アロイス・フォン・リヒテンシュタイン (1968-)

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アロイス・フォン・リヒテンシュタイン
Alois von Liechtenstein
リヒテンシュタイン家
The Hereditary Prince of Liechtenstein.jpg
アロイス・フォン・リヒテンシュタイン(2013年3月)
称号 リヒテンシュタイン公世子
リートベルク伯
全名 Alois Philipp Maria
アロイス・フィリップ・マリア
出生 (1968-06-11) 1968年6月11日
スイスの旗 スイスチューリッヒ
配偶者 ゾフィー・イン・バイエルン
子女
父親 ハンス・アダム2世
母親 マリー・キンスキー・フォン・ヴヒニッツ・ウント・テッタウ
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アロイス・フォン・ウント・ツー・リヒテンシュタインドイツ語: Alois von und zu Liechtenstein, 1968年6月11日 - )は、リヒテンシュタイン公国法定推定相続人。称号は、リヒテンシュタイン公世子Erbprinz von unt zu Liechtenstein)およびリートベルク伯(Graf zu Rietberg)。

経歴[編集]

当時公世子だったハンス・アダム2世と妃マリーの長男として、チューリッヒに生まれる。ファドゥーツの学校を卒業後、イギリスサンドハースト王立陸軍士官学校に入学した。その後コールドストリームガーズの一員として香港ロンドンで軍務に就き、半年後にザルツブルク大学に入学。その後、法哲学修士号を得て修了した。

1996年までロンドンの企業に勤めた後、帰国して父の財務を担当していた。2004年8月15日より、公国の元首代行を務めている(日本では「摂政」と称されることが多いが、正式には"Regentschaft"(摂政)という職名は用いられておらず、2004年リヒテンシュタイン公勅令第171号では、"die Thronfolge als Meinen Stellvertreter"(余の君主権の代行)を行う者として"Stellvertretung"(代行者)を設置するとしているのみである)。

家族[編集]

1993年7月、バイエルン公マックス・エマヌエルの長女ゾフィーと結婚、4子をもうけた。

  • ヨーゼフ・ヴェンツェル英語版(1995年 - )
  • マリー・カロリーネ(1996年 - )
  • ゲオルク・アントニウス(1999年 - )
  • ニコラウス・セバスティアン(2000年 - )
上位:
-
本項人物が最上位
リヒテンシュタイン公位継承権者
継承順位第 1
下位:
ヨーゼフ・ヴェンツェル
(本項人物の長男)