秋元司

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日本の旗 日本の政治家
秋元 司
あきもと つかさ
あきもと司.png
生年月日 1971年10月23日(42歳)
出生地 東京都江東区
出身校 大東文化大学経済学部
前職 参議院議員
現職 衆議院議員
所属政党 自由民主党二階派
公式サイト あきもと司オフィシャルサイト

選挙区 比例東京ブロック東京15区
当選回数 1回
任期 2012年12月17日 - 現職
議員会館 衆議院第1議員会館524号室

選挙区 比例区
当選回数 1回
任期 2004年7月 - 2010年7月
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秋元 司(あきもと つかさ、1971年10月23日 - )は、日本政治家東京福祉大学客員教授自由民主党所属の衆議院議員(1期)。元参議院議員(1期)。

来歴[編集]

東京都生まれ。曾祖父(新吉氏)は江東区宮大工。秋元家は代々現在の江東区毛利に居を構えていたが、戦火等の影響で昭和中期に足立区へ一時的に退避した[要出典]

小学校時代より、学級委員・生徒会などに興味を持つ。高校時代は野球部に所属。高校卒業後に働き始めるものの、社会の中でより大成するには高等教育が必要、と自費による大学進学を決意[要出典]。アルバイトなどで入学資金をため、1992年4月、大東文化大学経済学部に入学。大学では弁論部などで活動。学資を稼ぐ為に立ち上げた学生ベンチャー人材紹介事業が成功する。その時に得た幅広い人脈から政治の世界に興味を覚え、選挙活動などを手伝う様になる[要出典]1996年3月、大東文化大学経済学部を卒業。

大学在学中から10年間にわたり自由民主党衆議院議員秘書を務め、各種後援会の立ち上げに貢献。2000年から2004年6月まで小林興起の公設第一秘書を務めた。

2004年7月、第20回参議院議員通常選挙に自民党公認で比例区から出馬。全国小売酒販政治連盟などの支持を受け、自民党公認候補の中では竹中平蔵に次ぐ得票数第2位で初当選する。大東文化大学(前身である大東文化学院を除く)出身者では初の国会議員であった。翌12日、公職選挙法違反(文書図画の頒布)の疑いで秋元の選挙事務所などが警視庁の家宅捜索を受けた[1]。自民党内では志帥会に所属。2004年当時のの参議院では32歳で最年少。参議院自民党委員会の質問の数で最多記録を作った。 2005年小泉純一郎内閣において郵政民営化法案の参議院本会議採決で反対票を投じ、党より党役職停止1年(執行猶予2年)の処分を受けた。

2007年8月、第1次安倍内閣防衛大臣政務官に任命される。同年9月、福田康夫内閣防衛大臣政務官に再任。この時の防衛大臣石破茂であった。

2008年9月、自民党議院運営委員会理事および国会対策副委員長に就任。他に経済産業部会副部会長・国防部会副部会長・青年局長代理・宇宙開発特別委員会事務局次長・マルチメディア局次長などを歴任。 参議院での代表質問では鳩山由紀夫元総理大臣に対して政治資金問題の追求を行うなどした[要出典]

2010年7月の第22回参議院議員通常選挙自民党公認で比例区から出馬し87,948票獲得するが落選する。以後、議席を失うも自由民主党東京都支部連合会にて幹事長代理として政治活動を続ける。

2011年3月、東日本大震災時に被災地支援活動を行う。3月下旬にトラック2台分の支援物資をもって福島県相馬市南相馬市飯館村に入った。その後、宮城県南三陸町岩手県盛岡市大船渡市にも支援活動を広げた。このときのレポートを持ち自民党本部へ緊急提言を行う。この提言が復興支援法の基礎にも反映された[2]

2012年2月、衆議院東京都第15区の自民党支部長に任命される。同年12月、衆議院から国政に再挑戦、74,159票を得るが、88,222票を得たみんなの党柿沢未途に敗れる。しかし比例東京ブロックで復活当選し、国政に復帰した[3]

2013年2月、日本・台湾経済文化交流を促進する若手議員の会事務局長に就任。同年3月、サービス産業振興議員連盟事務局長に就任。同年5月、ダンス文化推進議員連盟事務局長に就任。

党役職[編集]

  • 自由民主党国会対策委員会副委員長
  • 自由民主党総務会副会長
  • 自由民主党経済産業部会部会長代理
  • 自由民主党国防部会副部会長
  • 自由民主党商工・中小企業関係団体委員会委員長
  • 自由民主党キャリア教育推進特命委員会幹事
  • 自由民主党青年局次長
  • 自由民主党ネットメディア局次長
  • 東京都支部連合会幹事長代理
  • 江東総支部副支部長

所属団体[編集]

委員会・議員連盟[編集]

人物[編集]

  • 行政情報の公開を働きかけ国民に「わかりやすい、見えやすい、身近な政治」をモットーとする[要出典]
  • 政治へのマネジメント感覚の導入を推進。経営感覚、真の公共の利益を考える[要出典]
  • 女系天皇を容認する皇室典範改正案に反対。
  • 中小企業の自立を推進。独占禁止法下請法の改正に尽力。商店街の活性化や、後継者育成向けた施策も推進。
  • 少子化支援。養育費住宅事情、就職難待機児童など育児家庭の負担軽減を提案。
  • 平日は毎朝駅前にて街頭演説を行う[要出典]
  • 双子の男児の父親[要出典]
  • 「2010年5月14日参議院における第174回国会決算委員会にて統一教会の立場で質問している」[7][8]有田芳生から批判されたが、本人は「私が統一教会の信者というのは全く事実無根のことです。特定の宗教団体に偏る発言や行動はこれまで一切していませんし、今後もしていくつもりはありません」と自身のブログ[9]で反論している。
  • 毎日新聞2010年参院選候補者アンケートでは「選択的夫婦別姓制度」に対し「反対」と回答した[10]

脚注[編集]

外部リンク[編集]