ムハンマド・ビン・サルマーン

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ムハンマド
محمد
サウード家
Mohammed Bin Salman al-Saud2.jpg
全名 ムハンマド・ビン・サルマーン・アール=サウード
محمد بن سلمان بن عبد العزيز آل سعود
出生 (1985-08-31) 1985年8月31日(33歳)[1]
サウジアラビアの旗 サウジアラビアリヤド
父親 サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ
役職 サウジアラビア皇太子
第一副首相
国防大臣
経済開発評議会議長
王宮府長官
宗教 イスラム教ワッハーブ派
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ムハンマド・ビン・サルマーン・アール=サウードアラビア語:محمد بن سلمان بن عبد العزيز آل سعود、英語:Mohammad bin Salman Al Saud、1985年8月31日[1] - )はサウジアラビア政治家で、皇太子第一副首相国防大臣経済開発評議会議長王族サウード家の一員で、第7代国王サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズの子、初代国王アブドゥルアズィーズ・イブン・サウードの孫[2][3]

略歴[編集]

国防大臣就任まで[編集]

ムハンマドは、スデイリー・セブンの一人であるサルマーンの子として1985年に生まれた。大学を卒業後、数年間民間で働き、内閣のための専門家委員会のコンサルタントを務めた[4]

2009年12月15日、リヤード州知事を務めていたサルマーンの特別顧問として政界入りした。これと同時に、閑職であるリヤード競争委員会事務総長、キング・アブドゥルアズィーズ公共財団会長の特別顧問、リヤード州のアルビル社会評議委員にも就任した[5]

2011年10月に伯父のスルターン皇太子兼第一副首相兼国防大臣が死去し、翌11月に伯父のナーイフが皇太子兼第一副首相兼内務大臣に、サルマーンが国防大臣に就任すると、ムハンマドはサルマーンの私的顧問に就任した[6]

2012年6月、ナーイフ皇太子兼第一副首相兼内務大臣が死去し、サルマーンが皇太子兼第一副首相兼国防大臣に就任すると、2013年3月2日、ムハンマドは皇太子府長官・皇太子特別顧問に就任した[7][8][9]2014年4月25日には国務大臣に就任した[10]

2015年1月23日、第6代国王アブドゥッラーの死去に伴い、父サルマーンが第7代国王兼首相に就任すると、同日にサルマーンが発した命により、ムハンマドは国防大臣、王宮府長官、国王特別顧問に任命された[11]。同月29日には、廃止された最高経済評議会の後継機関となる経済開発評議会の議長に就任し、軍事に加えて経済政策でも実権を得た[12]

副皇太子兼第二副首相兼国防大臣兼経済開発評議会議長として[編集]

2015年1月に隣国イエメンの大統領アブド・ラッボ・マンスール・ハーディーが辞任を表明する(後に撤回)と、シーア派武装組織フーシがイエメン全土を掌握した。これに危機感を持ったサウジアラビアはフーシに対立するイエメン暫定政権を支援する形で、3月からイエメンのフーシの拠点に対して空爆を開始した。これがムハンマドの国防大臣としての初めての大きな仕事となった[13]

同年4月29日、サルマーンが勅命を発し、アブドゥッラーの死去に伴い皇太子兼第一副首相に昇格したばかりのムクリン・ビン・アブドゥルアズィーズが退任、副皇太子兼第二副首相のムハンマド・ビン・ナーイフが内務大臣と政治・安全保障評議会議長兼務のまま王位継承順第1位の皇太子兼第一副首相に昇格、ムハンマドは国防大臣と経済開発評議会議長兼務のまま王位継承順第2位となる副皇太子兼第二副首相に昇格となった。弱冠30歳に過ぎないムハンマドが王位継承順第2位となる副皇太子兼第二副首相に就任したことは異例であり、公益財団法人中東調査会によると、サルマーンのこの人事は、前国王アブドゥッラー派だった皇太子ムクリンを権力の核心から遠ざけてサルマーン自身の周辺を近親のスデイリー・セブン閥で固めるため、また息子のムハンマドを将来の王に据えるためのものであり、ムクリンの退任は表向きは自身の希望による辞任であるが実際はサルマーンによる解任であるとされた[2]

ムハンマドは、健康に問題を抱えるサルマーンの代理として、従来のアメリカ中華人民共和国[14]に加えてロシアフランスにも接近するサウジの外交政策を委ねられているとされ、2015年6月にロシアで開催された「サンクトペテルブルグ国際経済フォーラム2015」にアリ・ヌアイミ石油鉱物資源大臣やジュベイル外務大臣らを伴って訪問し、エネルギー宇宙開発原子力投資分野における6件の合意書に署名した。この際、シリア内戦におけるシリアアサド政権への各々の立場についても話し合ったと見られ、7月にはロシアの仲介でアサドの情報顧問Ali Mamloukと会談し、ライバルの地域大国イランがシリア内戦から手を引けばアサド政権の存続を認める意向を伝えたとされている。同年6月、フランスを訪問し初の「フランス・サウジ合同委員会」を開催、120億ドル分の兵器を発注し原子力発電所建設に関わる合意書にも署名した。同年9月、ムハンマドはサルマーンに同行して訪米したが、これに関してワシントン・ポストは同年9月8日付のコラムで、将来的にムハンマドが皇太子のムハンマド・ビン・ナーイフを飛び越えて第8代国王に就任する可能性を示唆した[3][15]。また、アブドゥッラー時代にバンダル・ビン・スルターンらが進めた中国との軍事協力関係を継続し[16][17]、イエメンでの爆撃に使う中国製の無人攻撃機アラブ首長国連邦とともに購入して製造工場の契約も結び[18][19]、サウジは中国と初めて二国間演習を行ったアラブ国家となった[20]。2015年にはイスラム協力機構の条約を根拠にイランシリアといったシーア派諸国を除くイスラム圏34カ国と対テロ連合イスラム軍事同盟を発足させ[21]、初代最高司令官に前パキスタン陸軍参謀長のラヒール・シャリフ英語版を任命した[22]

2015年秋に王族内で、ムハンマドが事実上統治を代行している現行のサルマーン体制を非難する怪文書が出回り、この中でムハンマドは「サウジアラビアを政治的にも経済的にも軍事的にも破局に導いている。」と非難された。ムハンマドが独断専行的に「サウジアラビア版サッチャー革命」と評されるような急進的な経済改革プランを志向していることやイエメンへ軍事介入していることが非難の的となった。またイエメン介入に関しては、同年12月にドイツ諜報機関連邦情報局が「ムハンマドが自らをアラブの指導者として見せ付けるために、独断的に衝動的なイエメンへの介入政策を繰り返しており、これに対して王族内で不満が高まっており、サウジの体制に危機が迫っている。」とする分析結果を公表した[23][24][25]

2016年1月、サウジが国内のシーア派指導者・ニムル師を処刑すると、これにシーア派のイランが反発し駐イランのサウジ大使館が群衆に襲撃された。これを受けてサウジはイランと国交断絶したが、一連のサウジ側の決定は、ムハンマドが軍事・外交で実権を握った影響もあるとされる[26]。この件でムハンマドはアメリカのケリー国務長官からイランとの関係を修復するよう電話を受けた[27]

同年8月31日から9月2日まで訪日し、今上天皇皇太子徳仁親王安倍晋三内閣総理大臣稲田朋美防衛大臣と会談し、経済・安全保障分野での二国間協力に関する覚書を交わした。この訪日は翌年のサルマーン国王の訪日の地ならしでもあった[28]

皇太子として[編集]

2017年6月21日、サルマーン国王の勅命によりムハンマド・ビン・ナーイフ皇太子が解任され、ムハンマドが皇太子に昇格し王位継承者となった[29]。同時に第一副首相となり、国防相などのポストは継続する[29]

2017年10月24日、リヤドで開かれた経済フォーラムにおける出席。フォーラムの演説の中で、過激なイデオロギーを倒して「より穏健なイスラム」に立ち返る政治方針を示した[30]

サウジアラビアを支えてきた石油資源に依存しない経済・社会を目指した改革を進めている。生活や仕事は夜型で、午前0時過ぎに省庁幹部の携帯電話を鳴らして、業務の進捗を問うこともしばしばあるという[31]

2017年11月、ムハンマドが率いる反汚職委員会が、ムトイブ王子(国家警備相)やアルワーリド王子ら王子11人を含む複数の閣僚経験者を逮捕した。表向きは汚職容疑であるがムハンマドが志向する急進的な改革に対する抵抗勢力を潰すためであると観測された[32]

2018年3月のアメリカ合衆国訪問を前に米CBSテレビとのインタビューに応じ、「サウジアラビアは核爆弾を持つことを望んでいないが、イランが核兵器を開発すれば、それに従うことになる」と語った[33]

出典[編集]

  1. ^ a b Council of Ministers: Membership” (英語). The Royal Embassy of Saudi Arabia. 2012年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月15日閲覧。
  2. ^ a b 中東かわら版 No.16 サウジ:ムクリン皇太子の辞任、ムハンマド・サルマーン国防相の副皇太子就任 中東調査会 2015年4月30日
  3. ^ a b ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子の外交デビューと王族内王族批判 一般財団法人中東協力センター ニュース 2015・10
  4. ^ Profile of Prince Mohammed bin Salman - Defense Minister of Saudi Arabia Retrieved 30 March, 2015
  5. ^ Prince Mohammed bin Salman Archived 2015年1月28日, at the Wayback Machine. Retrieved from misk.org
  6. ^ “Prince Sultan arrives to Bahrain to attend Bahrain Grand Prix”. Bahrain News Agency. (2012年4月22日). http://www.bna.bh/portal/en/news/505092 2012年4月23日閲覧。 
  7. ^ “Leadership’s trust in me is my motivation – Muhammad”. Saudi Gazette. (2013年3月3日). オリジナル2014年8月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140820001643/http://www.saudigazette.com.sa/index.cfm?method=home.regcon&contentid=20130303155193 2013年3月2日閲覧。 
  8. ^ “Prince Mohammad appointed president of crown prince court”. Saudi Business News. (2013年3月2日). http://saudibiznews.com/business/item/1290-prince-mohammed-bin-salman-bin-abdulaziz-as-president-of-crown-prince-court 2013年3月2日閲覧。 [リンク切れ]
  9. ^ “Prince Mohammed bin Salman appointed Special Advisor to Crown Prince”. Asharq Alawsat. (2013年3月3日). http://www.aawsat.net/2013/03/article55294575 2013年4月12日閲覧。 
  10. ^ Chairman of the Board”. MISK. 2015年1月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月25日閲覧。
  11. ^ 中東かわら版 サウジアラビア:ムハンマド・ナーイフ内相の副皇太子任命 中東調査会 2015年1月24日
  12. ^ Simeon Kerr (2015年1月30日). “Saudi king stamps his authority with staff shake-up and handouts”. Financial Times (Riyadh). http://www.ft.com/cms/s/0/8045e3e0-a850-11e4-bd17-00144feab7de.html#axzz3QVaF4Ex4 2015年2月1日閲覧。 
  13. ^ サウジなど10カ国がイエメン軍事介入、武装組織に空爆開始 ロイター 2015年3月26日
  14. ^ “China, Saudi Arabia upgrade diplomatic ties as Riyadh seeks new allies”. SCMP. (2016年4月27日). http://www.scmp.com/news/china/diplomacy-defence/article/1903516/china-saudi-arabia-upgrade-diplomatic-ties-riyadh-seeks 2016年4月27日閲覧。 
  15. ^ 弱冠30歳の次期サウジ国王候補父と共に訪米 WEDGE Infinity 株式会社ウェッジ 2015年10月9日
  16. ^ “China willing to advance military relations with Saudi Arabia: Defense Minister”. Chinamil. (2016年8月31日). http://english.chinamil.com.cn/view/2016-08/31/content_7235055.htm 2016年10月30日閲覧。 
  17. ^ “Saudi Arabia, China sign security cooperation pact”. Saudi Gazette. (2016年11月7日). http://saudigazette.com.sa/saudi-arabia/saudi-arabia-china-sign-security-cooperation-pact/ 2016年11月14日閲覧。 
  18. ^ “For the First Time, Chinese UAVs Are Flying and Fighting in the Middle East”. ポピュラーメカニクス. (2015年12月22日). https://www.popularmechanics.com/military/weapons/news/a18677/chinese-drones-are-flying-and-fighting-in-the-middle-east/ 2018年8月30日閲覧。 
  19. ^ “Saudi Arabia Buying and Building Chinese Armed Drones”. AINonline. (2017年4月12日). https://www.ainonline.com/aviation-news/defense/2017-04-12/saudi-arabia-buying-and-building-chinese-armed-drones 2018年8月30日閲覧。 
  20. ^ “Joint Drills Between China, Saudi Arabia to 'Solve Existing Terrorism Problem'”. Sputnik. (2016年10月28日). https://sputniknews.com/asia/201610281046854583-joint-drills-china-saudi-arabia/ 2016年10月30日閲覧。 
  21. ^ “Joint statement on formation of Islamic military alliance to fight terrorism”. アル・リヤド. (2015年12月15日). http://www.alriyadh.com/en/article/1110040/Joint-statement-on-formation-of-Islamic-military-alliance-to-fight-terrorism 2017年4月11日閲覧。 
  22. ^ https://www.geo.tv/latest/135494-Pakistan-allows-General-Retd-Raheel-Sharif-to-lead-Saudi-led-military-alliance
  23. ^ ドイツ諜報機関にダメ出しされたサウジアラビア JB PRESS 2015年12月11日
  24. ^ サウジアラビアを崩壊に導く独断専行の副皇太子 4/5 JB PRESS 2016年1月15日
  25. ^ サウジアラビアを崩壊に導く独断専行の副皇太子 5/5 JB PRESS 2016年1月15日
  26. ^ サウジアラビア 国内治安を優先 断交発表、イラン孤立化も狙う 毎日新聞 2016年1月5日
  27. ^ サウジ・イラン断交 米露、仲介に動く…早期修復狙う 毎日新聞 2016年1月5日
  28. ^ №88 サウジアラビア:ムハンマド・サルマーン副皇太子のアジア歴訪(2) 中東かわら版 公益財団法人中東調査会 2016年9月7日
  29. ^ a b サウジアラビア、ムハンマド副皇太子が皇太子に昇格=国営通信”. ロイター日本語版. トムソン・ロイター. 2017年6月21日閲覧。
  30. ^ サウジ皇太子、「より穏健なイスラム」を改めて主張 CNN(2017年10月25日)2018年1月12日閲覧
  31. ^ 【アラブの春7年もがく若者】(中)資源国家サウジの苦悩『日本経済新聞』朝刊2018年3月30日(国際面)
  32. ^ サウジ、著名投資家の王子ら逮捕 抵抗勢力潰しか 日本経済新聞 2017年11月5日
  33. ^ サウジ皇太子「イラン核武装ならサウジも追随」『日本経済新聞』ニュースサイト(2018年3月15日)2018年5月14日閲覧
公職
先代:
ムハンマド・ビン・ナーイフ
サウジアラビア第一副首相
2017年6月21日 –
次代:
現職
先代:
ムハンマド・ビン・ナーイフ
サウジアラビア第二副首相
2015年4月29日 – 2017年6月21日
次代:
空席
先代:
サルマーン
国防相
2015年1月23日 –
次代:
現職
先代:
Khaled al-Tuwaijri
王宮府長官
2015年1月23日 –
次代:
現職
サウジアラビア王室
先代:
ムハンマド・ビン・ナーイフ
サウジアラビア副皇太子
2015年4月29日 – 2017年6月21日
次代:
空席
先代:
ムハンマド・ビン・ナーイフ
サウジアラビア皇太子
2017年6月21日 –
次代:
現職