SAM (ダンサー)

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SAM
出生名 丸山 正温
生誕 (1962-01-13) 1962年1月13日(55歳)
出身地 日本の旗 日本埼玉県
レーベル avex trax
事務所 エイベックス・エンタテインメント
共同作業者 TRF

SAM(サム、1962年1月13日 - )本名、丸山 正温(まるやま まさはる)は、日本のダンサーで、TRFのメンバーである。埼玉県岩槻市(現在のさいたま市岩槻区)出身。 獨協中学校獨協高等学校卒業。 身長176cm。血液型B型。

来歴・人物[編集]

"SAM"の由来は、本名の"MASAHARU"の頭3文字を逆から読んだという説と、本人が寒がりでよく「寒い、寒い」と言っていたことから付けられたという説がある[1]。2007年2月7日放送の「マチャミの名曲100選」で、家出した当時住み込みで働いていたディスコで、寒がりだったため"SAM"という名前をつけられた、と述べた。

岩槻藩御典医という代々医者の系譜で、父は産婦人科医で岩槻市の「丸山記念総合病院」の創設者の一人・丸山正義(1998年6月17日・69歳で死去。晩年はサムパパの愛称でメディア出演を行っていた)。現在は叔父・兄などが運営に当たっている。自由民主党参議院議員古川俊治従弟にあたる。

  • 19歳で「全国フラッシュダンスコンテスト」で優勝後、単身ニューヨークへ。ダンスの基礎を学ぶと共にニューヨークのストリートダンスに触れる。
  • 1984年、アイドル4人組ダンスユニットRiff Raffで歌手デビュー[2]。この時既に“Sam”の名前を使用していた。
  • 1992年小室哲哉のプロジェクト『TRF』に参加。ライブにおいては振付はもちろん 舞台設計・照明・効果など 重要なポジションを担当する。
また活動はTRF のみに限らず、V6安室奈美恵BoAなどの振付・ライブプロデュースなども行なっている。小室と知り合うまでは小室の電子楽器を使った音楽を「ピコピコ」(初期のビデオゲーム機の操作音・BGMの擬音)とややバカにするニュアンスで呼んでいたことを本人も認めている。
SAM がアマチュア時代に所属していたダンスチーム「Be-Bop Crew」は、ナインティナイン岡村隆史が所属していたチーム「Angel Dust Breakers」とライバル関係にあったので、岡村とは旧知の仲である。
  • 2007年SAM プロデュースブランド『TEAM-STR [3]』をオープンする。
4月より、尚美学園大学総合政策学部ライフマネジメント学科 客員教授日本工学院専門学校ミュージックカレッジ ダンスパフォーマンス科トータルプロデューサーに就任。
  • 2008年、地元埼玉県の球団である埼玉西武ライオンズチアリーディングチーム「Blue Winds」に振り付けをし、「SAM TIME」として5回裏終了後に披露[要出典]している。また、東方神起のダンス・ライブプロデュースを担当する。
  • 台湾のマルチタレント・羅志祥 (SHOW Luo/ショウ・ルオ)の芸名の名付け親でもある。彼の元々の英語名はAlanであったが、日本でTRFのサムのダンスレッスンを受けたとき「祥(しょう)」と呼ばれていたので「魅せる」と言う意味との掛け言葉でShowに変更した。
  • 2012年CafeSta開局1周年記念「12時間ぶっ続けまるナマ自民党」に出演。衆議院議員菅原一秀の昔のダンス仲間として。
  • 2015年、一般女性と再婚し、その女性との間に女児を儲けていたことが明らかになる[4]

出演[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Riff Raff時代に本名が丸山修で活動していたことも確認されており、おさむからSAMとなった説も考えられる[独自研究?]
  2. ^ ほかの三人は、リーダーでユキこと矢作幸裕、ヤッコこと長坂泰彦、チャッピーこと石崎伸一である。
  3. ^ TEAM-STR SAM プロデュースブランド
  4. ^ TRF・SAM、20代女性と再婚&女児誕生していた”. ORICON (2015年8月25日). 2015年8月25日閲覧。

外部リンク[編集]