆発被害のベイルート視察 支援表明し改革要請”. AFP (2020年8月6日). 2020年8月6日閲覧。
  90. ^ フランス政府、実施2年で「75%富裕税」を廃止へ東亜日報、2015年2月17日閲覧
  91. ^ 「フランス、格差社会の一断面」朝日新聞デジタル(2015年5月16日(
  92. ^ a b Britain would no longer be ‘great’ outside the EU, French minister suggestsB. Riley-Smith, The Daily Telegraph, 17 Apr 2016
  93. ^ Point.fr, Le (2021年6月9日). “Macron giflé : l’auteur condamné à 18 mois de prison, dont 14 avec sursis” (フランス語). Le Point. 2021年6月10日閲覧。
  94. ^ “マクロン大統領、卵投げつけられる 外食見本市で”. AFP. (2021年9月28日). https://www.afpbb.com/articles/amp/3368137/ 2021年9月28日閲覧。 
  95. ^ マクロン大統領、トマト投げつけられる 再選後初の有権者交流で”. 毎日新聞 (2022年4月27日). 2022年4月27日閲覧。
  96. ^ Emmanuel Macron@EmmanuelMacron (2021年7月24日). “このひと時を皆さんと分かち合えることをとても嬉しく思います。「AKIRA」「FAIRY TAIL」「ダークソウル」「光」をはじめとする皆さんの数々の作品は、日本だけでなくフランスでも神話になっています。文化は人々を結びつけます。友情を込めて。”. Twitter. 2021年12月8日閲覧。
  97. ^ a b ヨシムネ (2021年7月28日). “マクロン仏大統領が『AKIRA』『ダークソウル』『FAIRY TAIL』のクリエイターらと面会。フランスの若者を魅了するポップカルチャーへ触れる”. 電ファミニコゲーマー (株式会社マレ). https://news.denfaminicogamer.jp/news/2107282a 
  98. ^ Emmanuel Macron @EmmanuelMacron (2021年7月24日). “Passionnés de One Piece, je partage avec vous ce dessin original offert par son auteur. Merci ありがとうございます @Eiichiro_Staff !”. Twitter. 2021年12月8日閲覧。
  99. ^ “仏マクロン大統領「菅首相より『鬼滅の刃』の作者に会いたい」と熱望”. NEWSポストセブン. (2021年8月7日). https://www.news-postseven.com/archives/20210807_1682087.html 2021年12月8日閲覧。 
  100. ^ a b c d e f g h Adam Lusher (2017年4月25日). “How Brigitte met Emmanuel Macron – when she was his (married) teacher – and what the French will make of it”. インデペンデント. https://www.independent.co.uk/news/world/europe/emmanuel-macron-wife-brigitte-trogneux-french-election-president-25-years-older-age-gap-married-teacher-met-when-15-grandmother-marriage-teacher-pupil-relationship-sex-24-years-french-presidents-politicians-a7699786.html 2021年12月8日閲覧。 
  101. ^ a b c d e “【仏大統領選】ファーストレディーになるブリジットさん 「普通じゃないカップル」の理由”. BBC. (2017年5月9日). https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-39855493 2021年12月8日閲覧。 
  102. ^ a b c Pamela Druckerman (2017年2月2日). “Opinion: Sex and the French Elections”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2017/02/02/opinion/sex-and-the-french-elections.html 2021年12月8日閲覧。 
  103. ^ a b 浜田和幸 (2017年5月3日). “フランス大統領選「マクロン候補」夫人は25歳年上の元担任教師”. FLASH. https://smart-flash.jp/sociopolitics/19165 2021年12月8日閲覧。 
  104. ^ ブリジット・マクロン
  105. ^ 仏大統領の「ファーストドッグ」、会議中にエリゼ宮の暖炉でおしっこ”. AFP (2017年10月23日). 2018年3月21日閲覧。

外部リンク[編集]

公職
先代
フランソワ・オランド
フランスの旗 フランス大統領
2017年5月14日 -
次代
(現職)
先代
アルノー・モントブールフランス語版
経済・生産再建・デジタル大臣
フランスの旗 経済・産業・デジタル大臣
2014年8月26日 - 2016年8月30日
次代
ミシェル・サパンフランス語版
経済・財務大臣
先代
フランソワ・オランド
アンドラの旗 アンドラ共同大公
2017年5月14日 -
次代
(現職)