コンテンツにスキップ

ムハンマド・ビン・サルマーン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ムハンマド
محمد
サウード家
ムハンマド・ビン・サルマンの公式肖像
続柄 第7代サウジアラビア国王: サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズの第7王子

全名 ムハンマド・ビン・サルマーン・アール=サウード
محمد بن سلمان آل سعود
称号 王太子
敬称 殿下
出生 (1985-08-31) 1985年8月31日(40歳)[1]
サウジアラビアの旗 サウジアラビアリヤド
配偶者 サーラ・ビント・マシュフール・アール・サウードアラビア語版英語版(2008年 - )
子女 サルマーン王子
マシュフール王子
ファハダ王女
ヌーラ王女
アブドゥルアズィーズ王子
父親 サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ
母親 ファハダ・ビント・ファラーフ・アール・ヒスライン
役職 首相
経済開発評議会議長
王宮府長官
宗教 イスラム教ワッハーブ派
テンプレートを表示
アメリカ合衆国国務長官ジョン・ケリーリヤドで会談(2015年5月7日)
ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンと会談(2015年6月18日)
内閣総理大臣安倍晋三首相官邸で会談(2016年9月1日)

ムハンマド・ビン・サルマーン・アール=サウードアラビア語: محمد بن سلمان آل سعود, ラテン文字転写: Muḥammad bin Salmān Āl Su‘ūd英語: Mohammad bin Salman Al Saud1985年8月31日[1] - )は、サウジアラビア政治家で、王太子首相経済開発評議会英語版議長王族サウード家の一員で、第7代国王サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズの子、初代国王アブドゥルアズィーズ・イブン・サウードの孫[2][3]。名前の頭文字から、国際的には「MBS」とも呼ばれる[4]

略歴

[編集]

副王太子就任まで

[編集]

ムハンマドは、スデイリー・セブンの一人であるサルマーンの子として1985年に生まれた。大学を卒業後、数年間民間で働き、内閣のための専門家委員会のコンサルタントを務めた[5]

2009年12月15日、リヤード州知事を務めていたサルマーンの特別顧問として政界入りした。これと同時に、閑職であるリヤード競争委員会事務総長、キング・アブドゥルアズィーズ公共財団会長の特別顧問、リヤード州のアルビル社会評議委員にも就任した[6]

2011年10月に伯父のスルターン王太子兼第一副首相兼国防大臣が薨御し、翌11月に伯父のナーイフが王太子兼第一副首相兼内務大臣に、サルマーンが国防大臣に就任すると、ムハンマドはサルマーンの私的顧問に就任した[7]

2012年6月、ナーイフ王太子兼第一副首相兼内務大臣が薨御し、サルマーンが王太子兼第一副首相兼国防大臣に就任すると、2013年3月2日、ムハンマドは王太子府長官・王太子特別顧問に就任した[8][9][10]。2014年4月25日には国務大臣に就任した[11]

2015年1月23日、第6代国王アブドゥッラーの崩御に伴い、父サルマーンが第7代国王に即位し、併せて首相を兼ねると、同日にサルマーンが発した勅命により、ムハンマドは国防大臣、王宮府長官、国王特別顧問に親任された[12]。同月29日には、廃止された最高経済評議会の後継機関となる経済開発評議会の議長に就任し、軍事に加えて経済政策でも実権を得た[13]

2015年1月22日に隣国イエメンアブド・ラッボ・マンスール・ハーディー大統領が辞任を表明する(後に撤回)と、シーア派武装組織フーシイエメン全土を掌握した。これに危機感を持ったサウジアラビアはフーシに対立するイエメン暫定政権を支援する形で、3月からイエメンのフーシの拠点に対して空爆を行ってイエメン内戦への介入を開始した。これがムハンマドの国防大臣としての初めての大きな仕事となった[14]

副王太子として

[編集]

2015年4月29日にサルマーンが勅命を発し、アブドゥッラーの崩御に伴い王太子兼第一副首相に昇格したばかりのムクリン・ビン・アブドゥルアズィーズが退任、副王太子兼第二副首相のムハンマド・ビン・ナーイフが内務大臣と政治・安全保障評議会議長兼務のまま王位継承順第1位の王太子兼第一副首相に昇格、ムハンマドは国防大臣と経済開発評議会議長兼務のまま王位継承順第2位となる副王太子兼第二副首相に昇格となった。弱冠30歳に過ぎないムハンマドが王位継承順第2位となる副王太子兼第二副首相に就任したことは異例であり、公益財団法人中東調査会によると、サルマーンのこの人事は、前国王アブドゥッラー派だった王太子ムクリンを権力の核心から遠ざけてサルマーン自身の周辺を近親のスデイリー・セブン閥で固めるため、また息子のムハンマドを将来の王に据えるためのものであり、ムクリンの退任は表向きは自身の希望による辞任であるが実際はサルマーンによる解任であるとされた[2]

ムハンマドは、健康に問題を抱えるサルマーンの代理として、従来のアメリカパキスタン中華人民共和国[15]に加えてロシアフランスにも接近するサウジの外交政策を委ねられているとされ、2015年6月にロシアで開催された「サンクトペテルブルク国際経済フォーラム2015」にアリ・ヌアイミ石油鉱物資源大臣やジュベイル外務大臣らを伴って訪問し、エネルギー宇宙開発原子力、投資分野における6件の合意書に署名した。この際、シリア内戦におけるシリアアサド政権への各々の立場についても話し合ったと見られ、7月にはロシアの仲介でアサドの情報顧問アリ・マムルーク英語版と会談し、ライバルの地域大国イランがシリア内戦から手を引けばアサド政権の存続を認める意向を伝えたとされている。同年6月、フランスを訪問し初の「フランス・サウジ合同委員会」を開催、120億ドル分の兵器を発注し原子力発電所建設に関わる合意書にも署名した。同年9月、ムハンマドはサルマーンに同行して訪米したが、これに関してワシントン・ポストは同年9月8日付のコラムで、将来的にムハンマドが王太子のムハンマド・ビン・ナーイフを飛び越えて第8代国王に即位する可能性を示唆した[3][16]。前政権でバンダル・ビン・スルターンらが推し進めた中国との経済的軍事的協力関係もアジアインフラ投資銀行(AIIB)への加盟や初の合同演習を行うなど強化し[17][18][19]、中国から購入した無人攻撃機自走砲をイエメンに投じ[20][21][22]弾道ミサイルや核施設の建設でも協力を受けているとされる[23][24]。また、伝統的な友好国であるパキスタンも重視し、イスラム協力機構(OIC)の条約を根拠に2015年12月にイランやシリアといったシーア派諸国を除くイスラム圏34か国と対テロ連合イスラム軍事同盟英語版を発足させ[25]、初代最高司令官に前パキスタン陸軍参謀長のラヒール・シャリーフ英語版を任命した[26]。パキスタンも加盟する中露主導の上海協力機構にも参加を申請し[27]、対話パートナーとしての参加を認められた[28]

2015年秋に王族内で、ムハンマドが事実上統治を代行している現行のサルマーン体制を非難する怪文書が出回り、この中でムハンマドは「サウジアラビアを政治的にも経済的にも軍事的にも破局に導いている。」と非難された。ムハンマドが独断専行的に「サウジアラビア版サッチャー革命」と評されるような急進的な経済改革プランを志向していることやイエメンへ軍事介入していることが非難の的となった。またイエメン介入に関しては、同年12月にドイツ諜報機関連邦情報局が「ムハンマドが自らをアラブの指導者として見せ付けるために、独断的に衝動的なイエメンへの介入政策を繰り返しており、これに対して王族内で不満が高まっており、サウジの体制に危機が迫っている。」とする分析結果を公表した[29][30][31]

2016年1月、サウジが国内のシーア派指導者・ニムル師処刑アラビア語版すると、これにシーア派のイランが反発し駐イランのサウジ大使館が群衆に襲撃された。これを受けてサウジはイランと国交断絶したが、一連のサウジ側の決定は、ムハンマドが軍事・外交で実権を握った影響もあるとされる[32]。この件でムハンマドはアメリカのケリー国務長官からイランとの関係を修復するよう電話を受けた[33]

同年8月31日から9月2日まで訪日し、明仁皇太子徳仁親王安倍晋三内閣総理大臣稲田朋美防衛大臣と会談し、経済・安全保障分野での二国間協力に関する覚書を交わした。この訪日は翌年のサルマーン国王の訪日の地ならしでもあった[34]

王太子として

[編集]

2017年6月、サルマーン国王の勅命によりムハンマド・ビン・ナーイフ王太子が解任され、ムハンマドが王太子に昇格し王位継承者となった[35]。同時に第一副首相となり、国防相などのポストは継続する[35]。また、同時期、2017年カタール外交危機が起き、サウジアラビアはカタールと国交断絶した。

2017年10月24日、リヤドで開かれた経済フォーラムに台臨。フォーラムの演説の中で、過激なイデオロギーを倒して「より穏健なイスラム」に立ち返る政治方針を示した[36]

サウジアラビアを支えてきた石油資源に依存しない経済・社会を目指した改革(ビジョン2030)を進めている。生活や仕事は夜型で、午前0時過ぎに省庁幹部の携帯電話を鳴らして、業務の進捗を問うこともしばしばあるという[37]

2017年11月、ムハンマドが率いる反汚職委員会が、ムトイブ王子(国家警備相)やアルワーリド王子ら王子11人を含む複数の閣僚経験者を逮捕した。表向きは汚職容疑であるがムハンマドが志向する急進的な改革に対する抵抗勢力を潰すためであると観測された[38]

2018年3月のアメリカ合衆国訪問を前に米CBSテレビとのインタビューに応じ、「サウジアラビアは核爆弾を持つことを望んでいないが、イランが核兵器を開発すれば、それに従うことになる」と語った[39]

2018年10月にムハンマドに批判的だったジャーナリストのジャマル・カショギが在イスタンブールのサウジアラビア領事館内にて殺害されるという事件が発生し、アメリカ合衆国の情報機関はムハンマドが殺害計画を承認していたと認定、国際的な批判を受けることとなった(後述)。

2019年2月、パキスタンと中国を訪問し、パキスタンを訪れたムハンマドは一帯一路構想による開発が進むグワーダルの製油所建設などの合意書に署名し[40][41]、訪中の際はテロとの戦いに必要な中国の措置を支持すると述べて新疆ウイグル自治区での人権弾圧を容認するものとして物議を醸した[42]。同年7月の国際連合人権理事会では日本などの22か国が中国の新疆ウイグル再教育キャンプなどを非難した共同書簡に対抗して中国を擁護する書簡を公開したロシア、シリア、イラン、カタールなどの50か国にサウジも加わった[43][44][45]。また、サウジアラビアの主導するイスラム協力機構もムスリムに対する中国の措置への「称賛」を表明した[46][47]

2020年3月6日、OPEC+の会合で追加減産を拒否したロシアと対立したサウジアラビアのエネルギー相であるアブドゥルアズィーズ・ビン・サルマーン・アール=サウード王子は「今日という日を後悔するだろう」と述べて増産を表明して1991年湾岸戦争以来最大の原油価格の暴落を引き起こし[48][49]、「石油価格戦争」「原油価格戦争」(2020年ロシア・サウジアラビア石油価格戦争英語版)と呼ばれる様相を呈した[50][51][52][53][54]。アメリカのインターナショナル・オイル・デーリー紙などはアブドルアズィーズ・エネルギー相に「もっと強烈な減産強化策を出せ。ロシアが反対したら、こちらの減産も打ち止めにする」と指示したムハンマド・ビン・サルマーン王太子の意向と報じられたが[55]、翌4月に新型コロナウイルス感染症の流行による原油市場の低迷の影響もあってOPEC+は減産で合意した[56]

2020年11月、ムハンマドはチャリティファンドを通じて、日本のゲームメーカーであるSNKの株式3割超を取得した[57]。後に同社株の株式公開買付け(TOB)を経て[58]、保有比率を96%以上に引き上げた[59][60]。なお、ムハンマドは2022年9月現在、任天堂スクウェア・エニックスカプコンアクティビジョン・ブリザードエレクトロニック・アーツなどのゲーム企業株式も保有していることが報じられている[61]

2022年9月27日、サルマーン国王の勅令により内閣改造が行われ、ムハンマドは首相に昇格した[62]。ただしサウジアラビアの法律では国王が首相を兼務するとされており、例外措置が取られた[63]カショギ暗殺事件が影を落とした人事とされる(後述)。

2022年11月1日にアルジェリアで開催されるアラブ連盟首脳会議には、長時間のフライトが中耳に悪影響を与える可能性を懸念した医師の助言に従って欠席し、ファイサル英語版外相がサウジアラビア代表団を率いることとなった[64]

2023年10月11日、中国の仲介で国交正常化したイランエブラーヒーム・ライースィー大統領とムハンマドは国交回復後初の電話会談を行った[65]。同年11月11日、ライースィー大統領はサウジアラビアを訪問してムハンマドと会談した[66]

2024年5月20日より日本を訪問し、徳仁岸田文雄首相との会談を予定していたが、サルマーン国王が肺炎の治療を受ける事に伴い、急遽訪日を延期する事となった[67]

2025年1月22日、アメリカで第2次トランプ政権が発足したことを受けて電話会談を申し入れた。ドナルト・トランプが大統領に復帰して初めて会談を行った外国首脳となった[68]

2025年9月17日、サウジアラビアを訪問したパキスタンのシャバーズ・シャリフ首相と会談してムハンマドは軍事同盟である戦略的相互防衛協定英語版に署名した[69]。パキスタンがサウジに核の傘を提供する可能性が報じられた[70]

国内の解禁

[編集]

イスラム圏の国でも極めて厳粛で戒律の厳しいサウジアラビアであるが、アニメ好きであることもあり[71]、2018年以降は映画やアニメなど多くの文化や戒律がムハンマドによって解禁されつつある。また性別で分けない映画館や女性の車の運転などが解禁されている[72]

ミスク財団

[編集]

ムハンマド王太子により人材育成などを目的に設立した非営利団体。傘下のElectronic Gaming Development CompanyはSNK株の多数を保有し[73]マンガプロダクションズ東映アニメーションと共同でジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語などの制作やグレンダイザーU[74]キャプテン翼 (第4作)[75]などの配給を行う。

カショギ暗殺事件への関与

[編集]

2018年10月、ジャーナリストのジャマル・カショギがトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア領事館に入館後に行方不明になるという事件が発生し、トルコ政府は「カショギがサウジアラビア領事館の中で殺害されたという証拠を持っている」と述べ[76]、オンラインニュースサイトの「ミドル・イースト・アイ」は、ムハンマドのボディガードが実行犯であると報じた[77]。11月16日、米紙ワシントン・ポストは消息筋の話として、米中央情報局(CIA)はカショギ殺害事件の黒幕はムハンマド・ビン・サルマーン王太子だと結論付けたと報じた[78]。ただしドナルド・トランプ政権は報告書の公表を拒み続けた[79]

2019年6月26日には国際連合人権理事会にて、ムハンマドがカショギ殺害を指示した確かな証拠があると報告された[80]。2021年2月、アメリカ合衆国の情報機関はムハンマドがカショギを身柄拘束または殺害する計画を承認していたとする報告書を提出し、サウジアラビア政府は内容を否定している[81][79]

2020年8月7日、殺害事件を審理するサウジアラビアの裁判所は被告8人に7年から20年の禁錮刑を言い渡し確定したが、ムハンマドの責任が問われることはなかった[82]。2020年10月、カショギの婚約者ハティージェ・センジス(Hatice Cengiz)がワシントンD.C.連邦地方裁判所に対してムハンマドの責任を問う民事訴状を提起し、裁判所はジョー・バイデン政権に対し、ムハンマドが主権免除によって保護される対象かどうかを判断するよう求めた。回答期限が2022年10月3日に迫る中、9月27日にはサルマーン国王がムハンマドを首相に任命したが、これはバイデン政権に釘を刺す狙いもあったとされる[83]。11月17日にバイデン政権はムハンマドに免責が与えられるべきだとの判断を示した[84]。裁判所もこれを認め、12月6日に婚約者の訴えを棄却した[85]

脚注

[編集]
  1. 1 2 Council of Ministers: Membership (英語). The Royal Embassy of Saudi Arabia. 2012年6月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年3月15日閲覧。
  2. 1 2 中東かわら版 No.16 サウジ:ムクリン皇太子の辞任、ムハンマド・サルマーン国防相の副皇太子就任 中東調査会 2015年4月30日
  3. 1 2 ムハンマド・ビン・サルマン副皇太子の外交デビューと王族内王族批判 一般財団法人中東協力センター ニュース 2015・10
  4. サウジ皇太子が来日、日本アニメ好きの一面も 「MBS」どんな人? 朝日新聞 2024年5月20日
  5. Profile of Prince Mohammed bin Salman - Defense Minister of Saudi Arabia Retrieved 30 March, 2015
  6. Prince Mohammed bin Salman Archived 2015年1月28日, at the Wayback Machine. Retrieved from misk.org
  7. “Prince Sultan arrives to Bahrain to attend Bahrain Grand Prix”. Bahrain News Agency. 22 April 2012. 2012年4月23日閲覧.
  8. “Leadership’s trust in me is my motivation – Muhammad”. Saudi Gazette. 3 March 2013. 2014年8月20日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2013年3月2日閲覧.
  9. “Prince Mohammad appointed president of crown prince court”. Saudi Business News. 2 March 2013. 2013年3月2日閲覧.[リンク切れ]
  10. “Prince Mohammed bin Salman appointed Special Advisor to Crown Prince”. Asharq Alawsat. 3 March 2013. 2013年4月12日閲覧.
  11. Chairman of the Board”. MISK. 2015年1月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月25日閲覧。
  12. 中東かわら版 サウジアラビア:ムハンマド・ナーイフ内相の副皇太子任命 中東調査会 2015年1月24日
  13. Simeon Kerr (30 January 2015). “Saudi king stamps his authority with staff shake-up and handouts”. Financial Times. Riyadh. 2015年2月1日閲覧.
  14. “サウジなど10カ国がイエメン軍事介入、武装組織に空爆開始”. ロイター. 2015年3月26日.
  15. “China, Saudi Arabia upgrade diplomatic ties as Riyadh seeks new allies”. SCMP. 2016年4月27日. 2016年4月27日閲覧.
  16. “弱冠30歳の次期サウジ国王候補父と共に訪米”. WEDGE Infinity. 株式会社ウェッジ. 2015年10月9日.
  17. “China, Saudi Arabia launch joint naval exercise - media”. ロイター. 2019年11月20日. 2019年11月30日閲覧.
  18. “China holds first anti-terror drills with Saudi Arabia”. ロイター. 2016年10月27日. 2019年7月17日閲覧.
  19. “China willing to advance military relations with Saudi Arabia: Defense Minister”. Chinamil. 2016年8月31日. 2016年10月30日閲覧.
  20. “For the First Time, Chinese UAVs Are Flying and Fighting in the Middle East”. ポピュラーメカニクス. 2015年12月22日. 2018年8月30日閲覧.
  21. “Saudi Arabia Buying and Building Chinese Armed Drones”. AINonline. 2017年4月12日. 2018年8月30日閲覧.
  22. Saudis Use Chinese-made Cannons in Yemen”. ポピュラーサイエンス (2015年4月21日). 2019年6月14日閲覧。
  23. サウジ、中国の支援で弾道ミサイル開発加速か 米諜報 CNN EXCLUSIVE”. CNN (2019年6月6日). 2019年6月9日閲覧。
  24. サウジが核開発プログラムを強化、中国が背後で支援”. ウォール・ストリート・ジャーナル (2020年8月5日). 2021年1月5日閲覧。
  25. “Joint statement on formation of Islamic military alliance to fight terrorism”. アッ・リヤド. 2015年12月15日. 2017年4月11日閲覧.
  26. https://www.geo.tv/latest/135494-Pakistan-allows-General-Retd-Raheel-Sharif-to-lead-Saudi-led-military-alliance
  27. В МИД рассказали о странах, которые хотят участвовать в работе ШОС”. RIAノーボスチ (2019年8月15日). 2019年9月14日閲覧。
  28. “イラン、中ロ主導組織加盟へ 上海協力機構が合意”. 日本経済新聞. 2021年9月17日. 2021年9月18日閲覧.
  29. “ドイツ諜報機関にダメ出しされたサウジアラビア”. JB PRESS. 2015年12月11日.
  30. “サウジアラビアを崩壊に導く独断専行の副皇太子”. JB PRESS. 2016年1月15日. p. 4.
  31. “サウジアラビアを崩壊に導く独断専行の副皇太子”. JB PRESS. 2016年1月15日. p. 5.
  32. “国内治安を優先 断交発表、イラン孤立化も狙う”. 毎日新聞. 2016年1月5日. 2016年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2024年1月15日閲覧.
  33. “サウジ・イラン断交 米露、仲介に動く…早期修復狙う”. 毎日新聞. 2016年1月5日.
  34. №88 サウジアラビア:ムハンマド・サルマーン副皇太子のアジア歴訪(2) 中東かわら版 公益財団法人中東調査会 2016年9月7日
  35. 1 2 サウジアラビア、ムハンマド副皇太子が皇太子に昇格=国営通信”. ロイター日本語版. トムソン・ロイター. 2017年6月21日閲覧。
  36. “サウジ皇太子、「より穏健なイスラム」を改めて主張”. CNN. 2017年10月25日.
  37. “【アラブの春7年もがく若者】(中)資源国家サウジの苦悩”. 日本経済新聞朝刊(国際面). 2018年3月30日.
  38. “サウジ、著名投資家の王子ら逮捕 抵抗勢力潰しか”. 日本経済新聞. 2017年11月5日.
  39. “サウジ皇太子「イラン核武装ならサウジも追随」”. 日本経済新聞. 2018年3月15日.
  40. “Saudi Crown Prince Signs $20B in Investment Deals in Pakistan”. ボイス・オブ・アメリカ. 2019年2月18日. 2019年2月24日閲覧.
  41. “サウジ皇太子、中国に急接近 対米「共同戦線」の思惑”. ウォール・ストリート・ジャーナル. 2019年2月23日. 2019年2月24日閲覧.
  42. Saudi crown prince defends China's right to fight 'terrorism'”. アルジャジーラ (2019年2月23日). 2019年6月27日閲覧。
  43. ウイグル問題で中国擁護、ロシアなど37か国が国連に書簡”. AFPBB (2019年7月13日). 2019年7月14日閲覧。
  44. Saudi Arabia and Russia among 37 states backing China's Xinjiang policy”. ロイター. 2019年7月13日閲覧。
  45. Fifty ambassadors throw weight behind China on Xinjiang”. Global Times (2019年7月27日). 2019年8月7日閲覧。
  46. With Pressure and Persuasion, China Deflects Criticism of Its Camps for Muslims”. ニューヨーク・タイムズ (2019年4月8日). 2019年9月14日閲覧。
  47. Organisation of Islamic Cooperation ‘commends’ China for its treatment of Muslims”. Hong Kong Free Press (2019年3月14日). 2019年9月14日閲覧。
  48. “ロシアとサウジの対立で原油暴落、米国勢も資金に課題”. 日経BP. 2020年3月19日. 2020年4月2日閲覧.
  49. “原油一時31%急落、湾岸戦争以来の大幅安-OPECプラス決裂で”. ブルームバーグ. 2020年3月9日. 2020年4月2日閲覧.
  50. “原油価格戦争” 産油国の真のねらいとその舞台裏は?”. NHK. 2020年3月23日. 2020年4月2日閲覧.
  51. “サウジはなぜ「原油戦争」に踏み切ったのか”. ウォール・ストリート・ジャーナル. 2020年3月11日. 2020年4月2日閲覧.
  52. “燃え上がる「原油価格戦争」 協調減産、3月末打ち切り”. 時事通信. 2020年3月31日. 2020年4月2日閲覧.
  53. “トランプ大統領、石油価格戦争には「適切な時期」に介入すると表明”. ブルームバーグ. 2020年3月20日. 2020年4月2日閲覧.
  54. “トランプ氏、ロ・サウジの石油戦争「適切な時期」に介入へ”. ロイター. 2020年3月20日. 2020年4月2日閲覧.
  55. “サウジ、欧州向け原油8ドル値引き ロシアたたきに価格戦争”. 日本経済新聞. 2020年3月18日. 2020年4月2日閲覧.
  56. “原油価格戦争に終止符、OPECプラスが減産で歴史的合意”. ブルームバーグ. 2020年4月11日. 2020年8月5日閲覧.
  57. Joe, Skrebels (2020年12月1日). 物議を醸したサウジアラビアの皇太子が大量のSNK株を取得、単独過半数も視野に”. IGN Japan. 2022年9月29日閲覧。
  58. 日本の企業ではあるが、韓国KOSDAQ市場に上場していた。
  59. サウジアラビア企業、KOSDAQ上場でゲームコンテンツ事業のSNKをTOBで子会社化へ”. M&A Online (2021年12月20日). 2022年11月23日閲覧。
  60. 「餓狼伝説」「龍虎の拳」を開発したSNKの株式の96%以上をサウジアラビア皇太子財団が所有していることが判明”. GIGAZINE (2022年4月6日). 2022年9月29日閲覧。
  61. みお (2022年9月29日). SNK筆頭株主のムハンマド皇太子がサウジアラビア首相に就任―任天堂、カプコン、スクエニなどの株も保有”. Game*Spark. 2022年9月29日閲覧。
  62. “サウジ首相にムハンマド皇太子 記者殺害関与疑いの過去も”. 産経新聞. 2022年9月28日. 2022年9月28日閲覧.
  63. “サウジ国王、皇太子を首相に指名 例外措置で権力委譲前進”. 時事ドットコム. 2022年9月28日. 2022年9月28日閲覧.
  64. “サウジ皇太子、アラブ首脳会議欠席へ 医師の助言受け”. ロイター. 2022年10月24日. 2022年10月24日閲覧.
  65. “イラン・サウジ両首脳が電話会談、国交再開後初”. ロイター. 2023年10月12日. 2025年9月23日閲覧.
  66. “イラン大統領がサウジ訪問、国交正常化の合意後初めて…皇太子とガザ情勢など協議”. 読売新聞. 2023年11月13日. 2025年9月23日閲覧.
  67. “サウジアラビア・ムハンマド皇太子、来日延期 林官房長官が発表”. 日本経済新聞. 2024年5月20日.
  68. トランプ氏、ムハンマド皇太子と電話会談 就任後言葉交わした最初の外国首脳か”. CNN (2025年1月23日). 2025年1月23日閲覧。
  69. “サウジとパキスタン、相互防衛協定に署名”. 朝日新聞. 2025年9月18日. 2025年9月23日閲覧.
  70. “サウジと相互防衛協定 「核の傘」提供の可能性―パキスタン”. 時事通信. 2025年9月18日. 2025年9月23日閲覧.
  71. “「ワンピース」ファンの皇太子が進める改革 サウジアラビアの光と影”. 毎日新聞. 2022年11月25日. 2026年6月16日閲覧.
  72. サウジアラビアで“性別で席を分けない”初の映画館がオープン!”. cinemacafe.net (2018年4月5日). 2023年12月2日閲覧。
  73. “「餓狼伝説」「龍虎の拳」を開発したSNKの株式の96%以上をサウジアラビア皇太子財団が所有していることが判明”. GIGAZINE. 2022年4月6日.
  74. “グレンダイザーが新しいアニメシリーズで復活、サウジアラビアのマンガプロダクションズが世界に配信”. PR TIMES. 2023年8月6日.
  75. “サウジ・マンガプロダクションズ「キャプテン翼」の中東・北アフリカ独占配信権獲得”. アニメーションビジネス・ジャーナル. 2023年9月28日.
  76. “Turkey 'has recording proving Saudi murder'. BBC News. 2018年10月13日.
  77. “EXCLUSIVE: Seven of bin Salman's bodyguards among Khashoggi suspects”. Middle East Eye. 2018年10月17日.
  78. “カショギ氏殺害の黒幕はサウジ皇太子、CIAが結論 米紙報道”. AFP. 2018年11月17日.
  79. 1 2 “サウジ皇太子、カショギ記者殺害を承認 米が報告書”. ロイター. 2021年2月27日. 2022年9月29日閲覧.
  80. “記者殺害は「サウジの責任」、国連報告者が明言”. 日本経済新聞. 2019年6月27日. 2019年6月27日閲覧.
  81. “トルコ、サウジ記者殺害事件の訴訟をサウジに移送 幕引きの可能性”. CNN.co.jp. CNN. 2022年4月8日. 2022年9月29日閲覧.
  82. “サウジ、カショギ氏殺害で被告8人に禁錮7─20年の判決 死刑を減刑”. ロイター. 2020年9月8日. 2022年9月29日閲覧.
  83. “Mohammed bin Salman named prime minister ahead of Khashoggi lawsuit”. The Guardian. ガーディアン. 2022年9月27日. 2022年9月29日閲覧.
  84. “米政権、サウジ皇太子は免責と判断 殺害された記者の婚約者による訴訟で”. CNN. 2022年11月18日. 2022年12月7日閲覧.
  85. “記者殺害巡る訴え棄却 サウジ皇太子に免責―米連邦地裁”. 時事ドットコム. 2022年12月7日. 2022年12月7日閲覧.

外部リンク

[編集]

ウィキメディア・コモンズには、ムハンマド・ビン・サルマーンに関するカテゴリがあります。

公職
先代
サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ
サウジアラビア首相
2022年9月27日 –
現職
先代
ムハンマド・ビン・ナーイフ
サウジアラビア第一副首相
2017年6月21日 – 2022年9月27日
次代
(空席)
先代
ムハンマド・ビン・ナーイフ
サウジアラビア第二副首相
2015年4月29日 – 2017年6月21日
次代
(空席)
先代
サルマーン
国防相
2015年1月23日 –
次代
現職
先代
Khaled al-Tuwaijri
王宮府長官
2015年1月23日 – 2022年9月27日
次代
(空席)
サウジアラビア王室
先代
ムハンマド・ビン・ナーイフ
サウジアラビア副皇太子
2015年4月29日 – 2017年6月21日
次代
(空席)
先代
ムハンマド・ビン・ナーイフ
サウジアラビア皇太子
2017年6月21日 –
現職