河野太郎

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日本の旗 日本の政治家
河野 太郎
こうの たろう
Kono taro 20160622.jpg
2016年6月撮影
生年月日 1963年1月10日(53歳)
出生地 神奈川県平塚市
出身校 アメリカ合衆国の旗ジョージタウン大学比較政治学専攻
前職 富士ゼロックス社員
日本端子社員
現職 自民党副幹事長
所属政党 自由民主党麻生派
親族 父・河野洋平
祖父・河野一郎
大叔父・河野謙三
公式サイト 河野太郎公式サイト

内閣 第3次安倍改造内閣
在任期間 2015年10月7日 -

選挙区 神奈川15区
当選回数 7回
在任期間 1996年10月21日 - 現職
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河野 太郎(こうの たろう、1963年(昭和38年)1月10日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(7期)、国家公安委員会委員長行政改革担当大臣兼国家公務員制度担当大臣兼規制改革担当大臣消費者及び食品安全担当大臣防災担当大臣

父は、元衆議院議長河野洋平副総理国務大臣を務めた元衆議院議員河野一郎は祖父、元参議院議長河野謙三は大叔父に当たる。

来歴・人物[編集]

河野洋平の長男として生まれる。

学生時代[編集]

YWCA幼稚園、平塚市立花水小学校、慶應義塾中等部慶應義塾高等学校時代は、祖父、大叔父、父と同様、競走部(陸上競技部)に入り、箱根駅伝を目標にしていた。高校の同級生に公明党所属の参議院議員西田実仁がいる。

1981年(昭和56年)慶應義塾大学経済学部に入学。大学3年時で渡米し、ボストンの高校のサマースクールを経て全寮制のコネチカット州サフィールドアカデミー(Suffield Academy)で1年間過ごす。続いて1985年(昭和60年)にワシントンD.C.ジョージタウン大学に入学し、比較政治学を専攻。ニューヨーク・ニックスにいたパトリック・ユーイングと同級であった。後に国務長官となるマデリーン・オルブライトのゼミに参加。次いで、ジョージタウン大学を休学し慶應義塾大学経済学部の交換留学協定校であるポーランド中央計画統計大学(現在のワルシャワ経済大学)に交換留学[1][2]レフ・ヴァウェンサ連帯」議長宅を訪問し逮捕され、一晩留置所で過ごしたエピソードがある)。ワシントンでは政治活動にもかかわり、1983年(昭和58年)にはアメリカの大統領選挙に立候補したアラン・クランストン上院議員(カリフォルニア州選出、民主党)の選対本部の財務部門でボランティアをしたり、リチャード・シェルビー下院議員(アラバマ州選出、民主党。のち共和党)の下でインターンを務めるなどした。

1985年(昭和60年)1月にジョージタウン大学に復学し、12月にジョージタウン大学比較政治学専攻卒業。

社会人時代[編集]

帰国後、1986年(昭和61年)に富士ゼロックスに入社[3]。国際事業部に配属され、サテライトオフィスの実験を担当。1991年(平成3年)富士ゼロックスアジアパシフィック設立と同時に2年間のシンガポール勤務などを経て退社。1993年(平成5年)、日本端子に転じた。自動車や電気機器の部品メーカーで開発生産や海外輸出を担当[4]

衆議院議員[編集]

小選挙区比例代表並立制の導入に伴い、父・洋平の選挙区が分割されたため、1996年(平成8年)の第41回衆議院議員総選挙神奈川15区から自民党公認で立候補し、当選する(当選同期に菅義偉平沢勝栄渡辺喜美大村秀章河本三郎桜田義孝下地幹郎下村博文新藤義孝棚橋泰文田村憲久谷畑孝戸井田徹など)。

自民党ではしばらく無派閥、その後に麻生太郎の勧めで宮澤喜一が会長を務めていた宮澤派(宏池会)に所属していたが、1999年(平成11年)、父や麻生に従い同派を離脱し、河野グループ(大勇会)に移った。2000年(平成12年)の第42回衆議院議員総選挙で再選、2003年(平成15年)の第43回衆議院議員総選挙で三選。2002年(平成14年)12月には、川口順子外務大臣に対し「国民に対して説明責任を果たしていない」と非難して衆議院外務委員会理事を辞任。総務大臣政務官法務副大臣第3次小泉改造内閣)を歴任。自民党神奈川県連会長も務めていたが、2007年(平成19年)の神奈川県知事選挙(第16回統一地方選挙)で、河野の主導で県連が擁立した杉野正が惨敗した為、同年4月22日に引責辞任した。 また、法政大学大学院にて客員教授を務めている。

韓国の元ハンナラ党議員で駐神戸総領事の李成権[5]をかつて秘書としていた[6][7]

2008年(平成20年)9月、衆議院外務委員長に就任。2009年(平成21年)9月、自由民主党総裁選挙へ出馬した[8]が、谷垣禎一に敗れた。11月11日、新世代保守を確立する会を設立。2010年(平成22年)4月5日、自民党は離党した前幹事長代理園田博之の後任に河野を充てることを臨時役員会で決定し[9]、翌4月6日に正式就任した[10][11]

2014年9月16日、ウィキリークスが開示したアメリカ合衆国国務省公電の中から、「第1次安倍内閣の内閣改造の時、河野太郎が、閣僚候補者に不祥事がないかを事前に調べる『身体検査』について、アメリカ大使館員に、踏み込んだ内容」を、長々と話していた事が明らかとなった[12]。また、河野太郎は「組閣までは、(遠慮で)総理に批判的な見解は党内で控えを見せているかもしれないが組閣終了後には、人事で冷遇されたものたちから、すぐに安倍内閣へ攻撃の矛先が向くだろう」とアメリカ大使館員に話したと伝えられている。安倍晋三に対しては「身勝手な意思決定をすると評価」したという[13]

2015年10月7日、国家公安委員会委員長内閣府特命担当大臣として初入閣。

政策[編集]

  • 小さな政府と大きな年金」が持論であり、国民年金は、消費税を財源として保険料を廃止する一方で、厚生年金は、民間の個人年金のような積立方式へと改めることを主張している[14]財政再建について「3%の経済成長は困難であり、2020年度までそれを前提とする試算はおかしい」としており、「高めの経済成長率を前提に議論しても、『絵に描いた餅』になるだけである」と述べている[15]
  • 公務員制度改革をはじめとして行政改革に熱心で、現在の官僚の在り方に対しては厳しい姿勢を取る。特に外務省に対する非常に激しい批判者の一人である[16]
  • 雇用については「同一労働同一賃金」の実現や「新卒一括採用」廃止、「年齢差別」の禁止(履歴書年齢欄削除)を主張している[17]
  • 内閣総理大臣靖国神社参拝に対しては否定的な立場をとっている[18]
  • 自衛隊イラク派遣を巡っては、特措法の成立には賛成したものの、派遣の基本計画が法律の要件を見たさないことや、国民への説明が不十分なことを理由に批判的な立場をとった。憲法や法律の根本に立ち返り、集団的自衛権の行使を認めた上で派遣すべきとした[19]
  • 選択的夫婦別姓制度には賛意を示している。自身のサイトにおいても、一人っ子同士の結婚というのは、現実的にこれからも増え続けていく上、既婚女性が職業上、さらに責任ある地位につくことも増える。別姓が認められないために事実婚(事実上の結婚生活を送っているのに婚姻届を出さない、出せない)が増えていくことは、好ましいことではない、と述べている[20]
  • 自らの政権構想では、「日中関係を良好に保ち、中国民主化促進に努める」とした[21]
  • 環境問題に熱心であり、核燃料再処理への反対と、段階的な脱原発とガス体エネルギーの積極的な使用推進を主張している[22][23]。さらに、坂本龍一らのSTOP ROKKASHOにも共感を示している[24]
  • 2009年自由民主党総裁選挙で、森喜朗ら党長老たちに対し、「そろそろ出処進退をお考えになるべきだ。総理まで務めた人が、バッジ(議員)がないと何もできないことはない」「全員野球は反対。森(喜朗元首相)さん、青木(青木幹雄前参院議員会長)さんは、スタンドで見てて」と引退を勧告。「腐ったリンゴを樽(たる)に戻せば、樽の中は全部腐る。勇気を持って取り除くための総裁選だ」とも言い[25]、敗れた場合の将来的な離党の可能性も示唆した[26][27][28]が、総裁選後のテレビ出演の際に否定した[29]。他にも、北海道札幌市でも、「自民党は我々が建て直す。そこにあなた方(長老議員たち)のポジションは無い」といった演説を行ったが、視察に来ていた町村信孝元官房長官からは、「誹謗中傷はいい加減にしろ。ものには限度がある」と窘められた。
  • 日本の原子力発電所には明確に反対しており「原子力経済採算性は合わない」「原子炉の新設はしないということを政治主導で決める」と語っている。また、自民党の中で原発に関する議論をした場合、河野の反原発の主張に対して原発推進派議員からは合理的な説明が返ってこずに「あいつ(河野)は共産党なんだ、共産党の議員が自民党の本部にいるんですか?」「社民党へ行け、お前は共産党だ」と言われ、そういうレベルのやり取りにしかならず、そこで議論が終わってしまうと語っている[30]。その一方で2015年佐賀県知事選挙では玄海原発再稼働の容認をいち早く表明した樋渡啓祐[31]について「私は『樋渡教』の信者です」と現地で演説するほどまでに支持した[32]

主な活動[編集]

  • 河野家の4代目ということで当初から注目され、本人も積極的にマスコミに出て発言をし、党を超えて広範な人脈を築いている。
  • インターネットでの活動にも積極的であり、ブログ(2015年10月の入閣に際して過去記事を全削除してリスタート[33])やメールマガジンの発信はもちろん、mixiに『河野太郎と語る日本の未来』というコミュニティも自ら開設している。また、法務副大臣時代には、2ちゃんねるの管理人・西村博之とも対談した[34]。自民党でも広報本部のマルチメディア局長として、2007年(平成19年)よりYouTubeに開設された同党専用チャンネル「LDPChannel[35]」に積極的に登場している。
  • 2009年(平成21年)3月29日ニコニコ動画のニコニコ生放送に出演(マルチメディア局主催・松本純内閣官房副長官の「教えてまつじゅん」の司会を務める)。
  • 親会社フジタが撤退し、存続の危機に陥っていたJリーグ湘南ベルマーレ取締役会長を、2000年(平成12年)から2005年(平成17年)まで務めた(政務官と副大臣の時代は除く)。現在でもベルマーレのオフィシャルネクタイを締めて公の場に出ることがある。
  • 2005年(平成17年)の第44回衆議院議員総選挙の際、自民党神奈川県連会長の立場から小泉純一郎首相(当時)へ比例南関東ブロック重複立候補するよう要請したが、公職選挙法により、ブロック内に張ってある同首相の名前や写真が入った政党ポスターをはがす必要があることが判明。そのため、同首相は重複立候補を断念したという経緯が全国報道された。
  • 2006年(平成18年)5月11日に自民党本部で会見を開き、同年秋の2006年自由民主党総裁選挙に立候補を表明したが、他の候補に比べて求心力に乏しく、推薦人の確保が困難だったために立候補を断念した。
  • 同年8月21日、役員が選挙区内にいる[36]等密接な関係のある[37]社団法人神奈川県エルピーガス協会の講演でオール電化住宅原子力政策に対し「国のプルサーマル計画は60兆円から80兆円掛かり、金食い虫だ!」「原子力政策を家に例えるとトイレのないものだ!」「電力会社や家電メーカーがスポンサーに入っているニュース番組では原子力問題について取り上げてくれない」などと全面的に批判し、「もっとLPガス事業者が主張すべきだ!」「核から新エネルギーに切り替えるまで液化石油ガス天然ガスを積極的に使うべきである」と地元産業であるLPガス事業界への厚い擁護を示した[38]。その後の電気自動車の普及に対しても一貫して否定的な姿勢を示している。
  • 同年9月15日総務大臣竹中平蔵が小泉内閣の終了と同時に、参議院議員も辞職するということを受けて、自身のブログで『ふざけんじゃねえ』と題し、「あなたを国会議員にしたのは有権者だ。閣僚を辞めるのは結構だが議員を辞めるのは無責任」[39]と竹中を批判したところ、ブログが炎上した。
  • 同年9月22日法務省のプロジェクトチームの主査として、一定の日本語能力や、特定技能、日本企業との雇用契約などを条件に、外国人労働者の受け入れ拡大を提言する報告書をまとめた[40]。なお、受け入れは、「国内対策を尽くした上でなお労働者の確保が困難」な分野に限るとした。また、在留外国人の総数には上限を設けるとし、その出身国も、「多様化について配慮し、特定の国に偏らないよう努める」としている(この案に関しては、国際結婚の場合も人数によって制限するのか、との質問も示されている。
  • 国立メディア芸術総合センター構想について「今までの棚卸し対象の中で最もひどい事業であり、ただちに執行停止すべき」「海外への発信というが、効果などまったく計画・予測が立っていない。とても21世紀への投資とは思えない」「ここにいる国会議員も大いに反省するところであり、このような事業が通ってしまったことで補正予算全体の信憑性も問われかねない。政府与党の統治能力が問われる」と批判した[41]
  • 祖父・一郎は、恵比寿興業那須野牧場を創設するなど、競走馬のオーナーブリーダーとしても知られていたが、河野太郎自身も日本競走馬協会会長を務めるなど、競馬と深く関わっている。
  • こんにゃく入りゼリーを食べた子供が窒息死した事件に関する消費者問題調査会では、マンナンライフを厳しく糾弾し、ゼリー規制新法の成立に貢献した。
  • 2009年(平成21年)11月5日中国の新浪ブログに「河野太郎的博客(河野太郎のブログ)」と題するオフィシャルブログを開設した。ブログは中国語で書かれており、中国人ネットユーザーへ向けてメッセージが掲載されている[42]
  • Twitterに対して否定的であったが、2010年(平成22年)1月、自民党ブロードバンド部会で孫正義に勧められ『宗旨変え』し、今では積極的にTwitterを活用している。
  • 2010年(平成22年)5月18日に開催された自民党役員会にて、同党の青木幹雄・前参院議員会長(参院島根県選挙区)が夏の参院選への出馬を断念したことをめぐり、「青木さんは(長男に)世襲させるために公募をせず、最後にわざと倒れるという芝居じみたことをやった」といった趣旨の発言をし、他の出席者から「青木さんに失礼だ。取り消せ」と咎められ、河野は発言を撤回したと報道された[43]
  • 2011年(平成23年)6月22日民主党が出した第177回国会会期を70日間延長する動議に、自民党の方針に反して岩屋毅と共に賛成[44]。党より1年間の役職停止など処分を受けた[45]
  • 2015年12月10日、労働力確保のための移民政策が必要であると主張した[46]。自民党は2016年3月に外国人労働者の拡大と実質的な移民導入議論を開始している[47]

国籍法関連[編集]

  • 自民党法務部会の国籍問題に関するプロジェクトチームの座長を務めている。2008年(平成20年)9月からの第170回国会において、2008年(平成20年)6月5日に下された国籍法第3条1項が違憲とされた最高裁判決を受けて提出された国籍法改正案が議論を呼んだが、このチームは多重国籍に関する問題を扱うチームであり、この改正案に関するものではない。改正案は最高裁判決を受けて法務省が作成し、閣議決定を経て閣法として臨時国会に提出されたものである[48]。これらの混同について指摘している国会議員もいる[49]
  • 提出された改正案は国籍要件の緩和を進めるものであるが、同じ国籍法に関するプロジェクトチームの座長を務めていたこともあり、河野に批判が殺到した。プロジェクトチームが取り扱う問題は、現在の国籍法において両親が国際結婚などで重国籍を持つ者が22歳になったときにどちらかの国籍を選択しなければならないという国籍法の規定が有名無実化しているという問題であり、提出された閣法は父母が婚姻をしていない場合において認知された子供であっても届出による日本の国籍の取得を可能とするものであって[50]、直接の関係はない。
  • 寄せられた批判に対し河野は2008年(平成20年)11月14日付けのブログで反論を行っている。この法案は男性が外国人の子供を自分の子供だと認知すれば日本国籍を与えるという内容であるが、DNA鑑定が義務づけられていないため虚偽の申告をしても発見するのが難しいのではないか、また虚偽の申告が明らかになった場合でも懲役1年以下または罰金20万円以下というのはあまりにも軽い罰則であるということで、問題のある法案だと指摘されていた。これに対し、前者については婚姻の例を挙げながら認知届けが真正なものであるかについては父親と母親を別々に呼んでの審査等がある、として実態がない認知届けによる国籍取得が簡単にできるわけではないと述べ、後者については罰則は併合罪が適用され、より重い罪がありうるとの反論を行っている[51]
  • 上記の件に関して2ちゃんねるなどの一部インターネット掲示板で「河野太郎が国籍法改正の首謀者である」という誤った情報が流され、ブログが炎上した。これに対し河野は寄せられた意見、質問をブログから削除し、コメント欄を閉鎖した。こうした態度について疑問の声が寄せられたが、これに関しては前述のブログで「これからも様々なご意見をお待ちしておりますが、残念ながらこの国籍法の改正に関して、事実と全く違うことに基づいた誹謗中傷や看過できない人種差別的、外国人蔑視的なコメントが数多く寄せられたこともあり、ブログのコメント欄を一時閉鎖しております」と述べ、しばらくの間、としてお問い合わせからの意見の投稿を呼びかけている[51]

所属団体・議員連盟[編集]

エピソード[編集]

著書[編集]

  • 『河野太郎の国会攻略本 あなたの政策で日本が変わる!!』英治出版 2003
  • 『私が自民党を立て直す』洋泉社・新書 2010
  • 『原発と日本はこうなる 南に向かうべきか、そこに住み続けるべきか』講談社 2011
  • 『「超日本」宣言 わが政権構想』講談社 2012
  • 『共謀者たち 政治家と新聞記者を繋ぐ暗黒回廊』 河野 太郎 (著), 牧野洋 (著) 2012
  • 『「原子力ムラ」を超えて―ポスト福島のエネルギー政策』 飯田 哲也 (著), 佐藤 栄佐久(著), 河野 太郎(著)
  • 『変われない組織は亡びる』 二宮 清純 (著), 河野 太郎 (著)
  • 『決断 河野父子の生体肝移植』 河野 洋平(著), 河野 太郎(著)

共著[編集]

  • 『決断 河野父子の生体肝移植』河野洋平共著 朝日新聞社 2004
  • 『変われない組織は亡びる』二宮清純共著 2010 祥伝社新書
  • 『「原子力ムラ」を超えて ポスト福島のエネルギー政策』飯田哲也,佐藤栄佐久共著 NHKブックス 2011

論文[編集]

参考文献[編集]

  • 佐藤朝泰 『豪閥 地方豪族のネットワーク』 立風書房 2001年 197-200、334-339頁

役職[編集]

  • 日本競走馬協会会長
  • 神奈川県陸上競技協会会長

家族 親族[編集]

系譜[編集]

  • 河野氏
 
 
 
 
杉田湛誓
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石橋湛山
 
 
 
石橋藤左衛門
 
きん
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
石橋湛一
 
久美子
 
 
 
 
 
 
 
 
岩井尊記
 
うめ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
足立正
 
足立龍雄
 
 
足立正晃
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
山梨勝之進
 
泰子
 
 
啓子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
伊藤忠兵衛
 
伊藤恭一
 
 
伊藤勲
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
本郷房太郎
 
周子
 
 
武子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
河野謙三
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
河野治平
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
河野太郎
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
河野一郎
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
河野洋平
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
照子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
田川平三郎
 
 
 
 
 
 
 
田川誠一
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
田川誠治
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
田川秀雄
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
河野一郎
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
河野謙三
 
 
河野鉄雄
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
園子
 
 
河野剛雄
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
顕子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
岡本良平
 
岡本茂俊
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
岡本伝之助
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
岡本達彬
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
岡本経世
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
田川誠一
 
伸子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
田川秀雄
 
 
 
 
 
和子
 
 
 
 
 
 

脚注[編集]

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  1. ^ 81年慶應義塾大学経済学部入学。84年ポーランド中央計画統計大学留学。
  2. ^ 第20号 『異議があります!』
  3. ^ 公式プロフィール
  4. ^ 河野氏は1996年に初当選するまでの3年間、自動車や電気機器の部品メーカーで開発生産や海外輸出を担当した経験を持つ。
  5. ^ 駐神戶大韓民國總領事館
  6. ^ 神戸市会議員 平野章三・強い絆が!韓国総領事館と ~韓国うたコンテストにて~ 神戸市会議員 平野章三のホームページ 2012年10月28日
  7. ^ 隣国の肖像<4>脱「ロビー」 冷戦後の政治交流は 西日本新聞 2005年1月23日
  8. ^ 2008年自由民主党総裁選挙では当時51歳の石原伸晃石破茂が出馬した。
  9. ^ “逆襲なるか自民 若手の「政権力委員会」、幹事長代理には河野氏 (1/2ページ)”. MSN産経ニュース(産経新聞. (2010年4月5日). http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100405/stt1004052229011-n1.htm 2010年4月13日閲覧。 
  10. ^ “「変わる意思なければサッサと辞める」幹事長代理就任で河野太郎氏”. MSN産経ニュース(産経新聞). (2010年4月6日). http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100406/stt1004061323007-n1.htm 2010年4月13日閲覧。 
  11. ^ 河野太郎公式サイト 自由民主党幹事長代理” (2010年4月6日). 2010年4月13日閲覧。
  12. ^ ウィキリークス流出 アメリカ大使館機密公電で判明 「閣僚選任の『身体検査』は警察庁が担当」 河野太郎氏が米国へ情報提供 2014年9月16日echo-news[要高次出典]
  13. ^ 「安倍晋三総理の意思決定は独善的」アメリカ大使館機密文書 飯島勲氏が主要な米国情報源の一人〜ウィキリークス漏洩公電から判明 2014年9月16日echo-news[要高次出典]
  14. ^ 河野太郎公式ブログ・年金問題
  15. ^ 財政再建計画、高成長依存の「逃げ道」絶つべき=自民・河野氏Reuters 2015年2月5日
  16. ^ ごまめの歯ぎしり
  17. ^ http://www.taro.org/vote2009/policy05.php
  18. ^ ごまめの歯ぎしり
  19. ^ ごまめの歯ぎしり
  20. ^ http://www.taro.org/ml/hardcopy/18/page04.html
  21. ^ 河野太郎の特別メニュー(政権構想) (PDF)
  22. ^ 原告団NEWS
  23. ^ 神奈川県エルピーガス協会のページより
  24. ^ [1]
  25. ^ 2009 自民党総裁選 河野太郎候補 埼玉県川口市にて街頭演説(2009.9.23) - YouTube
  26. ^ 自民総裁選会見で河野氏が森氏に引退勧告 - 政治ニュース : nikkansports.com
  27. ^ 河野太郎氏、止まらぬめった斬り!「全員野球は反対。森氏、青木氏はベンチ外」…自民党総裁選:社会:スポーツ報知
  28. ^ asahi.com(朝日新聞社):河野氏「腐ったリンゴを樽に戻せば全部腐る」 総裁選 - 政治
  29. ^ 新党は考えず 河野氏 - MSN産経ニュース
  30. ^ 河野太郎真のエネルギー政策を語る 11/05/14 - YouTube
  31. ^ 樋渡氏、オスプレイ配備に前向き 玄海原発再稼働も容認”. 共同通信 (2014年12月3日). 2015年2月4日閲覧。
  32. ^ “すさんでいく「公共図書館」武雄市「TSUTAYA」委託が最悪例”, 選択: 105, (2015-02) 
  33. ^ 河野太郎氏、ブログ削除で「脱原発」持論「封印」 - J-CAST、2015年10月8日
  34. ^ こまめな歯ぎしり
  35. ^ LDPchannel - 公式YouTubeチャンネル
  36. ^ 参考[2][3]
  37. ^ ただし全国LPガス政治連盟、自由民主党 LPG 対策議員連盟には名を連ねていない。
  38. ^ 神奈川県エルピーガス協会より
  39. ^ ごまめの歯ぎしり 06年9月15日号
  40. ^ 今後の外国人の受入れに関する基本的な考え方 (PDF)
  41. ^ 無駄遣い撲滅PT(文教・科学技術等分野)政策棚卸し~文部科学省所管公益法人・独立行政法人~開催、自民党衆議院議員ふくだ峰之の政治活動日記、2009年6月16日閲覧。
  42. ^ 【中国ブログ】河野太郎衆議院議員が中国にブログ開設、大きな反響 サーチナ 2009年12月16日
  43. ^ 河野太郎氏「青木さんわざと倒れた」…すぐ撤回 2010年5月18日読売新聞
  44. ^ [4]
  45. ^ “自民、浜田氏を除名処分 河野・岩屋両氏は役職停止1年”. 朝日新聞. (2011年7月5日). http://www.asahi.com/politics/update/0705/TKY201107050501.html 2011年10月16日閲覧。 
  46. ^ 日本は移民政策が必要、労働力確保で中国に負ける可能性=河野担当相 ロイター 2015年12月10日
  47. ^ 自民、在留資格の新設を検討 外国人労働受け入れで 中日新聞 2016年3月15日
  48. ^ 第170回国会 議案の一覧 閣法の一覧
  49. ^ 早とちりをされませんように(自民党早川忠孝のブログ)
  50. ^ 理由(法務省サイト)
  51. ^ a b 国籍法に関するQ&A
  52. ^ 公式プロフィール
  53. ^ ごまめの歯ぎしり
  54. ^ 河野洋平、河野太郎、「決断 河野父子の生体肝移植」朝日新聞社
  55. ^ http://www.taro.org/blog/index.php/archives/598[リンク切れ]

関連項目[編集]

  • 為公会 - 通称「麻生派」と呼ばれている。

外部リンク[編集]

公職
先代:
山谷えり子
日本の旗 国家公安委員会委員長
第91代:2015年 -
次代:
現職
先代:
山谷えり子
日本の旗 特命担当大臣防災
第26代:2015年 -
次代:
現職
先代:
有村治子
日本の旗 特命担当大臣規制改革
第17代:2015年 -
次代:
現職
先代:
山口俊一
日本の旗 特命担当大臣消費者及び食品安全
第12代:2015年 -
次代:
現職
先代:
富田茂之
日本の旗 法務副大臣
第8代:2005年 - 2006年
次代:
水野賢一
議会
先代:
大村秀章
日本の旗 衆議院決算行政監視委員長
2010年 - 2011年(代理)
次代:
新藤義孝
先代:
平沢勝栄
日本の旗 衆議院外務委員長
2008年 - 2009年
次代:
鈴木宗男