無反動砲

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無反動砲(むはんどうほう、: recoilless rifle)は、作用反作用の法則を利用して発射時の反動を軽減し、駐退復座機構や頑丈な砲架を省略した砲である。ごく一部で「不反衝砲」という訳語が当てられたこともある[1]

概要[編集]

カールグスタフ 84mm無反動砲用の各種弾薬

下記のような構造を利用して、発射する砲弾が持つのと同じ運動量を持たせた物体や爆風を砲の後方に放出することで射撃時の反動を軽減する。実際には砲の規模や方式によってある程度の反動が発生し、砲身内部にライフリングがあるものは、砲弾が通過する際の反作用で、砲に対して捻るように横方向の力を受ける。

発射方式[編集]

発射方式には後方に発射する主砲弾と同じ運動エネルギーを持つカウンターマス、カウンターウエイトと呼ばれる重量物を射出して反動を相殺するデイビス式と、後方に発射ガスを高速で噴出させて反動を相殺するクルップ式、バーニー式、クロムスキット式がある。

デイビス式は“イギリス式”、クルップ式には“ドイツ式”、クロムスキット式には“アメリカ式”の通称もある。これはそれぞれの方式が初めて用いられた火砲を開発、装備、運用した国に由来している。

第二次世界大戦中に開発されたパンツァーファウストシリーズ、戦後に開発されたパンツァーファウスト3RPG-7のような、発射筒の口径(発射筒内径)より大きい弾頭を砲の前方から装填する対戦車擲弾発射器にも、デイビス式やクルップ式と同じ発射原理を用いるものがある。

デイビス式[編集]

航空機(水上機)に対潜用として搭載された、アメリカの3インチ(76.2mm)デイビス砲
航空機搭載型のルイス軽機関銃が副武装兼照準用測距銃として同軸装備されている

世界最初の無反動砲で用いられた方式であり、1906年アメリカ海軍中佐であるクレランド・デイビス(Cleland Davis)が開発した事から「デイビス砲(英語: Davis gun)」と呼ばれる。砲身の後端を閉鎖せず、砲弾によって発生する反動と同じ運動エネルギーを持つカウンターマスを後方から射出して反動を相殺、軽減する。

デイビス砲はアメリカで発明されたが、軍隊に正式採用されたのはイギリス軍の航空機搭載型対飛行船、対潜水艦兵器としてだった。米英両国で口径別に数種類が試作され、実際に航空機に搭載してのテスト、小規模な部隊配備も行われていたが、「機密兵器」に指定されていたため、運用の詳細は判明していない。運用は極めて限定されたもので、戦果を挙げた例もなかったと推定されている。
デイビス砲と使用弾薬の構造については1914年にアメリカで特許が申請されているが、第一次世界大戦終結後は米英両国ともに兵器としての価値を見出せず、運用や研究開発は途絶えている。

ソビエトでは、デイビス砲を参考に同様の構造が研究され[2]、大口径から小口径まで多様な無反動砲が開発され、特に航空機に搭載する大口径火器として研究された。最大のものでは水上戦闘艦に搭載する大口径(30.5cm)砲が試作されて試験が行われている。しかし、多種類が開発・試作されて試験を繰り返したが、いずれも満足な性能を達成できず、開発を主導したクルチェフスキー(Леонид Васильевич Курчевский)(英語版)は責任を問われて逮捕・投獄の後に処刑されてしまう。後の独ソ戦でドイツ軍が使用したクルップ式無反動砲を入手、調査して無反動砲に対する評価が好転するまで、ソビエトでこの種の火砲が省みられることはなかった。

デイビス式無反動砲の模式図
1.砲身 2.砲弾 3.装薬 4.カウンターマス

初期のカウンターマスは金属の塊やワックスなどの軟体で、大きな後方爆風(バックブラスト)を生じないため、閉鎖された空間や狭い陣地から発射しても射手が爆風に巻き込まれにくいが、撃ち出されたカウンターマスの飛ぶ後方危険界は他の方式より細く長い形状になる。カウンターマスを撃ち出すエネルギーを得るため、同規模の通常の砲と比べると倍の発射薬が必要になり、砲弾とカウンターマスの加速距離を揃えて十分に反動を軽減するには、前方砲身と同程度の後方砲身も必要となるため、全長が長くなり、砲が大型化する欠点がある。
更に、実用上の大きな問題として、前後の砲身に挟まれる位置に薬室があるため、通常の後装式火砲のような閉鎖器は設けることができず、装填時には砲身を中央で分割するか、砲身の中央部まで砲弾と装薬を押し込むしかなく、薬莢式にすることが難しい上、再装填に時間がかかった。ソビエトでは自動装填装置のついたものを開発しているが、信頼性が低く、実用性には難があった。

第二次大戦中のドイツ軍は、双発爆撃機に搭載する対艦攻撃兵器として口径35.6cmの大口径無反動砲を開発したが、対艦誘導爆弾対艦ミサイル)に比べて有用性が低いとされ、試作に終わっている。

デイビス式無反動砲は戦間期の1930年代にアメリカで個人レベルの研究が行われ、数種の特許が申請されている。いずれも実用化されず、無反動砲が広く装備されていく中で主流にはならなかったが、第二次世界大戦後には、砕けやすい硬質プラスチックや金属の微粉末、高比重の塩水等をカウンターマスに使用することで後方危険界を縮小できるようになったものが開発される。少量の発射薬で発射し、砲口から出た後に砲弾に内蔵したロケットモーターブースター)で加速する方式によって砲身の小型化も実現すると、再装填の問題を考慮する必要のない使い捨ての携帯対戦車兵器に多く採用される方式となった。

クルップ式[編集]

ドイツのクルップにより開発された方式。底板が破砕するように作った薬莢と、尾栓に噴出孔を設けた閉鎖器、そしてラッパ状に広がるノズルにより、発射する砲弾と同程度の運動エネルギーを持つガスを後方に噴出させて反動を軽減する。

クルップ社はデイビス砲と関連特許を研究し、カウンターマス加速用の後方砲身で全長が大型化するデイビス式は実用的でないと結論づけ、運動の第3法則(作用・反作用の法則)による

  • ある質量と速度を持つ物体Aの運動量は、物体Aに対し重量が1/*であるが速度が*倍である物体Bの運動量と等しい

という理論から、反動の相殺に「重量と加速距離の等しいカウンターマス」ではなく、「重量は小さいが速度の大きい燃焼ガス」を利用する構造を開発した。閉鎖器に噴出孔とノズルを設けてラバール・ノズルとすることで、燃焼ガスは薬室から後方に噴出した段階で十分な速度を持っているため、後方砲身も不要となり、通常の火砲とほぼ同一の全長で充分な反動相殺効果を発揮することが可能になった。ノズルや、ガスを導く尾栓の小孔に角度をつけ、噴射の反動でライフリングからのカウンタートルクを軽減させる構造のものもある。

デイビス式と同じく、砲弾の加速用に加えて反動軽減用のガスを発生させる発射薬が必要となり、砲弾が大型化する欠点がある[3]。高温・高圧のガスを噴射するためにデイビス式に比べると後方危険界は短いが幅広く、閉鎖空間からの発射は困難だった。また、閉鎖器の噴出孔は発射を繰り返すと噴射ガスによる摩擦と圧力により腐蝕・摩耗してしまい、所定の砲腔圧力を発揮できなくなるため、射数に応じて交換する必要がある。

クルップ社によって開発された各種口径の「Leichtgeschütz(軽火砲の意)」は、主にドイツ軍の空挺部隊および山岳部隊歩兵砲として使用されたが、後方爆風の問題から運用には制約が多かった。新たに開発された高低圧理論に基づく新型軽量火砲の配備が進み、アメリカ軍より鹵獲した成形炸薬弾頭を用いる携行ロケット弾発射筒“バズーカ”を模倣した“パンツァーシュレック”の実用化により対戦車兵器が小型軽量化されると、1944年にはドイツ軍における歩兵用火器としての無反動砲の新たな開発と研究は中止された。しかし、航空機搭載兵器としての研究は続けられ、歩兵用火器としても、大戦末期に連合軍の戦車に対して大きな威力を示した“パンツァーファウスト対戦車擲弾発射器はクルップ式の作動原理を用いている。

クルップ式は第二次世界大戦後においても無反動砲の主力形式として広く用いられる方式となっている。デイビス式と同じく、戦後には、発射後に砲弾内蔵のロケットモーターブースター)で加速する方式が取り入れられ、カールグスタフ無反動砲のように個人携行可能な小型・軽量のものが開発された。

なお、薬莢底の構造とノズルのみで反動を軽減し、砲尾を密閉する構造の閉鎖器を持たないものもあるが、これらも作動形式としてはクルップ式に分類される。

クロムスキット式[編集]

クロムスキット式無反動砲の作動方式の模式図

アメリカ軍により開発された方式。“クロムスキット(Kromuskit)”は、開発を担当した2人の設計者、クルーガー(Kroger)とムッサー(Musser)の名を合わせた合成語である。

クルップ式と同様に反動の相殺には燃焼ガスの後方噴射を利用するが、薬室は後方ノズル持たず、装填する砲弾の薬莢直径よりも一回り大きい構造になっている。反動相殺用のガスは底板ではなく薬莢側面に開けられた多数の孔から噴出させ、ガスは薬室内の空間に一時的に溜められる。溜められたガスは初速を得るのに必要な砲腔圧力を発生させた後、尾栓に同心円状に設けられた噴出孔から後方へ排出される。燃焼ガスが一時的に閉じこめられるため、他の方式より砲弾の初速を得やすい。また、薬莢の小孔から薬室へガスを導く際、砲のライフリングから生じるカウンタートルクと逆向きに孔を設けることで、トルクを相殺することもできる。

クルップ式同様に、同規模の通常火砲と同じ初速を得るには、通常の砲弾より大量の発射薬が必要となる。また、構造上薬室部分が太くなるため、砲尾が重くなり、砲のバランスが後方に偏るという問題もあった。

アメリカでは当初はドイツ軍の10.5cm無反動砲LG40を鹵獲したものを分析し、1942年にはこれを基に自国の105mm榴弾砲の弾頭を流用した弾薬を用いるクルップ式無反動砲、T9(HOWITZER,105mm,T9)を開発し、続いて口径を155mmに拡大した[4]T4(HOWITZER,155mm,T4)の開発に入ったが、イギリスから後述の“バーニー砲”の技術情報が伝えられ、バーニー砲の特徴である「薬莢に設けた噴出孔から燃焼ガスを薬室内に噴出させ、ガス噴出を二段階にして適切な砲腔圧力を得る」方式を独自に改良し、クルップ式とは異なるクロムスキット式として完成させた[5]

同時に、迫撃砲弾の設計を応用した「既成導子」と呼ばれる軟金属製の帯を砲弾に巻きつけ、弾頭自体ではなく既成導子が砲身の施条に食い込み回転を生むことでジャイロ効果による砲弾の直進安定性を得る改良も施された。既製導子が施条に噛み合うことで発射ガスの密閉性が増し、適切な砲腔圧力を確保しつつ、砲身肉厚をより薄くすることが可能になり、砲の更なる軽量化にも成功している。

クロムスキット式の無反動砲は第二次世界大戦後半から実戦に投入され、開発元のアメリカにおける無反動砲の主流となった。第二次世界大戦後にアメリカが各種口径のものを同盟国を始め西側諸国に広く供与したこともあり、無反動砲の形式として広く使われた。

バーニー式(バーニー砲)[編集]

イギリスの発明家であり兵器開発者でもある、チャールズ・デニストン・バーニー卿(Charles Dennistoun Burney, 2nd Baronet(英語版)によって発明された方式。後方にガスを放出することで反動を軽減する点はクルップ式と同様だが、発射ガスは直接後方に噴射せず、側面に噴出孔を設けた薬莢から噴出したガスを薬室の周囲の空間に導き、適度な初速を得るのに必要な砲腔圧力を発生させた後、砲尾から噴出させることはクロムスキット式と同様である。バーニー式ではガス噴出ノズルを複数設けて後方噴射を分散させることにより、クルップ式に比べて後方危険界を縮小しつつ、充分な砲腔圧力が確保される点が異なる。

クルップ式やクロムスキット式に比べて軽量化に優れ、発射する砲弾の初速を高くすることができ、砲口初速を求めなければ同程度の総重量でより大口径大重量の砲弾を発射できる利点を持っていたが、複数の噴射ノズルを持つため閉鎖器周りの構造が複雑で、ノズルが装填作業の邪魔になるという問題があった。発射を繰り返すと噴出ノズルの圧力弁が噴射ガスによる摩擦と圧力により腐蝕・摩耗し、所定の砲腔圧力を発揮できなくなり、反動軽減能力が不安定になるというクルップ式と同様の問題も発生する。

バーニー砲は第二次世界大戦中から研究され、戦争末期より大戦後にかけて実用化、配備が進められた。歩兵の用いる携行型から、7.2インチ(約18.3cm)及び8インチ(203mm)の大口径砲まで各種が開発されたが、上述の構造的な問題と、戦争が終結したことによる軍備の縮小により、大規模な導入は行われずに終わった。

なお、対戦車砲弾の一つである粘着榴弾(HESH)は、元々はバーニー砲で使用する対コンクリート構造物用砲弾として、“Wall buster”の名称で開発されたものである。

運用[編集]

従来の火砲のような強烈な反動が無いため、衝撃吸収機構を必要とせず、砲腔圧力の低さから砲身の肉厚を薄くできる。これにより小型軽量の発射装置で大口径砲弾を発射でき、歩兵や軽車輛にも対戦車能力を付与することができた。小~中口径の火砲として、主に歩兵砲対戦車兵器として歩兵部隊に配備され、弾種の変更が容易であるため、対人用のフレシェット散弾、発煙弾信号弾照明弾の打ち上げなどにも利用できる。

いずれの方式でも発射薬が発生させるエネルギーを反動軽減に消耗するため、同規模の砲弾を使用する通常の砲よりは弾速と射程が劣る。この欠点はロケット推進弾による増速の他、対戦車用の無反動砲の場合、弾速と無関係に威力を発揮できる成形炸薬弾粘着榴弾を使用することで補われている。

砲の後部に放出機構を持つため、連続的な装填装置を配置することは難しいが、ソビエトでは自動、もしくは手動式の次発装填装置の開発が進められていた。第二次世界大戦後のドイツでは装弾方向の自由度の高いリヴォルヴァーカノン型機関砲の機構を活かした自動装填式の連発砲(無反動機関砲)も開発されている[6]。アメリカ軍のM50オントス自走無反動砲や日本の自衛隊が採用していた60式自走無反動砲では、1両に複数の無反動砲を搭載し、連続して射撃することで速射性の低さを補う方式としていた。

M40 106mm無反動砲の上部に取り付けられている、M8C 12.7mmスポッティングライフル

カウンターマスやガスによる爆風や炎、巻き上げられる土煙で発射位置を特定され反撃を受ける危険が高まる。そのため、発砲後は速やかに位置を移動する必要があり、運搬が容易ではない大型のものは初弾命中による確実な敵の撃破が必要とされた。無反動砲の開発された当時は正確な照準を可能とする精密照準装置(光学視差式距離計レンジファインダー)等)が大型で複雑なものしかなく、砲の付属品として搭載することが難しかったため、“スポッティングライフル(測距銃)”と呼ばれる、曳光弾専用の銃を砲と同軸に装備して正確な照準の手段としていた。

後部に放出されるカウンターマスや熱、衝撃が射手や周囲の人間を害する危険性があるため、後方危険界に味方が立ち入らないよう配置、運用する必要がある。爆風が反射する可能性のある建造物内や掩蔽壕といった狭い空間からの発砲は困難で、「後方に十分な空間がなければ運用できない」といった制約が生じる。同様の理由から、肩に担いで発射する携行式の物を伏射(伏せ撃ち)する場合は射手の下半身や足を危険域に巻き込まないよう注意する必要があり、大きな仰角を取っての射撃を想定する場合には、事前に後方の地面を掘り下げるなど、無反動砲の特性を考慮した砲座を構築する必要がある。

このように運用上の欠点や制約はあるものの、より軽便な携帯ロケットランチャーや高性能な対戦車誘導弾などが普及した後も、ロケット弾より弾頭の飛翔速度が速く、横風の影響も受けにくいため弾道性能、命中精度が良好で、対戦車ミサイルより安価かつ多目的に使用できる事から無反動砲は使われ続けている。

無反動砲一覧[編集]

第二次世界大戦[編集]

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

イギリスの旗 イギリス

 スウェーデン

※ライフルの名称だが作動形式はクルップ式の無反動砲である

ナチス・ドイツの旗 ドイツ国

日本の旗 日本


第二次世界大戦後[編集]

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

アルゼンチンの旗 アルゼンチン

イギリスの旗 イギリス

イタリアの旗 イタリア

クロアチアの旗 クロアチア

※厳密には無反動砲には分類されない機構を持つ大口径対物ライフルだが、後方噴射式無反動砲の原理を応用した反動軽減機構を持つ

 スウェーデン

ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦

チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア

 フィンランド

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア/ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア/セルビアの旗 セルビア

中華人民共和国の旗 中華人民共和国


ジープに搭載されたM40無反動砲


無反動砲搭載装甲車両

日本の旗 日本

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

フランスの旗 フランス

ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア

参考文献・参照元[編集]

書籍
webサイト

脚注[編集]

  1. ^ 南陽介『第三次世界大戦』(昭和27年、太平洋出版社)、119頁
  2. ^ ソビエトで研究されたものは、作動方式はデイビス式を参考にされているが、カウンターマスではなく燃焼ガスを後方に噴出する方式を主流としている。ただし、燃焼ガス利用ではあってもクルップ式とは異なり、砲尾に閉鎖機構を持たない。
  3. ^ クルップ社による基礎研究の結論では、後方噴射式の無反動砲の場合、砲身長が同一の砲身から同重量の砲弾を通常の火砲と同じ初速で発射するには、5倍の発射薬が必要であるとされた。
  4. ^ T9同様、弾頭にはM1 155mm榴弾砲のものが流用される設計となっていた。
  5. ^ “デイビス砲”や“バーニー砲”と異なり、この方式の無反動砲が“クロムスキット砲(Kromuskit Gun)”と呼ばれることはほぼない。
  6. ^ 詳細は「de:RMK_30」および「en:Rheinmetall_RMK30」を参照

関連項目[編集]

外部リンク[編集]