自由貿易

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自由貿易(じゆうぼうえき、free trade)は、関税など国家の介入、干渉を排して生産者や商人が自由に行う貿易のこと。19世紀重商主義に基づく保護貿易に対して、イギリスのアダム・スミスデヴィッド・リカードフランスフランソワ・ケネーらによって唱えられた。

2014年現在は、WTO(世界貿易機関)が、諸国間の取引のルールを定め、より自由貿易に近い状態が実現されるよう努めている。

概要[編集]

個々の市場で完全競争原理が働いた場合、生産者と消費者は、市場価格による生産・消費によって最大の利益を享受できる[1]。このような完全競争原理を国際的に適用させようとするものが自由貿易の理論である[1]

自由貿易の利益は、国際分業(比較優位への特化)によって図られるが、関税などの貿易障壁が高すぎると、貿易の利益は損なわれ利益ある国際分業が起きなくなる。このため、関税などを撤廃する事で、貿易取引を自由に行い経済的な利益を増大させる事が出来ると考えられている。自由貿易の利益は、一方からの所得移転ではなく、経済全体の所得増大によって実現されるため、貿易に関係する両国が利益を得る事が出来る。

自由貿易を行っていけば、どの国においても必ず衰退する産業は出てくる[2]。自由貿易では、産業構造調整が生じるが、その調整は簡単でもスムーズでもなく、様々な社会的軋轢を伴い、困難な過程があるのが常である[3]。このとき特定の比較劣位の産業は厳しい競争にさらされ衰退する場合があるため、自由貿易への反対は根強い。

なお、直感的には自由貿易での競争は他国との競争に見えるが、実際に起きるのは国内での産業間の資源獲得競争である。例を挙げると日本が自由貿易を行なった場合、比較優位な工業へ資源が集中し、比較劣位な農業が衰退する。日本の農業は他国の農業と競争しているのではなく、国内の工業と競争しているのである。

自由貿易に対する批判については、市場の失敗底辺への競争反グローバリゼーションも参照。

歴史[編集]

現在は、歴史的に見ても世界規模で自由貿易が実現されている状態といえるが、自由貿易はさまざまな歴史を経てきている。

19世紀前半、国際分業において工業分野で圧倒的優位を誇ったイギリスは、世界的な自由貿易体制確立に腐心していた。生み出す利益が自国をより優位にすると考えられたためである。

もともと自由貿易は、産業資本家の要請を受けて展開された。19世紀初頭のイギリスでは穀物法航海法によって国内市場を保護するとともに、貿易による利益が一部の特許会社に独占されていたが、これに対して産業資本家から批判の声が上がった。直接的な理由としては国内産小麦を保護することによって、パンの価格が高くなっている、というものであった。スミスやリカードら経済学者や、リチャード・コブデンジョン・ブライトなどのマンチェスター学派によって唱えられたこの主張は国内に広く支持され、国内市場を保護しないという方針は19世紀イギリスの基本政策となった。一方で貿易相手側の自由貿易、つまり相手国に市場を保護させないという点については、ドイツ関税同盟の例があるように徹底することは難しかった。非ヨーロッパ地域では清朝に対するアヘン戦争アロー戦争のように、自由貿易を強制することも可能であったが、ドイツやアメリカに対して武力で自由貿易を強制することは不可能であった。これに対し、イギリス産業界からは保護関税の導入を求める声が上がったが、導入には至らず、イギリスは結局、ブロック経済まで一方的に自由貿易を展開することになる。イギリス以外の中核国では、イギリスに対抗し自国産業を育成するために保護関税が導入され、早くに自由貿易は衰退している。

同じく19世紀前半、ドイツにおいては、自由貿易を行わず自国産業を保護すべきだとしてドイツ関税同盟が結ばれた。これは、同盟域内の関税障壁を撤廃し自国産業に優位性を与えるものであるが、域内においては自由貿易が実現されることになる。この自由貿易の利益は、後にドイツが経済的成功を収める基盤の一つになっている。

1930年代世界恐慌の猛威にさらされた自由貿易圏諸国(欧州、米国、日本など列強とその植民地)は、自国経済圏における需要が貿易によって漏出し、他国経済圏へ流れるのを防ぐため、関税などの貿易障壁を張り巡らした。これはブロック経済と呼ばれる。自由貿易の途絶により、各国の経済回復の足並みがずれて、経済的な不利益が多大に生じた。

20世紀後半、西ヨーロッパでは、諸国同士が経済圏の拡大による利益と安全保障を求めて、貿易障壁撤廃を開始。周辺の英、仏、西独を巻き込んで自由貿易圏を拡大した。これが現在の欧州連合となった。

学者の見解[編集]

アダム・スミス、デヴィッド・リカード、ジョン・スチュアート・ミルなどの古典派経済学者たちは、重商主義批判、自由貿易擁護に多くの労力を費やしており、そこから出てきた自由貿易論が、現代の経済学の市場論の基礎となっている[4]。その自由貿易論の基礎に当たるものが、リカードによって確立されたの「比較優位」の考え方である[4]

経済学者チャールズ・キンドルバーガーは「自由貿易は利益となる」という経済学の命題を押し通す一方で、「自由貿易がその国によって利益となるかは状況に依存する」と指摘している[5]ジョン・メイナード・ケインズは、自由貿易は長期的に各国の利益を増進させ、国際的相互依存の高まりによって世界の平和に貢献するという学説に反論している[6]。ケインズは、自由貿易の下での輸出の拡大・海外権益の確保が、帝国主義の動きを強め国家の対立を激化させているとしている[7]

経済学者の西川潤は「19世紀以来、自由貿易は『強者の自由主義』として、先進国が発展途上国の門戸を開放させ、市場を抑える手段として用いられてきた」と指摘している[1]

経済学者の宇沢弘文は「自由貿易の命題は、新古典派経済理論の最も基本的な命題である。しかし社会的共通資本を全面的に否定した上で、現実には決して存在し得ない制度的、理論的諸条件を前提としている。生産手段の完全な私有制、生産要素の可塑性、生産活動の瞬時性、全ての人間的営為に関わる外部性の不存在などである。この非現実的、反社会的、非倫理的な理論命題が、世界の経済学の歴史を通じて何度も現われ、時には自然、社会、経済、文化という社会的共通資本を広範に亘って破壊し、壊滅的な帰結をもたらしてきた。ジョーン・ロビンソンが言ったように、自由貿易の命題は支配的な帝国にとって好都合な考え方である」と指摘している[8]

中野剛志イデオロギーは都合良く巧妙に操作されるとし、自由貿易が良いという理論をイデオロギーとして流布する帝国があり、それは19世紀であればイギリス20世紀の戦後であればアメリカであったとしている。アメリカは保護主義的な政策で成長したにもかかわらず、戦後に圧倒的な影響力を持ったとたんに、自国の製品を世界で売る必要から、各国の関税が邪魔になり、自由貿易のイデオロギーを強力に推進するようになり、これは19世紀のイギリスの理屈も同じであるとしている。フリードリッヒ・リストは自由貿易はイギリスのナショナリズムだと見抜いていたとしている。また、同様の趣旨を福沢諭吉が『通俗国権論』や『時事小言』の中で言っており、ドグマにとらわれない「実学」を強調しているとしている[9]

中野は貿易政策において「戦略」は必要であるが、重商主義は間違っているとしている。貿易する財の性質や市場の構造により、両国の力関係は異なるため、貿易により一方の国がモノを売ることで利益を稼ぎ、他方の国がそれを買うことで消費という恩恵にあずかることは、両国が常に同じような利益を得るということではないため、自由貿易は必ずしも互恵的ではないとしている[10]

経済学者の中谷巌は「強大な国が弱小な国に貿易を強要することはありえる。例えば植民地時代、植民地は宗主国に不利な条件で取引を強要され、搾取された。しかし、これは自由貿易ではない。自由貿易はあくまで貿易に従事する人々の自律性がなければ成り立たない」と指摘している[11]

経済学者の原田泰は「自由な貿易が、総体として国家に利益を与えるのは自明である。しかし、自由な貿易がすべての人に利益をもたらす訳でもないことは事実である。自由貿易の恩恵が産業ごと、人間ごとに異なるのは事実である。また、国は人であり国土である。特定の人や産業の既得権益を守らなくても、国を守るのは当然である」と指摘している[12]

経済学者のミルトン・フリードマンは、日本の明治時代、関税自主権がなかったことで低関税となり自由貿易が促進されたが、そのことが日本の経済成長を発展させたと評価している[13]

経済学者の若田部昌澄は「自由貿易と経済成長との相関については最も批判的な研究でも、マイナスを示したものは無い。自由貿易が利益をもたらすことの最大の歴史的証拠は日本であり、ペリー来航鎖国を解いた日本には、GDP比で5-9%の利益があった[14]」「開国という大転換の後に始まった交易で得られた利益は、当時の推計GDPの15%ほどに達したといわれている。これは関税自主権がなかった完全自由貿易で、世界的でもまれな実験であった。その結果、GDPを見る限りはプラスとなった[15]」と指摘している。また「自由貿易のメリットがデフレーションのときには十分得られない」と指摘している[16]

比較劣位産業と構造的失業[編集]

経済学者のレスター・サローは「貿易の自由化によって国民所得が向上するという理論は、失業を想定していない。国内市場を失えば大きな失業コストを背負う。失業コストを計上して分析すれば、国民所得が必ず向上するとは言い切れなくなる」と指摘している[17]

中野剛志は、極端な自由貿易で自分たちの得意な産業に特化した場合、他の産業は諦めねばならず、その国にいる限り、職業選択の自由は行使できなくなるとしている[18]

経済学者の野口旭は「比較優位とは、比較劣位と常に裏腹の関係にある。一国にとって『あらゆる産業が比較優位になる』ということは考えられない。構造調整が済むまで一時的な現象ではあっても、失業を増加させる。比較劣位化した産業の当事者にとっては耐え難いことであるが、貿易を行う限り、受け入れざるを得ない。貿易を閉ざした経済とは、発展の無い経済にほぼ等しいということも事実である[19]」「一時的な失業の発生を恐れ貿易を閉ざすことは、労働の有効利用の機会そのものを放棄することになる。失業には貿易制限などより財政政策金融政策によるマクロ経済政策のほうがはるかに適切である[20]」と指摘している。

若田部は「もちろん自由貿易にはデメリットもあり、比較劣位にある職業・産業をあきらめなければならない。全体としてはプラスサムになるとしても、トレードの過程で勝者と敗者が出るのは避けられない。そこは、再配分セーフティーネットで解決するしかない」と指摘している[21]

食料安全保障[編集]

トマス・ロバート・マルサスは、平時には自由貿易は望ましいが世界的な凶作のような非常事態で穀物輸入を外国に依存するのはリスクがあるとしている[22]

それに対しリカードは、穀物の輸入を制限すると国内で生産しなければならなくなり、比較劣位の場合、国内で耕作が進むと利潤率が下がってしまう[23]。また凶作の場合、穀物の国際価格は上昇し、輸出国はむしろ余計に輸出しようと生産を増やそうとする[23]。世界中が同時に不作になることは考えられず、世界各国から輸入するほうが不作時にリスクが分散できるとしている[23]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、112頁。
  2. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、202頁。
  3. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、203頁。
  4. ^ a b 日本経済新聞社編 『やさしい経済学』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2001年、43頁。
  5. ^ 日本経済新聞社編 『経済学の巨人 危機と闘う-達人が読み解く先人の知恵』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年、48頁。
  6. ^ 日本経済新聞社編 『経済学の巨人 危機と闘う-達人が読み解く先人の知恵』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年、78頁。
  7. ^ 日本経済新聞社編 『経済学の巨人 危機と闘う-達人が読み解く先人の知恵』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年、78-79頁。
  8. ^ 提言 【特別寄稿(上)】菅政権のめざすことと、その背景 宇沢弘文・東京大学名誉教授、日本学士院会員JAcom 農業協同組合新聞 2011年2月14日
  9. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 199-201頁。
  10. ^ 中野剛志 『TPP亡国論』 174-175頁。
  11. ^ 中谷巌 『痛快!経済学』 集英社〈集英社文庫〉、2002年、216頁。
  12. ^ 政策研究・提言 TPPを契機に農産物間の差別を止めよ東京財団 2011年11月4日
  13. ^ 日本経済新聞社編 『経済学の巨人 危機と闘う-達人が読み解く先人の知恵』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年、98-99頁。
  14. ^ 若田部昌澄・栗原裕一郎 『本当の経済の話をしよう』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2012年、164頁。
  15. ^ 若田部昌澄 『もうダマされないための経済学講義』 光文社〈光文社新書〉、2012年、57-58頁。
  16. ^ 若田部昌澄・栗原裕一郎 『本当の経済の話をしよう』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2012年、167頁。
  17. ^ 野口旭 『グローバル経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2007年、103頁。
  18. ^ 中野剛志・柴山桂太 『グローバル恐慌の真相』 195頁。
  19. ^ 野口旭 『ゼロからわかる経済の基礎』 講談社〈講談社現代新書〉、2002年、202-204頁。
  20. ^ 野口旭 『グローバル経済を学ぶ』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2007年、104-105頁。
  21. ^ 若田部昌澄・栗原裕一郎 『本当の経済の話をしよう』 筑摩書房〈ちくま新書〉、2012年、150-151頁。
  22. ^ 日本経済新聞社編 『経済学の巨人 危機と闘う-達人が読み解く先人の知恵』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年、242頁。
  23. ^ a b c 日本経済新聞社編 『経済学の巨人 危機と闘う-達人が読み解く先人の知恵』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2012年、243頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]