山本有二

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日本の旗 日本の政治家
山本 有二
やまもと ゆうじ
Yuji Yamamoto.jpg
生年月日 1952年5月11日(64歳)
出生地 日本の旗 高知県高知市
出身校 早稲田大学法学部卒業
現職 自民党高知県連
副会長
自民党高知県第三選挙区支部
支部長
所属政党 自由民主党石破派[1]
称号 法学士(早稲田大学・1977年
弁護士
公式サイト ようこそ山本有二ホームページへ

内閣 第1次安倍内閣
在任期間 2006年9月26日 - 2007年8月27日

選挙区 (旧高知県全県区→)
高知3区→)
高知2区
当選回数 9回
在任期間 1990年2月19日 - 現職

当選回数 1回
在任期間 1985年 - 1989年
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山本 有二(やまもと ゆうじ、1952年5月11日 - )は、日本政治家弁護士自由民主党所属の衆議院議員(9期)、自民党高知県連副会長、のぞみ代表。

内閣府特命担当大臣(金融担当)高知県議会議員(1期)、衆議院予算委員長、衆議院経済産業委員長、衆議院法務委員長、衆議院懲罰委員長などを歴任。パチンコチェーンストア協会アドバイザー、遊技業振興議員連盟カジノ議連所属。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

高知県高知市出身。土佐高等学校早稲田大学法学部卒業(早大在学中は雄弁会所属)。1980年、27歳で司法試験に合格し司法修習第35期を修了(同期に鈴木喜久子)。

政治家として[編集]

1985年、高知県議会議員選挙に出馬し、初当選。1990年第39回衆議院議員総選挙高知県全県区(定数5)から自由民主党公認で出馬し、3位で当選する。第40回衆議院議員総選挙では、得票数最下位(5位)で再選。

羽田内閣総辞職に伴う1994年6月29日内閣総理大臣指名選挙では、自民・社会さきがけ3党は日本社会党委員長村山富市を擁立したが、中曽根康弘海部俊樹両元首相や渡辺美智雄らが村山擁立に反発し、新生公明民社日本新ほか旧連立与党が海部を擁立。山本や伊吹文明らは党本部の決定に造反し海部に投票したが[要出典]、決選投票で海部は村山に敗れた。同年、衆議院議事進行係に就任。

小選挙区比例代表並立制導入後の第41回衆議院議員総選挙1996年)以来、高知3区から出馬し、小選挙区で連続6選。対立候補が比例復活したのは1996年の春名眞章日本共産党)のみである。

2003年財務副大臣に就任。2006年自由民主党総裁選挙では、ポスト小泉純一郎候補に内閣官房長官安倍晋三を擁立する。山本は安倍を支持する再チャレンジ支援議員連盟会長を務めており、中堅・若手議員の票の獲得に奔走し、安倍の圧勝に貢献[要出典]。その後、第1次安倍内閣内閣府特命担当大臣(金融担当)に就任。また、「再チャレンジ可能な社会を構築するための施策を総合的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」も担当した[要出典]第1次安倍改造内閣では続投せず、退任。

2009年8月の第45回衆議院議員総選挙では、高知3区で民主党の中山知意を約1万票差で破り、7選。山本は高知3区で当選、対立候補に比例復活を許さなかった。

2010年1月、所属していた高村派を退会。政策グループ「のぞみ」を結成し、代表に就任。

2011年3月、自由民主党高知県支部連合会にて、再選を目指し会長選挙に立候補するも、副会長の中谷元も立候補した[2]2004年に会長を公選する規定が導入されていたため、初の会長選挙が実施されることになった[3]。その結果、山本が938票を獲得したものの、1904票を集めた中谷に破れ落選した[4]。その後、中谷の下で副会長に就任した。2011年5月、山本拓が事務局長を務める地下式原子力発電所政策推進議員連盟(略称 地下原発議連)の顧問に就任。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙でも、高知3区で共産党候補を大差で破り、8選。なお同選挙を最後に高知3区は廃止されるため同選挙区から選出された最後の国会議員となった。同年12月、衆議院予算委員長に就任。2013年1月31日、無派閥連絡会の初会合に参加。

2014年12月の第47回衆議院議員総選挙でも、高知2区で9選。

政策・主張[編集]

道路建設
道路特定財源一般財源化後の道路整備を考える高知県緊急集会において、「高知が全国でも一番早く道路整備緊急集会を開いた。高知の声を国に反映したい」との意見を表明した[5]。山本は党の道路調査会長であった[要出典]
グレーゾーン金利
安倍内閣初閣議後の記者会見で、政府が臨時国会に提出する予定の貸金業規制法改正案について、「厳しくすればいいというわけではない」「多重債務をなくす一方で、必要な人にお金が行き渡るようにもしなければならない」と述べ、グレーゾーン金利が必要であるとの認識を示した。なお、日本共産党の機関紙しんぶん赤旗によれば、消費者金融など貸金業界の政治団体全国貸金業政治連盟」(全政連)から政治献金を受けている[6]
パチンコ
自民党遊技業振興議員連盟(自民党パチンコ議連)に所属。また、パチンコチェーンストア協会の政治分野アドバイザーである[7][8]
靖国神社
安倍内閣の金融担当相在任中の2007年、「公的立場の参拝は歴史的経緯からアジアの政治的安定を害する」として、終戦記念日靖国神社への参拝を行わないことを表明した[9]
慰安婦
日本軍慰安婦を強制したとする主張に反対[10]
選択的夫婦別姓
選択的夫婦別姓制度導入について、「どちらとも言えない」としている[11]

政治資金問題[編集]

  • 山本の後援会が2012~2013年に選挙区内など県内の葬儀で枕花代として計約98万円を支出していたことが2015年に発覚した[12]。公職選挙法は政治家の後援団体が選挙区内の人に枕花や香典を贈ることを禁じている[12]。山本氏の事務所は「事務的なミス」と主張し、2015年12月に政治資金収支報告書の訂正を申し出た[12]

エピソード[編集]

  • 崇教真光の神組み手(信徒)。1990年の秋季大祭に出席し、祝辞の中で「今年四月に御神縁をいただき、初級研修を受講させていただき、高知中道場所属の神組み手にさせていただいて、感謝感激で一杯であります。」「崇高なる霊主文明建設に向かいまして、私も神組み手の一人として、また政治家という立場におきまして参画させていただきたいと思います。どうかお使いいただきますようお願い申し上げますと同時に、今後ともご指導とご鞭撻を賜わりたくお願い申し上げます。」と篤い信仰心を披瀝している[13]

所属団体・議員連盟[編集]

著書[編集]

  • 「私説 坂本龍馬」金高堂、1985年11月
  • 「わかりやすい あっせん利得処罰法 Q&A」勝丸充啓著・山本有二監修、大成出版社、2001年6月
  • 「マンション管理士・管理業務主任者受験ハンドブック PART1」LEC東京リーガルマインド編著・山本有二監修、2001年8月

脚注[編集]

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  1. ^ 自民党:石破派「水月会」20人で正式結成 総裁選に意欲 毎日新聞 2015年9月28日 2015年9月29日閲覧。
  2. ^ 「自由民主党高知県連会長選挙」『自由民主党高知県連会長選挙 - 自由民主党高知県連合会』自由民主党高知県支部連合会
  3. ^ 「自民高知県連会長選――初の投票」『高知新聞:高知のニュース:政治:自民高知県連会長選 初の投票高知新聞社2011年3月18日
  4. ^ 「県連会長選――決定の件」『県連会長選 決定の件 - 自由民主党高知県連合会』自由民主党高知県支部連合会
  5. ^ [1][リンク切れ]
  6. ^ パーティ券リストの面々 しんぶん赤旗 2003年9月12日
  7. ^ 「パチンコ・チェーンストア協会」(PCSA)
  8. ^ 「自民党新役員にも多数、カジノ議連メンバー」、しんぶん赤旗、2014年9月15日
  9. ^ “全閣僚が終戦記念日の靖国参拝見送り”. 産経新聞. (2007年8月10日). http://megalodon.jp/?url=http://headlines.yahoo.co.jp/hl%3Fa%3D20070810-00000916-san-pol&date=20070810153404 2010年10月22日閲覧。 
  10. ^ しんぶん赤旗 2013年1月6日
  11. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査
  12. ^ a b c 「山本有二衆院議員 後援会、葬儀に枕花代98万円支出」毎日新聞、2015年12月11日。
  13. ^ 崇教真光機関誌「真光」1990年12月号

外部リンク[編集]

議会
先代:
中井洽
日本の旗 衆議院予算委員長
2012年 - 2013年
次代:
二階俊博
先代:
河村建夫
日本の旗 衆議院懲罰委員長
2010年 - 2012年
次代:
山本拓
先代:
園田博之
日本の旗 衆議院法務委員長
2002年 - 2003年
次代:
増田敏男
先代:
新設
日本の旗 衆議院経済産業委員長
2001年 - 2002年
次代:
谷畑孝
公職
先代:
与謝野馨
日本の旗 金融担当大臣
第6代:2006年 - 2007年
次代:
渡辺喜美
先代:
谷口隆義
小林興起
日本の旗 財務副大臣
石井啓一と共同
2003 - 2004
次代:
上田勇
田野瀬良太郎