茂木敏充

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茂木 敏充
もてぎ としみつ
Toshimitsu Motegi.jpg
生年月日 (1955-10-07) 1955年10月7日(64歳)
出生地 日本の旗 日本栃木県足利市
出身校 東京大学経済学部卒業
ハーバード大学ケネディ行政大学院
前職 マッキンゼー・アンド・カンパニー
コンサルタント
現職 外務大臣
衆議院議員
所属政党日本新党→)
無所属→)
自由民主党河本派竹下派
称号 経済学士(東京大学、1978年
行政学修士(ハーバード大学、1983年
サイン Motegi-Tosimitu signature.png
公式サイト 茂木としみつオフィシャルウェブサイト

日本の旗 第147代 外務大臣
内閣 第4次安倍第2次改造内閣
在任期間 2019年9月11日 - 現職

内閣 第2次安倍内閣
在任期間 2012年12月26日 - 2014年9月3日

内閣 第3次安倍第3次改造内閣
第4次安倍内閣
第4次安倍第1次改造内閣
在任期間 2017年8月3日 - 2019年9月11日

内閣 福田康夫改造内閣
在任期間 2008年8月2日 - 2008年9月24日

選挙区旧栃木2区→)
栃木5区
当選回数 9回
在任期間 1993年7月19日 - 現職

その他の職歴
日本の旗 内閣府特命担当大臣
沖縄及び北方対策個人情報保護
科学技術政策
第1次小泉第2次改造内閣
第2次小泉内閣
2003年9月22日 - 2004年9月27日
日本の旗 内閣府特命担当大臣
(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)

第2次安倍内閣
2014年8月18日 - 2014年9月3日
日本の旗 内閣府特命担当大臣
(原子力損害賠償支援機構)

第2次安倍内閣
2012年12月26日 - 2014年8月18日
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茂木 敏充(もてぎ としみつ、1955年10月7日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(9期)、外務大臣(第147代)、自民党栃木県連会長、竹下派会長代行。

内閣府特命担当大臣経済財政政策)、経済再生担当大臣第4代第5代)、第2次安倍内閣において経済産業大臣内閣府特命担当大臣原子力損害賠償支援機構)を担ったほか、福田康夫改造内閣内閣府特命担当大臣金融)、第1次小泉第2次改造内閣第2次小泉内閣内閣府特命担当大臣沖縄及び北方対策個人情報保護科学技術政策)を歴任。

その他、自民党政務調査会長(第53代・第57代)、自民党日本経済再生本部長、自民党選挙対策委員長(第3代)等を歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

栃木県足利市生まれ。足利市立北郷小学校月谷分校に1年生から4年生まで通う。5年生から同小学校本校に通った[1]栃木県立足利高等学校東京大学経済学部卒業。大学卒業後、丸紅読売新聞社に勤務。その後ハーバード大学ケネディ行政大学院に留学し、公共政策を学んだ[2]行政学修士を取得後、帰国してマッキンゼー・アンド・カンパニー入社。1992年、マッキンゼー・アンド・カンパニー幹部の大前研一が代表を務める平成維新の会事務局長に就任した。

衆議院議員[編集]

1993年第40回衆議院議員総選挙日本新党公認で旧栃木2区から出馬し、同区でトップ当選。翌1994年の日本新党解党に際しては新進党結党には参加せず、無所属を経て1995年自由民主党に入党。1996年第41回衆議院議員総選挙以降は、小選挙区比例代表並立制の導入に伴い栃木5区から出馬し、連続6選。1999年小渕第2次改造内閣通商産業政務次官に任命され、第1次森内閣まで務める。

2002年第1次小泉第1次改造内閣外務副大臣に就任。翌2003年第1次小泉第2次改造内閣で当選僅か3回で内閣府特命担当大臣沖縄及び北方対策個人情報保護科学技術政策)及びIT担当大臣に任命され、第2次小泉内閣まで務めた。

2007年、日朝国交正常化を目指す議員連盟「自民党朝鮮半島問題小委員会」の立ち上げに参加し、同議連幹事長に就任。2008年福田康夫改造内閣内閣府特命担当大臣(金融)として入閣し、行政改革公務員制度改革も担当した。2009年第45回衆議院議員総選挙では与党に猛烈な逆風が吹き荒れる中、栃木5区で民主党富岡芳忠を破り6選したが、初めて対立候補に比例復活を許した(富岡は比例北関東ブロックで復活)。

2011年9月、自由民主党政務調査会長に就任( - 2012年9月)。2012年9月自由民主党日本経済再生本部の本部長に就任。2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では、民主党からみんなの党に鞍替えした富岡に比例復活すら許さない大差をつけ、7期目の当選。

自民党政権奪還後[編集]

アメリカ合衆国エネルギー長官アーネスト・モニツと共に
アメリカ合衆国通商代表マイケル・フロマンと共に

第2次安倍内閣経済産業大臣内閣府特命担当大臣原子力損害賠償支援機構)として入閣した。

2014年9月、内閣改造により経産大臣を退任し、自由民主党選挙対策委員長に就任。

2014年12月、第47回衆議院議員総選挙では8選。

2016年8月の自民党役員人事で、4年ぶりに自由民主党政務調査会長に再任[3]

2017年8月3日第3次安倍第3次改造内閣において、内閣府特命担当大臣経済財政政策)、経済再生担当大臣人づくり革命担当大臣に就任し、4度目の入閣を果たすと10月の第48回衆議院議員総選挙では9選となった[4]

2017年11月1日第4次安倍内閣で内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、経済再生担当大臣並びに人づくり革命担当大臣に再任。

2018年8月9日8月10日、同年4月の日米首脳会談で議題となった「自由で公正かつ相互的な貿易取引のための協議」の閣僚級会合を行うために訪米。ロバート・ライトハイザーアメリカ合衆国通商代表と第1回会合を持つ。以降、翌年にかけて断続的に行われた日米貿易交渉を担当した[5]

2018年10月2日第4次安倍改造内閣で経済財政・経済再生担当大臣に引き続き留任し、新設された「全世代型社会保障改革担当大臣」も兼務した[6]

2019年9月11日、外務大臣に就任。TPP11の困難な交渉を妥結に導いたことが評価された。[1]

政策・主張[編集]

  • 政調会長在任時、地方公務員の人件費の削減を主張した[7]。「茂木氏は『国の努力と比べ、地方の努力はどうなのか検討する必要がある』と述べ、給与削減を地方公務員にも波及させることを要求」した。[8]
  • 働き方改革特命委員会において、女性や若者の就業支援強化に、3年間で8000億円の財源を確保した[9]
  • 経済再生担当相在任時、「人づくり革命」の一環として、幼児教育・保育の無償化などを中心に検討する考えを示した。[10]
  • 人づくり革命担当相在任時、大学など高等教育の無償化の対象となる学生の進学先を限定する方針を示した。[11]
  • 経産相在任時、平成26年度の与党の税制改正大綱で自動車取得税の税率の引き下げ、自動車重量税自動車税のグリーン化措置の拡充等が決定されたと述べ、引き続き車体課税の見直しに取り組んでいく方針を示した[12]
  • 全世代型社会保障制度への転換を主張し、その旗振り役として知られる。
  • 選択的夫婦別姓制度導入について、「どちらとも言えない」としている[13]
  • 国家ビジョンは「日本を多様性のある多民族社会に変える」としている[14]
  • 英語を第二公用語にすることを主張している[14]
  • 「建設キャリアアップシステムの構築」 や 「i-Constructionの推進」 「工程管理の徹底」 など建設業の生産性向上にむけた取り組みに尽力し、国土強靭化計画を推進している。[2]

人物[編集]

  • 産経新聞は「豊富な知識と頭の回転の速さ、高い説明能力は党内随一といっていい。」と評した[15]
  • 「ポスト安倍」のひとりとされる[16]。「外務大臣として課題が山積する険しい新たな頂にチャレンジすることになった。頂に立ったときに、その先にどんな景色が見えているか、楽しみにしている」と述べている。[17]
  • 「いざという仕事のときほど、ランチも失敗しない『安定感』が重要だ」と話し、サンドイッチを好む。[18]
  • 「極めて優秀だが部下や後輩に厳しい」とされており、竹下派内部では若手議員に緊張感を持たせてしまうが、「首相の参謀として申し分のない」人物とされている。[19][20]
  • 「能力は抜群だが、人望がない」と評される。外相に就任してからは怒鳴ることが少なくなったとされる[21]

所属団体、議員連盟[編集]

論文[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 茂木 敏充 会いに行ける国会議員 みわちゃんねる 突撃永田町!!” (2017年2月15日). 2017年12月5日閲覧。
  2. ^ 茂木としみつオフィシャルウェブサイト | プロフィール
  3. ^ “【自民党新役員】茂木敏充政調会長「成長と分配の好循環を実現したい」”. 産経新聞. (2016年8月3日). http://www.sankei.com/politics/news/160803/plt1608030029-n1.html 2016年8月3日閲覧。 
  4. ^ 栃木-開票速報-2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル
  5. ^ 日米貿易交渉に関する閣僚会合・首脳会談”. 内閣官房 (2019年). 2019年9月24日閲覧。
  6. ^ 首相「社会保障、全世代型に」 第4次改造内閣発足:日本経済新聞
  7. ^ 茂木敏充政務調査会長 記者会見
  8. ^ 朝日新聞 (2012年1月26日). “民主と自公、なお隔たり 地方公務員給与の削減・協約締結権”. 朝日新聞朝刊 総合: 3. 
  9. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2017年1月18日). “【政界徒然草】官僚に「最も怖い政治家」と恐れられる自民・茂木敏充政調会長 “ポスト安倍”に名前が挙がってこないのはなぜ?” (日本語). 産経ニュース. 2019年10月2日閲覧。
  10. ^ 「人づくり革命」のテーマは5つ 茂木敏充経済再生相
  11. ^ 茂木担当相 無償化「大学を限定」 対象基準を検討
  12. ^ 茂木経産相「引き続き車体課税の見直しに全力で取り組んで参りたい」
  13. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査
  14. ^ a b e-デモクラシー ~若手政治家の気概を問う~ 「茂木としみつの回答」
  15. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2017年1月18日). “【政界徒然草】官僚に「最も怖い政治家」と恐れられる自民・茂木敏充政調会長 “ポスト安倍”に名前が挙がってこないのはなぜ?” (日本語). 産経ニュース. 2019年10月2日閲覧。
  16. ^ 茂木外相、河野防衛相…内閣改造ではっきり分かった首相候補の必須科目は“外交と防衛”” (日本語). gooニュース (2019年9月18日). 2019年10月2日閲覧。
  17. ^ 朝日新聞 (2019年9月19日). “茂木外相、「ポスト安倍」に意欲にじませる”. 朝日新聞朝刊 総合: 4. 
  18. ^ 日本放送協会. “茂木敏充さんの「失敗できない」ランチ | 永田町・霞が関のサラめし” (日本語). NHK政治マガジン. 2019年10月2日閲覧。
  19. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2019年3月13日). “竹下派統率、変わる茂木敏充氏 トップ不在で若手掌握に汗” (日本語). 産経ニュース. 2019年10月2日閲覧。
  20. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2017年1月18日). “【政界徒然草】官僚に「最も怖い政治家」と恐れられる自民・茂木敏充政調会長 “ポスト安倍”に名前が挙がってこないのはなぜ?” (日本語). 産経ニュース. 2019年10月2日閲覧。
  21. ^ 「能力抜群だが人望ない」茂木敏充外相。河野前外相との違いとは?(文春オンライン)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2019年10月18日閲覧。
  22. ^ 安倍政権中枢に カジノ議連メンバーずらり/賭博合法化につきすすむ しんぶん赤旗 2014年9月9日
  23. ^ 「自民党 茂木氏、政調会長に就任 地元・足利「活躍を」 /栃木」毎日新聞2016年8月4日

外部リンク[編集]

公職
先代:
河野太郎
日本の旗 外務大臣
第152代:2019年 -
次代:
現職
先代:
石原伸晃
日本の旗 特命担当大臣経済財政政策
第22・23代:2017年 - 2019年
次代:
西村康稔
先代:
枝野幸男
日本の旗 経済産業大臣
第17代:2012年 - 2014年
次代:
小渕優子
先代:
創設
日本の旗 特命担当大臣
原子力損害賠償・廃炉等支援機構

初代:2014年
次代:
小渕優子
先代:
枝野幸男
日本の旗 特命担当大臣原子力損害賠償支援機構
第4代:2012年 - 2014年
次代:
廃止
先代:
渡辺喜美
日本の旗 特命担当大臣金融
第12代:2008年
次代:
中川昭一
先代:
細田博之
日本の旗 特命担当大臣科学技術政策
第4・5代:2003年 - 2004年
次代:
棚橋泰文
先代:
細田博之
日本の旗 特命担当大臣沖縄及び北方対策
第4・5代:2003年 - 2004年
次代:
小池百合子
先代:
細田博之
日本の旗 特命担当大臣個人情報保護
第2・3代:2003年 - 2004年
次代:
廃止
先代:
植竹繁雄
杉浦正健
日本の旗 外務副大臣
矢野哲朗と共同
2002年 - 2003年
次代:
逢沢一郎
阿部正俊
議会
先代:
桜田義孝
日本の旗 衆議院厚生労働委員長
2001年 - 2002年
次代:
田村憲久
党職
先代:
石破茂
稲田朋美
自由民主党政務調査会長
第53代:2011年 - 2012年
第57代:2016年 - 2017年
次代:
甘利明
岸田文雄
先代:
河村建夫
自由民主党選挙対策委員長
第3代:2014年 - 2016年
次代:
古屋圭司