2015年イエメン内戦

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イエメン内戦 (2015)
Yemeni Civil War.svg
2016年8月30日の勢力図:
  フーシ派の勢力圏
  大統領派の勢力圏
  AQAP傘下のアンサール・アル・シャリーア勢力圏
2015年-(進行中)
場所 イエメン
衝突した勢力
Flag of Yemen.svg イエメン(フーシ派) Flag of Yemen.svg イエメン(大統領派) ShababFlag.svg アンサール・アル・シャリーア
指揮官
Flag of Yemen.svg Mohammed Ali al-Houthi
Flag of Yemen.svg アリー・アブドッラー・サーレハ
Flag of Yemen.svg Hussein Khairan
Houthis Logo.pngアブドルマリク・フーシ
Flag of Yemen.svg アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー
Flag of Yemen.svg Mahmoud al-Subaihi
ShababFlag.svg Nasir al-Wuhayshi 
ShababFlag.svg Qasim al-Raymi
ShababFlag.svg Nasser al-Ansi 
ShababFlag.svg Ibrahim al-Rubaish 
ShababFlag.svg Khalid Batarfi

2015年イエメン内戦(いえめんないせん)は、2015年からイエメンで進行中の内戦

概要[編集]

アブド・ラッボ・マンスール・ハーディー大統領勢力と、ムハンマド・アリ・アル・フーシを大統領とするフーシ派、そしてアラビア半島のアルカーイダ傘下のアンサール・アル・シャリーア、上記3勢力によるイエメン国内の内戦である。

背景[編集]

フーシ派[編集]

2004年以降、フーシ派はザイド派宗教運動「信仰する若者」の中心人物セイン・バドルッディーン・フーシ師が治安当局により殺害された事で、イエメン北部サウジアラビア国境付近を拠点にイエメン政府に反抗を開始した[1][2]。2000年代では、度重なる停戦協議は有ったものの、何度も無視される結果となった[3][4]2009年湾岸戦争に協力したサウジアラビアを攻撃するために越境攻撃を行ったが、反撃を受け戦力を失い停戦せざるを得ない状況となり、翌年は目立った活動は行っていない[5][6]

アラブの春の余波[編集]

イエメンでは、アラブの春の余波によって2011年イエメン騒乱が発生する。1978年以後、強権的な独裁を続けていたアリー・アブドッラー・サーレハ大統領は国内外の批判と、大統領を狙った砲撃によって負傷したことから大統領職を当時副大統領であったアブド・ラッボ・マンスール・ハーディーに一時委譲し、大統領選挙を行う事を発表[7][8]。大統領選挙にはハーディー元副大統領のみが立候補し、2012年2月25日に大統領に正式に就任した[9][10]

アンサール・アル・シャリーア台頭[編集]

アラブの春の余波による民族・宗教意識の高まり、そして同時に発生したイエメン国内の政情不安定に乗じ、2011年5月アビヤン州州都ジンジバル市を占拠、徐々に周辺の侵略を開始した[11]

2011年から2014年の動向[編集]

フーシ派はハーディー大統領の単独立候補にボイコット[12]、国民対話には参加したものの、ハーディー大統領への最終的な合意支援を差し控えた。一方、フーシ派とスンニ派部族間の衝突から2014年9月22日サナアを占拠し、勢力圏を他の行政区域にも広げ、ハーディー大統領を軟禁し辞任を要求した[13][14]。2009年に戦力が低下したフーシ派であるが、イエメン軍に深いつながりがあるサーレハ元大統領と同盟を結び勢力を拡大した[15]

内戦へ[編集]

2015年1月22日 - フーシ派がクーデターを起こし、ハーディー暫定大統領とハーリド・バハーハ首相が辞任を表明し、政権が崩壊。[16]

2015年2月21日 - ハーディー大統領脱出し、フーシ派の活動を批判した[17]。以後、北部フーシ派とサーレハ元大統領勢力、「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」が支援するアンサール・アル・シャーリア、南部スンニ派とハーディー大統領勢力の三つ巴の戦いとなる。

2015年2月6日 - フーシ派が政権掌握を宣言[16]

内戦の推移[編集]

2015年[編集]

  • 3月25日 - フーシ派がハーディー暫定大統領の拠点である南部の港湾都市アデンへと進撃し、ハーディー暫定大統領は大統領宮殿からボートで脱出[18]。フーシ派がハーディー暫定大統領の捕縛に2000万イエメン・リアル(約1100万円)の報奨金をかけ、行方を追う事態となった[18]
  • 3月26日 - ハーディー暫定大統領を支援するサウジアラビアなどスンナ派のアラブ諸国が空爆を開始[16]。フーシ派はイランが支持し、スンナ派シーア派の構図の内戦となった[16]
  • 7月17日 - ハーディー政権派がフーシ派から、イエメン第2の都市である南部のアデンを奪還したと発表[19]
  • 8月4日 - ハーディー政権派がイエメン最大のアルアナド空軍基地をフーシ派から奪還したと発表[20]
  • 8月11日 - 中東のテレビ局「アルジャジーラ」がハーディー政権派がアビヤン州を制圧したと報道[21]
  • 8月15日 - ハーディー政権派が中部シャブワ州を奪還[22]。5つ目の州の奪還となった[22]。ハーディー政権派はサウジアラビア主導の空爆支援を、アラブ首長国連邦などから武器供与や軍事顧問団の支援を受け、攻勢に転じていると報じられた[22]
  • 8月19日 - アムネスティ・インターナショナルが、イエメンの首都サナアアデンタイズへ攻撃を行っているサウジアラビアを戦争犯罪を行なっているとして非難[23]。アムネスティーによれば、この紛争による死者数は4千人に達しており、そのうち半数が一般住民だという[23]
  • 8月24日 - WFPが「(イエメンの人口の2割以上に当たる)600万人が深刻な食糧難に陥り、緊急支援を必要としている」と指摘[24]。「数百万人規模の飢餓が引き起こされる恐れがある」と警告[24]
  • 9月22日 - サウジアラビアに逃れていたハーディー暫定大統領が、半年ぶりにイエメンに帰還し、イエメン南部の拠点都市アデンに入り、首都奪還に意欲を示した[25]
  • 10月3日 - ジュネーブで開かれた国連人権理事会の通常会期で、オランダが内戦状態のイエメンへの調査団派遣を求める決議案を提出したが、イエメンで空爆を続ける紛争当事国のサウジアラビアが阻止し、オランダは決議案を取り下げた[26][27]
  • 10月15日 - フーシ派がハーディー政権派を支援するサウジアラビアの空軍基地に弾道ミサイルスカッド」を発射[28]

2016年[編集]

  • 4月3日 - ハーディー暫定大統領がバハーハ副大統領兼首相を解任し、副大統領にアリー・ムフシン・アル=アフマル英語版、首相にアハマド・オベイド・ビン・ダグル英語版を任命した[29][30]
  • 9月6日、米軍とイエメン軍はイエメン南部で、国際テロ組織アルカイダ系武装勢力「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」にとらわれていた人質の救出作戦を実施したが、人質になっていた米国人フォトジャーナリスト、ルーク・サマーズ(33)と南アフリカ人教師のピエール・コーキー(57)、特殊部隊員1人が作戦中に死亡した。イエメン政府は、武装勢力の10人を殺害し、イエメン軍の4人が負傷したと発表した。コーキー氏は翌7日に解放されることが決まっていた。
  • 10月4日、フーシ派がハーディー政権と対立する「救国政府」を樹立。救国政府は国民全体会議の政治局員であるアブドルアジズ・ビン・ハブトゥール英語版氏が率い、女性5人、無党派、南部独立主義者を含む27人の閣僚を擁する[31]

2017年[編集]

  • 1月-2月 - 政府側部隊が紅海沿岸部の奪還を目指して大規模攻勢を展開。2月には南西部の港を制圧した[32]
  • 6月5日 - 政府側がサウジアラビアなどとともにカタールと断交。シーア派であるフーシ派に対するカタールの支援を理由として挙げた[33]

各国の対応[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

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  1. ^ イエメン空爆を招いた過激派「フーシ派」の正体 イランとサウジアラビアの代理戦争の行方(前篇)JB Press 2015年4月9日
  2. ^ 松本 太松本 太 Futoshi Matsumoto 世界平和研究所 主任研究員。東京大学卒。在エジプト大使館参事官、内閣情報調査室国際部主幹、外務省情報統括官組織国際情報官を経て、平成25年より現職。
  3. ^ “Yemen tells Shi'ite rebels to disband or face war”. San Diego Union-Tribune. (2007年1月29日). http://legacy.utsandiego.com/news/world/20070129-0318-yemen-houthi-.html 2015年4月9日閲覧。 
  4. ^ “Yemen’s government, Shiite rebels negotiate end to 3-year conflict”. The Seattle Times. (2007年6月17日). http://www.seattletimes.com/nation-world/yemens-government-shiite-rebels-negotiate-end-to-3-year-conflict/ 2015年4月9日閲覧。 
  5. ^ “Saudi-Houthi border fighting ends”. Al Jazeera. (2010年1月27日). http://www.aljazeera.com/news/middleeast/2010/01/2010127124547864341.html 2015年4月9日閲覧。 
  6. ^ Taylor, Adam (2015年1月22日). “Who are the Houthis, the group that just toppled Yemen’s government?”. The Washington Post. http://www.washingtonpost.com/blogs/worldviews/wp/2015/01/22/who-are-the-houthis-the-group-that-just-toppled-yemens-government/ 2015年4月9日閲覧。 
  7. ^ “イエメン大統領、退陣へ 権限移譲の調停案に署名”. 朝日新聞. (2011年11月24日). オリジナル2011年11月23日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/20111123213108/www.asahi.com/international/update/1124/TKY201111230580.html 2011年11月26日閲覧。 
  8. ^ “イエメン:サレハ大統領サウジに 権限移譲案受け入れへ”. 毎日新聞. (2011年11月24日). オリジナル2011年12月16日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/20111216212855/mainichi.jp/select/world/news/20111124k0000m030103000c.html 2011年11月26日閲覧。 [リンク切れ]
  9. ^ “イエメン新大統領が就任宣誓、サレハ政権に幕”. 読売新聞. (2012年2月25日). http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20120225-OYT1T00564.htm 2012年2月25日閲覧。 
  10. ^ “ハディ氏得票率99.8% イエメン暫定大統領に当選”. 朝日新聞. (2012年2月25日). http://www.asahi.com/international/update/0225/TKY201202250324.html 2012年2月25日閲覧。 
  11. ^ アンサール・アル・シャリーア国際テロリズム要覧公安調査庁
  12. ^ Hatem, Mohammed (14 February 2012). "Yemen’s Houthi Rebels Vow to Boycott Presidential Elections". Bloomberg. Retrieved 9 April 2015.
  13. ^ イエメン政府庁舎を反政府勢力が占拠、首相辞任で停戦合意
  14. ^ Al-Moshki, Ali Ibrahim (4 September 2014). "THE HOUTHIS: FROM A LOCAL GROUP TO A NATIONAL POWER". Yemen Times. Retrieved 9 April 2015.
  15. ^ フジサンケイビジネスアイ‐イエメン紛争 乗じて再登場
  16. ^ a b c d “イエメンの内戦が取り返しのつかない事態になっている”. ハフィントン・ポスト. (2015年4月7日). http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/07/yemen-war-photos_n_7015280.html 2015年8月29日閲覧。 
  17. ^ 混迷のイエメン 大統領が軟禁から脱出、各地で抗議デモ
  18. ^ a b “イエメン大統領、反体制派の迫るアデンを脱出”. ウォール・ストリート・ジャーナル. (2015年3月26日). http://jp.wsj.com/articles/SB10580876513169934209404580540903922181436 2015年8月29日閲覧。 
  19. ^ “アデン奪還を宣言 イエメン暫定大統領派”. 朝日新聞. (2015年7月17日). http://www.asahi.com/articles/ASH7K66N8H7KUHBI01N.html 2015年8月29日閲覧。 
  20. ^ “国内最大の空軍基地を奪還、暫定政権が反撃”. 産経新聞. (2015年8月4日). http://www.sankei.com/world/news/150804/wor1508040058-n1.html 2015年8月29日閲覧。 
  21. ^ “イエメン:政権派が南部4州制圧…武装勢力に攻勢”. 毎日新聞. (2015年8月12日). http://mainichi.jp/select/news/20150813k0000m030041000c.html 2015年8月29日閲覧。 
  22. ^ a b c “イエメン・ハディ暫定政権、5つ目の州奪還”. 産経新聞. (2015年8月15日). http://www.sankei.com/world/news/150815/wor1508150060-n1.html 2015年8月29日閲覧。 
  23. ^ a b “アムネスティーが非難、サウジはイエメンで戦争犯罪”. Sputnik 日本. (2015年8月19日). http://jp.sputniknews.com/middle_east/20150819/772287.html 2015年8月29日閲覧。 
  24. ^ a b “イエメン:飢える600万人、緊急支援を…世界食糧計画”. 毎日新聞. (2015年8月24日). http://mainichi.jp/select/news/20150824k0000e030191000c.html 2015年8月29日閲覧。 
  25. ^ “イエメン軍事介入から半年 サウジ連合軍に犠牲拡大”. 日本経済新聞. (2015年9月26日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM24H9H_V20C15A9FF1000/ 2015年10月8日閲覧。 
  26. ^ “イエメンへ調査団派遣阻止”. 産経新聞. (2015年10月3日). http://www.sankei.com/world/news/151003/wor1510030060-n1.html 2015年10月25日閲覧。 
  27. ^ “サウジ、イエメンへの調査団派遣阻止 人権団体が批判”. 日本経済新聞. (2015年10月3日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM03H40_T01C15A0FF8000/ 2015年10月25日閲覧。 
  28. ^ “イエメンのフーシ派、サウジ空軍基地に弾道ミサイルを発射”. ロイター. (2015年10月15日). http://jp.reuters.com/article/2015/10/15/yemen-security-missile-idJPKCN0S912D20151015 2015年10月19日閲覧。 
  29. ^ “イエメン 副大統領に強硬派 和平協議に悪影響”. 毎日新聞. (2016年4月5日). http://mainichi.jp/articles/20160405/k00/00m/030/083000c 2016年4月9日閲覧。 
  30. ^ “中東かわら版 No.2 イエメン:ハーディー前大統領派の副大統領、首相が交代”. 公益財団法人中東調査会. (2016年4月4日). http://www.meij.or.jp/kawara/2016_002.html 2016年4月9日閲覧。 
  31. ^ “イエメン反政府勢力が「救国政府」、政治的解決いっそう困難に”. AFPBB. (2016年10月5日). http://www.afpbb.com/articles/-/3103333 2016年10月7日閲覧。 
  32. ^ イエメンで700万人が飢餓に直面、国連が警鐘 AFP(2017年02月22日)2017年02月25日閲覧
  33. ^ “カタール断交、イエメンも「国内のシーア派武装組織支援」と非難”. 産経新聞ニュース. (2017年6月5日). http://www.sankei.com/world/news/170605/wor1706050043-n1.html 
  34. ^ イエメンでアルカイダ系過激組織が勢力拡大
  35. ^ サウジがイエメン空爆を再開 フーシ派は対話を要求
  36. ^ サウジなど10カ国がイエメン軍事介入、武装組織に空爆開始
  37. ^ イエメン南部、アルカーイダ系が勢力拡大
  38. ^ 日本も在イエメン大使館閉鎖時事通信