アメリカ社会党
| アメリカ社会党 Socialist Party of America | |
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| 成立年月日 | 1901年7月29日 |
| 解散年月日 | 1972年12月31日 |
| 本部所在地 |
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| 政治的思想・立場 | 社会主義 |
| 国際組織 | 社会主義インターナショナル |
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関連項目 啓蒙思想 · 自由主義 · 平等主義 近代化 · 資本主義 · ブルジョワ 独占資本 · 国家独占資本主義 帝国主義 · 植民地 · 大恐慌 社会改良主義 · 唯物史観 · 階級闘争 プロレタリア独裁 · 前衛党 · 民主集中制 · 人民民主主義 労働運動 · 労働組合 · コミューン 労働価値説 · 搾取 · 社会保障 国有化 · 計画経済 · 大きな政府 · 混合経済 · 集産主義 · 社会的富の公平分配 国際主義 · 世界革命論 一国社会主義 · 社会主義国 国家資本主義 · 制限主権論 社会愛国主義 · 反資本主義 · 反帝平和主義 · 反共主義 · マルクス主義批判 · 反レーニン主義 · 反スターリン主義 · 社会主義市場経済 反グローバリゼーション 赤旗 · インターナショナル (歌) プロレタリア文学 社会主義リアリズム 左翼 · 極左 · 改良主義 · 急進主義 · 進歩主義 |
アメリカ社会党(英: Socialist Party of America)は、20世紀に存在したアメリカの社会主義政党。1901年に結党され、1970年代に分裂するまで存続した。
歴史[編集]
結党[編集]
社会主義労働党 (Socialist Labor Party of America) の一派と、アメリカン鉄道労働組合のプルマン・ストライキのベテランによって1898年に結成されたユージン・V・デブスの率いる社会民主党 (Social Democratic Party of America) が合併して、1901年に結党された。結党初期の著名なメンバーには、ユージン・V・デブス、ヘレン・ケラー、ジョン・リード、アプトン・シンクレア、ジャック・ロンドン、ヴィクター・L・バーガー等がいた。
1910年にはヴィクター・L・バーガーを連邦議会下院に送り、1912年の大統領選挙では6%の得票を得た。しかし、共和党・民主党が、アメリカ社会党の進出を既成政党に対する批判と受け止め、同党の政策を取り込んだことから、同党の存在意義が薄れた。また、同党が第一次世界大戦に反対したことから、アメリカ国民から非国民呼ばわりされ、党勢が衰えた。
戦間期[編集]
第一次世界大戦および1917年の十月革命を経て、1919年には改良主義的な路線に飽き足らない左派が離党、アメリカ共産党およびアメリカ共産労働党 (Communist Labor Party of America) が分裂独立する(アメリカ共産労働党にはジョン・リードらが参加したが、1921年にアメリカ共産党に合流した)。
この後、大統領選では1924年に進歩党のロバート・ラフォレットを支持した後、1928年からは独自候補の擁立に転じ、たびたびノーマン・トーマスを出馬させたが、社会党は小規模化し下院の議席も失った。フランクリン・ルーズベルト大統領のニュー・ディール政策やアメリカ共産党の存在により、社会党の主張の独自性が失われたことが要因として挙げられる。
第二次世界大戦後[編集]
1951年にはすでにミニ政党ではあったが、社会主義インターナショナルの創設に加わった。この間、1948年から1960年にかけてフランク・ザイドラーがウィスコンシン州ミルウォーキーの市長となった。ミルウォーキーは現在に至るまでアメリカで社会主義者の市長を擁した最大の市である。
1958年にはマックス・シャハトマン率いるトロツキストのグループが加入し、党の執行部を掌握する。
1972年から1973年にかけて社会党は反共主義的なシャハトマンらがベトナム戦争とピッグス湾事件への賛成[1]と新左翼への対抗を打ち出したことから、これに批判的な左派のアメリカ合衆国社会党、中間派の民主社会主義組織委員会(後にアメリカ民主社会党)、肯定的な右派の合衆国社会民主党に3分裂した。うち、後2者が社会主義インターナショナルに残留した。
注釈[編集]
- ^ ピーター・ドラッカー「Max Shachtman and His Left: A Socialist's Odyssey Through the 'American Century'」Humanities Press, New Jersey 1994
関連項目[編集]