ムクリン・ビン・アブドゥルアズィーズ

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ムクリン
مقرن
Muqrin bin Abdulaziz Al Saud.gif

全名 ムクリン・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール=サウード
مقرن بن عبدالعزيز آل سعود
出生 (1945-09-15) 1945年9月15日
サウジアラビアの旗 サウジアラビアリヤド
死去 (2017-11-05) 2017年11月5日(72歳没)
父親 アブドゥルアズィーズ・イブン・サウード
母親 バラカ英語版
宗教 イスラム教ワッハーブ派
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ムクリン・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール=サウードアラビア語: مقرن بن عبدالعزيز آل سعود‎ 、Muqrin bin Abdulaziz Al Saud、1945年9月15日 - 2017年11月5日)はサウジアラビア政治家王族サウード家の一員で、初代国王アブドゥルアズィーズ・イブン・サウードの35男。第7代国王サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズの異母弟。元皇太子兼副首相、元国王特使、元国王顧問。

来歴[編集]

軍人[編集]

空軍時代のムクリン。

1945年9月15日、初代国王アブドゥルアズィーズと18番目の配偶者のバラカとの間に生まれる[1][2]1968年イギリスのクランウェル王立空軍大学で中尉に任官し、航空工学の学位を取得[3]1974年アメリカ合衆国参謀コースの修士を取得[4]1965年サウジアラビア空軍に入隊し、1970年に第2飛行隊長や作戦参謀を務め、1980年に空軍を除隊した[5]

政治家[編集]

1980年3月18日にハーイル州知事に就任。1999年11月24日、兄アブドゥル・マジードの後任としてマディーナ州知事に就任[6]ファハド国王はムクリンに対し、マディーナ州で発生した反政府・反王室デモを鎮静化させるため街の近代化を行うように指示した[7]。指示を受けたムクリンは、マディーナ州の医療・教育政策を推進した[8]

2005年10月22日、サウジアラビア総合情報庁長官に就任。2007年アルカーイダによるサイバーテロ対策のための会議を開き、国民への注意喚起を促すためのウェブサイト開設を決定した[9]。また、2009年に結成されたアラビア半島のアルカーイダに対処するため組織の改編を実行した[10]。これらの活動により、ムクリンはサウジアラビア国内からイスラム過激派を排除することに成功した[11]

長官在任中はパキスタンの政治に積極的に介入し、パルヴェーズ・ムシャラフナワーズ・シャリーフベーナズィール・ブットーの政治的和解のために尽力した[12][13]

2012年7月19日に長官を退任し、同日中に国王顧問、国王特使に就任。就任後は東南アジア外交を担当した[14]

2013年2月1日、アブドゥッラー国王より第二副首相に任命される。2014年3月27日には、サウジアラビア史上初のポストとなる副皇太子に指名される[15]

2015年1月23日、アブドゥッラー国王の死去とサルマーンの国王即位に伴って皇太子、副首相に指名されたが[16]、同年4月29日、サルマーン国王の勅命により皇太子兼副首相、国王顧問、国王特使を解任された。アブドゥッラー派だったムクリンを権力の核心から遠ざけ、国王の周辺をスデイリー・セブン派で固める意向による解任とみられた[17]。これと引き換えにムクリンの息子のマンスールが国王顧問に就任したが、中東調査会は、これを「とってつけたかのような配慮」と評し、サルマーン国王の露骨なスデイリー・セブン派への権力集中人事により王族内の結束が崩れる可能性を提起した[18]。なおマンスールについては、汚職容疑でサルマーン国王とムハンマド皇太子の急進的な改革に対する抵抗勢力とみられるムトイブ王子(国家警備相)やアルワーリド王子ら11人の王子や複数の閣僚経験者の逮捕が報じられた2017年11月5日に、乗っていたヘリコプターが墜落し死亡したと報じられた[19]

人物[編集]

マディーナ州知事や総合情報庁長官としての手腕から次期国王候補の一人と見られていたが、母バラカがイエメン出身だったため、他の国王候補と比べ注目度は高くはなかった[9][20][21][22]。しかし、2013年に第二副首相に就任して以降、有力な国王候補として注目されるようになった[23]

マディーナ州知事時代に、当時女性協議会の会長を務めていたアブタと結婚し、14子をもうけている[24]。また、文学天文学を好み、数千冊の書籍を所有している[6]

脚注[編集]

  1. ^ Iqbal Latif (2012年6月16日). “Two Down and One to Go — Prince Salman will be the last of Sudairi Seven!”. Newsvine. オリジナルの2013年2月19日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20130219023422/http://iqballatif.newsvine.mobi/_news/2012/06/16/12255694-two-down-and-one-to-go-prince-salman-will-be-the-last-of-sudairi-seven 2012年6月25日閲覧。 
  2. ^ “With Prince Muqrin’s Appointment, Saudi Succession Crisis Looms”. The Daily Beast. (2013年2月3日). http://www.thedailybeast.com/articles/2013/02/03/with-prince-muqrin-s-appointment-saudi-succession-crisis-looms.html 2013年2月12日閲覧。 
  3. ^ “Saudi king appoints his advisor as prime minister’s second deputy”. Al Arabiya. (2013年2月1日). http://english.alarabiya.net/articles/2013/02/01/263802.html 2013年2月1日閲覧。 
  4. ^ “Profile: Prince Muqrin bin Abdulaziz”. Asharq Alawsat. (2013年2月2日). オリジナルの2013年1月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130130152901/http://www.asharq-e.com/news.asp?section=3 2013年2月3日閲覧。 
  5. ^ Crown Prince Muqrin bin Abdulaziz”. Royal Embassy. 2015年1月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年2月4日閲覧。
  6. ^ a b General President”. Kingdom of Saudi Arabia. General Intelligence Presidency. 2011年11月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年2月4日閲覧。
  7. ^ Prince Muqrin bin Abdulaziz Al Saud”. C. Ayoub World News (2011年10月28日). 2015年2月4日閲覧。
  8. ^ Al Mulhim, Abdulateef (2013年2月9日). “Prince Muqrin: A pilot, an astronomer and a politician”. Arab News. http://www.arabnews.com/prince-muqrin-pilot-astronomer-and-politician 2015年2月4日閲覧。 
  9. ^ a b “FACTBOX — Key players in the ruling Saudi family”. Reuters. (2010年11月22日). http://in.reuters.com/article/2010/11/22/idINIndia-53078820101122 2015年2月4日閲覧。 
  10. ^ Saudi Arabia: National Security in a Troubled Region. ABC-CLIO. http://books.google.com.tr/books?id=1OpmRrNzFHgC&pg=PA127&lpg=PA127&dq=prince+muqrin+and+succession&source=bl&ots=0EIyhpcj9e&sig=gwgDfasDvanVheC6vVc-RNe2dN0&hl=en&sa=X&ei=rx--T53HB8_44QT_oNlv&redir_esc=y#v=onepage&q=prince%20muqrin%20and%20succession&f=false 
  11. ^ “New appointment clarifies line of succession in Saudi Arabia”. IHS Global Insight. (4 February 2013). http://www.ihs.com/products/global-insight/industry-economic-report.aspx?id=1065975850 2015年2月4日閲覧。. 
  12. ^ “Saudi spy chief meets Musharraf, Nawaz Sharif”. Daily Times. (2008年8月16日). オリジナルの2012年10月23日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121023203231/http://www.dailytimes.com.pk/default.asp?page=2008%5C08%5C16%5Cstory_16-8-2008_pg1_4 2015年2月4日閲覧。 
  13. ^ “Saudi Arabia’s Ailing Gerontocracy”. David Ottoway. (2010年12月1日). http://www.davidottaway.com/?p=15 2015年2月4日閲覧。 
  14. ^ Kapoor, Talal (2012年8月8日). “The Return of Bandar bin Sultan (Commentary)”. Datarabia. 2012年8月9日閲覧。
  15. ^ “サウジ王室、若返り進まず 68歳の「副皇太子」を指名”. 日本経済新聞. (2014年5月30日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM0304Q_U4A400C1FF1000/ 2015年2月4日閲覧。 
  16. ^ “サウジ、国王死去後に即日、新指導体制決定 後継争い危機の芽摘む”. 産経ニュース (産経新聞). (2015年1月23日). http://www.sankei.com/world/news/150123/wor1501230051-n1.html 2015年2月4日閲覧。 
  17. ^ 皇太子にムハンマド内相=近親者で基盤固め-サウジ国王 時事ドットコム 2015年4月29日
  18. ^ 中東かわら版 2015年4月30日(pdf)
  19. ^ サウジ王子、ヘリ墜落で死亡 対イエメン国境付近 AFP 2017年11月6日
  20. ^ After Sultan: Saudi Crown Prince Incapacitation Trigger Instability of Absolute Monarchy”. Institute for Gulf Affairs. 2015年2月4日閲覧。
  21. ^ “The awkward question of Saudi succession”. MEED. (2011年10月23日). http://www.meed.com/sectors/economy/government/the-awkward-question-of-saudi-succession/3112505.blog 2015年2月4日閲覧。 
  22. ^ Saudi Arabia: Between Terror and Reform. オリジナルの2013年9月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130921175611/http://ipac.kacst.edu.sa/edoc/2006/157356_1.pdf 2015年2月4日閲覧。. 
  23. ^ “Saudi Prince Muqrin becomes third in line to throne”. BBC. (2013年2月1日). http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-21293192 2015年2月4日閲覧。 
  24. ^ Saudi Arabia: A brief guide to its politics and problems. (September 2003). http://www.mafhoum.com/press6/162P53.htm 2015年2月4日閲覧。.