フーシ
フーシ[1]またはフシ[2](アラビア語・単数での呼称:اَلْحَوِثِيّ(al-Ḥūthī, 文語発音:アル=フースィー)、複数による集団としての名称:اَلْحُوثِيُّون(al-Ḥūthīyūn, アル=フースィーユーン、英字表記例:Houthi[3])こと、アンサール・アッラー(アラビア語: أَنْصَارُ ٱللهِ, Anṣār Allāh, 実際の発音:アンサール・ッラー、英語: Ansar Allah、日本語で「神の支持者」を意味する)[4][5]は、イエメン北部サアダ県から発展し、北部を拠点に活動するイスラム教シーア派の一派ザイド派の武装組織である[1]。
カタカナ表記としては上記フーシ、フシの他、フーシー、ホーシー、ホーシ、ホウシ、ホシなどの使用が見られる。
アンサール・アッラー أَنْصَار ٱللَّٰه | |
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イエメン内戦に参加 | |
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活動期間 | 1994年- |
活動目的 |
反帝国主義 民族統一主義 反シオニズム イエメン・ナショナリズム 反米 |
指導者 |
フセイン・バドルッディーン・フーシ † アブドルマリク・フーシ |
活動地域 |
イエメン サウジアラビア |
関連勢力 |
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敵対勢力 |
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来歴[編集]
1990年代にイエメン北部を基盤とするザイード派宗教運動「信仰する若者」が発展し、フセイン・バドルッディーン・フーシ師が中核となるが、2004年9月に治安当局により殺害され、「フーシ派」と呼ばれるようになる。この呼称は敵対者が用いる呼称(つまり蔑称)であり、組織の正式な呼称は「アンサール・アッラー」である[4]。現指導者はフセインの異母弟であるアブドルマリク・アル・フーシ[6][7](1982年生まれ)。アブドルマリクが指導者に就いたころに現在の正式呼称に落ち着いたとされる[8]。
2004年から2010年までイエメン軍と断続的に戦闘を繰り返す。2011年イエメン騒乱に乗じ、サアダ県を占領して拠点とする。2013年から南部に勢力を伸ばし、2014年9月首都サヌアに侵攻、以来権限拡大を進めてきた。2015年1月、アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー大統領が辞意を表明したことを受けて、政府の実権を完全に掌握、事実上のクーデターを遂げた[2]。2月にハーディー大統領が辞意を撤回したため現在イエメン軍及びそれを支援するサウジアラビア主導の連合軍と内戦中(詳細はイエメン内戦 (2015年-)を参照)。
スローガンは「神は偉大なり。アメリカに死を。イスラエルに死を。ユダヤ教徒に呪いを。イスラムに勝利を」[4]であり、イランとの連携もあってイスラエルに恐怖感を与えている。
国営サバ通信(アラビア語: وكالة الأنباء اليمنية、英語: Saba News Agency)によると、フーシは2015年2月6日、議会を強制的に解散。スンナ派の政党やハーディー前政権の幹部も立ち会う中、「憲法宣言」を発表した。発表された内容は、(1)暫定統治機構として5人からなる大統領評議会を発足させ最長2年間にわたる統治を始める(2)議会に代わる立法機関として、551人で作る暫定国民評議会を設立する(3)大統領評議会構成員候補は、フーシの同意を条件に暫定国民評議会で選ばれる(4)内閣を新たに発足させる(5)現行憲法は「憲法宣言」と矛盾しない範囲で維持される、などとなっている[9][2][10]。
サヌアを含めた北部・中部を実効支配しているが、南部・東部のスンナ派部族はフーシへの反発を強めており[2]、アラビア半島のアルカーイダやISILはフーシへの抗戦や殲滅を呼びかけている[11]。イスラム世界のスンナ派諸国も反発を強めており、サウジアラビアなどのスンナ派諸国の連合軍は国連憲章に基づく自衛権[12]を理由にイエメンへの軍事介入を開始し、スンナ派諸国が多数を占めるアラブ連盟とイスラム協力機構の他、トルコなどの非アラブのスンナ派イスラム諸国も軍事作戦の支持を表明した[13][14][15]。
支配地域の拡大には、イランの協力があるといわれており、首都サヌアではイランの輸送機が頻繁に見られる。
2015年3月2日、第3の都市タイズの支配を固めた[16]。アリー・アブドッラー・サーレハ前大統領とも蜜月関係にあったものの、その後サーレハはサウジに接近。裏切られた形となったフーシは2017年12月4日にサーレハを殺害したことを公表した[17]。
2017年5月、国内のコレラ感染が深刻化したことを踏まえて非常事態を宣言[18]。
越境攻撃[編集]
弾道ミサイルの発射[編集]
2017年11月以降、複数回にわたり周辺国へ弾道ミサイルを発射した。サウジアラビアに向けたとして少なくとも2度発射。1度目はキング・ハーリド国際空港を狙い[19]、2度目はサウジ南西部のハミースムシャイトに向けてたものとなったが、いずれも標的には命中せず、サウジアラビア政府はミサイルを撃墜したと発表した[20]。アラブ首長国連邦に向けては、同国西部で建設中のバラカ原子力発電所に向けて弾道ミサイルを発射。フーシ側は、「標的に命中させた」と主張するもののアラブ首長国連邦は、目標に到達しておらず発射の情報は虚偽と否定している[21]。
フーシは、独力で生産・保有する弾道ミサイルを「ブルカーンH2」と命名して運用しているが、過去に発射した弾道ミサイルの残骸からイラン製弾道ミサイル「ギヤーム1」の部品と同じものが発見されたと報告されている。また、巡航ミサイルについても、公表されたビデオから観察できるミサイルの外見はイラン製の地対地巡航ミサイル「スーマール」(ロシア製巡航ミサイルKh-55を改造したもの)と酷似しており、イランの影響力を示唆するものとなっている[22]。2017年12月14日、アメリカのニッキー・ヘイリー国連大使は、イランが武器を供給している具体的な証拠としてフーシが発射した弾道ミサイルの残骸を提示。武器の供給時期は不明としながらも、イランによる武器の供給が国連安保理決議の違反だと指摘している[23]。
無人機による攻撃[編集]
2021年2月10日、フーシはサウジアラビアのアブハー空港滑走路で民間航空機を無人機を使い攻撃。爆発させて機体に穴をあけた。サウジアラビアは民間機に対するテロ攻撃だとして非難したが、フーシ側は民間機ではなく軍用機だと主張した[24]。
ドローン攻撃[編集]
2022年1月18日、アラブ首長国連邦首都、アブダビでタンクローリーなどを狙ったドローン攻撃を敢行。その後に攻撃声明を発表した。
巡航ミサイルによる攻撃[編集]
2023年10月19日、アメリカ国防総省のライダー報道官は、フーシが発射した3発の巡航ミサイル並びに複数のドローンを紅海北部でアメリカ海軍のミサイル駆逐艦カーニーが撃墜したと明らかにした。ライダー報道官は「標的がなにかはっきりとは言えないが、紅海を北上し、イスラエルに向かっていた可能性がある」と述べた[25][26]。
アメリカの制裁[編集]
2021年1月19日、トランプ大統領は退任間際、親イラン組織であることを理由にフーシをテロ組織に指定した。しかしながら直後に発足したジョー・バイデン政権は、テロ組織指定により物質支援などが制限され、国際連合による和平仲介や人道支援活動への悪影響が出ると問題視。1カ月もたたない2月16日付でフーシ派のテロ組織指定を解除することを発表した。ただしブリンケン国務長官は、指導者ら個人への制裁は継続するとともにフーシ派の行動を変えるよう圧力をかけ続けるとしている[27]。
2022年頃から、中東に展開するアメリカ中央軍は、イランからフーシに向けた軍事支援物資の輸送について関心を払っており、複数の船舶を臨検して多数のアサルトライフルや弾薬などを押収している。2023年、アメリカは押収した武器や弾薬を、ロシアと戦うウクライナに供給することを発表した[28]。
脚注[編集]
- ^ a b “イエメン政府庁舎を反政府勢力が占拠、首相辞任で停戦合意”. AFP (2014年9月22日). 2015年1月24日閲覧。
- ^ a b c d “イエメン:シーア派武装組織が掌握…暫定統治機構開設へ”. 毎日新聞 (2015年2月7日). 2015年2月13日閲覧。
- ^ アラブ人名の英字表記に含まれるたいていの場合「ou」は「オウ」や「オー」ではなく「ウ」もしくは「ウー」を意図している当て字となっている。ただし当人名の場合直前の ح(ḥ)音が喉を使う子音であるため、現地発音では文語ニュース等であってもアル=ホースィーと聞こえることがある。
- ^ a b c イエメン空爆を招いた過激派「フーシ派」の正体 イランとサウジアラビアの代理戦争の行方(前篇)JB Press 2015年4月9日
- ^ 松本 太 - 松本 太 Futoshi Matsumoto 世界平和研究所 主任研究員。東京大学卒。在エジプト大使館参事官、内閣情報調査室国際部主幹、外務省国際情報統括官組織情報官を経て、平成25年より現職。
- ^ “イエメン、民兵が大統領宮殿を制圧 シーア派系ザイド派”. 日本経済新聞 (2015年1月21日). 2015年1月24日閲覧。
- ^ “民兵組織がイエメン大統領宮殿を制圧、公邸を襲撃”. AFP日本語版 (2015年1月21日). 2015年1月24日閲覧。
- ^ 高岡豊 (2017年12月7日). “フーシー派って何?”. Yahoo! News 個人. 2017年12月20日閲覧。
- ^ “Revolutionary Committee issues Constitutional Declaration organizing governance rules during Yemen transitional period”. イエメン国営サバ通信 (2015年2月6日). 2015年2月13日閲覧。
- ^ “イエメン、シーア派民兵組織が政権掌握 米政府など非難”. AFP日本語版 (2015年2月7日). 2015年2月13日閲覧。
- ^ “ISIS gaining ground in Yemen, competing with al Qaeda”
- ^ The Royal Embassy of Saudi Arabia, Washington, DC, USA
- ^ “Arab League's joint military force is a 'defining moment' for region”. Los Angeles Times. (2015年3月29日)
- ^ “OIC supports military action in Yemen”. Arab News. (2015年3月27日)
- ^ “Turkey supports Saudi mission in Yemen, says Iran must withdraw”
- ^ “イエメン情勢Q&A:フーシの侵攻で内戦の瀬戸際”. JB Press. (2015年3月24日)
- ^ “イエメンの反政府武装勢力、サレハ前大統領の「殺害」を発表”. AFPBB News. フランス通信社. (2017年12月4日) 2017年12月4日閲覧。
- ^ “イエメン、コレラの拡大止まらず、1カ月で600人死亡”. 朝日新聞デジタル. (2017年6月3日)
- ^ “ホーシー派によるサウジアラビアのキング・ハーリド国際空港へのミサイル攻撃について”. 外務省 (2017年11月4日). 201-12-09閲覧。
- ^ “サウジ、イエメンからの弾道ミサイルを撃墜”. CNN. (2017年12月1日)
- ^ “建設中の原発にミサイル?=シーア派組織主張、政府は否定”. 時事通信社. (2017年12月3日)
- ^ JSF (2017年12月4日). “UAEの原子力発電所にフーシ派がイラン製巡航ミサイルで攻撃”. 週刊オブイェクト
- ^ “米大使、イラン武器供給の「証拠」提示”. CNN. (2017年12月15日)
- ^ “サウジ民間機を攻撃、炎上 フーシ派、被害不明”. 産経新聞 (2021年2月11日). 2021年2月13日閲覧。
- ^ “米軍が紅海でミサイル撃墜 “イスラエルを攻撃の可能性””. NHK. (2023年10月20日) 2023年10月20日閲覧。
- ^ “米海軍艦、複数のミサイル撃墜 イエメン沿岸付近”. CNN. (2023年10月20日) 2023年10月20日閲覧。
- ^ “米国務長官、イエメン・フーシ派のテロ組織指定解除へ”. 毎日新聞 (2021年2月13日). 2021年2月13日閲覧。
- ^ “米軍、イランから押収の弾薬をウクライナに提供 「支援継続」で”. 毎日新聞 (2023年10月5日). 2023年10月5日閲覧。
参考資料[編集]
- Regime and Periphery in Northern Yemen:The Huthi PhenomenonRand Cooporation,May 2010(無料ダウンロード。約500ページ)(ランド研究所『北イエメンにおけるレジームと周縁』)
- Saadah: The untold story-INfocus-09-28-2011Press TV