キリスト教社会主義

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キリスト教社会主義(キリストきょうしゃかいしゅぎ)は、キリスト教内における社会主義思想。広義では、解放の神学社会的福音がこの部類に入る。

概要[編集]

19世紀の資本主義の広がりに対して、キリスト教の多くはブルジョアジーと妥協しがちであったが、早くから資本主義の矛盾に気づき、特に産業革命以後の工場における労働者への非人間的待遇に目をむけた者がいた。イギリスではチャールズ・キングズリなどがキリスト者の社会的責任を強調、革命ではなく、愛と奉仕の精神による協同組合を通じて労働者の教育と社会環境を改善、生活向上など社会改良に努めた。こうしたキリスト教社会主義は、マルクス主義の影響が小さかった国々において力を持った。

一方、ドイツではカール・バルトパウル・ティリッヒプロテスタント神学者の立場から社会主義を深めたが、両者ともナチスによって追放されてしまう。また、カトリック教会においては、ローマ教皇レオ13世回勅レールム・ノヴァールム』で資本主義の行き過ぎと並んで社会主義を批判したが、それでもキリスト教社会主義に与えた影響は無視できないものがあった。

現在、キリスト教社会主義(キリスト教のみならず宗教社会主義全般を含む)の国際組織として宗教社会主義国際連盟英語版があり、社会主義インターナショナルの協力組織となっている。

理念[編集]

  • 「隣人を自分自身のように愛しなさい」というレビ記の19章18節と、「人にしてもらいたいと思うことはなんでも、あなたがたも人にしなさい」というマタイによる福音書の7章12節を、キリスト教徒としての行動原理とする。
  • 格差問題や、経済的不均衡による社会的疎外階層と貧困階層問題を解決するための、神学的模索と宣教的実践を追い求めなければならない。
  • 経済的疎外と貧困問題が個人の問題ではなく、社会的な問題である事を認識して、その解決を個人の決断にのみ頼るのではなく、共同体的関心と社会的責任の2つによって成り立たなければならない。
  • 創意的生産を促進させる個人の自由と自律を土台にした市場原理主義の競争を認めるが、自由競争が少数が市場を独占するといった問題の原因にならないように牽制しなければならない。
  • 分配と参加を通じて、平等と均衡的分配が成り立たなければならない。
  • 生産と分配の物質的土台と手段が、個人や国家または特定の集団の独占所有物になることを警戒して、すべての物質の所有権は神にあり、人間は神の思惑通りに物質を管理しなければならない。
  • 唯物論唯心論を二者択一の観点では見ずに、宗教的覚醒と訓練を通じて精神と物質、魂と肉身の調和の成り立った人々が、生産と分配の調和を成して、人類平和共同体を具現する。

著名なキリスト教社会主義学者[編集]

共産主義とキリスト教社会主義[編集]

  • 現代的な意味でのキリスト教社会主義とは異なるが、マルクス共産党宣言の中で「キリスト教社会主義」に言及しており、キリスト教の主張が社会主義的であることを指摘した上で、キリスト教社会主義は貴族階級の不満を聖化するための聖水に過ぎないとしている。
  • エンゲルスは初期の著作で、「イギリスはある階級が社会のどん底にあればあるほど、無教養であればあるほど、ますます多くの未来をもつという奇妙な事実を示している。これはあらゆる革命期の特徴である。特にこれはキリスト教を生み出した宗教革命の際に示された通りだ。幸いなるかな、貧しき者よ」と述べている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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