エミール・ルーベ

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エミール・ルーベ
Émile François Loubet
Loubet.jpg

フランス共和国
第8代大統領
任期 1899年2月18日1906年2月18日

出生 1838年12月31日
フランスの旗 フランス王国 マルサンヌ英語版
死去 (1929-12-20) 1929年12月20日(90歳没)
フランスの旗 フランス共和国 モンテリマール
政党 穏健共和派

エミール・ルーベ (フランス語:Émile François Loubet、1838年12月31日 - 1929年12月20日)は、フランスの政治家。第8代フランス大統領 (第三共和政)。

生涯[編集]

弁護士を経て、1876年に下院議員になり、普通教育無償化・義務化の実現のために働いた。1885年上院議員。1887年12月~1888年3月公共事業大臣。1892年2月首相兼内務相に就任するも、パナマ事件のため9か月で辞任。1899年大統領。1906年辞任。

業績[編集]

ルーベの大統領在任中の最大の業績はドレフュス事件を解決したことである。アルフレド・ドレフュスが1894年に不正確な証拠により反逆罪になったこの事件は、そのころフランスの世論を二分する騒ぎを起こしていた。流刑地のデビルズ島から呼び戻されたドレフュスは、軍法会議で再び有罪になったが、ルーベは特赦を与え、国外追放命令を撤回した。この措置は、国内の王統派、カトリック教会の聖職者、軍部に対する勝利であった。このほか1905年には、政教分離法によってフランス国家と教会の分離に成功した。

外交[編集]

ルーベは外交にも積極的で、ロシアのニコライ2世、イギリスのエドワード7世などを訪問。イタリアのヴィットーリオ・エマヌエーレ3世を訪問した時は、ローマ教皇ピウス10世を激怒させた。また、1904年4月には英仏協商を締結し、イギリスとの関係を改善した。

参考文献[編集]

  • ブリタニカ国際大百科事典小項目電子辞書版

関連項目[編集]

先代:
フェリックス・フォール
フランス共和国大統領
第三共和政
1899年 - 1906年
次代:
アルマン・ファリエール
先代:
シャルル・ド・フレシネ
フランス共和国の首相
第三共和政
1892年
次代:
アレクサンドル・リボフランス語版