8区 (パリ)

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パリ・8区の位置

パリ8区 (8く、8e arrondissement de Paris) は、フランス首都・パリ市を構成する20の行政区のひとつである [1]。第8区、パリ8区ともいう。市の中央のやや西寄りに位置しており、1区の西側に隣接している。セーヌ川の北岸に面している。

概要[編集]

パリの8区は、市の中央のやや西寄りにある行政区。「エリゼ区 (Arrondissement de l'Élysée)」と呼ばれることもある [2]セーヌ川の北岸に面しており、アンヴァリッド(廃兵院)の対岸にあたる。住宅面積が低いので人口は39,314人 (1999年)で、20区の中では5番目に少ない(人口の推移等詳細については後述)。

区の名称は、市の中央部から時計回り螺旋を描くようにして各区に付けられた番号を基にしており、当区はその8番目にあたることから、「8区」と名づけられた。7区とともにフランスの政治・行政の中心であり、フランス大統領官邸エリゼ宮殿)、内務省(ボーヴォ館)等があるフォーブール=サントノレ界隈は、フォーブール=サンジェルマン界隈と共に旧王侯貴族の大邸宅が建ち並ぶ地域にあたる。また、世界的に有名な凱旋門マドレーヌ寺院シャンゼリゼ大通りコンコルド広場などがある。

なお、セーヌ川に沿った地域は、「パリのセーヌ河岸」として世界遺産に登録されている。

地理[編集]

パリ・8区の詳細地図

8区は、パリ中央部のやや西寄りに位置しており、セーヌ川の北岸に面している[3]。面積は、3.88 平方キロメートル。

北は、同じパリの行政区である17区に接しており、北東の角はクリシー広場となっている。南は、セーヌ川を挟んで7区に接している。東は、マドレーヌ寺院付近の以北は9区に、以南は1区に接している。西は、シャルル・ド・ゴール広場(エトワール広場)以北は17区に、以南は16区に接している。

隣接する自治体(行政区)[編集]

地区(カルチェ)[編集]

パリ・8区のカルチエ詳細図

パリの行政区は、それぞれ4つの地区(カルチェ)に区分されている。8区を構成する4地区のコードと名称は、次のとおりである。

住民[編集]

人口[編集]

ロワイヤル通り、コンコルド広場からの眺め。
同広場に面する左側建物の(画像に映らない)西側部分がオテル・ド・クリヨン (Hôtel de Crillon) 、(画像に映らない)同中央部が社交サロンの自動車倶楽部 (Automobile Club de France) と国際自動車連盟、(画像に映る)同東側部分が1920年以降、諸法人本社等が入るコワラン館 (Hôtel de Coislin) になる。右側建物は、オテル・ド・ラ・マリーヌ (Hôtel de la Marine) と呼ばれ、2015年まで仏海軍参謀本部が入居していた。

8区の人口は、1891年に107,485人となり、ピークに達した。しかし、その後は減少を続け、1999年には半分以下の39,314人となった。20区のうちで5番目に人口が少なく、1990年以降は、パリの人口の1パーセント台で推移している。2005年の推計では38,700人と見積もられており、人口の更なる減少が見込まれている。

人口の減少とともに人口密度も減り続けており、1999年の人口密度は、ピーク時の半分以下の10,130人となっている。20区のうちで1区に次いで2番目に人口密度が低く、パリの平均人口密度の0.4倍である。人口の推移の詳細は、次のとおりである。

区人口 市人口 区人口/市人口 区人口密度 市人口密度 備考
1872年 75,796 1,851,792 4.09% 19,530 21,303
1891年 107,485 2,447,957 4.39% 27,695 28,161 人口がピークに達する。
1954年 80,827 2,850,189 2.84% 20,826 32,788
1962年 74,577 2,790,091 2.67% 19,216 32,097
1968年 67,897 2,590,771 2.62% 17,495 29,804
1975年 52,999 2,299,830 2.30% 13,656 26,457
1982年 46,403 2,176,243 2.13% 11,956 25,035
1990年 40,814 2,152,423 1.90% 10,516 24,761
1999年 39,314 2,125,246 1.85% 10,130 24,449
2005年 38,700 2,166,200 1.79% 9,972 24,920 人口は推計。

歴史[編集]

政治・行政・司法[編集]

主な官公庁・公共機関[編集]

  • 大統領官邸 (Palais de l'Élysée)
    • エリゼ宮殿を使用している。フォーブール=サントノレ通り沿いにある。
  • 内務省 (Ministère de l’Intérieur)
    • フォーブール=サントノレ通り界隈、ボーヴォ広場1番地 (1 Place Beauvau) にある。
  • 第8区役所 (Mairie du 8e arrondissement)
パリ8区役所

軍事[編集]

外国の施設[編集]

経済[編集]

フォーブール=サントノレ通り、2005年

主な企業[編集]

主な店舗・商業施設[編集]

以下のお店以外にも、フォーブール=サントノレ通り、モンテーニュ大通り界隈に、ブティック等多くの高級ブランドが本店等を置いている。

  • ファッション
  • エルメス本店 (Hermès) - フォーブール=サントノレ通り (Rue du Faubourg-Saint-Honoré) 24番地にある。
  • クロエ本店 (Chloé) - プレタポルテの草分けないし生みの親。モンテーニュ大通り (Avenue Montaigne) 50番地、及び1区サントノーレ通り (Rue Saint-Honoré) 253番地にある。
  • ディオール本店 (Christian Dior) - グラン・パレの西方、モンテーニュ大通り30番地にある。その他8区ロワイヤル通り (Rue Royale) 25番地等に店舗があり、同モンテーニュ25番地オテル・プラザ・アテネ内にはエステのディオール・アンスティテュ (Dior Institut au Plaza Athénée) がある。また、日本大使館もある8区オッシュ大通り (Avenue Hoche) 33番地にはパルファン・クリスチャン・ディオールがある。
  • ニナ・リッチ本店 (Nina Ricci) - グラン・パレの西方、モンテーニュ大通り39番地にある。
  • バレンシアガ本店 (Balenciaga) - ジョルジュ=サンク大通り (Avenue George-Ⅴ) 10番地にある。
  • レクレルール (L'Eclaireur) - シャンゼリゼ通り (Avenue des Champs-Élysées) 26番地の他、フォーブール=サントノレとオテル・ド・クリオンとに挟まれたボワシー=ダングラス通り (Rue Boissy d'Anglas) 10番地にあるセレクトショップマレ地区3区セヴィニエ通り (Rue de Sévigné) 40番地などにお店がある他 、2009年まで東京の南青山店があった。
  • アレクサンドル ドゥ パリ (Alexandre de Paris) - オートコワフュール[4]。1957年に8区フォーブール=サントノレ通り120番地に開店。現在は8区シャンゼリゼ通り至近マティニョン大通り (Avenue Matignon) 3番地や17区 パレ・デ・コングレ等にサロンがある。2017年には東京の南青山5丁目と銀座に直営サロンを開店。現在は、ヘアアクセサリーブランドやコスメ(ロレアル製造)も展開。
  • ラリック (Lalique) - 1885年にヴァンドーム広場ジュエリーブランドから始まった高級クリスタルガラスやジュエリー店。1935年からロワイヤル通り11番地に店舗を構える。
  • パティスリーその他
  • ラデュレ (Ladurée) - ロワイヤル通り16番地にある本店の他、シャンゼリゼ大通り (Avenue des Champs-Élysées) 75番地や、ロワイヤル通り近隣の1区サントノレ通り界隈カスティリオンヌ通り (Rue de Castiglione) 14番地、6区ボナパルト通り (Rue Bonaparte) 21番地等にある。新宿銀座など日本も含めた海外店舗がある。
  • ラ・メゾン・デュ・ショコラ (La Maison du Chocolat) - 1977年10月、フォブール・サントノレ通り225番地のカーブ・コゼットがあった場所、サル・プレイエル向かいにて開店した。
  • ピエール・エルメ・パリ (Pierre Hermé Paris) - 老舗のラデュレ同様マカロン等で知られる東京発のピエール・エルメの店鋪。6区ボナパルト通り72番地や15区ヴォージラール通り185番地、シャンゼリゼ通り、2区オペラ大通り、16区ポール=ドゥメール大通り・・等に店舗がある。
  • マリアージュ・フレール (Mariage Frères) - マレ地区界隈4区ブール=ティブール通りに本店がある紅茶等の茶葉専門店。パリ市内で多店舗展開しているが、8区内だとマドレーヌ広場 (Place de la Madeleine) 17番地やフォーブール=サントノレ通り260番地に店舗がある。

教育[編集]

リセ・シャプタル (Lycée Chaptal)

大学等[編集]

高等学校[編集]

  • リセ・シャプタル(Lycée Chaptal
    • 中学校(コレージュ)〜高校課程(リセ) の公立校。ローム通りとの交差点近く、17区との境界線上を東西に走る8区側バティニョール大通り (Boulevard des Batignolles) 45番地にある。最寄駅はメトロ ローム駅。

その他[編集]

宿泊施設[編集]

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主な宿泊施設[編集]

文化施設[編集]

théâtre des Champs-Elysées(Avenue Montaigne

美術館・博物館[編集]

映画館・劇場[編集]

その他[編集]

宗教施設[編集]

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教会・寺院[編集]

観光・憩い[編集]

建築[編集]

Avenue Ferdousi(フェルドゥズィ通り)、モンソー公園

公園・緑地等[編集]

名所・娯楽[編集]

  • クレイジー・ホースCrazy Horse) - シャンゼリゼ通りとも至近のジョルジュ=サンク大通り12番地にある、芸術的スタイルのヌードショーがあるキャバレー

旧跡・記念碑等[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

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道路[編集]

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橋梁[編集]

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セーヌ川に架かる区内の橋は、次のとおりである(上流から順に、つまり東西順に列挙)。

広場・交差点[編集]

パリの「広場(プラス、Place)」は、しばしば2以上の道路が交差する場所に位置し、中心の「島」を道路が周回するロータリー状の交差点となっている場合が多い。中心の「島」部分は、オベリスク緑地等に利用されている場合もある。8区の広場や交差点には、次のようなものがある。

船舶[編集]

著名な出身者[編集]

財界[編集]

文化[編集]

著名な居住者[編集]

ルイ14世治世の時代、フランス式庭園を完成させたアンドレ・ル・ノートル。1680年
ジャポニスムの大きな影響があったベル・エポックの時代、日本の日傘をもつ舞台(コメディ)女優サラ・ベルナール。1881年

王族・貴族・軍人[編集]

政治[編集]

シャンゼリゼ大通り界隈居住者
フォーブール・サントノレ通り界隈居住者
その他の通り界隈居住者

財界[編集]

学者[編集]

文化・芸能[編集]

シャゼリゼ大通り界隈居住者
オスマン大通り界隈居住者
フォーブール・サントノレ通り界隈居住者等
モンテーニュ大通り界隈居住者等
マルゼルブ大通り界隈居住者
その他の通り界隈居住者

その他[編集]

ゆかりの人物[編集]

王侯貴族[編集]

  • ダイアナ妃(元イギリス皇太子妃) - 1997年、8区モンテーニュ大通り至近、8区と16区境界上のアルマ広場(Place de l'Alma)下のトンネルで亡くなる。

文化[編集]

芸能[編集]

8区を舞台にした作品[編集]

映画[編集]

(Fauteuils d'orchestre) (2006年、仏映画)

脚注[編集]

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  1. ^ フランス語の 「8e 」 = 「huitième 」 は、英語の「eighth 」 に相当する序数。「第8の」 「8番目の」を意味する。したがって、原語の「8e arrondissement 」を直訳すると「第8区」となる。
  2. ^ レジフランスLégifrance). “地方自治一般法典 (Code Général des Collectivités Territoriales (CGCT))” R2512-1条. 2008年6月26日閲覧.
  3. ^ セーヌ川の右岸にあたる。
  4. ^ フランス語で、オートクチュールの性格を美容院に置き換えたような"高級美容院"の意。また、ウィンザー公爵夫人グレース・ケリーモナコ大公妃、ローレン・バコールミシェル・モルガンマリア・カラスグレタ・ガルボオードリー・ヘップバーンソフィア・ローレンロミー・シュナイダー・・らが顧客だったとのこと。2016年から日本の八木通商の所有ブランド(仏公式HP「Alexandre de Paris」などを参照)。
  5. ^ JTBパブリッシング編 『ワールドガイド ヨーロッパ2・パリ』、JTBパブリッシング、2006年、p.239.
  6. ^ 地球の歩き方編集室編 『地球の歩き方A07・パリ&近郊の町 2007〜2008年版』、ダイヤモンド社、2007年、p.343.
  7. ^ 美しき女庭師の意。1824年創業、縫製工場が付属した衣服店、乃至ボン・マルシェ百貨店より古い世界最古の百貨店ともされる。現在のパリ1区ポン=ヌフ通り(fr)とクリシー広場等に店舗があった。
  8. ^ のちに、同8区ラブレ通り (Rue Rabelais) 2番地のジョッケクルブ (fr)に統合された。

参考文献[編集]

  • MICHELIN編、『Plan Atlas 56 – Paris du Nord au Sud – 』、ISBN 978-2-06-710591-1、MICHELIN、2007年 (仏語。パリ市内の詳細地図。)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]