菅原一秀

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菅原 一秀
すがわら いっしゅう
Isshu Sugawara cropped 2 Yukiya Amano Isshu Sugawara and Toshiro Ozawa 20130627.jpg
2013年6月27日撮影
生年月日 (1962-01-07) 1962年1月7日(58歳)
出生地 日本の旗東京都練馬区豊玉
出身校 早稲田大学政治経済学部
前職 日商岩井従業員
現職 衆議院議員
所属政党 自由民主党(無派閥)
称号 政治学士(早稲田大学)
公式サイト すがわら一秀オフィシャルサイト

内閣 第4次安倍再改造内閣
在任期間 2019年9月11日 - 2019年10月25日

選挙区東京9区→)
比例東京ブロック→)
東京9区
当選回数 6回
在任期間 2003年11月9日 - 現職

選挙区 練馬区選挙区
当選回数 1回
在任期間 1997年7月23日 - 2000年

当選回数 2回
在任期間 1991年5月30日 - 1997年
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菅原 一秀(すがわら いっしゅう、1962年1月7日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)、党東京都支部連合会会長代行。2019年9月11日に経済産業大臣に就任(1カ月半で退任)。財務副大臣第3次安倍内閣)、経済産業副大臣第2次安倍内閣)、厚生労働大臣政務官第1次安倍内閣)、自由民主党財務金融部会長東京都議会議員(1期)、練馬区議会議員(2期)等を務めた[1]

来歴[編集]

東京都練馬区豊玉に生まれる。現住所は練馬区豊玉南[2]。父親は秋田県羽後町の出身者で、都内で建設会社を設立した[3][4]。練馬区立豊玉南小学校、練馬区立豊玉中学校、早稲田実業学校高等部を経て[5]早稲田大学社会科学部に推薦入学。卒業後は同政治経済学部政治学科学士入学地方自治を研究する寄本勝美ゼミと雄弁会に所属[6]。早大卒業後、日商岩井に入社[5]

1991年練馬区議会議員選挙に立候補し、初当選。1995年に再選されるが、1997年に辞職。同年の東京都議会議員選挙に出馬し、当選[注釈 1]2000年、都議を辞職し、第42回衆議院議員総選挙自由民主党公認で東京9区から立候補。民主党前職の吉田公一に敗れ、比例復活も叶わず落選。2003年第43回衆議院議員総選挙に再び東京9区から自民党公認で立候補し、前回敗れた吉田を下して当選した。2005年第44回衆議院議員総選挙では、東京9区で民主党新人の川島智太郎を破り、再選。当選後、自由民主党副幹事長に就任。第1次安倍内閣では厚生労働大臣政務官に任命された[5]

2009年8月3日発行の朝日新聞紙面において、2007年に菅原の選出選挙区である東京9区の支持者らに対して1個約2千円のメロンを贈っていた、と報じられた[7]公職選挙法では、国会議員およびその後援団体の、選挙区内での金品の贈与が禁止されている[7]

2008年自由民主党総裁選挙では、同じ東京都選出で都連会長の石原伸晃の推薦人に名を連ねる[8]2009年第45回衆議院議員総選挙では東京9区で民主党新人の木内孝胤に敗れたが、重複立候補していた比例東京ブロックで復活し、3選。

2012年第46回衆議院議員総選挙では、東京9区で日本未来の党に鞍替えした木内らを破り、4選。選挙後に発足した第2次安倍内閣経済産業副大臣に就任。2013年10月、経済産業副大臣を退任し、党の財務金融部会長に就任。

2014年第47回衆議院議員総選挙で5選。(選挙区内の有権者への顔や名前入りのカレンダーの配布や政治資金収支報告書の一部不記載が報道[9]され、再任を辞退した御法川信英に代わり)選挙後に発足した第3次安倍内閣財務副大臣に任命された[10]

2017年第48回衆議院議員総選挙で6選。

2019年9月11日、第25回参議院議員通常選挙後に発足した第4次安倍第2次改造内閣経済産業大臣ロシア経済分野協力担当大臣に就任[11]

その後、2006から07年にかけてカニやメロン、みかんなどを選挙区内の有権者らに贈っていたとされるリストが明るみに出る。野党は、菅原の指示でリストを作成したとする元秘書の証言を音声で公開。2019年10月18日、菅原は閣議後の記者会見で「元秘書がどなたかわからない。現状ではコメントできない」と述べた。同月23日の「週刊文春」ウェブサイト「文春オンライン」では、同月17日に選挙区内の斎場で行われた地元支援者の通夜で、菅原の公設秘書が香典を受付に手渡した様子を写真を掲載。同月24日発売号に記事として掲載すると予告。これを受けて同月25日、菅原は安倍晋三首相に辞表を提出し同日付で受理された(後任は梶山弘志[12]。菅原は「今後、政治活動において説明責任を果たしていきたい」と話していたが、体調不良を理由に衆議院本会議を欠席し続け、2019年12月5日午前、日本テレビの取材に「説明はどうなっているのかただすと…」と菅原は「(ご説明はなさらない?)はい」「(いろいろな疑惑があがっていますけど)はい?」「(メロンやかにを配ったのではないかと疑惑がありますが)それもまた…」とはっきりと答えないまま車に乗り込んだ[13]

2020年、自由民主党の離党や議員辞職を否定した[14]

人物[編集]

  • 父の菅原甫(はじめ、2018年1月死去)は第33回衆議院議員総選挙旧秋田2区から無所属で立候補したが落選。この出来事が政治家を志すきっかけになったと記している[3]
  • 選挙広報において「早稲田実業高校卒。硬式野球部で甲子園に4回出場」と記載していたが、1回も出場しておらずベンチ入りしていなかったことが判明している[15]。補欠としてスタンドで応援していたという。
  • 大学時代には全日本ディスコダンス選手権で3位に入賞。7位入賞だったSAM(のちのTRF)とロッキーというダンスユニットを組んで各地のディスコ破りをするほどの実力派ダンサーであった[16]

政策・主張[編集]

憲法[編集]

経済[編集]

外交[編集]

その他[編集]


統一教会との関係[編集]

  • 2017年11月、統一教会・家庭連合の2世組織・勝共UNITEによる改憲大会『改憲2020実現 東京大会』に参加したことが判明している[23][24]

不祥事[編集]

女性蔑視発言[編集]

2016年6月、元愛人に「女は25歳以下がいい。25歳以上は女じゃない」「子どもを産んだら女じゃない」などと暴言、さらにはモラル・ハラスメントを繰り返していたことを、週刊文春が報道した[25]

蓮舫に対するデマ[編集]

2016年6月、舛添要一都知事の辞職後に都知事への立候補が取りざたされていた民進党蓮舫代表代行について、「五輪に反対で、『日本人に帰化をしたことが悔しくて悲しくて泣いた』と自らのブログに書いている。そのような方を選ぶ都民はいない」と発言するが、その発言の事実はなくネットのデマであることがわかり、「蓮舫氏のブログではなく、ネットで流れていた情報だった」と訂正した[25][26]

国会での野次[編集]

2016年2月、衆議院予算委員会で民進党の山尾志桜里議員が「保育園に落ちた日本死ね」と書かれたブログについて質問中、「匿名だよ、匿名」と野次を飛ばした[25]。その後ネット上では「言い訳にしか聞こえない」「論点すり替えてばっかり」などの批判が相次ぎ、国会前では「保育園落ちたの私だ」と書かれたプラカードを持った人々によるデモが行われ、2万7000筆以上を集めたネット署名が塩崎恭久厚生労働大臣に手渡された[27]

秘書給与ピンハネ疑惑[編集]

秘書に対し、月給から15万円を党支部へのカンパとして事務所に払い込むように発言したと報道されている。秘書は実質的に強制と認識していたが、菅原一秀は「カンパは本人の意思で、こちらから強制したということは断じてありません。」と弁解した[28]

秘書の酒気帯び運転[編集]

2011年、菅原の私設秘書の男性が酒気帯び運転で停車中のタクシーに追突し、タクシーの男性運転手に軽傷を負わせる事故を起こした。菅原は事務所を通じ、「大変お騒がせして申し訳ありません。以後、徹底して指導にあたります」とコメントした[29]

選挙公報への誤記載[編集]

2004年、実際には3回しか出場していないにもかかわらず、選挙公報に「早稲田実業高校卒。硬式野球部で甲子園に4回出場」と記載していたことが判明した[30]。菅原は「選挙公報の単純なチェックミス」と釈明している[30]

暴力団関連企業からの献金[編集]

2009年暴力団関係企業から150万円の献金を受けていた[31]

愛人とのハワイ旅行[編集]

2016年に「保育園に落ちた、日本死ね」という内容のブログが話題になり、それに関連した待機児童問題の国会質疑において「匿名だよ、匿名」などとヤジを飛ばし問題視された。この余波で、経済産業副大臣時代に、「政治経済事情視察」として国会を休み、当時の愛人とハワイ旅行に出かけていたことが週刊文春にて報じられた[32]

選挙区内での寄付行為[編集]

2019年9月の経産大臣就任後、選挙区内でのカニやメロン、ミカン、香典の配布が明るみに出たため、同年10月25日に大臣の辞表を提出した[12]。ただし辞職の理由については「国会の法案審議の停滞」と説明している[33]。公職選挙法では、葬儀に議員本人が香典を持参する場合を除き、議員の名で選挙区内の人に香典を渡すことを禁じている[34]。2020年6月25日、刑事告発を受け捜査していた東京地方検察庁特別捜査部は、「法を軽視する姿勢が顕著とまでは言い難かったため」として菅原を不起訴処分(起訴猶予)とした[35]

バスツアー問題[編集]

2020年7月、毎年地元有権者などを関東近郊の景勝地を巡るバスツアーを複数回開催している事に絡み公職選挙法(寄附行為)の疑いがあると報じられた[36]。取材に対し菅原は弁護士名で「全体としてバス旅行に要した費用が参加者等から頂いた参加費等を上回った事実はないものと認識しております。引き続き法令遵守を徹底してまいる所存です」と、書面で回答した[37]

政治資金[編集]

  • 2012年東京都知事選挙に出馬した猪瀬直樹に対し、献金を行っていたと報じられた(猪瀬は当選したが、2013年に辞職)[38]
  • 2009年にパチンコメーカー・ダイナム経営者から30万円の献金を受けている[31]

所属団体・議員連盟[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 当選同期に、川井重勇(第47代都議会議長)、近藤弥生(のちの足立区長)、高島直樹(第46代都議会議長)、土屋敬之(元都議会議員)、中西一善(元衆議院議員)、松原忠義(のちの大田区長)らがいる。

出典[編集]

  1. ^ 自民党 国会議員情報 菅原一秀
  2. ^ 政治資金収支報告書 自由民主党東京都第九選挙区支部(平成23年分) (PDF)”. 東京都選挙管理委員会. 2019年10月25日閲覧。
  3. ^ a b “菅原経産相、両親は本県出身 母・黎子さん「役目果たして」”. 秋田魁新報. (2019年9月12日). https://www.sakigake.jp/news/article/20190912AK0004/ 2019年10月28日閲覧。 
  4. ^ 中山善三郎連載対談 中村時寿氏 菅原甫氏
  5. ^ a b c 公式ホームページ プロフィール
  6. ^ Facebook
  7. ^ a b “選挙区内支持者にメロン贈る? 自民・菅原一秀氏 - 2009総選挙”. 朝日新聞. (2009年8月3日). http://www.asahi.com/senkyo2009/news/TKY200908030178.html 
  8. ^ “総裁選5候補の推薦人名簿”. 東京新聞. (2008年9月10日). http://www.tokyo-np.co.jp/hold/2008/ntok0066/list/CK2008091002000314.html 2015年11月4日閲覧。 
  9. ^ “御法川副財務相:カレンダー無料配布 顔、名前入り──秋田3区”. 毎日新聞. (2014年10月24日). http://mainichi.jp/shimen/news/20141024dde041010053000c.html 
  10. ^ “御法川氏、財務副大臣再任を「固辞」”. 朝日新聞. (2014年10月24日). http://www.asahi.com/articles/ASGDV3T51GDVUBUB00B.html 2015年2月8日閲覧。 
  11. ^ “内閣改造 経済産業相に菅原一秀氏内定 初入閣”. (2019年9月10日). https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190910/k10012073691000.html 2019年9月11日閲覧。 
  12. ^ a b “菅原一秀経産相が辞表提出 寄付・香典めぐる疑惑指摘”. 朝日新聞. (2019年10月25日). https://www.asahi.com/articles/ASMBR736LMBRUTFK01M.html 2019年10月25日閲覧。 
  13. ^ 辞任後“雲隠れ”菅原一秀前経産相を直撃 日テレNEWS24、2019年12月5日
  14. ^ “雲隠れ”から公の場へ…河井案里議員・菅原一秀前経産相ら疑惑の4人は何を語った?” (日本語). FNN.jpプライムオンライン. 2020年2月1日閲覧。
  15. ^ 2004/01/29 共同通信
  16. ^ 「菅原一秀」経産相とSAMは“ダンス友達” おんぼろアパートで練習した学生時代デイリー新潮 2019年9月20日
  17. ^ a b c d e f 2017衆院選 朝日東大谷口研究室調査
  18. ^ a b “2012衆院選 東京9区 菅原 一秀”. 毎日新聞. (2012年12月17日). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A13009003003 
  19. ^ a b c d e f 2014衆院選 東京9区 菅原一秀毎日新聞2014-12-25
  20. ^ 公式ブログ
  21. ^ 2009年衆院選時 朝日新聞アンケート回答[リンク切れ]
  22. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  23. ^ 教団イベント参加&信者運動員疑惑の自民党・菅原一秀衆議院議員「10000%ない」「宗教団体は嫌い」統一教会との関わりを完全否定”. やや日刊カルト新聞 (2018年4月13日). 2020年1月23日閲覧。
  24. ^ 吉木誉絵 [@norieyoshiki] (2017年11月3日). "今日は日本国憲法が交付されて71周年の日。18歳から20代の若者300人を前に、なぜ憲法改正が必要なのか9条を中心にお話ししました。自民党の菅原一秀先生や、織田邦男元空将もゲストスピーカーとしてご臨席。女子大学生が「平和のためにこそ改憲が必要」とスピーチしていたのが印象的でした。" (ツイート). Twitterより2020年1月23日閲覧
  25. ^ a b c “「蓮舫が帰化して泣いた」デマを拡散した自民党・菅原一秀議員の愛人へのグロテスクなハラスメント”. LITERA (株式会社ロストニュース). (2016年6月19日). https://lite-ra.com/2016/06/post-2350.html 2020年1月23日閲覧。 
  26. ^ “「蓮舫氏は帰化し泣いた」自民・菅原氏発言、後から訂正”. 朝日新聞. (2016年6月18日). http://digital.asahi.com/articles/ASJ6K5GFYJ6KUTFK00M.html 
  27. ^ “「保育園ヤジ」平沢勝栄議員釈明が「火に油」 誰の発言かがそんなに問題なのか”. J-CASTニュース (株式会社ジェイ・キャスト). (2016年3月11日). https://www.j-cast.com/2016/03/11261110.html?p=3 2020年1月23日閲覧。 
  28. ^ 2007年10月、雑誌「週刊新潮・11月1日号」に「秘書給与ピンハネ疑惑」
  29. ^ “自民・菅原議員の秘書が追突事故 酒気帯び運転か”. 日本経済新聞. (2011年10月3日). https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG03015_T01C11A0CC0000/ 2020年1月23日閲覧。 
  30. ^ a b 甲子園出場4回、実は3回 菅原議員「単純ミス」”. 47NEWS. 共同通信社 (2004年1月29日). 2009年9月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月18日閲覧。
  31. ^ a b http://www.mynewsjapan.com/reports/1758
  32. ^ ““保育園ヤジ議員”菅原一秀議員が国会休んで愛人とハワイ旅行”. 週刊文春. (2016年3月10日). http://shukan.bunshun.jp/articles/-/6024 
  33. ^ 在任45日、辞任会見わずか4分 菅原氏疑惑語らず退場”. 朝日新聞デジタル (2019年10月25日). 2019年10月31日閲覧。
  34. ^ 政治家寄付の線引きはどこ? 本人や選挙区…公選法”. 日本経済新聞 電子版 (2019年10月25日). 2019年10月31日閲覧。
  35. ^ 「法軽視が顕著と言い難い」 菅原前経産相の起訴猶予で特捜部が異例の説明”. 東京新聞 (2020年6月25日). 2020年6月27日閲覧。
  36. ^ 菅原一秀前経産相に公選法違反の新疑惑 バス旅行で有権者800人を接待(1/2)”. 週刊文春編集部 (2020年7月1日). 2020年7月1日閲覧。
  37. ^ 菅原一秀前経産相に公選法違反の新疑惑 バス旅行で有権者800人を接待(2/2)”. 週刊文春編集部 (2020年7月1日). 2020年7月1日閲覧。
  38. ^ しんぶん赤旗「なぜ、記載しなかった 収支報告を調べてみると…」 2013年11月25日
  39. ^ わにぶち洋子議員 アーカイブ:【公明党青年委員会ブログ】
  40. ^ a b c 俵義文、日本会議の全貌、花伝社、2016年
  41. ^ “自民党新役員にも多数/カジノ議連メンバー”. しんぶん赤旗. (2014年9月15日). http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-09-15/2014091515_01_1.html 
  42. ^ オリパラ幹事長拝命 衆議院議員すがわら一秀オフィシャルブログ「直球勝負!!」 2015年11月16日

外部リンク[編集]

公職
先代:
世耕弘成
日本の旗 経済産業大臣
第24代:2019年
次代:
梶山弘志
先代:
世耕弘成
日本の旗 内閣府特命担当大臣
原子力損害賠償・廃炉等支援機構

第8代:2019年
次代:
梶山弘志
先代:
御法川信英
宮下一郎
日本の旗 財務副大臣
宮下一郎と共同

2014年 - 2015年
次代:
坂井学
岡田直樹
先代:
近藤洋介
松宮勲
日本の旗 経済産業副大臣
赤羽一嘉と共同

2012年 - 2013年
次代:
松島みどり
赤羽一嘉
先代:
西川京子
岡田広
日本の旗 厚生労働大臣政務官
松野博一と共同

2006年 - 2007年
次代:
松浪健太
伊藤渉