カタリナ=アマリア・ファン・オラニエ=ナッサウ
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カタリナ=アマリア・ファン・オラニエ=ナッサウ Princess Catharina-Amalia | |
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オラニエ女公 De Prinses van Oranje | |
![]() 2019年 | |
続柄 | ウィレム=アレクサンダー国王第一王女 |
全名 |
Catharina-Amalia Beatrix Carmen Victoria カタリナ=アマリア・ベアトリクス・カルメン・ヴィクトリア |
称号 |
オランダ王女 オラニエ=ナッサウ公女 |
身位 | 王太子 |
敬称 | 殿下(Koninklijke Hoogheid) |
出生 |
2003年12月7日(17歳)![]() |
父親 | ウィレム=アレクサンダー |
母親 | マクシマ・ソレギエタ |
オランダ王室 |
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カタリナ=アマリア・ファン・オラニエ=ナッサウ(Catharina-Amalia van Oranje-Nassau, 2003年12月7日 - )は、オラニエ女公(王太子の位)で、オランダ王女、オラニエ=ナッサウ公女。オランダ国王ウィレム=アレクサンダーの長子[1]。全名はカタリナ=アマリア・ベアトリクス・カルメン・ヴィクトリア(Catharina-Amalia Beatrix Carmen Victoria)で、通常は「アマリア」、公式には「カタリナ=アマリア」と呼ばれる。
人物[編集]
2003年12月7日、ウィレム=アレクサンダーとその妃であるマクシマ・ソレギエタの間に第一子としてハーグで生まれた。王女の誕生が公にされた後、オランダ国内の4か所で王女の誕生を祝う101発の礼砲が発射された。
洗礼は2004年6月12日にハーグで行われ、父方の叔父のコンスタンティン王子、母方の叔父のマルティン・ソレギエタ、スウェーデンのヴィクトリア王太子が代父母となった。
また2010年6月19日に行われたヴィクトリア王太子の結婚式ではノルウェーのイングリッド・アレクサンドラ王女、デンマークのクリスチャン王子と共に花嫁の付き添い人を務めた。
趣味はフィールドホッケー、バレエ、乗馬、ヴァイオリン、柔道。
2002年1月25日に出された勅令により、カタリナ=アマリアはオランダ王女(Prinses der Nederlanden)およびオラニエ=ナッサウ公女(prinses van Oranje-Nassau)の称号と殿下(Koninklijke Hoogheid)の敬称を持つ。
2013年、ウィレム=アレクサンダーの即位に伴い王位の法定推定相続人としてオラニエ女公(Prinses van Oranje)となった。
脚注[編集]
- ^ オランダ国王即位式のプログラム(2013年4月23日)、オランダ大使館・オランダ総領事館, Japan、2013年4月30日閲覧。[リンク切れ]
上位: - |
オランダ王位継承権者 継承順位第 1 位 |
下位: アレクシア王女 |
上位: ウィレム=アレクサンダー オランダ王 |
イギリス王位継承順位 (ジョージ2世の娘アンの子孫) 他の英連邦王国の王位継承権も同様 |
下位: アレクシア王女 オランダ王女 |
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