エルメス
![]() パリ8区フォーブール=サントノレ通りのエルメス本店 | |
種類 | 株式合資会社 |
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市場情報 | Euronext: RMS |
本社所在地 |
![]() 24 Rue du Faubourg Saint-Honoré, パリ8区 |
本店所在地 | 24 Rue du Faubourg Saint-Honoré, パリ8区 |
設立 | 1837年 |
事業内容 | 高級アクセサリーおよび衣料品のデザイン・製造・販売 |
代表者 | アクセル・ドゥーマス(会長) |
売上高 | 59億6600万ユーロ (2018年) |
従業員数 | 14,284人 (2019年) |
外部リンク | コーポレートサイト |
エルメス・アンテルナショナル SA(Hermès International S.A., [ɛərˈmɛz] ( 音声ファイル) air-MEZ, フランス語: [ɛʁmɛs] (
音声ファイル))は、1837年に設立されたフランスの高級品メーカー。皮革製品、生活アクセサリー、家財道具、香水、ジュエリー、時計、プレタポルテを専門に扱う。
概要[編集]
創業当時のエルメス社は、パリのマドレーヌ寺院界隈で馬具工房として始められた。その後、自動車の発展による馬車の衰退を予見し、鞄や財布などの皮革製品に事業の軸足を移して今日までの成功に至った。
現在でも馬具工房に由来するデュックとタイガーがロゴに描かれている。デュックは四輪馬車で、タイガーは従者のこと。主人が描かれていないのは「エルメスは最高の品質の馬車を用意しますが、それを御すのはお客様ご自身です」という意味が込められているためである。
歴史[編集]
エルメス社の母体になったのは、ティエリー・エルメス(Thierry Hermès, 1801年 - 1878年)が1837年、マドレーヌ寺院界隈、現在のパリ9区にあたるバス=デュ=ルンパール通り (Rue Basse-du-Rempart) に開いた馬具工房である。ナポレオン3世やロシア皇帝などを顧客として発展した。
1878年、ティエリーの息子である2代目シャルル・エミール・エルメスの時代に、パリ万博に出品した鞍が金賞を獲得する。
1879年に現在の本店があるパリ8区フォーブル・サントノーレ通り24番地へ工房を移転。
ティエリーの孫にあたる3代目のエミール=モーリス(モリス)・エルメス(Émile-Maurice Hermès, 1871年 - 1951年)は事業の多角化に着手した。1892年には、馬具製作の技術を基にエルメス最初のバッグ、サック・オータクロア(オタクロワ)(sac haut-à-courroie, 現在の名前はオータクロアまたはオタクロワ))を製作。1927年に腕時計を発表。さらに服飾品・装身具・香水などの分野にも手を広げ、それらの製品のデザイン、製造、販売をすべて手がける会社になった。
1980年代から1990年代にかけエルメス社はシャツや帽子を発注していた会社を次々と買収したが、リシュモン系列(カルティエ・クロエなど)やLVMHグループ(ルイ・ヴィトン・フェンディなど)の買収戦略と異なり、職人技の維持を第一目標にしてのものであり、そのため買収対象は比較的小規模の会社にとどまっている。エルメスと資本関係のあるブランドには、食器のサンルイ、ピュイフォルカ、英国靴のジョン・ロブなどがある。
1997年にエルメス社が制作した初の社史「LE CHEMIN D'HERMÈS」は漫画形式で、日本の漫画家竹宮惠子(日本語版は『エルメスの道』中央公論社)[1]に依頼された。
1988年、エルメスのメンズプレタポルテのディレクターに、ヴェロニク・ニシャニアンが就任。(メンズプレタポルテは現在もヴェロニク・ニシャニアンがデザインしている。)
レディースプレタポルテでは、2004年マルタン・マルジェラの後継として、ジャン=ポール・ゴルチエがデザイナーに就任。2004年のパリ・コレクションではエルメスの伝統である馬具・皮革製品を意識し、伝統に配慮しつつ、オレンジ・黒を中心とした鋭角的でかつブランドの風格を意識したデザインを発表した。クリストフ・ルメールに代わり、2015-16秋冬コレクションより、ナデージュ・ヴァネ=シビュルスキーがアーティスティックディレクターを務めている。
主な商品[編集]
ケリーバッグ[編集]
バーキン[編集]
ケリーと同様の人気を誇るカジュアルバッグであるバーキン(ビルキン) (Birkin フランス人によるJane Birkinの発音例) の名は、1984年、第5代社長のジャン=ルイ・デュマ=エルメスが、航空機の機内でたまたまイギリス出身の女性歌手ジェーン・バーキンと隣合わせになり、彼女がボロボロの籐の籠に何でも詰め込んでいるのを見て、整理せずに何でも入れられるバッグをプレゼントさせてほしいと申し出たエピソードに由来する。なおバーキンの原型は上述のオータクロアであるが、今やオータクロアをはるかに凌ぐ人気である。
このようにエルメスのバッグには発注者ないし最初の所有者の名が付いたモデルが多く存在する。比較的時代が新しいものでは、スーパーモデルのエル・マクファーソンが発注したエル(巾着型で、底の部分に化粧品を入れるための外から開閉可能な引きだしが付いている)、日本人男性が発注した大型旅行鞄マレット・タナカがある。
その他[編集]
日本では女性の支持が高いが、バッグなどでは男性からの支持も高く人気もあり、特に1998年に発表されたフールトゥ (fourre-tout) やエールライン(絶版)は価格も手ごろなために定番バッグとなっている。またバッグ以外にも、ベルト、革手袋、ガムケース、笛、櫛、トランプ、マネークリップ、ピルケース、扇子、犬用首輪や腕時計など様々な生活小物も厳選された素材でパリの工房で製造されたものが全世界の主要都市にある直営店で販売されている。
ただし価格はベルト類はバックルを含めて約8万円から、手袋も約6万円からといずれも一般のものに比べてはるかに高価である。
日本におけるエルメス[編集]
1960年代初めより日本に於ける元祖セレクトショップである銀座のサンモトヤマが輸入販売を行っていたが、日本初の直営店は、1978年に東京・丸の内に開店したブティックである。エルメスの日本法人であるエルメスジャポン株式会社は、1983年にエルメス・アンテルナショナルと西武百貨店との合弁で設立されたが、後にエルメス・アンテルナショナルの完全子会社となった。
現在では西武系に限らず、大手百貨店の主要店には比較的多く出店している。日本におけるエルメスの売上は、アメリカ合衆国、フランスに次ぐ世界第3位で、世界全体の売上の13%を占めている[2]。
2001年6月28日には、日本での旗艦店「メゾンエルメス」(en:Maison Hermès) を東京・銀座の晴海通り沿いにオープンしている。外壁に450mm角のガラスブロック13,000枚を張りめぐらした11階建てのビルで、レンゾ・ピアノの設計による。ブティックのほか、製品の修理工房、ギャラリー、パリ以外では初となるエルメス社常設ミュージアム、そしてエルメスジャポンの本社が入居する。
広告などのメディア関連事業はピュブリシス・グループおよび電通と契約して行っている。純広告のビジュアルには「Publicis EtNous」と記載されている。
アートワーク[編集]
THE ALFEE とのコラボレーション[編集]
1999年に発表された THE ALFEE のアルバム『orb』の通常盤のディスクジャケットは、エルメスの社長とプライベートでも交友のあった高見沢俊彦からの依頼で、同社がデザインしたイラストが使用された。高見沢のトレードマークでもある“エンジェルギター” や、THE ALFEE 25周年を表す "25Ans" 等のロゴが描かれたものとなっており、後にそのデザインのカレ(スカーフ)が関係者やファンクラブ入会者などを対象にごく少数が限定で発売された。フランス革命をテーマとした曲「Nouvelle Vague」をエルメスの関係者がいたく気に入り、彼らのアルバムのアートワークに起用することを認めたという。
同アルバム収録の「orb」という楽曲は、そのアートワークのイメージを楽曲化してエルメスに捧げられており、後に同アートワークをあしらったESP社特製のギターをエルメス本社に贈呈している。このギターは後に同社の "Dream Display" に展示され、現地のマスコミからも「エルメスの新しい挑戦」として紹介され、注目を浴びることとなった。なお、エルメス社が音楽家の作品などにアートワークを提供するのはこれが初めてのことであった。
H BOX[編集]
2007年には、ビデオ・アート作品のための発表の場と機能的な上映環境の提供として『H BOX』と名付けた移動式の上映室を企画・制作している。
旅行鞄のようなアルミニウム合金製の外装はディディエ・フィウザ・ファウスティーノの設計で、内部にはスクリーンと10席の観賞席が設置され、複数のアーティストによるビデオ作品が上映された。2007年11月のお披露目から2008年末までに、パリのポンピドゥー・センター、スペイン・レオンのカスティーリャ・レオン現代美術館 (MUSAC)[3]、ルクセンブルク市のグラン=デュック・ジャン近代美術館 (MUDAM)、ロンドンのテート・モダン、横浜トリエンナーレ2008(横浜港大さん橋国際客船ターミナルに設置)を巡回している。
ギャラリー[編集]
エルメスバーキンクロコダイル
エルメスバーキンオーストリッチ
オードトワレ テール・ドゥ・エルメス (Terre d’Hermès)
エルメス仕様のブガッティ・ヴェイロン by エルメス。バルセロナモーターショー、2009年
同エルメス仕様のブガッティ・ヴェイロン by エルメス。エッセン、2011年
注釈[編集]
- ^ 『エルメスの道』中央公論社、1997年、増補版2021年、中公文庫、2000年
- ^ “Hermès 2018 Results (PDF)” (英語). Hermès International S.A. (2019年3月20日). 2019年9月22日閲覧。
- ^ The Museo de Arte Contemporáneo de Castilla y León, better known as the MUSAC, is a contemporary art museum in the city of León, Spain Clara D. Lepore